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Ep.194 相反する者達

  無事スプリングに帰り着き、晩餐までの僅かな空き時間の事。

  宛がわれた客間の女性らしい華やかなデザインにはしゃぐ主人に、ブランはある疑問をぶつけた。


「フローラさー、よく聖霊の森に闇属性の子達のエリアがあること知ってたね。文献とかで調べたの?」


「ん?あぁ、それ?違うよー、ゲームで見ただけ」


  “聖域”であるはずの聖霊の森にそんな危険な範囲があることは、正直非常に外聞が良くない。なので、現在の資料ではもちろん、ゲームのシナリオ上でだってある一点でしかその場所の事は出てきていなかった。ただ、一応は自分フローラに関わりがあるシナリオだったから覚えていただけだ。


「どんなシナリオだったの?」


「丁度聖霊の森編のお話の、無事解決した場合のエピローグだよ。悪巧みを阻止された悪役姫フローラが、逃げる途中でその闇のエリアに引き寄せられちゃって、そこで黒猫の使い魔と契約しちゃうの」


  闇属性の子達は本来、結界に阻まれて絶対に人間界には来られないのだけど、それを唯一打破してこちらに来る方法が、“人間との契約”なのだ。

  その話を聞いて納得し、ブランも主人に倣って部屋の探索を始める。……が、すぐに飽きて暇潰しに会話を再開した。


「で?そのゲームの世界の方のフローラの使い魔の名前は?」


「名前?何だったっけ、ダンディと言うか、見た目紳士な感じの黒猫ちゃんだったんだよ。確か、名前は……」













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あーっもうっ!!何なのここ、薄暗いしじめっぽいし、虫とかデカくてキモいしもう最悪!!!」


  愛らしい容姿に醜悪な表情を浮かべ、辺りを這う虫達を踏みつけながら少女が叫ぶ。


  聖霊王の試練の空間から弾き出された直後、試練の対象者でもなければ、元々聖霊の森にとっても不法侵入者である青髪の少女が光当たる森へと着地出来る訳がなく。森の一番端っ側である木々まで黒い妙な林へと落下したのだが。

  あの目障りな悪役姫へ放った、最後の攻撃も当たったのかわからなくてモヤモヤするしで、沸き上がる苛立ちを発散するするように、足元を通り抜けようとした大きめの蟻を思いっきり踏み殺した。プチっと潰れる感触に、少しだけ胸がスカッとしたのに、不意に背中から聞こえた笑い声にカチンと来て振り返る。


「ふふふふっ、良い魔力ですね、愛らしいお嬢さん」


「はぁ?……何あんた、黒猫?」


  そこに浮いていたのは、目を凝らさなければ闇に溶け込んでしまいそうな程の漆黒の毛並みをした黒猫だった。

  片耳の辺りに小さなシルクハットを被り、片目にだけ小さなメガネをかけた(モノクルとか言ったっけ?)小生意気な黒猫は、背中に生えた紫色の翼で器用に宙に浮かび、あろうことか椅子にでも腰かけるようにして足を組んでいるのだ。これを異様と言わずして何と言うだろう。

  しかし、そんな異様さは、それ以上に異常に染まっている少女に取ってはなんの意味も持たず。自分を見てクスクスと笑い声をあげるその姿を見て思うのは『何このチビ猫、この私に向かっていきなり“お嬢さん”呼びとさ生意気!』だけだった。


「ミストラルの姫君との対決で魔力を使い、さぞお疲れでしょう?どうぞ、お掛けになってください」


「あら、あんた猫の癖に礼儀がわかってんじゃない」


「いえいえ、素敵なレディーを丁重におもてなしするのは紳士の嗜みですよ」


  しかし、黒猫は自分の不機嫌だけを理由に小さな命を踏み潰していたマリンに怯えるどころか、手にして居た小さな杖を近場の木に二回当て、見事な椅子とテーブルへと変化させ彼女をそこへと促した。

  確かに、あの生意気な女を消すためにずいぶん魔法を使いまくったから疲れたし、喉も乾いている。


「ご所望の物はこちらですか?」


  椅子にふんぞり返ってそう思ったところで、黒猫がグラスに入ったジュースを差し出してくる。礼すら言わずに取り上げて、一息にそれを飲み干した。グラスの中味は、マリンの好きなミックスジュースだった。


「あんた、本当使えるわね。うちの執事並みにいい線行ってるわよ」


「恐縮ですが、私などあくまでただの使い魔で御座いますよ。ところで、ご存知ですか?」



  『なんの話?』と眉を寄せたマリンに、黒猫がマリンの放った魔力により森が火事となり、それを消し止めた功績でフローラが新たな指輪の持ち主となったことを伝える。


「はぁ!?何なのあの女!横取りじゃない!!!」


「おっと!まぁまぁ、気をお静めください。只今おかわりをお入れしますから」


  一瞬で激昂したマリンに空のグラスを投げつけられても動じず、黒猫が再びジュースを彼女に差し出す。今度は上にジェラートも乗って豪勢になっていたので、『こんなもんで機嫌取ろうとしても無駄よ!』といいつつそれは貰ってやった。


「失礼ながら、新たな巫女となられたのが水の国の姫君で良かったかと思いますよ」


「はぁ!?」


  思わぬ言葉にまた頭に来たが、まだグラスは満タンだ。投げられる物がないので、椅子から足を伸ばして黒猫の方へテーブルを蹴り飛ばす。

  だが、黒猫は杖を振って一瞬でテーブルを消し去り、優雅に笑った。


「お嬢さんはご存知無いのですね、かつて世界を救ったその少女が、どんなに悲惨な終焉おわりを迎えたのかを」


「そりゃ知らないわよ、興味ないし。それに、資料も残ってないんでしょ?」


  そう答えたマリンに、『人の世では、そうなのでしょうねぇ』と笑う黒猫が再び杖を振ると、目の前の空き地に少女の人形がくくりつけられた小さな木製の十字架と、一人一人が松明を持った大量の人形達が現れる。その人形達はまるで生きているかのように動き、少女人形がくくられているその十字架を高く掲げた。そして、全員でそれを取り囲み……


「ーっっ!!」


「どうです?これが世界を愛した少女の、非業で、惨めで、哀れな最期ですよ」


  手にした松明で、その十字架に火をつけたのだ。炎は一気に燃え上がり、少女人形を焼きながらしばらく辺りを照らした後、静かに消えていく。

  流石に若干固まっていたマリンがようやく一歩十字架に近づいたときには、燃え残った十字架の残骸しか残っておらず、少女人形の姿は跡形もなかった。


「実際の火炙りの際には、炎は三日三晩燃え続け、巫女の遺体は骨すら残らなかったそうです」


  淡々と語る黒猫の言葉に、十字架の真ん前に立つマリンはうつむいて肩を震わせた。

  そして、数秒後。


「アッハハハハハッ!何それ、最っ高のエンディングね!このゲームの製作者センスあるわー!!」


  そう高らかに笑い出したマリンの姿に、黒猫が密かに笑う。先程までの紳士的な微笑ではなく、薄暗い何かを隠すように。


「貴方なら、そう仰って下さると思っておりましたよ。そんな素敵な貴方に、少々ご提案が有るのですが」


「ん?何よ、私にメリットが無いことは聞かないわよ!」


「もちろんで御座いますよ。では、本題です。本来、聖霊の森から人間界に帰るには、聖霊王の許可がないとゲートを通れないのですが」


「はぁ!?何それ聞いてないんだけど!私嫌よ、あんな悪役姫を巫女に選ぶような女見る目無い王様に頭下げるなんて!」


  『そうでございましょうとも』と恭しくマリンの言葉を全肯定し、黒猫が徐に杖を地面へと突き立てる。

  すると、杖が刺さった箇所を中心にして、小さな魔方陣がマリンの足元に広がった。


「今回は、私共の隠し通路を使い、あなた様をご自宅へと送り届けさせて頂きます」


「あら、気が利くじゃない」


「その代わり、こちらからもひとつ、お嬢さんにお願いがあるのですが」


  黒猫の言葉に、マリンが不愉快そうな表情を隠さず言い返す。


「何~?猫の分際で私に交換条件出そうっての?」


「ふふ、よいではありませんか。私は、あなた様のような方をずっと待っていたので御座いますよ」


「……ふーん。まっ、そう言われたら悪い気しないわね。いいわ、話だけ聞いたげる」


「ありがとうございます、では、こちらをお持ちください」


  そう言って黒猫がマリンに差し出したのは、黒地に銀で読めない文字が書かれた小さな手帳だった。


「何これ、めんどくさいことならパスだからね」


「何も面倒な事は御座いませんよ。あなた様は人間界に戻られましたら、今夜自室にてその手帳の魔方陣に魔力を注ぎ、私を呼び出してくだされば良いのです」


「それって、あんたが私の使い魔になりたいってこと?」


  聞き返したマリンに、にこやかに笑んだ黒猫が頷く。

  若干胡散臭いが、もう疲れたから早く帰りたいし、何よりこいつ便利そうだし……と、マリンは『いいわ、了解よ』と黒猫の条件を呑んだ。


  その瞬間、魔方陣が強く輝き身体が浮遊感に包まれる。


  魔力で転送されるその直前、優雅に一礼した黒猫がマリンに囁いた。


「私は、使い魔のノアールと申します。以後、よろしくお願いいたしますね、御主人様……」




     ~Ep.194 相反する者達~





  

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めましてコミカライズから来ました。とても面白く読ませて頂いてます。 其々のキャラが確り出来ていて3人の王子達の会話だけでだれがどのセリフを言ったのか分かります^^ [気になる点] マリン…
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