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Ep.187 意志を継ぐ者

  魔術具と言う物は本来、元々その道具自体に籠められた作り手の魔力と、それの契約者となった使い手の魔力の二種の波長が合って初めて本来の力を発揮する。

  そして逆に言えば、その二人の力が反発しあった時、籠められた強大な魔力は暴走を始める。そして、暴走したそれは、物理的な力で完全に制御をすることは不可能なのだ。


  では、どうしたらいいのか。


  答えは割りと簡単だ。作り手の魔力と反発してしまった使い手の方を、新たな契約者の力で上書きすれば良い。だから、フローラは最後に残しておいた魔力で自身の身体に水の膜を張り、炎の中へと飛び込んだ。


(見えた!やっぱり、まだ暴走してる……!)


  まだ威力の衰えていない水の竜巻で押さえ込まれて居るにも関わらず、“聖霊女王タイターニアの指輪”は再び炎を産み出していた。

  流石は聖霊界のNo.2の力を帯びているだけある。人間の魔力では、対等に競うのはきっと、難しい。


  それがわかっていたから、フローラは燃え盛る指輪に躊躇いなく手を伸ばす。

  水の膜は既にほぼ役割を果たしておらず、己の身が焼かれていくのにも怯まずに。


  自身の無鉄砲な作戦も信じて頑張ってくれた仲間達と、大事な相棒ブランの故郷であるこの森を守るために。


  自分が指輪の新たな契約者になるのだと、全力で伸ばしたフローラの指先が、業火の中でも冷たいままの指輪に触れる。


(よしっ、後は指にはめれば、契約の更新が出来る筈!)


  喜びもつかの間。指輪が放った強い光に吸い込まれ、光と引力に思わず目を閉じる。それでも、掴んだ指輪だけは決して離さなかった。


  目を閉じたまま指輪を握りしめるフローラの手を、白く光る綺麗な手が優しく包む。


『…………』


「……?あなたは……?」


  耳元で何かを囁かれたような気がしてうっすらと目を開けたが、視界が霞んでその姿までは見えなくて。

  ただ、優しいその手に導かれるまま、一瞬意識を手放した……。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  次に目を開けた時には、自分が居たのは空中でも、暴走する業火の中でもなかった。澄み渡る空気と、足の裏に伝わるひんやりした感触には確かに覚えがあって、はてどこだったかと首を捻る。


「あっ……!」


  ただ、辺りを確かめるより先に、宙からゆっくりと降りてくる淡い光を見つけて駆けだした。


  かなり遠くに見えた気がしたのだが、実際には、少し駆け寄るだけでその真下にたどり着くことが出来た。距離が短かったからだろうか、足音すら聞こえないまま走り、空に向かって右手を伸ばすと、光の珠は導かれるようにその掌に降りてくる。そして、着地と同時に光は霧散し、指輪が姿を現した。


  そこに埋められた三連の宝石に邪気は無く、透明に澄みきってフローラの姿を反射する。もう、暴走の様子は見られない。炎もすっかり消えていた。


「良くわかんないけど、契約成功……なのかな?」


『いいや、まだ契約には至っていないぞ、人の子よ』


「ーっ!」


  指輪をまじまじと眺めていた所で、聞き覚えのある声に振り返る。


  美しい白いたてがみが、夢のあの時よりずっと鮮明に輝き、風を受けてなびいていた。


  そこで、フローラはようやく気づく。この場所の景色が、試練の最中に見た夢の泉と全く同じであることに。


「ここ、夢の中じゃなかったんだ……」


『ここは我の精神世界。夢境でもあり、現世でもある』


「……よくわからないけど、とにかくここが貴方のお家なのはわかりました」


『家……、そうだな。そうとも言う。ここに人の子を招くのはいつぶりになるか……。気の遠くなるほど古から、我はこの泉と共に有る』


  その言葉に、フローラは瞳をパチパチと瞬かせた。どうやら、自分はこのユニコーンに招かれてここに居るらしい。ならば、と、指輪をユニコーンに見えるように高く掲げた。


「どうして貴方が私を呼んだのかはわからないけど、私、今あんまり時間が無いんです。早くこの指輪と契約して、皆の所に帰らないと」


  ユニコーンの泉に呼ばれたのは、フローラとこの指輪だけだ。仲間達はまだ聖霊の森に居る筈。


『……人間はわからぬな。そんなにも身を削り、他者を助けて何とする』


「身を削り……?」


『気づいていないのか。己の姿をよく見てみよ』


  そう言われて視線を落とし、水面に写る姿に目を見開いた。

  大事な部分はちゃんと布地が残ってはいるが、厚手の筈の制服はあちこちが焼け焦げ、少し風で揺れるだけでチリとなって飛んでいってしまう。

  意識し始めた途端身体中に走り出した鈍い痛みは、恐らく火傷だろう。いくら魔力で身を守っていても、炎の中に飛び込んだのだから当然と言えば当然である。


  色々と怒濤の出来事が続いて気づかなかっただけで、かなり酷いのだろう。気を抜くと、痛みで意識を奪われそうだ。

  こうして動けているのだから死に至る程では無いのだろうが、あのまま炎の中に居たらどうなっていたかわからない。


『その身体で、一度暴走を始めたそれと契約などしたら、本当にどうなるかわからぬぞ。既に痛みも限界であろう』


  確かにその通りだ。だけど、彼女の手は指輪を離さない。それに若干苛立ったように、ユニコーンが更に言葉を連ねる。


『この場所ならば、指輪の暴走の影響も受けぬ。このまま時が経つのを待てば、それ以上傷つくこともあるまい』


  『それなのに、帰るつもりか』と問われ、フローラは笑って頷いた。


「もちろん帰ります、皆きっとまだ困ってるから」


『自らが傷を負ってまで、手を差し伸べる理由はなかろう。これだから人の子の考えはわからぬ』


  呆れたようなその言葉に、今度はフローラが首を傾げる番で。

  そして、考えるまでもなく、自分の答えを口に出す。


「そうですね、理由なんか無いです。でも、あえて頑張れる理由を挙げるなら、きっと答えはひとつだけ」


  両手を胸に当て、優しく微笑む少女の姿が、ユニコーンの瞳の奥で、思い出の彼女に重なった。

  彼女と同じように微笑み、彼女と同じ、そのこたえいを。彼女より少しだけ幼い声が、真っ直ぐに届けてくる。


「皆と一緒に居たいんです。自分が失いたくないから、守るだけ」


  だから、と、少女が自らの指にそれをはめる。

  少女の指には少しばかり大きかったはずのそれは、まるで最初から少女のものだったかの様にピッタリその指に収まった。持ち主として、認められたのだ。

  “聖霊女王タイターニアの指輪”と、それのかつての持ち主に。


『……やはり、よく似ているな』


「え?えーと、納得して貰えたなら、聖霊の森に帰らせてくれると嬉しいんですけど……きゃっ!」


  とりあえず、嵌めた物の何も起こらない事に安堵した瞬間、吹き抜けた風が大きく水面を揺らす。


(あ……花の香り……)


  そう感じるより早く、水面が割れて滝のように泉の水が流れ出す。


「な、何事!?」


『何事でもない。仲間の元に帰るのだろう』


「ーっ!」


  そう言われて割れ目を覗き込めば、その先に見えるのは聖霊の森だ。どうやら繋がっているらしいと納得しかけて、ふと奇妙な点に気づく。


  空を舞う火の粉も、フライが作り出した風も、火柱に向かって注ぐ滝の水も……その全てが、作り物のように静止していた。


(まるで、時間が止まっているような……)


  しかし、流れていく水に抗って踏みとどまっていたフローラの背後に立ち、ユニコーンがその頬に自身の鼻先をそっと当てた。


『信ずるままに行くが良い、人の子よ。……いや、彼の意志を継ぐ、水の姫君よ』


  『……に、よろしくな』と、その囁きを最後に、世界は再び動き出すのだった。


      ~Ep.187 意志を継ぐ者~


  

  



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