Ep.185 魔法と科学と、信じる力
現実的にはほんの数時間。しかし、体感としては実に何日ぶりかわからぬほどの久しぶりの再会。
それを喜び安心する暇も無いまま、レインは親友であり未来の主君である金髪の姫君を見上げた。
視線に気づいたフローラが、地形を観察する為に上っていた高台から手を振り返すと、合図に気づいたルビーが土で作られた人造人形に彼女をそこから降ろすよう指示を出す。
その一連の流れに感心のため息を溢し、ゴーレムの手から飛び降りたフローラがルビーに話しかけるのを見ていた。
「ルビーはこんなに大きなゴーレムを作れるのね!作戦の前に高いとこから辺りの様子を見たかったんだけど登る手段がなくて困ってたから助かっちゃった。ありがとう!」
「いえ、地形さえ操ることの出来るお兄様に比べたら私などまだまだですわ。このゴーレムも、大きさこそ立派ですが、力はあっても動きが遅くて……」
「そんなことないよ!このゴーレム達の力、この作戦には不可欠なんだから!」
謙遜するルビーの頭を撫でたあと、フローラは背後に控えた2体のゴーレムに『頑張ってね、ゴーちゃん!レムちゃん!!』と話しかけていた。なんとも安直な名前である。
(さっきまで少しだけ元気が無かったように見えたんだけど、気のせいだったのかしら……)
「それで?君の指示に従って全員で滝の梺まで来たのだから、そろそろその作戦とやらを教えて貰いたいな」
「そうだぜ、そんな呑気にゴーレムに名前つけてる場合じゃ……、どうした?」
そんなフローラの幼い行動さえ可愛くて仕方がないのか、優しく目元を細めたフライが彼女にそう問い掛け、ため息を溢したライトが正面からフローラの頭を軽く小突こうとした。それはいつもと全く同じ仕草で、違和感も全くない、日常のやり取り。
だけど、そんな“日常”に、フローラの肩が一瞬だけ跳ねる。
(あれ?今、何か……)
しかし、怪訝そうな周りの空気を振り払う様に、フローラは元気に『では、作戦を発表します!』と胸を張った。
いつも以上に元気なその姿が、レインには却って辛そうに見えるのだけれど。
その異変を案じるレインの思いには気づかずに、彼女はいつだって、周りを助けようとするのだ。己のことなど、何も、気にしないまま。
「レイン、確か氷作れたよね?」
「……えっ?あ、ごめんなさい、聞いてなかったわ。ちょっと考え込んじゃって」
「ありゃ。じゃあもう一度最初からね。まず、この滝の上……丁度水が落ちる辺りの手前クォーツのさっきの力と、レインの魔力の氷で壁を造って欲しいの!」
「ちょっと待って!壁を造るのは簡単だし構わないけど、それじゃあ水の流れが塞き止められてしまうよ!炎は今も燃え広がる一方だし、川の流れが止まるのは却って逆効果じゃない?」
そう異を唱えたのはクォーツだ。ここに来るまでの間にもフライにわざと目の前でフローラとの仲の良いやり取りを見せつけられていたせいでイラつきが抑えられないのか、その語気がいつもより少しだけ荒い。
そんな親友の様子を眺め、フライは苦笑混じりにため息を溢していた。どんな心境の変化があったのかレインには検討もつかないが、どうやら彼は、クォーツにフローラへの想いを自覚させるつもりらしい。ただ、再会してからずっとフローラに対する態度が優しく甘い所を見ると、諦めたわけではないのだろう。
(……本当、男の子の考えってよくわからないわ)
「大丈夫!水を塞き止めるのは一時的によ。で、フライは竜巻とか出せるかな??」
「は?春巻き?」
「違う!ライトったら意外とボケ担当なんだから……。私が言ったのはた、つ、ま、き!レモネードだよ!!!」
「って、トルネードだろ!自分だって間違えてんじゃねーか!!」
『滝の音で声がよく聞こえないんだよ!』と叫ぶライトと、『間違えちゃった』と笑うフローラ。この緊急時だからこそ、“いつも通り”のそんな下らないやり取りが皆の気持ちを落ち着けてくれる。
そうして落ち着いた後、フローラが簡潔に話した作戦はこうだ。
まず、先程言っていた土と氷の壁で滝壺手前に水を塞き止め、限界まで溜める。
十分溜まった時点で、ルビーのゴーレム達にその壁を壊してもらい、滝壺に向かい溜まった水を勢いよく落とす。
飛び出したその水の方角をフローラとレインの魔力で火柱まで誘導し、それをフライの作り出した竜巻で吸い上げ、水の竜巻を作り上げれば、炎を消せるのではないか。と言う、至ってシンプルな作戦だった。
「なるほどな。だが、水を溜めてる間は俺はどうしたらいいんだ?」
「ライトには、さっきみたいに魔力で炎を相殺して、これ以上燃え広がるのを防いで欲しいの。移動はブランが手伝ってくれるわ」
「確かに、移動の間にも消せそうな所は消火しながら来たとは言えまだまだ被害が凄まじいからな……。わかった、ブラン、よろしくな」
「うん、任せて!報酬はまたたびでいいから」
「って取るのかよ!がめつい猫だな!!」
『世の中ギブオアテイクだよ』と耳をピコピコさせながら言うブランに『ちょっと待て、何かがおかしい!!』と突っ込むライトは置いといて、次にクォーツとルビーが『質問が』と手を上げる。
「さっきの君達の話だと、あの炎はそもそも聖霊の力を帯びた魔術具の暴走が原因なんだよね?だとしたらあの炎、普通の水では消えないんじゃない?」
「それに、太刀打ちが出来たとしても、あの川の水量では火元であるあの柱しか消せないと思います。森のあちこちに飛んでしまった炎は消せないかもしれませんわ」
不安げな2人の問いに、レインも確かにと頷いた。魔力で作られた炎は、魔力を帯びた水でないと消火が出来ない。子供でも知っている常識である。
が、クォーツの方のその疑問には、あごに片手を添え考え込んでいたフライが答えていた。
「……いや、いけると思うよ。その作戦」
「え!?本当に??」
「あぁ、思い出してみなよ。僕と再会してすぐの時、君とライトが汚れを川で流した後、水はどうなった?」
「……?お兄様、どうなったんですの?」
「えぇと、確か、一瞬水面が光ったと思ったらすぐ綺麗になってて……あ」
ハッとした様子のクォーツに頷き、フライが全員を見て『つまり』と口を開いた。
「あの川の水には、何らかの形で浄化の魔術がかけられている。当然、水そのものにも魔力が含まれているだろう」
「うん、だから、どうにかあの炎を弱めることくらいは出来ると思うの!」
フライの援護を受けたフローラもそう続ける。なるほど、確かにそれなら上手く行くかも知れない。
だが、今の答えだと、ルビーの方の疑問は解決されていない。辺りに広がってしまった方の大量の炎はどうするつもりなのだろうか。
「……簡単よ。恵みの雨を降らすわ」
「「「「雨を?」」」」
全員して首を傾げてしまったのも仕方がない。だって、いくらフローラとレインが魔力で雨雲を作り出せると言っても、それは花壇の水やりに使う程度の小さなもの。とてもじゃないが、こんなにも広い森一面に雨を降らすことなんて……
「あっ!違う違う!魔力でじゃないよ?」
「はぁ?じゃあどうすんだよ」
「火柱を消した後、蒸発した水を使うのよ」
「蒸発した水は空に昇ってきえてしまいますのよ、それはちょっと無理が……」
「それがそうでも無いんだな~。レインが協力してくれれば!」
「わ、私!?」
ビックリして自らを指差すレインに微笑んだフローラ曰く、本来雲と言うものは大気中の水分が冷やされ、空中のチリなどにくっついて固まった状態のものなのだと言う。
だから、蒸発した滝の水を魔力で強制的に冷やせば……
「この森の真上に、巨大な雨雲を作れるはずなの」
「そんな原理、聞いたこともないですわ……」
「そもそも、雲ってそう出来てたんだ。知らなかった……。ライトとフライは知ってた?」
「いや、僕も知らなかったけれど……」
「フローラ、その知識はどこから入手したんだ?水の国であるミストラルの独自の知識か?」
「いえ、少なくとも私が知る限り、ミストラルの文化にもそんな知識はありませんが……」
仲間たちに困った顔を向けられ、フローラが悩む。だって雨雲の原理を解明したのは、前世の世界の“科学”の知識。魔法の発達したこの世界の皆には、きっと寝耳に水の話。
(でも、もう他に方法がない。知識の理由も、説明できないし、皆に納得してもらえるような説得をゆっくりやっている時間もない。普通なら、こんな話信じられるわけない……だけど)
「絶対、成功させるから。お願い、信じて!」
両手を組んで、真っ直ぐに仲間達の瞳を見つめる。
「……仕方ないな、まぁ、お前がワケわからんこと言い出すのはわりといつものことだしな」
「ライト……!」
「君が言うのならそれはきっと、この森を救うために必要なことなんだろうね。乗ったよ、その作戦」
「フライ!」
「ぼ、僕だって信じるよ!それに、フローラがこんな器用に嘘をつけるわけ無いし……ね」
「お兄様の言う通りですわ。細かいお話は、また帰った後ゆっくり聞かせて下さいな。ゆっくりお茶でもしながら!」
「クォーツ、ルビー……!って、何か誉められて無いような……まぁいいか。さてと、後は……」
仲間達の言葉に表情を綻ばせたフローラが、少しだけ不安そうにレインに向き直る。
その捨てられた子猫のようならしくない姿に、レインはフローラの手をそっと取った。
「私は貴方の侍女になるのよ?信じる意外、あり得ないわ」
「レイン……!」
信頼も魔力も知識も充分。後は作戦の決行のみで、彼等の気合いも高まっている。
だからだろうか。
もはやシルエットすら見えなくなってしまった指輪を見据えたフローラが、何かを決意する目をしていたことに、誰一人気づけなかったのは。
~Ep.185 魔法と科学と、信じる力~
『指輪の暴走を止めるためには、新しい“契約者”が必要ね』




