Ep.183 毎度ご迷惑おかけします
「試練に失敗したら、永遠に閉じ込められて聖霊王のコレクションにされる!?え、フローラが!!?何それ、剥製にでもする気!!?それに、可愛い女の子が狙いならルビーとレインだって危ないよ!!」
「ふざけんなよあの変態野郎……っ!!」
「何だその猟奇的な発想。それと若干一名、衝撃のあまりいつものお前ならあり得ない口調になってんぞ」
『よしよし、深呼吸しようなー』と何でもない様子のライトを他所に、ブランから『聖霊王が試練に不合格になったらフローラを試練の空間に閉じ込めると言っていた』と聞いたフライとクォーツは衝撃を受けた。
クォーツは真っ青になり慌てふためき、片やフライはいつもの余裕を失い、近場の木に拳を打ち付け普段より数段低い声音で上記の台詞を吐き捨てる始末である。
2人とも、一番冷静なライトになだめられすぐに多少の落ち着きは取り戻したものの、その心中は決して穏やかではない。
完全に強制的に過去の古傷を引っ張り出された上に、それを克服出来なければ問答無用で愛しい人が奪われると言うのだ。これがどうして冷静で居られようか。
「流石に剥製ってことは無いだろうけど、ライト達が試練を合格した時点で、フローラはまだあの世界が偽物かすらわかってなかったから、ちょっとピンチなんじゃないかと思って……」
「あぁ、それで知らせる為に先に合格した俺達を探しに来たのか」
未だフライの背中を擦っているライトに聞かれ、ブランが頷き付け足す。
「うん。まぁ、それと合格するなりクォーツが崖から落っこちかけてたから、早く助けに行かなきゃと思って」
「うっ!!な、何で知ってるの!?」
「聖霊王様の水鏡って、聖霊の森の中の事は大体何でもわかっちゃうんだよね」
しれっと言ったブランに対し、両手で頭を抱えたクォーツは『そんな無茶苦茶な……!』としゃがみ込んでしまう。
しかし、すぐさまハッとしたように顔を上げ、ブランの小さな身体を掴んで揺さぶった。
「フローラに今の話言った!?」
「い、言ってないけど……?」
「いや、そもそも会えてないんだから話のしようが無いだろうが……。……くしっ、流石に濡れたまま森を進むのは寒いな」
『離してやれ、ブランが潰れる』と、実は自分を案じてでなく猫の体温で暖を取りたいだけのライトの手によりクォーツから救出され、こっそり安堵と呆れの混じったため息を漏らす。
(全く、ここまで全力で気にしといてまだ無自覚なんだから笑っちゃうよねー……)
それにしても、と真上を見上げれば、今の話を聞いて尚全く心配げじゃないライトの姿が目に入る。
いくら恋心が無いにせよ、友人としてもあまりに無関心過ぎではないかと、ブランは口を尖らせた。
「ねー、ライトはフローラのこと心配じゃないの?」
長い尻尾でその腕をペシペシと叩いて非難の意を示したら、何と自分をカイロがわりに抱いている男は『心配する理由があるか?』と笑った。
流石に腹が立って、宙ぶらりんになっていた前足の爪を構える。
(いくらなんでも冷たすぎでしょ!その端正な顔引っ掻いてやる!!!)
「聖霊王は、“試練に不合格なら”あいつを閉じ込めると言ったんだろ?なら、何も心配は無いさ」
「……は?」
しかし、さらりとそう続けるライトの言葉に戦意が削がれた。
意味がわからないと首を傾げるブランの頭を撫でつつ、自嘲気味に笑ったライトが口にしたのは、彼と主人が出会った、幼き日の事だった。
「俺の性格も身分も全部承知の上で、初対面のあの日に真っ向からケンカ売ってくるだけの根性がある奴だぞ?他人に無理矢理受けさせられる試練や審判が何だ、例え何があっても、最後には全部自分の養分にして笑顔で帰ってくるよ」
『あいつ、意外と負けず嫌いだしな』と微笑まれたら、もうブランに言えることはない。
(た、確かにそうかも……)
「まぁでも、他の点では心配なことがあるがな…………」
すっかり納得してしまったブランを抱いたまま、話を終えたライトはふと遠い目をして平和そのものの青空を見上げる。その様子を不思議に思い、『どうかしたの?』と尋ねれば、先程とは違いずいぶんと歯切れの悪い返事が。
「いや、あいつの事だから、多分合格してこっちに帰ってきた時にこそひと波乱起こすような気がするような、しないような……」
「……ちなみに、本音は?」
「あのお転婆姫が、何も起こさない訳がない」
「……毎度毎度、迷惑かけてごめんね」
「それは言わない約束だろ」
お互い、フローラの一番危なっかしい面を知る者同士、遠い目のまま見つめ合い、どちらからともなく苦笑を漏らした。
それでも側に居るのは、苦労以上のたくさんの優しさを、あの子から受け取って居るからだ。それがわかるから、一人と一匹は、それ以上は何も話さなかった。
(あれ?そういえばフライとクォーツは……)
いやに静かだなと思いライトに抱かれたまま視線を右へと移せば、すっかり落ち着きを取り戻したフライは口元に手を当て、考え込む様に地面に膝をついているクォーツの様子を眺めていた。そして、嘆いている親友の肩を優しく叩いて、何かを話しかけ始める。
「大丈夫?」
「……うん、何とか……。ただ、自分があまりにカッコ悪くてちょっと凹んだだけ」
恥ずかしそうに笑うクォーツに、フライが切れ長の目を僅かに細める。
2人を観察しているブランの目には、その双眸が切なげな、葛藤のような色を滲ませているように見えて。
しかし、見られていることに気づかないフライは、一度目を閉じてから、本当に優しく微笑んだ。
「……その落ち込む理由や、どうして恥ずかしいと感じるのかを一度しっかり突き詰めて考えてみると良いよ。きっと、隠れてたものが見えてくるから」
「え……?」
不思議そうに男にしては可愛らしすぎる丸い瞳を瞬かせたクォーツだったが、引っ掛かる部分はあるのか数秒逡巡した後気まずそうに視線を逸らした。
フライはそれ以上は何を追及するでも無く、穏やかに笑んだまま彼に背を向ける様に自分とライトの方へと身体を向けた。
「さぁ、何にせよこれで現状を打破するには全員があの妙な試練を突破するか、元凶(聖霊王)に直談判するしか手は無いようだし、一気に玉座の花園まで登ろうか。……いい年してうら若い少女に手を出そうとするような愚か者には、少しくらいお灸を据えないとね?」
「……その意見自体には同意なんだが、笑顔が黒すぎて頷くのが躊躇われるな。相手が相手だ、迂闊な真似はするなよ」
ゲンナリした様子のライトに、フライが笑顔のまま『大丈夫、抜かりは無いよ』と自身のコートのポケットを叩いた。どうやら、少しばかり膨らんでいるそこに、交渉カードとなる何かが入っているようだ。
ライトもそれで一応納得したのか、気合いを入れ直すように立ち上がる。
しかし、次の瞬間吹き抜けた強風に大きく身体を震わせ、思わずブランを抱く力を強めてしまった。
「うわっ!ちょっ、絞まる絞まる絞まる!!」
「あっ!悪い、つい……。痛かったか?」
「片手で同い年の男軽々持ち上げるその腕力で潰されて痛くないわけ無いよね!?」
「いや、うん、本当にごめんて」
「馬鹿力だねぇ。……と言うか、寒いならいつも通りさっさと魔力で乾かせばいいじゃないか」
「それが出来たら苦労は無いんだよ!」
ライトのその叫びに、フライとクォーツが不思議そうに顔を見合わせる。
そんな2人に、ライトが川に落ちた直後に魔力を使おうとしたら、何故だか発動出来なかったことを簡潔に説明していた。
「まぁ、場所柄、魔力の異常は確かに起こりやすいんじゃないかと思わないではないけど……」
「でも、別に地面を触った感じからも、おかしな様子は無いと思うけどな」
それを聞くなり、フライは片手をライトに向けて構え、クォーツは片ひざをついて大地に手を当てた。そして、2人がそれぞれ魔力を込めると……
「わっ!ちょっ、こんな場所で地形異常や暴風を巻き起こすな!!危ないだろうが!しかも寒い!!」
ライトの足元の大地から何本かの土柱が飛び出し、それをかわす彼の身体を不自然な突風が揺らす。
無論、彼の反射神経なら十分にかわせると見越しての行動であり、同時に『自分達は魔力使えるけど?』と言う確認の意図も込められてはいるわけだが、それにしてもちょっと可哀想になってくる扱いである。
実際、事態を理解したライトは、落胆した様子で呟いた。
「嘘だろ、使えなくなってたの俺だけ……?」
「試しに今その服乾かしてみたら?」
言われるがままに集中して身体の周りに熱を集めれば、まだ少し身体に張り付くくらいには嫌な湿気をまとっていた衣服が、あっという間に干し立ての状態へと変わる。その事に、余計衝撃を受けた(ライトが)。
「使えんじゃん……!いや、でもさっきは確かに使えなかった筈なんだがなぁ」
そして、『王様の悪戯か?』と苦笑したライトを見た親友2人の対応と言えば……
「「ライトが暑苦しいから魔力使わせたくなかったんじゃない?」」
これである。別にブランから見たライトはそんなに暑苦しいとは思わないのだが。
「別にいくら炎使いだからって、必ずしも熱血な性格って訳じゃ……」
「初等科3年生の時、皆でミストラルの海に行ったときのビーチバレー」
「あ……、いや、あれは」
「次の年の初等科4年、学院に入って初の運動会もね」
「うっ……!お前ら、よく覚えてるな……」
ライト自身も言い返そうとしていたが、小さいときの熱血エピソードだろうか?そこを次々指摘されすぐに押し黙っていた。
普段はリーダーシップがあって頼りになる彼が見るからにしょんぼりと落ち込んでいる様子は、正直ちょっと面白い。
からかっている2人も楽しくなって来たのか、急ぎ足で前には進みつつもまぁ毒舌の止まないこと止まないこと。
「まぁ、フローラも言っていたけどそもそもここ森の中だしね。聖霊王も火事でも起こされたら堪らないとでも思ったんじゃない?ライトは意外と間抜けな時があるからね」
「そうだねー、頭は良いのに変に抜けてると言うか。あぁ、雪で造ったお城の中で魔法使って溶かしちゃったこともあったっけ。ここであの威力の炎出されたらそりゃあ大炎上だもん。さすがの聖霊王も止めるよ」
「……それ以上言うなら、望み通りこんがり焼いてやろうか?」
拗ねた様子でそう言い返すライトに、少し前を歩いている2人がおかしそうに声を上げて笑った、その直後だった。
音も、振動も、本当に何の前触れもなく。紅蓮の火柱が、一気に天まで立ち上ったのは。
突然朱くなった森の景色に驚き、一斉にそちらに視線を向けた後、フライとクォーツが唖然とこちらに向き直る。
「「ら、ライト……?」」
「アホか、俺じゃねーよ!!」
一秒と開けず言い返されて、『だよね』と納得してフライが風向きと火柱の見え方から距離と方角を計算し。
地面に手を着いたクォーツが、大地を通して仲間達の魔力を探って更に正確な方角を探す。
その間、火柱から飛び出し降ってくる炎を自らの魔力で相殺して2人を護っているライトが、片手で抱き抱えたままのブランに言った。
「……だから言っただろ?ひと波乱あるってな」
「毎度ご迷惑おかけします……!」
「位置はわかったよ、魔力の気配からしても3人一緒に居るみたいだ!」
「あの火の勢いじゃ、近くに居るのはあまりに危険だね。彼女達が逃げてくるであろう道は予測したから、そこを逆から回って途中で合流しよう!途中の火事は……」
そこで指示を止め、フライが真っ直ぐにライトを見る。それを受け止め、ライトもしっかり頷き返していた。
「消すことは出来ないが、炎なら俺が相殺する。行こう!!」
その掛け声で、3人が躊躇いなく走り出した。
普段は年相応の少年でも、やはり彼等は皇子なのだ。
いざというときの状況を判断する知識も、事態を解決する力も、まだ発達途中であれどちゃんと身に付けている。そんな彼等が、想いの形は色々であれどフローラの味方であることが、ブランには何より心強かった。
(きっと試練で散々罵倒されて傷ついただろうし、早く本物に会わせてあげたいな)
そのブランのその願いは、走り出して僅か5分足らずで果たされるのだが、それはまた次のお話。
~Ep.183 毎度ご迷惑おかけします~




