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Ep.182 記憶の廻廊と紅蓮の柱

  白い光の中に飛び込んだ後、少しの浮遊感の後に周りの空気が変わった。


  叫び続けるマリンを上に取り残し、自身の身体が何か薄い層の様なものをすり抜けて。同時に、その周りを大小さまざまな泡が弾けていく事に気づく。


(えっ!?水の中……!?)


  確かに、身体にまとわりつくようなひんやりとした感触は、泳いでいる時に感じるそれとよく似ていて。

  初めは、まさか泉か何かの中に放り出されたのかと思ったが、ある事に気づいてそうではないと確信した。


(……違う、苦しくならないってことは、まだ辛うじて結界の中なんだ……!)


  揺らめく景色も、身体に感じる感触や温度も水中のそれそのものなのに、呼吸は普通に出来るのだ。そう考えれば、答えを出すのもそう難しくはない。冷静になってみれば、身体も自由に動かすことが出来るので、ぐるりと反転して上の様子へと目を凝らした。


(よかった、どうにか逃げ切れたみたいね……)


  ハッキリと耳に残るマリンの最後の叫びと、焼けつくような業火の塊。当たればきっと、ただでは済まなかったであろうその攻撃も、もちろん、術者であるマリンの姿も、もうそこにはなかった。

  その事に安堵の息を吐き、握りしめていた手を開いて、そこに有るものを確かめる。


(宝石は黒ずんでもう暴走寸前ではあるけど、これ以上刺激しなければ大丈夫そうね。確か、ブランが、玉座は森で一番高い位置にある花畑にあるって言ってたから、結界から出たらとりあえずそっちに……ん?)


  もう一度指輪を握り直して思考を巡らせていたら、か弱い力で前髪をちょいちょいと引っ張られた。

  その刺激に視線を上げれば、バラの聖霊が小さな両手をバタバタさせて下を……つまり、フローラが背中を向けている方を見ろと言わんばかりに頑張ってジェスチャーをしている。


「後ろがどうかしたの?……きゃっ!」


  不思議に思い振り返ると同時に、大きな四角状の何かが顔の横スレスレの位置を掠めて行った。


「び、びっくりしたぁ……。なにあれ、なんかテレビみたい……」


  驚いて一度は目を閉じたものの、飛んできた物の正体が気になる。

  だから、更に何枚も飛び交うパネル状のそれらの表面にじっと目を凝らし、そして気づいた。


(そっか、これ、皆が受けた試練の一部なんだ……!)


  あっという間に流れていってしまった為に内容はチラリと見えた程度だけど、飛び交うパネルの枚数も5枚だし、間違いない。


  一枚目には小さいときのレインが、お祖父さんに『王族と繋がりをつくれ』と強制されてフローラと友達になろうとしたと言うシーンと、一時期皆との付き合いを避けていたのは、その事を後悔していたからだという彼女の葛藤が流れていた。

  二枚目以降は飛んでいくスピードがどんどん上がってしまいろくに見られなかったが、辛うじて二枚目にはルビー、三枚目にはクォーツ、四枚目にはフライがそれぞれ自身の悩みを乗り越える瞬間が映し出されているのだけはわかって。


(そっか……、そうだよね。皆、色んな事を乗り越えてここまで来たんだ……。あれ?)


  もうすぐ空間を抜け出そうだと言うタイミングですれ違った、最後の一枚。

  一瞬だけ見えた、そこに映るライトとその両親の姿にふと何か違和感を覚えた。

  部屋は寝室のようで、ベッドで半身を起こしている若かりし日のフェニックス王妃様と、その脇で摘んできたであろう花を持ち何かを話しかけているライト。そして、その2人を優しく見守る国王陛下。なんて事のない、家族の日常だ。


(若いときの姿のせい?何か、王妃様の雰囲気が違ったような……)


  少しだけ考え込むが、段々と水の先に見え始めた景色に頭を切り替える。


(ううん、その話は後だよね。今はとにかく、皆と合流して玉座の花園まで行かなきゃ!)


  覚悟を決め直し、一枚の膜のようになった水と空気の境目から飛び出す。

  着地した先は、地形的に何段かに分かれた聖霊の森の少し上に近い方。日当たり良く暖かい、小さなバラ園の真ん中だ。


  小さく深呼吸するフローラの髪を、そよ風がかすかに揺らす。それだけのことに、とても安心した。


「やった!今度こそやっと抜けられた……!それにしても、綺麗な場所ね。絵本の中みたい」


  咲き誇る大輪のバラで造られたアーチを見上げ呟くフローラだが、柔らかな金髪に空色の双眸と言う自身の容姿がその“絵本の中”の様な世界観に見事に似合いすぎていることにはまるで気づかない。

  ただ、辺りの異様な静けさには、ハッキリと異常を感じた。


「何か変ね……。とにかく、先を急いだ方が良さそうだわ。……でも、どうしよう、この指輪」


  玉座の花園まではまだ遠い。その道のりを行く間、ずっと握りしめているわけにもいかないだろうと、フローラは手のひらを広げ指輪をつついた。


  ここから先は完全にアニメのみで見た知識だが、邪悪な意思や魔力に汚され、汚染が限界を超えた場合、“聖霊女王タイターニアの指輪”は自身を汚した者の力を吸収、増幅して、術者を消すべく力を振るうと言う特殊な術がかけられている。最も、これはそもそも契約の証として指輪を術者がきちんとはめた上で悪用をしてしまった場合の話であり、そもそも契約すら拒否され指にははめられないまま悪用していたマリンの魔力を指輪がどう認識しているのかはいまいちわからないのだが。

  しかしそれでも、これ程汚染が進んだ指輪を今、自身の指にはめてしまうのはあまりに危険である。そんなことをしては、新たな契約者と判断された時にどんな影響をうけるかわからないからだ。


(はめるのが駄目なら、ネックレスのチェーンに通すとか……。いや、でも私なら走ってる間に鎖ごと無くしかねないな。じゃあポケットに入れる?でもそれもなんかなぁ……)


  つまり、一番失くす可能性の低い“指にはめる”と言う選択は、今のフローラには出来ない。


  しかし、このまま持って移動をしたら、確実に失くす自信があるフローラは、バラ園のど真ん中ですっかり考え込んでしまった。


「……ん?誰か居るの?」


  その直後、がさりと音を立てた背後の茂みの気配に、振り返ることに為ったけれども。


「ーーっ!フローラお姉さま!ようやく見つけましたわ!!」


「ルビーっ、一人で突っ込んだら危ないわ!……って、フローラったら、何で制服なの?」


  昔から、考え出すと止まらなくなるのが自分の悪い癖である。しかし今回は、誰かに導かれたようにタイミング良く現れた2人によってそれは見事に阻止された。

  茂みをかき分け現れた見慣れた2人の姿に、フローラもようやく強がりじゃない笑顔を浮かべる。


「ルビー、レイン、無事で良かった!」


  いつもと何ら変わらず元気なルビーと、その突撃を苦笑いで止めているレイン。見慣れた筈のそのやり取りが嬉しくて、安心してしまって……。だから、油断した。


  2人に駆け寄ろうとした瞬間、ふっと辺りが夕暮れの様に朱く染まる。


「な、何ですの、あれ……!」


「火の魔法!?さっきまで何もなかったのに、どうしていきなり……っ」


(嘘っ、確かに撒いた筈だったのに!)


  頭上から感じる熱気に顔を上げれば、そこには太陽が如く佇む巨大な炎の弾……。あの時、フローラの心の傷を突き刺す一言と共にマリンが放った一撃だ。


  その炎が黒いモヤをまとい、吸収し、更に大きくなりながら飛んでいく。

  フローラ自身にではなく、彼女の目の前に立つ友の方へと。


「危ない!!!」


  考えるまでもなく、飛び出していた。

  怯えて動けなくなっている2人に駆け寄り、覆い被さるようにして三人で地面へと倒れる。全員無事だ、それは良かった。


  だが、その弾みで宙に投げ出された指輪を、炎が、闇が、呑み込んで。


  黒く濁った紅蓮の柱が、一気に天を引き裂いた。


      ~Ep.182 記憶の廻廊と紅蓮の柱~





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