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Ep.181 聖霊王の試練 《合格》

  力強くフローラが声を張り上げる。


  それは、前世も含め、彼女が生まれてから初めてした“戦う決意”であり。同時に、これこそが、聖霊王の試練の最終合格条件だった。


  マリンに無理矢理時を巻き戻されかけ悲鳴をあげていた空間が、役目を終えたとばかりに端から光を巻き上げ消えていく。


  白くなっていく空間の中に、2人の少女と、ひとつの指輪だけが取り残された。


「何よ……あんた本当何者なのよ!!止めてよ、私の世界を壊さないで!!!」


「人のせいにしないで!貴方の人生せかいを壊しているのは貴方自身でしょう!」


  髪を振り乱しかんしゃくを続けるマリンを一喝し、フローラが指輪に向かい走った。早く回収しなければ、この空間と共に指輪まで消えてしまうかも知れない……!


(よし、あとちょっと!)


「それは私のよ!触らないで!!!」


「きゃっ……!」


  しかし、指輪のすぐ手前に居たマリンが先程から叫ぶだけでへたり込んだままだったので、油断してその横を走り抜けようとしたのは失敗だった。フローラの細い足を、マリンが手近に転がっていた長いモノサシで思い切りひっぱたいたのだ。


  あまりの痛みに、思わずしゃがんで叩かれた箇所を押さえる。


(容赦ない……っ!よりによって弁慶の泣き所は酷いよ……!!でも、指輪だけはなんとしても回収しないと……!)


  泣いている場合じゃないので床に這いつくばりつつも指輪へと腕を伸ばす。しかし、それより先に勢いよく立ち上がったマリンが、駆け足で指輪を奪いに向かう。


「これはヒロインのものなんだから、あんた何かに触る資格は無いのよ!!」


  まだ痛みで立てずに出遅れたフローラを勝ち誇った笑みで見下し、今まさにマリンの手が指輪を拾い上げようとした、その時だった。


「ちょっと、どこ行く気!?」


  ひとりでにフワリと浮かび上がった指輪が、ふわふわとマリンの手をかわしつつ宙を移動する。いや、ひとりでに動いているように見えていたのは、恐らくマリンだけだっただろうが。

  そして、自らの手のひらへとゆっくり降りてきたそれを、フローラはしっかりと握りしめた。そして、痛みに歪む顔を微笑みに変え、指輪を“運んでくれた者”に礼を述べる。


「ずっと助けてくれてたのは貴方だったのね……、ありがとう、本当に助かったわ」


  その言葉に、指輪を握るフローラの手の周りに可愛らしいピンク色のバラが咲く。

  重力で下に落ちることもなくふわふわ浮かぶその花達の真ん中で、花弁を重ねたようなピンクのドレスを纏った聖霊が嬉しそうに笑った。


「あんた、何か変な力でも使ったのね!ヒロインの公式な指輪アイテムを卑怯な手で奪おうなんて、なんて卑劣な悪役なの!?」


「私は何もしてないわ。これも、正式な持ち主の方に返すだけよ」


「言い訳してんじゃないわよ、話の通じない女ね!だからっ、それはいつか私の物になる物なのよ!なのに何でそれが自分からあんたの手元に行くわけ!?そんなのおかしいじゃない!ただのゲームキャラのあんたにはわからないんでしょうけどね!!!」


  マリンの物言いに、あえて今は言い返さない。彼女の狙いがハッキリと定まって居ない今、自分も転生者おなじであると知られるのは得策では無いだろう。


(私は元々口が上手い方じゃ無いし、これ以上この場に留まるのは下策だわ。と、なると……)


  情けない話だが、相手に話が通じない以上ここは逃げの一手である。

  幸い足の痛みも引いてきたし、聖霊王の幻影は既にほぼ消滅し、対峙するフローラとマリンの足元を残すのみとなっていた。

  マリンの動きを警戒しつつ、ちらりと横目で白い穴のようになった地面を見て、小さく息を呑む。


(ゲームの設定と、フライに借りた本に少しだけ書いてあった聖霊王の魔法の理論を照らし合わせて判断するのなら、この空間から飛び降りちゃえば元の世界へ帰ることが出来る……筈だよね?確か、無理に抜け出すとちょっと変な所に出ちゃうリスクはあった筈だけど……)


  流石に、高さも何もわからない場所に飛び込むのはなかなか勇気が要る……が、もう迷っている暇もない。

  フローラが考えを巡らせている合間にもマリンは叫び続け、最早半狂乱と言ってもおかしくない状態になっていた。先程の攻防で魔力はほぼ尽きているだろうが、物理的に殴られたりするリスクはまだ消えていない。

  そして、少々マイペースで水泳以外の運動が得意でないフローラが、ヒロイン補正で体の動きが機敏であるマリンに勝てる可能性は、残念ながら低いのだった。


「……しっかり掴まっててね、はぐれちゃうといけないから」


「はぁ!?ヒロインになるとか抜かした次は、誰も居ないのに独り言?ホンットいかれてるわ、あんた!!良いからそれ返してよ!!」


  空いた方の手でバラの聖霊をそっと抱き寄せ一歩後ずさったフローラに叫ばれる、その言葉からもわかる。

  今目の前に居るマリンには、聖霊の姿が見えていないのだ。本物のヒロインならば、心を通わせ友となる存在である筈なのに。


「言われなくても返すわ、貴方じゃなく本来持つべき方にね。これは本来、貴方の物じゃない。聖霊女王タイターニア様と、聖霊の巫女様の絆の証!巫女様が亡き今、これは早く聖霊の世界に返しておくべきだったんだわ!!」


  それなのに、指輪の存在だけでも十分な加護の力があるからと、聖霊王夫妻の温情によりスプリングに預けられていたものだったのだ。それを、“ゲームのエンディングでは自分の物になるから”と言う理由で、彼女は不当に手に入れた。これを傲慢と言わずして何と言うのだろうか。

  四大国の王族の一人として、国どころか大陸ごと破滅に導きかねないこの行い、ただで済ます訳にはいかない。


  だから、後一歩下がれば現実へと飛び込む、その手前でもう一度足を止めた。


  ほんの少しの溝をあけた先で、怒りに肩を震わせた少女が自分を睨み付けている。

  “自分”に向けられているようで、どこか誰も見えていないような。その危うい敵意の眼差しにも、とても見覚えがあった。


  だから、自分はきっと、彼女と戦わなくちゃいけない。

  今度こそ、大切な者を理不尽に奪われない為に。


(わざわざお互いが“この身体”に転生したのも、きっと神様のイタズラね……)


  一度目を瞑ってそう心で呟いた後、今度はマリンにフローラが言う。


「仮に貴方の言った通り、私が“悪役”で貴方が“主人公ヒロイン”だったとしても構わないわ。ヒロインになると言ったのは、何も私、別に貴方になりたい訳じゃないの。ただ、大切な人達を守りたいだけ」


  普段は優しさしか見せない人間の冷たい声音には、気が触れかけた人間すら一瞬怯ませる程の迫力があった。


「だから、覚えてらっしゃい。どちらがどちらの立場になるにせよ、貴方と戦うのは私よ!!」


  そう言い放つのと、とうとうフローラの足元の空間も崩れ始めたのが同じタイミングであったのは、聖霊王による悪戯だったのだろうか。


「このっ……、逃げんじゃないわよ!」


  ぐらりと傾いだフローラの身体に向かいマリンが掴みかかろうとするも、失敗した。彼女の足元も、既に地面が消えていたからだ。


「逃げないよ、別に。ただ現実に帰るだけだから。ずーっとおかしくなった皆ばっかり見てたから、そろそろ本物に会いたいし」


  互いの身体が光に呑まれ見えにくくなって行く中で、声だけはハッキリと聞き取れるのだから、何とも不思議である。


「何が現実よ!あんたの世界のメインヒーロー達なんて、努力しなきゃ一番になれない凡人と、人当たりが良いだけの弱虫と、ただ人をあしらうのが巧いだけのブラコンじゃない!女子キャラだってただの引き立て役なのに、三つ編みにメガネとか地味すぎて役立たないし!あんなの、私にふさわしくないわ!」


「……ふふっ」


「何がおかしいのよ!!」


  その、意外とどれが誰を示しているのかしっかりわかってしまう暴言につい笑ってしまった。なるほど、確かに見ようによっては間違ってない。


  間違ってないが……、フローラから見た彼等は、どんなことにも努力を怠らぬ姿勢を持つ芯の強いライトと、自身が繊細だからこそ誰より人の痛みを理解し癒せる優しいクォーツと、相手を不快にさせずに皆の仲を調和させて導いてくれる頼りになるフライだ。まぁ、フライのブラコン疑惑はまぁ……兄弟愛も大切じゃないか!と言うことにしておく。少なくとも、ゲームの様にルートによっては起こり得た、殺し合いになりかねないほどの憎み合う関係よりずーっといい。

  親友キャラポジションのレインも、地味だなんてとんでもない。実は成績もメインキャラ達についで常に五位付近に居るし、メガネを外して髪を下ろさせると、あの子はそれはもう可愛いのだ。あれこそ正にギャップ萌えだ、別に自分百合属性があるわけじゃないけど。だから、今からデザインの可愛いミストラルのメイドの衣装をレインが着てくれる日を、密かに心待ちにしているくらいなのに。


  だからだろうか、いっそ、彼女が可哀想にすら見えてきてしまうのは。


「……そう、わかってもらえなくて残念だわ」


「何がよ、笑ってんじゃ無いわよこのブス!!」


  別にそれくらいの暴言、気にならない。

  “ブス”呼ばわりされたその顔で優雅に笑って、フローラは呟いた。


「可哀想にマリンさん。その“残念な本物”達の方が、ずっとずーっと魅力的なのに、それを知れないままだなんて」


  もう互いの表情なんてほとんど見えないが、声音から哀れまれたことはわかったのだろう。


  もう完全に姿は消えた空虚な箇所を見据え、顔を真っ赤にしたマリンが捲し立てる。その掌に、最後に残った魔力をありったけ籠めながら。


「何が可哀想よ、何が魅力的よ!!いいわ、好きなだけほざいてなさいよ、あんたがどれだけ周りを好きだろうと、どうせ“悪役あんた”の事なんか誰も好きじゃ無いんだからぁ!!!」


  マリンの最後の全力の悪意が、言葉の刃と魔力の塊となって空間に突っ込むが、それが届いたかを見届ける事無く、マリンは試練の空間から弾き出されたのだった。


  そしてフローラもまた、試練の最後の余波に流されており、気づけなかったのだ。


  マリンの放った最後の魔力に、闇より深い黒い魔力が絡み付き、その炎を激しく燃え上がらせた事に……。


     ~Ep.181 聖霊王の試練 《合格》~






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