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Ep.180 立場逆転

  前世で大人気だった乙女ゲーム、恋の行く道。その人気の理由のひとつに、他の乙女ゲームより圧倒的に多いイベントの豊富さが挙げられていた。

  イベントスチルは全て合わせると100を優に超え、全て集めきるには周回プレイ必須とのこと。


  そして、フローラが邪魔をしたこのイベントこそ、好きなキャラランキングで不動の一位を誇ったフライの、“告白未遂イベント”そのものなのである。(この点はメインヒーローであるライトが可哀想な気もするが)


  攻略対象が皆貴族である為全体的に甘い台詞が普段から多いのもこのゲームの魅力であったわけだが、どの攻略対象にも必ず一回だけ用意されたこのイベントの甘さは格別だ。それはもう、フラれたらヒーロー達の方がおかしくなってしまうのではないかと言わんばかりの溺愛セリフを聞けるこのチャンス。自分を取り合う男性たちをあれほど楽しそうに見ていたマリンが、みすみす見逃す訳はない。正直、必ず来ると確信していた。


  だから、乱暴に扉を閉めた彼女がフライの不在に不機嫌になり、辺りに八つ当たりを始めるのも想定通り。問題は、このあと彼女が“ロードするか”である。


(この世界に閉じ込められてからの不可解な時間の巻き戻り……。起きるのは必ず、ゲームのイベントが失敗していた日だったものね)


  ゲームのイベントが不発になって怒るのは2人。ゲームを遊んでいるプレイヤーか、実際に攻略を行っている主人公マリンだ。そして、聖霊王の魔力で作られたこの空間に“プレイヤー”なんてものは存在し得ない。となれば、時間の流れをねじ曲げてまで、彼等を思い通りにしようとする者は、たった一人。


「まーたイベント失敗!?やっぱりライバルキャラが役立たずだと駄目ね!毎度毎度ロードでやり直すこっちの迷惑考えて欲しいわ!」


  そのたった一人の少女が、イライラをぶつけるように叫びながら何かを掲げる。窓から僅かに射す光にキラリと反射したそれは、本来ならば、ここにはあってはならないものだ。


(“聖霊女王タイターニアの指輪”……!しかも、石が三つとも真っ黒!なんで!?)


  影から様子を伺うフローラの目には、石どころか指輪その物からマリンの体へと流れていく黒いモヤがハッキリと見えていた。もう間違いない、あの子は、本物の主人公ヒロインなんかじゃない。


  今まさに指輪の力でロードを、つまり、時間の巻き戻しを行おうとしているマリンの前に、意を決して飛び出し声を張り上げる。


「お待ちなさ……くしゅんっ!!」


  本人の気分的には、宛ら威厳たっぷりにヒロインを糾弾する悪役令嬢っぽくなるつもりだった筈なのだが……。『お待ちなさい!!』の“い”にたどり着く前に、急に鼻がむずむずしてくしゃみが飛び出したのだ。


「……何あんた、ダサッ!」


「ーっ!!!」


  仁王立ちしたフローラが飛び出した瞬間には一瞬怯んでいたマリンにもそう言われてしまい、言葉の矢が背中に突き刺さる。


  ガーン!とショックを受け涙目になりつつ、恥ずかしさで赤くなる頬に両手を当ててあたふたするその姿は、言っては何だが最早悪役の“あ”の字も感じさせない有り様だ。


  あまりの自分の駄目っぷりに、向かい合うマリンの目が怒りや憎しみだけでなく若干哀れみが混ざり出した気がして恥ずかしい。出来ることならやり直したい気持ちもあるが、でも、首を横に振って思い直した。それは、生きとし生きる者にとって最大の禁忌だ。過去を何度もやり直して、周りを含め世界の全てが自分の好きなようになるまで繰り返すだなんて、そんなの、人生じゃない。


「……一体何なの?ようやくゲームが楽しめるようになってきたのに、バグのお陰で台無しね。用がないなら出てってくれない?」


  『あんたに邪魔されたせいで、またイベントやり直しなんだから』と、マリンが指先でつまんだ指輪を空に掲げると、辺りの景色が大きく歪む。同じ世界にいて、目の前に立っているフローラの方には最早視線すら寄越さず。『まぁ出ていかなくたって、ロードしちゃえばこれも無かったことになるけど』と、悪どく笑う。その笑みと共に黒いモヤが部屋全体へと広がり、空間全体がまるで砕ける直前の鏡のようにひび割れる。

  声は無いけど、聞こえている。世界が悲鳴を、あげている。


  立っているのすら危うい状況にも関わらず、自分の心は凪いでいた。昔から薄々感じては居たが、自分は意外と肝が据わっているらしい。ただ真っ直ぐにマリンを見据え、その後、静かに目を閉じる。神経を研ぎ澄ます為に。


(……昔、ライトが教えてくれた通りだ。見えてない方が、魔力の流れってわかるのね)


  空間を構成している魔力を、マリンが持つ指輪が恐ろしい早さで吸い込んでいるのを感じる。しかし同時に、指輪その物がマリンの手から逃れたがっているような……そんな波長を感じ取った。


  しかし、フローラを舐め腐り、彼女より自分の魔力の方が上だと自惚れているマリンは、目の前で瞳を閉じたフローラが何をする気なのかにすら気づかない。


「なんだ、何しに来たかしらないけど諦めたの?潔いわね」


  そんな事を言って、ニヤニヤ笑っている始末だ。


  だが、だからこそ、不意を突きやすいと言うもので。勝利を確信して笑うマリンの指先に向かい、フローラの手から放たれた水の砲弾が指輪を弾き飛ばすのは、実に簡単なことだった。


「何すんのよ、あれがなきゃロードが出来ないでしょ!?もう、あんた邪魔!!!」


  あくまで彼女の手元から指輪を離すのが目的であった為、マリン自身にはダメージを与えていない。そして、逆上して自身の魔力で炎を飛ばしてくるマリンの力は、いざ向かいあってみれば、脅威にも何にもならなかった。

  確かに身体がヒロインなだけあり、魔力の量は多いのだろう。一般の人間ならあっという間に焼き殺されてしまいそうな量の火の弾が飛んでくることからも、それはわかる。


「何よ……っ、何で一撃もあたらないの!?」


  しかし、それほどの数の攻撃を、フローラは真正面からひとつ残らず相殺していった。

  このコントロール力は、それこそ、長年地道に訓練を積んできた者と、テストだけを権力で不正に高い成績にし、遊び呆けていた者との差である。


  ……が、フローラ自身が、それだけではないことを感じていた。本来、魔法が得意でないフローラは、一度に大きな魔力を使おうとすると、コントロールしきれずに暴走して自滅してしまう。この点だけは、何年訓練を積んでもなかなか上手くならなかった。

  しかし、今はその魔力が暴走していく感じがしない。何かに導かれているように、魔力が自在に攻撃を……攻撃“だけ”を叩き落としていく。


「……っ、何するのよ!!あんた、ヒロインにこんなことしてただで済むと思ってんの!?ただの悪役の癖に!!私はヒロインなのよ、この世界で一番重要な存在なの!!!」


  やがて、先にマリンの方に疲れが見え始め、攻撃が止んだ。しかし、マリンは恐れる様子も悪びれる様子も見せず、ただかんしゃくを起こす。その姿を見据え、フローラが静かに口を開いた。


「……そうね、確かに今、私は悪役で、貴方は主人公ヒロインだわ」


「そうよ!わかったなら、あんたも私の幸せの為に……っ」


「でも、じゃあ貴方に聞きたいわ。主人公ヒロインってその世界にとって、どうして大事な人なのか」


  淡々と紡がれる問い掛けを、マリンは鼻で笑い自らの髪を片手で払った。そして、叫ぶように答える。


「なんでって、それは一番才能があって、一番可愛くて、最高な人間だからよ!だからみーんな、私に尽くせばいいの!!それだけで、皆幸せでしょ?」


  その言葉に一瞬、フローラの顔が悲しそうに歪む。しかし、すぐに真剣な眼差しに戻り、視線だけを動かし、先程弾き飛ばした指輪の在処を探す。

  どうやら、自分の正面に立ちはだかるマリンの斜め後ろに落っこちているようだった。


(“聖霊女王タイターニアの指輪”も拒絶するわよね、これは……。何とかして、暴走してしまう前に拾わなきゃ)


  そう考えて、マリンの方へと一歩、踏み出した。


  凛として、微笑みさえ浮かべていないその姿は凛々しく、対峙する者に気高さと威厳さえ感じさせる。それは、それこそが、主人公ヒロインに備わるべき資質だ。


「私はそうは思わない。別に、おバカな子だって、苦手なこといっぱいだって、構わない。そんなこと、努力で何とでもなるわ」


「はぁ?主人公なのに何でわざわざ努力してやんなきゃなんないのよ」


「いいえ、主人公だから、頑張るの。大切な夢や、人や、世界を、護る為に」


  マリンと対峙する覚悟を決めるため、フローラも弱い頭をフル回転させ考えたのだ。主人公とは何か、大事な皆をただのお人形キャラクターにされてしまわないためには、どうすればいいのかを。


  そして、出した答えは……


「主人公の資格はただひとつ。その世界の人達を愛してる事よ。貴方には、それがない。貴方が好きなのは自分だけ……だから」


  そこで大きく息を吸い、フローラは宣言した。


「だから、私が皆の主人公ヒロインになるわ!!!」



    ~Ep.180 立場逆転~


      『これが、私の覚悟だ』


  





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