聖霊王の悪戯 《前編》
「なるほど、その発想はなかった!!いやぁ、本当にいいなぁあの姫さん。笑わせてくれるわ!」
自らの膝をバシバシと叩きながら大爆笑する聖霊王は、ひとしきり笑った後、水鏡に手を突っ込み、空へと飛ばされたフローラの力作……もとい、ホラーな顔付きの布を引っ張り出した。
6人同時にそれぞれに受けさせたこの試練。既に合格したフローラ以外の5人も思い思いのやり方で偽者を看破していたが、まさかこんな物で偽者を脅かしてリアクションを見ようとするとは思わなかった。
正直下らない。実に下らないし、他にもいっそ偽者を攻撃してみるとか、もっと別の手立てがいくらでもあっただろうに。いやぁ、本当に下らない。
でも、だからこそ面白い!
「あの子は本当に変わってるなぁ。実に楽しませてくれる」
そして、ここで聖霊王の悪戯好きの血が騒いだ。どうせなら、“本物”を脅かした時の反応を見てみたいと、そう思ったのだ。
だから、水鏡を操り、もう直本物の皇子達の元へとたどり着こうとしているブランの姿を写し出した。
そして、その上で摘まんでいたそれを落とせば、濡れることもなくフッと姿を消す。
「さーて、偽者とどう違った反応になるのか……実に楽しみだ」
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一方、こちらは玉座の花園から大分下った位置にある河原。
美しい清流を眺め、ライトが不思議そうに首を捻っていた。
と、言うのも、先程泥がついてしまった己の腕を川で洗い流した際。一部的にではあるが流れた汚れのせいで濁ってしまった筈の水が、腕を引き上げた途端、瞬く間に透明に戻る様をその目で見たからである。
断じて、川の流れに流された訳ではない。まるで最初からそんな汚れは存在していなかったかの様に。
そしてその現象は、ライトより更に土汚れにまみれていたクォーツが手を洗った際にも起こったのだから、気のせいでも目の錯覚でも無いのだろう。
「一体どうなってるんだ?これも聖霊の魔法か?」
「どうだろう……。でも伝承によると、代々ほとんどの種族が植物を司る聖霊達は、確か水の力だけは扱えなかった筈だよ。だからこそ、初代の巫女となった女性が水使いだったんだと言われてるんでしょ?」
「それもそうか。でもこれ、どう見ても汚れが完全に消滅してるぞ。まるで浄化されたみたいだ」
片手を皿のようにして清らかな水を掬い上げるライトにいたずらっぽく笑んで、クォーツが『じゃあ飲んでみる?』と促す。
「冗談!いくら何でもそれは無いだろ。身体壊したらどうすんだよ」
「大丈夫だよ、胃に効く薬草の煎じ方は任せて!」
「あぁ、それなら安心……いや、安心しちゃ駄目だろ!!お前、あんまりいい笑顔で言うから危うく流される所だっただろうが!!!」
「川だけに?」
「喧しいわ!!」
と、下らない2人の掛け合いを苛立ったようにしばらく黙って眺めていたフライだったが、我慢の限界だと言わんばかりに立ち上がって、早足で水際へと乗り込んだ。そして、らしくもなく荒い仕草で川の水を掬い、一息に飲み干す。
そして、唖然と自分を見上げる2人を他所にハンカチで口元を拭い、ようやく口を開いた。
「喧しいのは2人ともだよ!それに、“浄化”と言ったライトの読みは強ち間違いじゃない。見ての通り飲んだところで害など無いさ。聖霊の森の水は、ユニコーンの力で常に浄化されているからね」
「あぁ、確かに一角獣の記述にあったな。“ユニコーンの角は、絶大な癒しと浄化の力を持つ”とかなんとか」
「そうなの?でも、ユニコーンて確か、一番聖霊と親しいスプリングの人はもちろん、聖霊王様すら見たことが無くて、実在しているかはわからないんじゃなかった?」
『そんなことより』と、フライが一番言いたかったことにたどり着く前に、疑問が解けて川から離れた2人がまた別の会話を始めてしまう。
(しまった、長くなる話題をふるべきじゃ無かったな……)
こうして呑気にしている間にも、まだはぐれたままの女の子3人が危険な目にあっているかも知れない。
バラバラに飛ばされる前に、自国で作らせた“探し人の私物”の波長を利用して人探しが出来る我が国の新しい魔術具はフローラと一番親しいレインに渡したが、使い方までは教えられなかった。その事に、更に不安と苛立ちが増した。
いつもの様にデータを集めて最善の道を見つけ出す余裕も、言葉巧みに2人を誘導して目的に向かわせるセリフも浮かびやしない。ただ、あの子が無事で居るのか。
そのたったひとつの不安に支配され、頭も上手く回らない。
未だ気持ちを自覚していないにしても、クォーツの呑気さにも腹が立つ。恐らく、心配はしているものの危険な目にあっているとまでは考えが及んでいないのだろう。
一応2人とも腰は上げたものの、いつの間にやら会話が逸れに逸れて休み明けの話題になっている。
「にしても、この件が終わって国に帰ったらすぐ休み明けだろ?気が重いわ……」
「え。何で?休み明け何かあったっけ」
「珍しいね、君、普段はそんなこと言わないのに」
もう無視して先に行ってやろうかと思ったが、確かに普段弱音や愚痴を漏らさない彼らしからぬセリフにつられてつい参戦してしまった。
まぁ、会話は継続しつつも歩みは進んでいるのでここは妥協しよう。
そして、フライとクォーツに同時に理由を訪ねられたライトが肩を竦めて笑う。
「婚約の件だよ。どこかの誰かさんがかなり力業でまとめた話だからな、きっとしばらくはうるさいぞー」
「力業なんて心外だな、僕がなんの根回しもしていないと思うの?」
「……したのか?」
「ご想像にお任せするよ」
敢えて『誰が』とは口にしないが、考えるだけで今から気が重い。言われてみれば……と、クォーツもそれに続いた。
「確かに、異例の早さで決まったしね……。でも、探りに群がってくる人たちくらい、ライトとかフライならいつもみたく言葉で上手くあしらえそうな気がするけどな」
「そりゃ普段ならそれでいいが、こればっかりはな……。別に恋慕の情があって婚約したわけじゃなし、更に一番の理由である聖霊の件は公に出来ないんだから。これじゃあ言い訳のしようが……ん?」
「そ、そう……だ、ね。……あれ、フライ、どうしたの?」
そのライトのひと言で思わず足を止めたフライに、気づかずに数歩先に進んでしまった2人が不思議そうに振り返る。彼等を真っ直ぐ見つめ返して、気づいたら口を開いていた。
「……僕、ひと言も言ってないけど。彼女に好意がないなんて」
ほんの数歩ぶん開いたその隙間を、大きな風が吹き抜けて行った……。
~聖霊王の悪戯 《前編》~




