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Ep.179 聖霊王の試練《六》

  不可思議な夢から目を覚ましてからは、何とも怒濤の展開だった。


  まだ意識が覚醒する前のことであった為に詳細は覚えていないが、マリンちゃんを背中に隠した三人に罵倒され、医務室に吹き荒れた花嵐の原因が自分であろうと断定された。


  つい『そんな高度な魔法使えない』と答えてしまった時は流石に失敗したと思ったが、そのお陰で彼等の戦意を削げたようなのでまぁ結果オーライだろう。


(そんなことより、今はこの世界の皆が偽者だって証明しないと)


  そう思うが、何分勉強はそれなりに出来ても独創的な発想力には乏しい凡人の自分だ。どうしたものかと悩みつつ、医務室の扉を少しだけ開いて隙間から出ていった4人の様子を伺ってみる。


(何だろう、あのモヤモヤ……)


  すると、マリンを中心に辺りの迷惑も考えず固まって歩く彼等の周りが何だかモヤモヤしていた。決して心理的な物ではなく、物理的に彼女達の身体にまとわりついているように見える。見た目を例えるなら、工場とかの排気ガスみたいだ。

  そのモヤモヤはマリンの胸元から沸き出ており、今は特にライトに強く絡まっているように見える。


  だからだろうか、今ライトに近づいても看破の為の策は試せない様な気がした。一番マリンの側にいて、常に彼女の要望を叶えているクォーツも然り。となれば、残るは……


「よりによってフライか……、手強いなぁ」


  一人きりで動いている可能性は一番高いが、三人の内で最も頭の切れる男だ。凡人の自分が考えた生半可な策など通用する筈がない。いくら偽者だとしても。


(何か、すーっごく苦手なものでもあればいいんだけどな。普段動じないからこそ、そこで本来とあまりに違う反応が得られたら偽者だって確信出来るのに)


  その時だった。学園祭でお化け屋敷を出すことを希望していたクラスの生徒たちが、目の前を通りすぎたのは。

  それを見たフローラの瞳が、獲物を見つけたようにキラリと光る。


(あった!フライの苦手なもの!!!)


「よし、そうと決まればさっそ……く?」


  元気よく医務室から飛び出そうとして、後ろから力強く肩を掴まれる。

  振り返ると、生徒の間でも人気の高い美女である保険医がにこやかに自分の肩に手を置いていた。そして、優しい声音で話しかけて来る。……その笑顔と声に、妙な圧を感じる気がするのは自分の気のせいだろうか。


「フローラさん、身体の具合はどうかしら?」


  そう聞かれて、そういえば怪我をしていたのだと打ち付けた筈の後頭部を触ってみた。丁度、夢の中でユニコーンの角が触れた辺りの位置だ。そして、首を傾げる。


(あれ?痛くない……)


  痛みはもちろん、出血していた筈なのに、腫れもかさぶたの感触もなかった。しかし、それを不思議がる間もなく、もう一度保険医に『どこか痛む?』と聞かれたので、慌てて首を振る。


「だ、大丈夫です!とっても元気です!!」


「そう、それは良かったわ」


  穏やかに微笑んだ保険医が、そう言いながらフローラの手に長い棒状のものの柄を握らせる。

  

「ホウキ……?」


  今度こそ不思議そうに首をかしげたフローラに、笑顔の保険医が無言のまま医務室の床を指差す。その指先に視線を落とせば、花びらまみれの医務室がそこにあるわけで。


「先生このあと会議に戻らないといけないの。だから、お掃除はお願いね?」


「え!?あ、でも、私……」


  反論しようとしたけど、ふとホウキを持つのと反対の手に己が辺りに散らばる花弁と同じ色のバラを握っているのに気づいてしまっては、何も言い訳は浮かばないのであって。


「お・ね・が・い・ね?」


「は、はい……」


  結局圧力には逆らえず頷いてしまった。

  それも仕方がない。何分前世から筋金入りの優等生気質……。今さらちょっと決意を新たにしたからと言って、いきなり教師に逆らえるような子になるわけがないのだ。


  しかし……、しかしである。この理不尽な仕打ちに、不満が無いわけがないじゃないか。


  意固地になって医務室を新築かと言いたくなる程ピカピカに掃除しつくし、最後に換気の為に開けていた窓をしっかりと閉める。外に声が漏れないように。


  そして息を吸って、力一杯叫んだ。


「私だって……、私だって、被害者なのにーっ!!!」


  その後、この空間ではことごとく不運なフローラのその叫びは偶然医務室前の廊下を通った生活指導の教師に聞かれ、お説教を食らう羽目になったのは、また別の話……。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふっふっふ、完成!!お裁縫習っといて良かった~」


  翌朝、フローラは自室で一枚の白い布を頭から被りひとり笑っていた。

  その笑い声が上がる度に、布に縫い付けられた亡霊の顔の模様が小刻みに揺れて、かなり不気味である。

  今は部屋が明るいからまだ良いが、薄暗い場所でホラー系が苦手な人間にこれを見せようものなら、かなりの恐怖を与えるであろうそのデザイン。

  わざわざ学園祭でお化け屋敷を出したがるホラーマニアの子達に作り方を習って、徹夜で仕上げた甲斐がある出来映えだった。


  なんでわざわざこんなものを用意したかと言うと……


「これでビックリさせてこの世界のフライが恐がったり怒ったりしなければ、十分偽者の証明になるもんね!!」


  と、言うことである。

  何を隠そう、フライはこう言った人為的に作られたいかにもな感じのホラー系が心底苦手なのだ。初等科の時にライトがゾンビっぽいマスクで脅かした時にものすごく怯えていたので、流石に本物ならこれにノーリアクションと言うことはない筈なのである。


  それに、今日は土曜日なのだがゲーム通りならフライのイベントがある日で、そのシナリオに添うなら彼が今居るのは資料室。薄暗く、他の教室に比べ狭いあの部屋なら、ホラーな雰囲気も出しやすい!!と考えたのだ。

  それに、成功すればスチルイラストが手にはいるこのイベント。なんと失敗ルートでは、他ならぬ“悪役姫わたし”の邪魔立てが入るのだ。だから上手く行けばもう一人、何者なのか確かめることが出来る。


「よし、行くぞー!」


  そうして、勇み足で資料室に向かい、わざわざ布を被って隠れ、フライ(の偽者)を脅かした結果は……


「……意図は知らないが、邪魔をするなら出ていってくれないか」


  と言う実に無感情な反応と共に、彼の魔法ひとつで力作の布は彼の魔力により、開いていた窓から空高くどこかへ飛ばされてしまったのであった。その眼差しに怯えの色も怒りの色もなく、ただただ本当に邪魔な者を見るだけの冷たさで。


  しかし、フローラにとっては予想通り。寧ろ、本物と全く違う、このリアクションを望んで居たので、布を飛ばされた際に乱れた髪をサッと手で整え、優雅に微笑んで偽者に微笑んだ。


  本物のフライにこんなイタズラをしようものなら、怒られるのが怖くてとても目も合わせられないだろうが。これは幻影……、幻だ。何も怖がることはない。


「資料探しのお邪魔をしてしまって申し訳ございません。学園祭でホラーハウスを出したいと申請があったクラスの為に、どの教室が最適か調べて居ましたの」


「……そう。でも、昨日その申請書はライトが没収した筈では?」


「あくまで処理が延期になっただけですわ。それよりフライ様、フェザー様がお呼びです。資料は私が探しますので、行って差し上げて下さいませ」


「……兄上が?」


  異質な行動についての言及はあらかじめ用意していた言い訳で切り抜け、その後、彼に然り気無く退室を促す。

  表情、仕草、立ち位置から扉を開けて『どうぞ』と促すタイミングまで、寸分違わずシナリオ(ゲーム)通りに。


  そう、自分が画面で見たあのときのフローラは、彼を実に最もらしい理由で追い出したのである。ひとつの目的の為に。


「……じゃあ、任せるよ。いくら無能でも、過去のアルバムを探しだすくらいは出来るだろうしね」


「えぇ、お任せ下さい」


  やがて、少しだけ考え込んでいた彼は、ゲーム通りの嫌味を残して立ち去った。それを笑顔で見送り、フローラは資料を探す。……のではなく、出入り口から死角となる位置に、そっと身を潜め息を殺した。


  イベントのスチルは夕焼けに染まっていた。あの子が来るにはまだ早い。


  柱の陰で寄りかかって、置物の如くじーっと待つ。


(あの布、どこ飛んで行っちゃったのかなー)


  なんて、下らないことを思いながら、たまにうとうとしつつ。


  一時間後、ガラリと音を立てて開いた扉の音に、肩を跳ねさせ目を覚ました。


(いけない、寝ちゃってた!さてと、入ってきたのは……)


  まだ、ここに居ることはバレてはいけない。息を殺して、柱の陰から入ってきた人を覗く。気分は、某有名ドラマの家政婦さんだ。


「……なによ、居ないじゃない!あんまタイプじゃないのに、わざわざイベント見に来てやったのに!!」


  そして、目的通りの人物の、まるでいつもと違うその姿に、こっそり覚悟を決めるのだった。


   ~Ep.179 聖霊王の試練《六》~


  当然、飛ばされた布が不自然に空中でパッと姿を消したことなど、フローラは知る由もないのだ。





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