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Ep.177 三者三様・心模様 

(どうしてこうなった……!!!)


  雄大な青空と、真下に広がる美しい森を眺めながら、この呟きを何回繰り返しただろうか。


  いきなり変な空間に迷いこんだと思ったら、親友達や愛する妹の偽者に、これでもかとかつて抱いていた劣等感を刺激されて。

  でも、自分は自分のままで良いと素直に思えるようになった今では、そんなこと、別にどうとでもないような。戦ったら、実は簡単に勝てる様な気がして、僕は僕らしく、強くなることを決めた。親友達の隣に並び立つのに恥ずかしく無いように。愛する妹を守り抜けるように。園芸仲間の優しくてちょっと苦労性なレインとももっと仲良くなれるように。

  ……そして、どんな自分でも笑顔で受け止めてくれた、優しいあの子の笑顔が、陰る事が無いように。強く“なりたい”んじゃない、“なるんだ”と、宣言したのだ。


「それなのに、何で出た先が断崖絶壁なんだよーっっっ!!!」


  『早く皆を探しに行きたいのに!!』と身を捩るが、その度に引っ掛かっている木がミシリときしんで怖くなってしまう。強くなるとは言ったが、流石にこれは酷いだろう。


「……なんて、嘆くと思ったら大間違いだからね!」


  誰も聞いていないのに一人そう意気込み、遥か真下にある地面へと視線を落とす。以前の自分なら、とてもじゃないが恐怖で直視出来なかっただろうけど。


  そしてもちろん、今も恐怖を完全に感じなくなったわけではないけれど。別にそれはいい。恐怖は消すためでなく、克服し、新たな強さを得るためにあるのだ。


  素直にそう思えるようになったのは、『恐怖を感じてなくてなんでも出来ちゃう人もすごいけど、恐くて堪らないときでも大事な人達の為にそれを乗りこえようって頑張れるクォーツはもっとすごいよ!!』と、満開の花のように笑って言ってくれた彼女のお陰だ。あの日の笑顔が脳裏を過る度に、心臓がくすぐられているように、胸の奥がこそばゆい様な、それでいて僅かに痺れるような甘い痛みに襲われるのが困りものなのだけど。

  理由がわからないし、薬も効かないのだから尚更困りものだが、可愛い妹がそんな自分の様子を見て生暖かい妙な眼差しで“体の不調ではないから大丈夫だ”と断言してくるので大丈夫だと思っている。幼少期のほとんどを寝所で過ごすほど病弱であった妹は、病気による不調に詳しいのだ。……多分。


  いや、そんなことより、今はこの窮地をどうやって切り抜けるかである。


  クォーツの魔力の源は“土”。流石にこの高さまで地面を迫上がらせることは難しいが、崖の間に何ヵ所か段を作ってそこを渡っていけば降りられるだろう。


  そう覚悟を決めて、魔力を込めたときだった。


「……ん?」


  自然とは、なんと残酷なのだろうか。それとも、彼が単に不運なのか……。

  とにかく、不意に辺りを揺らした激しい突風により、ギリギリの所で引っ掛かっていた自分の服が、無情にも枝から外れたのだった。


  『落ちる!!』と、血の気が引きかけ、そのまま重力に体を引っ張られ……


「あ、あれ……?」


「『あれ?』じゃねーだろ、ったく……大丈夫か?」


  その力と反対に、右腕だけが上へと不自然に引っ張られた。恐る恐るそちらを見れば、太陽の光を余すことなく吸収した金髪が眩しくて目を細める。


  崖上から身を乗り出したライトが、片手で軽々と自分の身体を引き留めていた。

  そして、そんな親友に救われた彼の第一声は……


「えっと……本物?」


  と言う、なんとも間の抜けたものだったのである。












 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

  恐らくここの主による審判のようなものだっろう異空間を脱出して数十分後。森が一旦開けたと思ったら、どうしてそうなったか知らないが崖から今にも落下しそうになっているクォーツを発見した。


  考える間もなく駆け寄り、落下寸前のその腕を掴める距離に居られたのは本当に幸運だった。


  しかし自分の腕に支えられ無事な姿を見て、安堵の息と言葉を述べた所、返ってきた一言は。


「えっと……本物?」


  これである。流石にちょっと酷くないか、こいつ。


「よーし、手を離してほしいんだな。よーくわかった!」


  上まで引き上げる前に、わざとほんの少しだけ腕を掴む力を弱めると、わかりやすく青ざめて器用に空いた手ですがり付いてきた。


「わーっ!嘘ですごめんなさい!!助けてください!!!」


「うおっ!わかったわかった!本当に離したりはしねーよ、ほら、引っ張るから足かけて登ってこい」


  あんまり強い力で引っ張るから、こいつ正直自力で上がれたんじゃないか?とも思わなくはないが……、まぁ、何にせよ無事だったのだから、まぁ良しとしようか。


  何とか安全な位置まで戻り、息を荒げているクォーツの様子を見ると、他の皆を探す前にまずは水分をとらせた方がよさそうだ。


「おい、歩けるか?」


「え?う、うん、大丈夫」


「じゃあ行くぞ。来る途中に川が流れてたから、一旦そこまでな」


  素直についてくるその姿が、いつもふわふわと柔らかそうな金糸の髪を揺らして犬みたいに元気にあとをくっついてくるあいつを思い起こさせる。

  どうにも抜けていてお人好しな性格を思うと、今すぐ探しにいった方がいいような気もしたが……、毎回助けに行くだけでは、本人の為にもならないだろうと、胸にわいた不安を振り払うように首を横に振った。


(それに、あいつ芯強いしな……。泣いてるところも見たことねーし、意外と自力で何とかしてるだろ)


  思えば、たまに怒らせて頬を膨らましている姿を見る以外、思い出す表情は笑顔ばかりである。そう自分で勝手に納得した辺りで、涼しげなせせらぎが耳を掠めた。そのことに妙に安心して、長いため息が溢れる。


  現実的には恐らく数時間しか経っていないのだろうが、今となってはあり得ない筈の幻影の世界で過ごした時間がことのほか長く、思いの外疲弊していたようだ。身体も、心も。


  だから、川に着くなり飛んできた一言に、軽口を返すのも億劫だ。と言うか、正直口で勝てる気がしない。そもそも、俺は未だ川のせせらぎも真っ青な程涼しげに微笑むあの親友に、勝てたことが無いのだから。


「やぁ、ずいぶん遅いご到着だね」


  ……こんな見慣れた腹黒策士様の、麗しいと言う名の仮面ではなく。普段はこんなこと思わないのだが、今は無性に、あいつの能天気な笑顔が見たいような気がした。










 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

  森の中で迷った際に、川と言うのは非常に頼りになる場所だ。

  水分の調達はもちろん、疲れて傷んだ身体を冷やすことも可能だし、何より、水の流れにそって進めば、森の出口が見付かる場合も多い。仲間とはぐれている場合なら、水を求めて向こうも川を目指してくる可能性が高い。

  何より、一番会いたい人は水使いだ。扱いは苦手でも、水の在処の感知なら出来る筈。


  なので試練を……かつての距離を置かれた兄の幻影を乗りこえ放り出された河川敷から歩くこと数十分。

  水のせせらぎに交じって耳に入る覚えのある声に安堵すると同時に、思わず落胆の息を漏らした。待ち人の声は無く、すぐにそこには居ないとわかったから。


(ちょっと溺れすぎ……かな、こんな格好悪い姿、とても見せられない)


  彼女に本質を見抜かれ、自分の気持ちを自覚した今、改めて思うことがある。自分は意外と、見栄を張りたがる性格な様だと。と言っても、これは如何に権威を持って相手より己が上だと示すことが大切な貴族にとっては悪いことではないし、今さら直そうとも思わないが。

  それにやはり、大切な人の前で、情けない姿は晒したくないとも思う。


  なので、落胆はおくびにも出さず、いつも通りに微笑んで振り返った。


「やぁ、ずいぶん遅いご到着だね」


「はぁ……。お前は憎らしいほど涼しげな顔してんな、いっそうらやましいよ」


  ため息交じりに返されるその声音は、なんとなく、試練前に引き離されるより大人びている気がする。

  彼は元々、真性の負けず嫌いだ。“うらやましい”なんて言葉、以前なら意地でも使わなかっただろうに。


  ……と、まじまじとその姿を観察して、その腕に泥の様な汚れが付いていることに気付く。


「存分に羨ましがってもらって構わないけど。それより、どうしたんだい?その腕」


「あー、それはクォーツに聞いてくれ」


  ライトに言われ視線をそちらに移すと、なるほど確かに、クォーツの方は全身のあちこちに土や砂がついているようだった。


「なるほど。試練を終えて異空間から脱出したは良いけれど、出たらすぐにルビーを探しにいく事で頭がいっぱいだったクォーツは足元を全く気にしておらずこの先にあった崖から落下しかけていて、それを昔から他人の窮地にやたら巻き込まれやすいライトが引っ張り上げたわけだね」


  『腕の泥は、クォーツの失言で苛立ったライトが君を掴んでいた手を離そうとしたから慌ててすがり付いた際に付着したと見た』と続ければ、ライトが苦笑し、クォーツが間抜けに口を開けてこちらを見ていた。


「え…………、恐い恐い恐い。なんでそんな詳しくわかるの!?まさか遠くから見てたんじゃ……」


「いや、見てたなら普通に僕も助けに行ったってば。友達が危険だったんだから」


「ーっ!!」


  何の気なしに言い返したら、わざとらしく怯えた表情を浮かべて見せていたクォーツの表情がパッと明るくなり、片や川で腕をすすいでいたライトには意味深な笑みを浮かべられた。


  なんとなく居心地が悪くなって、視線を二人から外す。


「……何?」


「いや?お前もずいぶん可愛げある素直な性格になったなーと思って。やっぱあいつの影響かねぇ」



  その台詞が示す“あいつ”が誰なのかわからないほど鈍くはない。

  自身の変化を自覚しているだけに一瞬顔に熱が上がり、わかりやすく不安げな表情に変わったクォーツから見えないよう、片手で口元を覆った。


  心優しく、我慢強い親友は、未だ自身の思いを直視出来て居ないようだから。


  このまま知らないフリをして、先へ進んで良いのか。正直、まだ僕には判断がつかないのだ。


「……こうなると、彼女が今ここに居ないのが救いかな」


  口元を覆ったせいで小さく籠ったその呟きを、聞き留めた者は居なかった。


     ~Ep.177 三者三様・心模様~






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