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Ep.174  聖霊王の試練 《伍》

  時は流れてその日の放課後。

  昨日と同じ1日なので、朝のあの花壇での出来事以外は概ね平和な平日だった。強いて違う点を上げるとすれば、転んだ時に擦りむいた手の痛みでノートが取りづらかったことと、時々周りには何もないのにバラの香りがしたこと位だろうか。それも、図ったように私が落ち込んだタイミングばっかりだった。お陰で気分が大分楽になった。


  そして、一番最後の授業の教室を出る際、“私が花壇を荒らしたことを暴かれてキレてマリンちゃんに砂をかけた”と教室の扉を塞ぐように集まって噂話に興じているグループに居たレインにわざとぶつかられた後、何とかたどり着いた先は生徒会室。


  時間が巻き戻って同じ日をもう一度繰り返す場合、ほとんどの人間が一回目と同じ行動を取ることは経験済み。まぁ、マリンちゃんがイレギュラーな行動を取った場合は、攻略対象である彼らもそれにつられて変化はするみたいだけどね。今朝の花壇事件みたいに。


  だから、昨日……正確には、昨日私が体験した“今日と同じ1日”の放課後ここに居たライトは、今もこの場所に居る筈なのだ。


  昨日は、礼に倣って三回のノックの後、音も立てずに中へと入ってそれでも睨み付けられた。

  なので、今日は……


「失礼致します!!!」


  ノックも先触れも何もないまま、両手で力いっぱい扉を開いた。


  勢いのいい音が響き渡った後、窓の方を向いて椅子に腰かけていたライトがゆっくりと振り返った。


  こんなにも非常識で礼儀のなっていない入り方をしたのに、その端正な顔からは驚きなんて微塵も感じられない。


「何の用だ?会議もない日に、君がここに足を踏み入れる理由は無いはずだが」


  気だるげに立ち上がって腕を組んだライトが、まっすぐにこちらを睨み付けながら言う。

  行動、仕草、セリフはもちろん言うときの声音まで、“一回目”と寸分の違いもない。まるで、ゲームのリプレイを見てるみたいだ。

  そしてもちろん、私の行動への御咎めもなし。それは単に彼が私に興味がないからなのか、それとも。


「お仕事中に失礼致しますわ。学園祭期間の各クラスからの機材、教室、講堂等の使用許可を求める申請書類です。お目通しと判をお願い出来ますでしょうか」


「それは火急の用件か?こちらも仕事中なんだが」


  束になった書類を置くために、作業場となっている彼の机に視線を落とした。

  確かにそこには、今一番近いイベントである学園祭に関わる書類がたくさん置かれている。だけど……、それら総てが2年C組に、つまり、マリンちゃんのクラスに関わるものだ。しかも、内容はそのクラスだけを優遇する為のものばかり。

  生徒会に出した申請書類が返ってこないせいで、準備にすら取り掛かれてないクラスが他にたくさんあるのに。


「えぇ、急ぎです。何分学園祭までもう日がございませんから」


  後は会長の判を待つのみにまで仕上げた書類の束を差し出すと、ライトは乱暴にそれを受け取ってパラパラ捲った後、音を立てて作業机に叩きつけた。でも、驚きはしない。これも、昨日と同じだ。

  だから、絶対引き下がらない。粘れば勝てるって、こっちは経験済みなんだ。そんな冷たい目で見られたって、怖くなんか無いんだから!……ただ、胸は痛むけど。


「下らない。どの出し物も似通った内容ばかりだ、すべてを容認するわけにはいかないな」


「学園祭で生徒に出来る出し物なんて、内容が似通うのは仕方がないことでしょう。それらも踏まえて上手く配置や予算を割り振るのが私達生徒会役員の仕事ですわ!」


「ふん、ろくに役にも立たないお飾りのお姫様が、口だけは達者だな」


  腕を組んで見下ろされるけど、負けじと顔を上げて睨み返す。


  数秒後、先に目を逸らしたのはライトだった。額に手を当てて、首を横に振りながら呟く姿さえ様になるのは、流石メインヒーローの成せる技でしょう。……でも。

  今朝のクォーツと言い、目の前のライトと言い……この人達は、本当に私の知ってる幼馴染み達なんだろうか。いや、今大事なのはそこじゃない。


「本当に可愛げがない……。こんなものが俺達の婚約者とは、嘆かわしい限りだな」


  淡々と呟かれたその言葉に、無理矢理口角を上げて不敵に笑う。上手く笑わなければ、せっかくの切り札も効果半減だ。


「……嘆くくらいならば、その婚約、破棄にして頂いても構いませんよ」


「……何?」


  ピクリと眉を上げるその仕草は明らかに不快さを示すものなのに、その表情は変わらない。それが異様に不気味で、それ以上に、哀しかった。


「……ふん、賢しい女だな。まぁ良いだろう、置いていけ。明日までには仕上げよう」


「ありがとうございます」


  頭を下げた後、暫し目線が合う。完全な外面とも、素のちょっと子供っぽい一面とも違う、きつめの表情と固い口調……。何となく、覚えがあるような気がしたのだ。


「……?何を考え込んでいるのか知らないが、用が済んだなら出ていけ。俺もこの後人に会う予定があるんだ、もうここは閉めるぞ」


「あら、鍵だけなら私にも閉められますが?」


「重要な資料ばかりの部屋の施錠を、信用できない者に任せるわけがないだろう」


  グッとトーンを低くした声で出ていくように促されて、思い出した。

  そうだ、この態度……。あの一番最初の、出会った頃に似てる。



  施錠を済ませ、去り際の挨拶すら無しに去っていくその後ろ姿を追いかけ、階段の手前でその右腕を掴んで引き留めた。

  私の行動の意図が読めないからだろうか。さっきまでより、その表情があからさまに怪訝そうな色を浮かべている様に見える。


「……何だ、まだ何かあるのか」


「ーー……ライト様は、幼い頃に……乗っていた馬車が街中で幼子を退きかけたことはお有りですか?」


  鋭いその深紅の双眸を見返して、つい口をついて出たのは、そんな昔話だった。


  私の生きた現実にとっては、私がライトに初めて会った日。そして、ゲームのシナリオに倣うなら、主人公マリンちゃん主要攻略対象ライトの運命の出会いイベントだ。

  思い返してみれば、あれが全ての、始まりだった。


  今いる世界が未来であるにせよ、パラレル的にゲーム通りの世界に迷いこんだにせよ……、少しくらい、何か覚えてくれて無いだろうか。そう、思ったのだけど。


「いや、知らないな」


  返ってきた返答は、たった一言のシンプルなものだった。正直、とりつく島もない。


  そして、不愉快そうに眉を潜めたライトが紡ぐ言葉は、私に対する不快感で溢れている様だった。


「下らない、意味のわからないことを人に聞く暇があるなら、仕事のひとつもこなしてほしいものだな。持ってきた書類にマリンのクラスの物だけ無かったのは、彼女に対する当て付けのつもりか?」


  それは、彼女のクラスだけは私が口を挟む間でもなく皆率先して優遇してたからなんですが。


「ライト……っ」


「ーっ!何だ、言葉遣いまで注意されたいか?“様”付けでも良い気分で無いのに呼び捨てとは、ミストラルの姫君はいい御身分だな。婚約も破棄になるのだから、“殿下”位つけて欲しいものだ」


  捲し立てるように言い切られては、言い訳をする暇もない。俯いて黙りこんでしまった私に、冷たい声が『腕を離せ』と告げる。


「……失礼致しました、ライト殿下」


  だから、今日はここが引き際だろうと素直に手を離そうとした、丁度、その時だった。


「あっ!ライトみーつけたっ!!全然来てくれないから探しに来ちゃった~」


  これが漫画なら吹き出しにたくさんハートでも貼り付いてそうな甘い女の子の声がしてライトが焦った様に腕を私の手から取り上げた。つまり、私は振り払われたことになる。


(あれ……?)


  多分、マリンちゃんに他の女に手を取られている姿を見せたくなかったんだろうな。と冷静に判断する頭を他所に、世界がグルンと反転した。


  視界には無駄に高級な造りの天井が写り、背中に感じる一瞬の浮遊感。

  

(……さすがに階段の手前で思いっきり振りほどかれたのは不味かったかな)


  そんなことを呑気に考えると同時に、私の身体は階段の下へと落下して。


  意識を手放す前にぼんやりと、嬉しそうにライトとフライを左右に立たせて2人に抱きつくマリンちゃんの実にヒロインらしい姿と。


(また、バラの香り……)


  淡い光を降らして羽ばたく、美しい羽根を持った小さな小さな女の子の姿を一瞬だけ見た様な気がした。


      ~Ep.174  聖霊王の試練 《伍》~




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