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Ep.171 審判の条件

 僕の前世は猫である。名前だってもちろんあるが。

 まさかこの名前を、転生して尚使うとは思っていなかった。あの日、この世界にもあの子が居ることに気づくまでは……。


  唖然と、もう十年近くぶりに会うにも関わらずまるで美貌の衰えていない王の顔を見つめる。


  そんな自分の様子に特に動じる姿も見せず、王である男は頭を撫でてくる。恩がある故に逆らわずしばらく撫でられた後、視界に写る満開のアネモネの花にようやく自分の居る場所が何処なのかに気づいた。


「玉座の花園……。と、言うことは、さっきの突風はやはり……」


「あぁそうだ、俺がお前を呼んだ。試練の場に他の者が一緒に居たのでは、なんの意味も無いのでな」


「だからって、もう少し他の呼び方があったでしょうに。全く貴方って人は……」


  いたずらっ子のように笑う夫に呆れたようにため息をつき、彼の妻である聖霊女王ティターニアが『飲み物でも出しましょうか』と席を外す。

  それをぼんやりと見送るブランの体が、不意に宙に浮かぶ。自身の身体を包み込むように煌めく光の粒子は、聖なる魔力が高く目視出来るようになった際に起こる現象。つまり、ブランの身体は聖霊王の魔力によって運ばれ、彼の膝上へと落とされたのである。


「一体何なのですか?僕、主人を探しに行きたいんですが」


「ははっ、あの少女が心配か?だがその心配はない、見てみろ」


「え?」


  促されるままに、目の前にある大きな泉を覗き込む。

  すると、見事に6分割されたそこに、それぞれ見知った顔が見受けられた。どうやら、魔力で作られた異空間に閉じ込められているようだ。


(まぁ、なんにせよ無事でよかった……、あれ?)


  6分割の鏡の真ん中、一番広いスペースに写る主人の無事な姿に小さく安堵の息を漏らして、端とおかしな事に気づいた。

  真ん中には主人であるフローラが、右上にはライトが、左上にはフライが、右下にはクォーツが、左下にはルビーが、そして、フローラの真下の位置にはレインが。それぞれしっかりと写っている。つまり今、彼等6人は全員バラバラにされ、一緒の場所には居ないのだ。そう、居ないはず、なのに。


「フローラが、ライト達に苛められてる……?」


  そう呟いて、ブランは不思議そうに首を傾げる。

  疑問に思うのも無理はない。中央の鏡では今正に、フローラと3人の皇子達が向き合っている所だったのだから。

  しかも、淑女の笑みを浮かべる主人に対して彼等の視線はあまりに冷たく、とても友好的とは言いがたい。一体、これは何だと言うのだろうか?

  水面に鼻先が触れるギリギリまで近づき、じっと彼等の胸元を見つめる。


(……別の鏡に居る方には好感度の色が見えて、フローラの世界の方にはそれが見えない。と、言うことは……)


「偽者?」


  思わず呟くと、自分の尻尾をつついて遊んでいた王の手が止まった。不思議に思って見上げれば、面白そうに口角を上げている姿が目に入る。


「その通り。あの姫さんが対峙している方の彼等は、俺が作り出した幻影だ」


「ってことは、本物が洗脳されておかしくなってるとかじゃないんですね」


  念を押すように確認した自分の言葉に、王が『まあな』と肩を竦める。なんだかつまらなそうにしているので、何事かと聞けば、呆れる答えが返ってきた。


「せっかく大人数で来たわけだし、どうせ試練を受けさせるなら本物に協力して貰おうと思って術はかけたんだがなぁ」


「かけたんですか!?」


  驚きで飛び上がった自分を片手で制しながら、やれやれといった様子で目の前の男が首を振る。


「駄目だわあいつ等。揃いも揃ってあの姫さんに好意しかない上に精神力強すぎて、洗脳なんかかかりやしねぇ」


  『ま、その好意がどういう好意なのかまでは知らんがな』と笑う王が、横目で右上の鏡を見る。そこに写るライトの姿に、ブランも息をついて苦笑を溢した。

  どんなにちゃらんぽらんに見えても、相手は我ら聖霊の王。人の本質や感情を見抜く力は一流である。彼には、きっと出会う人間達皆の善も悪も見えてしまうに違いない。


  だからこそ、先代の聖霊の巫女が亡くなって尚、試練を受けるに値する人間を選べなかったのだろう。と、ブランは思った。


「まぁ、とりあえず全員無事なのはわかりました。しかし、この試練……どうなったら合格なんですか?」


  6分割の鏡に再び目を向け、ブランが王に問いかける。見たところ、6人がそれぞれ居る異空間は、全く共通性が無いように見受けられたからだ。


「ん?あぁ、何、そんなに難しいことじゃない。ひとつは、あの世界が幻影……つまり、偽者だと見抜くこと。それと、もうひとつは……」


  耳元で囁かれた二つ目のその条件に、ブランはその小さな肩を落とした。

  二つ目の条件は、見ててこちらが辛くなるくらいに優しすぎる我が主人には、なかなか難しいかも知れないと。

  だから、再び顔を上げ、不安げな顔で問いかける。


「万が一……試練を合格出来なかったら、どうなるんですか?」


「ん?不合格の時か……、その時には、あの幻影の中に閉じ込めて、毎日眺めさせて貰うかな」


  『あの姫さん郡を抜いて可愛いし』と笑う王の声が、遠くに聞こえる。


  水鏡に揺らぐその向こうで、主人の姿がいつもよりずいぶん頼りなげに見えた。




     ~Ep.171  審判の条件~



 僕の現世は使い魔である。名前はブラン。

 僕にこの名をくれた主人は今、乗り越えるべき壁に、当たっている様である。


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