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Ep.170 聖霊王の試練 《弐》


      『“逆境”を、乗り越えろ』



「ただいまー……」


  誰も居ない、見慣れない部屋に入って、よろよろとベッドに倒れこんだ。いつもならこんなことしたら確実に飛んでくるであろうハイネのお小言や呆れのため息も、今は全く聞こえない。それがすごく心細かった。


「……せめて『おかえりなさい』を言ってくれる人が居たら良いんだよなぁ」


  それだけでも大分気分が違う筈。うん、そうだ。明日からは『ただいま』と『おかえりなさい』をくっつけて、自分で『ただいまなさい』と言うことにしよう!一回で挨拶が済む非常に画期的なアイデアだ。帰ったら皆にも流行らせよう。


「皆、どうしちゃったんだろ……」


  ひとりベッドで悦に浸って、でも、昼間の出来事にすぐ気持ちが沈んでいく。今日は、本当におかしな日だったのだ。













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  授業が始まったにも関わらず、小鳥みたいに可愛い声ではしゃぐマリンちゃんを囲むライト、クォーツ、フライの3人。なんだか既視感がある光景だと思うのは、スチルイラストこそないけど、ゲームに似たような“攻略対象に囲まれてのランチ”イベントがあったからかも知れない。

  それにしても……と、渡り廊下の柱の影から4人の様子を伺う。


(うーん……何かが変だ)


  いや、さっきまで中学生だった皆が急に高校生姿になってるんだからまずそこからして変なんだけど。

  え?お前も成長してるだろって?私はお胸も立派に育ったし、高等科の制服が可愛いくてご機嫌だから良いのです。


  そうじゃなくて、変なのは皆の態度だ。

  マリンちゃんとの距離感ももちろんだけど、そもそもあの3人、決して授業をサボるような性格はしていないのだ。なのに、今の彼等は始業のチャイムが鳴ったにも関わらず、楽しそうにマリンちゃんを囲んで談笑している。


(これは、調査をしないといけませんな!!)


  しばらく観察したけど4人が移動する気配がまるで無いので、内心で気合いをいれて立ち上がった。


  そして、あわよくば調査ついでに、是非とも高等科での私のクラスを教えていただきたい。


「ごきげんよう、マリンさん。ライト様、クォーツ様、フライ様も、皆様お揃いでどうなさいました?」


「ーっ!フローラさん!」


  あくまで何でもないフリをして、優雅に微笑みそう声を掛ければ、真っ先にこちらを向いたのはマリンちゃんで。

  笑顔のまま立ち上がった彼女がこっちに来ようと立ち上がったのを、片手で制したのはフライだった。その2人の壁になるように、ライトとクォーツが一歩前に踏み出す。


(なるほど、あの体勢、正面側から見るとこんな感じなのか……)


  今、目の前にあるこの光景は、いっつも私が暴走した時に止められる時の、とっても覚えがある光景で。

  同時に、こちら側から見るのは、初めての姿でもあった。


「……何故貴方がここに居るんだ?既に授業は始まっている時刻だが」


「申し訳ございません、少々道に迷ってしまいましたの。それにしても……、授業に関しては、皆様にも同じ事が言えるのではありませんか?」


  3人の親の敵でも見ているような冷たい視線に一瞬怯みかけたけど、そこでフライが以前言っていた『臆しているときには、無理矢理にでも笑うといいよ。それだけで、逆に相手が怯むから』と言う言葉が不意に頭を過る。

  その言葉に倣って、外面用の淑女の笑みのまま言葉のブーメランを喰らわせれば、無表情な3人の眉が少しだけ動いた。おぉ、効果あった……!

  しかし、教えてくれた人にその技術を使って反撃しているこの状況は一体なんなのでしょう?やっぱり、色々おかしい。


「僕らは良いんだよ、生徒会役員の権限で出席についてはある程度免除されているし、何より、授業を受けないことで成績が落ちるような拙い頭はしていないからね」


「え……、ですが、上に立つ立場の皆様がそれでは、いずれ仕えてくださる他の皆様に示しがつかないのでは?」


「大丈夫ですよ、フローラさん。フライは学院でも、いっちばん頭が良いんですから!!」


  作り笑いすら浮かべていない無表情で淡々と言い放つフライに驚いて聞き返した私に向かって、3人の背に隠れてほとんど姿が見えないマリンちゃんからそんな言葉が飛んでくる。


  確かにフライにせよライトにせよクォーツにせよ、確かに出来はいい。座学にせよ魔力にせよ、いつだってトップに立ち続けている面子だ。確かに、授業を1、2回サボったくらいでその実力は揺るがないのかもしれないけど……。でもその実力は、学院に入るよりずっと前から……それこそ、生まれてすぐの頃から教育を受けて、それぞれが頑張ってきたからこそ手に入れた力で。決して、サボりの理由なんかに使って良いものじゃないと思う。


  何より……と、皆の一番前に、つまり、私から見て一番近くに仁王立ちしているライトを見上げた。


  初等科の頃、一人でこっそりしていた魔法の特訓を見られて恥ずかしがっていた、謙虚で努力家だった幼馴染みの姿はそこには無い。


「何がしたいのかは知らないが、明確な用が無いなら無闇に話しかけないでくれ。君に近づかれると彼女が恐がるだろう」


  聞きなれているはずなのに、初めて耳にする冷たい声音だった。


  ライトのその言葉に、3人の背に隠れたまま、背伸びをしてひょこっと顔を出したマリンちゃんの表情を見る。……満面の笑みで、とても怯えてるようには見えませんが?


「皆、そんな冷たくしたらフローラさん可哀想よ。一応婚約者なんだから」


「……あくまで仮の話だ、俺には関係ないな」


「僕も同感だね、いい迷惑だよ……全く」


「本当にね。そばに居たら何をされるかわからないよ、行こう!」


  ニコニコ顔のマリンちゃんになだめられて、3人がそれぞれ小さく舌打ちをする。最初に踵を返したのは、マリンちゃんの手を引くクォーツだった。

  あまりの普段との違いに呆然と見送りかけて、端とそのツーショットに違和感を覚える。そうだ、本当のクォーツの隣は、あの子じゃない。


「あの、クォーツ様!」


「……何だい?」


  僅かに振り返るクォーツ。でも、その表情はまるで変わらない。ただただ感情を感じさせない“無”なその背中に、私は感じたままに違和感をぶつけた。


「本日は、ルビー様はご一緒ではないのですか?」


「何故僕が、高校生にもなって妹と一緒に居なければいけないのかな。……訳がわからない事に付き合っている時間は無いから、失礼するよ」


  さも当たり前のように答えてから遠ざかっていく2人を横目で見てから、フライが私の方へと向き直った。丁度良いので、彼にもちょっと聞いてみることにする。


「フライ様、フェザー様はお元気でいらっしゃいますか?」


  私達と4つ年が離れているフェザーお兄様は、高校生のこの期間は学校が被らない。だけど、いつものフライなら、学内郵便とかを使ってこまめに連絡を取り合ってるから、元気か否かくらいは知ってる筈だ。でも、今目の前にいる彼は……


「知らないね、そもそも兄の事なんて興味もないし、知っていたとしても君に話す義理は無いよ。それじゃあ、失礼」


  ……やっぱり知らないか、さっきのクォーツの反応からまぁ予想はしてたけども。しっかし、これだけ冷たく対応してても去り際の挨拶だけはちゃんとしてく辺り、やっぱり皆育ちがいいんだなー……。


  それにしてもやっぱり変だ。ルビー命のクォーツや、フェザーお兄様を心底尊敬してるフライがあんな事を言うなんておかしいし、そして何より。


(学内でお菓子の家を持って歩いてるのに、何一つ突っ込まれないこの状況……、ぜっっったい変だ!)


  そう言えば、さっき注意してきた先生もこれについては何も言ってこなかったな。なんて思い返してる間に、私を警戒した様子で一番最後まで残っていたライトも歩きだしてしまった。

  ちょっと待った!まだ聞きたいこと残ってるよ!!


「ライト様!最後にひとつお伺いしても宜しいでしょうか!?」


「……何だ。俺には近況を聞かれるような兄妹は居ないが?」


「それはもちろん存じておりますわ。ところで……」


「ーー……ところで?」


「私のクラスは一体どちらなのでしょうか?」


「………………は?」



















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  と、まぁそんなやり取りの後にどうにかライトに教室を教えて貰い、丸1日授業を受けて寮へと帰ってきた訳ですが。


「何か色々疲れたぁ……!本当にいったい何なんだろ?」


  結局、丸1日高等科の校舎で過ごした私が今日何を得たかと言えば、ゲームのスチル絵で見たのと同じ風景をいくつか現場で見た位な物で。結局、現在の状況については全然何にもわからなかった。教室でも、クラスの子達異様に遠巻きだったもんなぁ……。


  ベッドの上で半身だけ起こして、近くにある手鏡を取る。その中に、いつもより少しお姉さんになって、いつもよりちょっと髪が長くて、いつもよりとっても立派なお胸があって……そして、いつもより、心成しか悲しそうな顔をした“私”が写りこんだ。


「転べば痛いし、ご飯を食べればちゃんと美味しかったし、自分の意思でちゃんと動ける。なら、やっぱり夢じゃないよね。……あれ?」


  鏡を見つめながら情報を整理していると、ふと自分の首もとに銀色の鎖が下がっているのに気づいた。指先で鎖を手繰り寄せると、シャツの下から青色の宝石で出来たクローバーが現れる。


「そっか、魔除けの力があるからって、お守りに着けてきてたんだっけ……」


  この間の誕生日に、ライトがくれたラピスラズリのペンダント。

  しばらく眺めていると、誕生日の日と今日とのあまりの差にその輝きがぼやりとにじみかけ、慌てて首を振った。丁度、その時。


「キャハハハッ!!」


「ん……?あれ、誰か居るの?」


  耳を掠めた無邪気な笑い声に、ベッドからおりて部屋を見回した。でも、特に誰の姿もない。


  ここは寮だし、女の子っぽい声だったから他の部屋の子達の声だったのかも知れない。そう思って、もう着替えて寝ようかとベッドに振り返ると、一輪の花が落ちていた。


  手に取ると、白い花びらが揺れて優しいいい香りが鼻を掠める。


「これ、カモミールだ……。さっきまで無かったのに、どこから?」


  首をかしげて見るけれど、わからないものはわからない。でも、大好きな白色の花と、その優しい香りに、少しだけ気分が浮上した。

  ベッド脇のテーブルの花瓶に水を差し、そこにカモミールを丁寧に飾る。うん、いい感じ!

  

「明日からまた頑張ろ!とにかく、ルビーとレインも探さな、きゃ……」


  ベッドに入り改めてカモミールの花を眺めつつ考えてたら、だんだん瞼が重たくなって。


  夢うつつの中揺らいでいた私は、花の上に一瞬、小さな小さな人影が降りたことに、気がつかないまま夢へと落ちた。



    ~Ep.170 聖霊王の試練 《弐》~


      『“逆境”を、乗り越えろ』






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