Ep.16 “兄弟”
『ちなみに、個人授業は学園の授業の何倍もわかりやすかったです。』
あぁ、周りの視線が痛い……。
一番目立たない、柱や本棚の陰になるテーブルに居るはずなのに、さっきから背中にチクチクと刺さる視線。
恐らくお姉様方の対象であるフェザー皇子は、気づいてないのか気にしてないのか、まるで動じた様子がなくニコニコしていた。
うーん、大物だ……。
フェザー・スプリング、攻略キャラの一人にして、フライ皇子のふたつ年上のお兄様。
いずれ腹黒王子に育つ弟と違って、確か真面目で優しく誠実な正統派王子様だった。
ただ、ちょっと幸が薄そうと言うか、損な役回りになりがちな人だったはず。
「フローラ様、兄様が気になりますか?」
前の席に腰かけて勉強しているフェザー皇子を見ながら記憶を辿っていたら、隣のフライ皇子に不意に声をかけられた。
完全に自分の世界に入りかけていたので、突然のことに驚いて肩がビクッとなってしまった。
「……どうやらフローラ様は、僕のことが好きじゃないみたいですね。」
「えっ!?い、いいえとんでもない。そんなことはございませんわ。」
焦りを悟られないように、こちらもにっこりと微笑んで答える。
にしてもオーラが黒いなぁ、貴方ホントに七歳児なの?
「こらフライ、女の子を困らせるものじゃないよ。」
「はい兄様。」
あら、でもお兄様の言うことは聞くのね。
そう言えば兄弟仲は良いって攻略本に書いてあったな、良いことだ。
うーん、やっぱり良いなぁ兄弟……。
ってそうじゃなくて!
「あの、フェザー様!」
「ん?何だい?」
「あの、先程仰有っていた“噂”と言うのはどういうことなのでしょう?」
私の問いに、スプリング兄弟が顔を見合わせる。
そしてフェザー皇子は困ったように、フライ皇子はさも面白そうに微笑んだ。
うん、よく似た笑顔なのに印象が正反対なのが悲しいわ。
「そんな顔をしないでください、フローラ様。大丈夫、校内や学年に広まっている噂ではありません。」
貴方に『大丈夫』と言われると余計に不安にしかならないわ、フライ皇子。
だって口元が明らかに意地悪そうに上がってるんだもの。
「本当ですよ、フローラ姫。私が貴方の話を聞いたのは、フライと他国に居る弟の友達からだけです。」
「その他国のご友人とは、もしやクォーツ様と……」
「えぇ、お察しの通り、クォーツ皇子とライト皇子です。あのお二人は、この子と幼い頃から仲良くして下さっていますから。」
そう言ったフェザー皇子の笑顔は、見ているだけで安心出来るような本当に優しい微笑みだった。
そんな兄につられるように、フライ皇子の表情も黒い笑みじゃなく心からの笑顔に変わった。
「……素敵ですね。」
「「え?」」
「あっ……!」
しまった、つい声に出ちゃった……!
「あ、いえ、その……。」
私から漏れた心の声を聞き逃さなかった二人が、綺麗な瞳で私を見つめてくる。
フェザー皇子はただ不思議そうな顔だけど、フライ皇子はさっきまでの笑みが消えてちょっと不機嫌そうだ。
どっ、どうしようか……。
私正直言い逃れとか出来るほど駆け引きも口も巧く無いのに!
あーっ、数分前の私の馬鹿!!
「『素敵ですね』のその素敵なモノは、一体何を指し示すのでしょうか?」
「え、えーと……」
フェザー皇子が『止めないか』と止めてくれるけど、フライ皇子は怪訝そうな顔をしたままこっちを見つめている。
目を逸らしてしまえばまだ楽なのに、視線に射られたように視線を動かせない。
せ、せめて何か言わなきゃ。
何か、何か……って正直な感想しかないよ!
「……フライ様とフェザー様は、お互いのことが本当にお好きなのですね。」
「――……何それ。」
「ですから、その“素敵”の部分です。お互いの事を好きでいられる家族は、それだけで幸せですもの。」
もう逃げ切れなさそうなので、諦めて素直に話すことにした。
……けど、話している途中にも眉間のシワが深くなっていくフライ皇子が怖くて段々うつ向いてしまって、今はもう顔が上げられない。
って言うか、さっき一瞬フライ皇子タメ口だったよね……?
もしかして、外面作るのも忘れるほど怒っていらっしゃる!?
うわぁどうしよう、ゲームの国家転覆シナリオは気にしないにしても、他国の王家の怒りを買うのは政治的にマズイ!!
「あ、あの……」
うつ向いたまま固まる私に、フェザー皇子が『顔を上げて下さい、フローラ姫。』と言ってくれるけど、フライ皇子からのリアクションは無い。
こ、恐い……!
恐いけど、フェザー皇子の言葉をスルーする訳にもいかない。
覚悟を決めて顔をゆっくり上げると、フェザー皇子はなんだか嬉しそうな顔をしている。
いや、フェザー皇子はこの際どうでもいい。
フライ皇子は……
「――……?」
フライ皇子はいつもの黒い笑顔でもなく、先程までの明らかな不機嫌顔でもなく。
何故だか、鳩が豆鉄砲を喰らったように目を丸く見開いていた。
「あ、あの、フライ様……。お気に触りましたか?」
「――……っ!」
思わず顔を覗き込むと、ふいっと顔を逸らされてしまう。
あぁ、やっぱり怒ってるんだ……!
「……僕、ライトと約束があるから行かないと。兄様、フローラ様、失礼します。」
「あっ、フライ様……!」
私を完全に見ないようにしながら、フライ皇子は図書室から出ていってしまった。
追いかけようとしたけど、フェザー皇子に引き留められて追えなかった。
「あの、フェザー様、フライ様を追わないと……!」
「大丈夫だよ、怒ったわけではないからね。」
――……本当ですか?
その笑顔が今は余計に追い討ちをかけてくる気しかしないんですが!
「……多分、躊躇ったんだよ。」
そう呟いたフェザー皇子の瞳が僅かに揺れた。
そう言えば、話し始めた時は大体敬語で話してたのに、さっきからタメ口になってる。
――……私は、この冷静そうなスプリング兄弟を動揺させてしまうようなおかしな事を言ってしまったんでしょうか?
ただ単に、私は兄弟が居たことがないから純粋に羨ましくて言っただけだったんだけど……。
「まぁ、とにかく大丈夫ですから。安心してください。」
「……はい。」
「それより、勉強しに来たんでしょ?良ければ僕が見ましょうか。」
弟を追いかけられないか、私の持っていた参考書をとって『さぁ、やろうか』と笑った。
……純粋な優しさが却って恐いです、フェザー皇子。
とりあえず、この話は明日こっそり誰かに聞いてほしい。
あぁ、でも休み明けから忙しくて、唯一話を聞いてくれそうなレインに全然会えてないな。
明日の水やりの時に話せると良いなと思いながら、私はフェザー皇子の個人授業を受けたのだった。
~Ep.16 “兄弟”~
『ちなみに、個人授業は学園の授業の何倍もわかりやすかったです。』