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Ep.167 聖霊王の気まぐれ

  聖霊の森の大地には、生命の大樹より加護を受けたことで、本来の生態系ではあり得ないほどの成長を遂げた色取り取りの花が一年中咲き誇っている。

  正に大輪の花と言いたくなる、小型の馬車よりも遥かに立派な大きさに育った真っ赤なアネモネの花に腰掛け、一人の男が小さく吹き出した。


  しばらくすると堪えきれなくなったのか盛大に笑い出す。笑いすぎて揺れる肩の動きに合わせ、男の背中に垂れている瑠璃色の髪も小さく揺れた。


  そうして無規則に動く三つ編みに目を輝かせ遊び出す者も居れば、まるで興味がないとあくびを溢し、キノコをベッドにして昼寝に興じる者も居る。だが、誰もそれを気にしない。


  聖霊と言うものは、皆己の心に素直に生きる者だから。


  そして、そんな自由な聖霊達の王が、自由人でない訳がない。

  面白いもの至上主義、トラブル上等がモットーの彼の王座には、聖霊の森の範囲であれば、ある一ヶ所を除きどこでも映し出すことが出来る水鏡がある。


「いやぁ、いいな、実にいい。最初から笑わせてくれる。わざわざ呼んだ甲斐があったってもんだ」


  己の膝をバシバシと叩きながら、鏡面に映る少年少女達の珍道中観察を楽しむ王の姿に興味を惹かれたのか、人間の拳大にも満たない小さな影達がひとつ、ふたつと水鏡の周りに集まりだした。

  ある者は鈴蘭の花の帽子を被り、蝶の羽根で優雅に舞いながら。また別の者は、バラの髪飾りを揺らし、蜂の羽根で素早く興味のある方へと移動しつつ。またある者は、たんぽぽのドレスをまとい、てんとう虫のような羽根を閉じて木陰に隠れてそっと。


  個性豊かな反応を見せる、少女の様に可憐な姿をした小人達。そう、人間の言葉を借りて紹介するなら、彼女たちは妖精フェアリーだ。それぞれが身につけた花の守護妖精となり、森の花々に加護を与え、また逆に森から恵みを与えられる、そんな存在である。

  そして、今回のキールの悪さにより邪気を受けて枯れてしまった植物を思って嘆き、森の聖霊たちの中で誰よりも憤りを覚えていた者達であった。


(これ以上溝ができる前にと思って思いきってこちらに呼んでみた訳だが、意外と大正解だったかもしれんな)


  水鏡越しに映る、可愛らしい娘揃いの中でも一際ひときわ目を引く一人の少女。

  3人居る男の内、2人から熱の隠った眼差しを向けられてもまるで気づく様子もなく無邪気に手に持った菓子の様なものを友たちに自慢しているその姿に、好奇心が強い何人かの妖精達は興味深々で何かを話し合っている。


「おかしだー!」


「ちがうよ、あれはおうちだよ」


「でも、あまいにおい、してる……」


「じゃあ、おかしのおうちだ!」


「すみたーい!!」


「たべたーい!!」


  拙い口調できゃあきゃあとはしゃぐ妖精達に、つい昨日まで漂っていた人間への拒否の気配は感じられず。寧ろ、その“お菓子の家”とやらを手にして居る娘のことをずいぶんと気に入ったようだった。


(これは、魂の質の純真さ故だな。肉体と魂の波長にわずかなズレがあるのは気になるが)


  聖霊たちに上っ面の笑みや言葉は通じない。相手の本質に邪気や悪意があれば、警戒して決して自らは近寄らない。

  しかし水鏡の向こうでは、金糸の様な髪を揺らす少女の近くにもチラホラと見知った影が近づいては離れていく姿があった。彼女達に姿を見せるまでには至らないのは、その近くに潜み彼女へ悪意を向けている“侵入者”の方を恐れてのことであろう。

  何らかの魔術具で姿を見えなくしているようだったが、真実を写し出す聖霊王の水鏡の前では丸見えである。


「……どうせなら女の子だけ見えるようになんねーかな、この鏡」


「貴方は何を馬鹿なこと言ってるの!!!」


「おっと!妬くな、我が愛しの妻よ。男は皆若く清らかな乙女が好きなんだ!!!」


  胸を張って宣言するそのご立派な姿に、今しがた王の頭を叩こうとしていた女性が肩を落とす。仮にも世界さえ清める力を持つ聖霊王の立場にありながら、そのような邪な趣味を堂々と暴露しないでほしい。他の知性の高い種族に白い目でみられる、妻である自分のことも少しは考えてほしいものだ。


「……はぁ、まぁいいわ。それより、どうするつもり?どうやらお客様の他に、わざわざ私の指輪を持って侵入してきた者が居るようだけれど」


  妻の言葉に、先程まで浮わついた様子で乙女の素晴らしさを語っていた聖霊王がすっと真剣な眼差しに変わる。

  そして、妻の右手にはまるそれと、水鏡に映された青髪の少女を見比べ、最後に再び、賑わいを見せている各国の皇子達一行へと視線を動かした。


「……確かに、このままでは厄介なことになるかもしれんな」


  青髪の少女が金糸の髪の姫君に向ける眼差しの黒さと言ったらない。せっかくの麗しい見目も台無しだ。

  このままにしていては、我が森で争い事でも始まってしまいそうである。

  ……だがしかし、王にとって、そちらの侵入者などとるにも足らないようだった。


「まぁ、そっちは捨て置いておけばいい。それより、我々はお客様の方の資質をみなければな」


  面白そうに微笑む夫のその表情に、妻は眉を下げ呟いた。


「巫女の認定儀式でもないのに、試練を与えるつもり?」


「いけないか?元々、私は端からそのつもりだったが」


  美しい笑みを微塵も乱さず、夫が水鏡に向かい片手を広げる。


「……きっと辛い思いをするわね、可哀想に」


  非難めいた妻の囁きは聞こえなかったふりをして。揺らめく水面に指先を入れ、くるりとかき混ぜる。


  人為的にかき混ぜられ、しばらく揺らめいた水面が再び静かになった頃。


  金糸の髪の姫君は、ひとりぼっちになっていた。かつて、ただの女子高生だった彼女が、ある日突然そうなったときの様に。


「人間、最も恐れていた事が現実となった時ほどその本質が見えるもんさ」


「……本当に、悪趣味」


  不安げに視線をさ迷わせ、居なくなった仲間達を探す少女を眺めて呟く夫を睨み付け、妻が呟く。

  しかし、当の夫はと言えば、まるで動じずに妻の手を取り、その手の指輪をそっと己の指でなぞり、微笑むのだった。


「大丈夫さ、巫女となったあの子も、同じ試練を受けただろう」


  夫のその言葉に、妻も指輪へと視線を落としながら、懐かしそうに微笑んだ。


  もう、何百年と昔の話。

  かつて聖霊王の試練を乗り越え、聖霊たちに愛された。彼女は、妻の“友”だった。


「……でもやっぱり可哀想だわ。彼女の時の試練は、元々偶発的に起きたものだったじゃないの。それをわざわざ意図的に行うなんて。やっぱり悪趣味だわ」


  当時の懐かしさに釣られて気がそれてくれるかと思ったが、誘導は失敗したようだ。

  何百という年月を生きてきたとは思えない瑞々しい張りのある頬を膨らませる可愛い妻に責められ、聖霊王は苦笑を浮かべる。


「仕方がないさ、今回は何せ、我らと人が“友”であり続けるか否か、その選択が掛かっている。だから、見せて貰うのさ。あの少女達に、我らの望むものがあるのかどうかを」


「……そう、そうね。確かに、今が本当の決断の時だわ」


  夫の言葉に頷き返し、妻もその隣に腰かける。

  彼等の試練を、一緒に見届けるつもりなのだ。


  世界で最も長生きな夫婦に見守られる中、試練の時が、始まった。



     ~Ep.167 聖霊王の気まぐれ~


『でもやっぱり悪趣味よ。その人が最も恐がってる世界の幻影にわざわざ引きずり込むなんて』



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