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Ep.163 黄昏のエンディング・後編

  背後から両手を扉に押さえ付けられる体勢のまま硬直していると、不意に押さえられる力が弱まり相手の左腕が私の腰に回される。そして、そのままぐるんと引っ張られるままに半回転。

  強制的に反対側を向かされ、若干緊張しながら見上げた先にあったのは、穏やかな日の空の様な凪いだ青色の瞳だった。


  見慣れたその色に、いざとなったら逃げなくてはと身体に無駄に入っていた力が抜けて、背後の扉に軽く寄りかかってしまう。


「なんだ、フライかぁ。びっくりした……」


「驚いたのはこっちだよ、話を終えて振り返ったら、君達だけ居ないんだから」


  切れ長の瞳をスッと細め、間近で顔を覗き込まれる。

  そっと伸びてきた綺麗な手で頬を撫でられると、心配をかけたことがわかっていたたまれなくなってきた。なんか、近すぎて逆に顔が見れない……!


  と、顔を背けたその先を、不意に2つの茶色い尻尾が横切った。速すぎてはっきりとは認識出来なかったそれは、フライに向かってその速度のまま突っ込み……


「お姉さまから離れなさ……っ、きゃーっ!!」


「全く、相も変わらずお転婆だね」


「ルビー、大丈夫!?」


  軽やかに避けられた後、勢い余って前にポーンッと飛んでいった。

  地面に激突する寸前でルビーの腕を掴んで助け起こしたフライが、苦笑いで首を横に振っている。私も腰に回ったフライの手を外して、体勢を立て直したルビーの頭を撫でる。その頭にはいつも通り、高く結ばれたツインテールが揺れていた。私が見た尻尾はどうやらこれだったようだ。


「フローラお姉さま、お怪我はありませんか!?何か乱暴はされてませんね!?」


  親友の妹のその言葉に、苦笑いのまま壁にもたれていたフライがよろけてバランスを崩す気配がした。

  『いくら(兄の)恋敵になったとはいえ、あんまりな言い種……』とか何とか聞こえるけど、え、いつの間にかルビーに恋の兆し!?

  いやいや、脱線してはいけない。上手く2人を説得して、私はゲームのエンディングを弾いていた人に会うのだ!!


「えっ、私!?私は大丈夫よ。第一、友達なんだからフライが私に乱暴なんてするわけないわ。フライがそんな人じゃ無いことは、ルビーだってわかってるでしょ?」


「……っ!」


  『ね?』と笑って頭をポンポンと叩けば、頬を膨らませながらも『それはそうですが……』と納得するルビーと、口元に手を当てて咳払いをしだすフライ。

  そんな騒ぎを聞き付けたのか、壁際から見知った顔いくつかが現れる。あー、どんどん人が増えていく……!いや、皆で来たんだから人が多いのは当たり前なんだけど。


「ルビー、何してるんだい?早くフローラを探し……あっ、居た!」


「やっと見つけたわ、裏に居たのね。急に居なくなられたら心配するでしょ?」


「ったく、お転婆なお姫様だな本当。で?交渉は駄目だった癖に何で嬉しそうな顔してんだ、お前は?」


  クォーツ、レイン、ライトが順に顔を出したと思ったら、ライトが呆れた顔でフライの様子に顔をしかめた。


  その言葉に、私も首を傾げて振り返ったけど、フライは別にいつもと変わらず涼しい笑みを浮かべているだけだ。そうだよね、別に皆がくる前にしていたのはただの雑談で特に嬉しくなるようなこともなかったし……。


「お兄様!お兄様からも何とか仰ってくださいな!!フライお兄様ったら、フローラお姉様のことを壁に追い込んでいたのですよ!!皇子としてあるまじき行いですわ!!!」


  ルビーのその訴えで全員にぎょっとした顔で見られて、フライの笑顔がひきつった。ルビーったら、今注意したばっかりなのに全くもう……。


「あのね、それは……ん?」


  フライの名誉の為にも弁明せねばと一歩踏み出して、肩に置かれた手に引き留められる。

  痛くはないし、強引に引き留めているわけでもないけど、でも前には進ませない。それくらいの優しい力だ。


「クォーツ?どうしたの?」


「あ、いや、何でもない!嫌だな僕、何してるんだか……ルビーが変なこと言うから動揺しちゃって」


  首を傾げて聞き返せば、慌てた様子で弾かれるように離れていくクォーツの手。それからすぐに、眉を八の字にしたままフライに妹の非礼を謝りに行く辺り、やっぱりクォーツは良いお兄ちゃんなのだ。

  肩をつかんだのは、第二の妹みたく思ってくれている私のことを心配しての事だったのね、きっと。お兄さんと言うものは、どこの世界でも過保護な生き物なのだ、……多分。


「だから、そこで押さなくてどうするんですのお兄様……!!」


  そんな私達のやり取りを見ていたルビーが、ハンカチをギリギリとねじりながらこちらを見て地団駄を踏んでいるのを見て、レインが意味深な笑みを浮かべたまま優しくその背中を擦っていた……。


「はぁ……大方お前が勝手に中に入ろうとしたのをフライが引き留めたとか、そんなとこだろ」


「バレてる!!」


「そりゃバレるさ、フライが意味も理由もなく女に手出しなんかする訳がないし、わざわざ人目を避けて俺達から離れたお前が、何もやらかしてないなんてこともあり得ない」


「……あははは、察しのよろしいことで」


「笑い事じゃないだろ、馬鹿!」


「あいたっ!うぅ、ごめんなさい……」


「ちょっとライト、何叩いてるの?フローラ、こっちおいで」


「涙目になってるじゃないか、可哀想に……」


「ライトお兄様酷いです!フローラお姉様はお兄様達の婚約者ですのよ、大切にしてくださいな!!」


「えぇぇ……、大事だと思ってるからこそ注意したのに何だこの悪者感」


  誤魔化し笑いで数歩後ずさったものの、すぐさま一喝と共にチョップが頭に振ってきた。

  頭を抱えてうずくまる私をまずフライが抱き寄せ、クォーツが私にチョップした方のライトの手を叩き落とし、ルビーが私達とライトの間に両手を広げて立ちふさがるように抗議する。嬉しいけどなんか友情が重い!と言うか、皆本当最近過保護だね!私、こんなに過保護になられるほど心配かけたっけ……?


「あ、あの、皆、元々悪いのは私だし、ライトは責められる様なことは何も……」


「仮にも王族ともあろう者が意図的に女の子手をあげた時点で論外!ライトはいい加減その短気を直した方がいいよ!!」


「いや、でも叩いたと言っても本当に小突かれた程度で」


「ライトお兄様にせよ、フライお兄様にせよちょっとフローラお姉様に馴れ馴れしく触れすぎだと思いますわ!少しは我がお兄様の誠実さを見習ってもらいたいものです。あぁ、でもフローラお姉様からお兄様に接触して頂く分には一向に構いませんのでお好きにしてくださいね!」


「クォーツのは紳士と言うか行動力が他より若干弱いだけだろ……」


「ルビー、何か台詞の後半の意味がよくわからないんだけど……。私別に貴方からクォーツのこと取るつもりないからね!?」


「なっ……!あ、いや、うん。お気遣いありがとうフローラ……」


「……これはなかなか手強そうだな。それにしても、ルビーの抗議には僕も異論があるね。僕達は今や正式な婚約者なんだ。クォーツが彼女にどう接するかについては別に僕らには関係ないし、逆に僕達にも“婚約者”として彼女に触れる資格がある。いくらクォーツの妹と言えど、あまり偉そうに首を突っ込まないでもらいたいね。まぁ確かに叩くのは駄目だけど」


「さっきからほぼ全員が台詞の節々に俺へのトゲを入れ込んでくるな!」


「まぁ!私とお兄様のことを侮辱するおつもりですの!?」


「えっ、ちょっと待って、何で今の流れでケンカになったの!?」


  久々にツンモードになったルビーと、同じく久々に魔王様級の笑顔を浮かべたフライの間に、今戦いのコングが……鳴らなかった。


「……あら、嫌だ私ったら。勢いが余ってしまいましたわ」


「れ、レインさん?その、手に持ってるものは……?」


  突如響いたバキッッと言う固いなにかが割れる音と、それに似つかわしくないおっとりした笑顔で微笑むレイン。

  その手にある立派な丸太と、彼女の肩にかかる三つ編みについた木屑に視線を向け、あんなに騒がしかった全員が一瞬で沈黙してしまった。


「先程から、でしゃばった真似はするまいとしばらく傍観させていただきましたが、皆様、少々うちの姫様に対して好き勝手が過ぎるようですね」


「いや、レイン、でもこんなの割りといつも通りで、レインだって普段なら笑って流してたんじゃ」


「今までだったらそうだけど、今後はそうも言ってられないの。私は、貴方の専属の侍女になるんだから」


「「「専属侍女!!?」」」


  『だから、私にとって、今後何よりも優先すべきは貴方の幸せと安全なのよ』って、それは嬉しいけどなんか急に態度変わりすぎですレインさん……!侍女になってくれることが決まってから、ハイネを始めお城の侍女さん達から色々教育を受けてたから口調とかが変わっちゃうのは仕方ないにしても(私に対しては今まで通りがいいと無理を言って普通にしてもらってるけど)、第一、こんな怪力だったっけ……?


「そ、そうか。まぁレインならフローラの事をよくわかってるだろうし、適任なんだろうな」


「れ、レインお姉様、お強いのですね……。これなら、下手な護衛よりよほど頼りになりそうですわ!」


「そ、そうだね!それにフローラの侍女になるなら、僕たちのそばにいても昔みたいにいちゃもんをつけられることもなさそうだし、レインの安全の為にもいいんじゃないかな!」


「僕は話は聞いていたよ。だからこそ、今回特別にフローラへの同伴として彼女の聖霊の森への立ち入りが認められたんだし。でも、侍女になると言うならもう少し彼女から目を離さないようにして貰いたいな」


「善処致しますわ。その代わり、婚約者の皆様にもきちんとした振る舞いをお願い致します。当人に何も言わずに強引に勧めた婚約なのですから、それくらい当然ですよね?フライ・スプリング殿下」


  れ、レインが……、あの気弱だったレインが、フライと対等に戦っている!!


  あぁ、もうあまりの事態に頭が真っ白だー……。私そもそも何がしたかったんだっけ……?


「……もちろん、そのつもりだよ。僕だって、彼女が大切だからね」


「それはもちろん存じておりますわ。フライ殿下もクォーツ様も、態度が大変素直でいらっしゃいますから」


「え、僕!?」


  あぁそうだ、教会の中に入りたかったんだ。でも、皆来ちゃったしもう無理かなぁ。さっきライトも、『交渉は駄目だったんだろ』ってフライに言ってたし。あれ、そう言えば……


「ねぇ、ちょっといいかな?」


「ーっ!なんだい?気になることでもあった?」


  はいっと片手をあげて声をかけると、フライが表情を緩めてこちらへ振り返った。


「交渉駄目だったってことは、もう中に入れないのは仕方ないとは思うから諦めるけど……。結局、そうまでして頑なに立ち入り禁止になっちゃった理由はなんなの?」


「あぁ、それは俺も気になってた。王族の頼みを蹴ってまでって、相当だよな?」


「言われてみればそうだね、ちょっと気になるな」


「ですが、教会のような宗教に深く携わる場所は自治権を与えられることも多いのですよね?それなら、特に問題はないのでは?」


「レインお姉様、いくら自治権が与えられると言っても、それはあくまで日常の範囲内に留まるのが基本なのですわ」


  騒ぎ疲れたみんなの関心もすっかり教会のことに移り、今度は全員の眼差しがフライへと向けられる。それを一身に受け止めて、フライは一度深く息を溢した。そして、『君達なら信用できるから、話しておこうか』と顔をあげる。

  そして、懐から、深い緑色のビロードで覆われた小さな小箱を取り出した。ただし、その中身は空っぽで、私以外の全員が不思議そうに顔を見合わせる。

  でも、私は知っている。この箱に納められるべき物がなんなのかを。だから、今この箱がからっぽでも本来おかしくはない。ここに収まるべき指輪は、中の女神像の手に収まっているはずだから。


「どうやら、この教会に納められていたある宝が、先日盗まれてしまったようなんだ」


  しかし、フライのその一言に、今度は私が目を見開く。

  “盗まれた”なんてあり得ない、あれは本来、ゲームのヒロインにしか……、聖霊達か指輪本体に認められた乙女にしか触れない指輪の筈なのに!一体、誰が……?









 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


  そうこうして話している内にいつの間にか時間は流れ、教会から聞こえてきていたメロディーも止んでしまっていた。

  結局弾き手はわからず仕舞いで、フローラは最後に、夕焼けに染まる教会を名残惜しそうに振り返る。


「フローラ、何してるんだい?早く行かないと、町を見る時間がなくなってしまうよ?」


「ーっ!うん、今行く!」


「フローラ、いいの?中見なくて」


「……うん。仕方ないよ、他国にお邪魔してる姫の立場で問題起こしちゃまずいもんね。結局指輪も無いみたいだし。それに……」


  そこで言葉を切った主人の頭を、ブランの小さな手が励ますようにポンポンと叩く。

  何と、あれだけの人間が教会の周りに集まっていたにも関わらず、主人以外の人間達は皆、あれほど美しく響いていたオルガンの音を耳にしていないと言うのだ。


  しかし、『幻聴だったのかな……』と不安げな主人の言葉をブランは一蹴する。自分の耳にも確かに聞こえていたのだ。だから、“本当は鳴っていなかった”なんて、そんなことはあり得ない。

  だとしたら、“自分と主人にしか聞こえなかった”理由がきっとあるはずだ。中から微かに聖なる魔力を感じるし、もしかしたら、故郷の仲間達に聞けば何かわかるかもしれない。


(僕もちゃんと頑張るから、一人であんまり抱え込まないでね、フローラ)


  口にはしない強い思いを胸に、ブランもまた教会を見上げ、そっとその場を離れたのだった。


  それから、僅か10分後。繊細な彫りの施された教会の正門が開き、一人の少女が中から出てくる。

  その姿を見つけ、門を掃除していた牧師は微笑んだ。


「おや、もう帰ってしまうのかい」


  残念そうなその声音に、少女はさくら色の髪を指でもてあそびながら苦笑を浮かべる。


「えぇ、夢中で弾いていたらすっかり日が落ちてしまいました。またその内お邪魔しますね」


  長いまつげが伸びるまぶたを落として、『大分先になってしまうかもしれませんが……』と続けられたその言葉に、はてと牧師は首を傾げる。

  普段彼女が『しばらく来られない』と言うときは、大体学校が始まって寮へと帰る直前だ。だが、まだ今は8月の上旬。休暇はまだ充分残っている筈……。

  そんな牧師の疑問を感じとり、少女が笑って補足した。この休みの間に、会っておきたい少女が居るのだと。


「そうか……、ならば仕方ないな。その子は君の友達かね?」


「友達……とは少し違うんですが、可愛い後輩ですね。一度、うちに来てもらったこともあって。それに……あの子は私と同じかも知れないので」


「そうかい。それなら、今度一緒に連れてきたらいい。君の信頼する子ならば、聖霊様も認めて下さるだろう」


「ありがとうございます。では、お邪魔しました」


  愛らしく微笑んで去っていく少女を、牧師も笑って手を振った。


「あぁ、気をつけてお帰り、ソフィアさん」


  夕暮れの幻想的な花畑を歩くファーストシリーズのヒロイン。

  ゲームでのノーマルエンドのエンディングシーンと寸分変わらぬ光景が、馬車のすぐ後ろに広がっていることなど、当然フローラは知らないのだった。


     ~Ep.163 黄昏のエンディング・後編~



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[一言] やっぱりソフィアさんって別ゲームのヒロインだったか
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