Ep.161 黄昏のエンディング・前編
“春の国”と前評判がつくスプリングは、国全体が花に覆われ、町並みから行き交う人々の服装まで可愛らしい、正に女の子にとって理想の国だ。
と、言うことで。
「城下に行きたい?」
ルビーとレインと3人で交渉に行くと、明日の聖霊の森に行くようの衣装合わせをしていたフライが困ったように眉尻を下げた。
「まぁ、まだ日も高いし、城下なら治安も良いから大丈夫とは思うけれど……。君達、長旅で着いたばかりなのに疲れてないの?」
ここ最近ずいぶんと過保護気味なフライは、『明日も朝早くに出るけど、ちゃんと起きれる?』なんて、お母さんみたいなことを言い出した。
いやいや、そりゃあ起きれるよ!自慢じゃ無いけど、普段の学校生活の時なんて朝の支度に時間がかかるから朝の5時半には起きてるからね!!
でも、この渋り方だと交渉はなかなか難しそうだ。
ゲームのシナリオを見直してて、一ヶ所見に行っておきたい場所が出来たから、出来れば行っておきたかったんだけどな……。
シュンと肩を落としつつ3人で顔を見合わせていると、そこで不意に思わぬ追撃がやってきた。
「女の子達だけで行く気かい?流石にそれは容認出来ないなぁ」
「フェザーお兄様!!」
「兄さん、いつの間に?」
「来賓の対応を済ませて、今しがた帰ってきたんだ。それより、女の子だけでの町歩きはちょっと危険だよね」
なんだろう……。こんなにも優しく穏やかな微笑みなのに、頷くしか許されない無言の圧を感じる。私フェザーお兄様の授業をしばらく受けてみてちょっと思ったんだけど、実はフライよりフェザーお兄様の方がよっぽど腹黒いんじゃ……?
でも、とてもじゃないけど本人には言えない。あり得ない、それは自殺行為に等しいと、普段は滅多に作動しない私の危機管理能力がアラームを上げている!!
仕方ない、大人しく諦めるしかないかぁ……。見に行きたかった場所は一応“私達”の世代のゲームのメイン舞台ではないし。場所柄的に、聖霊にもちょっと関係ありそうだから気になってたんだけどね。
しかし、私とレインがわかりましたと言う前に、腰に両手を当てて仁王立ちしたルビーがフェザーお兄様に食って掛かった!大変だ!!何でこんな時にクォーツが居ないの……って、さっきライトと2人でスプリングの国王陛下に呼ばれていったからか。何のお話してるんだろ?
「フェザーお兄様、厳しすぎますわ!フローラお姉さまが落ち込んでしまったではありませんか!!」
「可愛い顔して怒ったってダーメ!出掛けるならせめて、何かしらの正当な理由と、守ってくれる騎士が居なきゃね?」
ルビーの怒りを軽く受け流して、意味深な笑みを浮かべたフェザーお兄様は、何故か私でもルビーでも、もちろんレインにでもなく、じっとこちらを見つめていたフライに目配せをした。
片やフライはとそちらを見れば、そんな兄の視線に何を理解したのか、せっかく羽織っていた礼服を脱いで外出着に着替えている姿が目に入る。
「衣装合わせはもういいの?」
「あぁ、最終確認の為に羽織ってみていただけで、デザインもサイズも既に整っているからね」
問題ないよと微笑んでから、すぐに胡散な眼差しになり彼が兄へと向き直れば、何を言うでもなく見つめ合う2人。そして、先に折れたのはフライだった。
「兄さん、あまりに回りくどい言い回しは周りとの距離を広げるばかりだよ。伝えたいことがあるならもう少し素直に言わなきゃ」
やれやれと肩を竦めながらのその言葉に、フェザーお兄様の瞳がメガネの奥でパチパチと動く。そして、『なるほど、ここまでしっかり堕とされてるとは思わなかったけど、これはなかなか……』とかなんとか呟く声も聞こえた気がした。けど、そこに関しては最後まで聞き取る前に飛び付いてきたルビーに耳を塞がれちゃったので、言葉の意味は理解できないままに愉快そうに笑っているフェザーお兄様と、若干恥ずかしそうにしてるフライが話している姿だけをしばらく眺める。で、ルビーは何がしたいの?
2人がひと言ふた言交わすのを見た後、ルビーの可愛い手は私の耳から離れていった。
「何てことですの、注意はしていたはずなのにどんどん敵が増えていきますわ……!婚約の件は幸いですが、いっそ更に協力な既成事実を……」
「る、ルビー……?」
うわっ、なんか恐い!!
薄暗いオーラをまとい真剣にブツブツ言っているルビーから一歩後ずさったら、今度は優しく誰かに肩を叩かれる。
びっくりして振り向けば、そこに居たのは朗らかに微笑んだレインだ。裏表のないこの笑顔、癒される……。
そんな私の癒しは、フライの方を手で示しながら『出掛けても大丈夫みたいだよ』と言う。
「えっ、いいの!?」
「あぁ、僕も一緒に行くからね。丁度近々、視察に行くつもりだった場所がひとつあるんだ。そこに行った帰りに、“道が混んでいて”多少帰りが遅くなるのは仕方がないですよね、兄さん?」
久しぶりに見るフライの策士的な笑顔に、フェザーお兄様も笑顔のまま頷き返す。
「もちろん構わないよ。そもそも、僕は“女の子だけ”で行くのは危険だと言っただけで、行ってはいけないとはひと言も言ってないからね」
思い返してみれば、確かに言ってない!なんと紛らわしい……と思ったけど、あくまで心配して言ってくれたのはわかっているので反論はしないでおこう。反撃が恐いとか、そう言うことでは決して無いのだ。
「フライ、ありがとう!でも、視察に私達がついていっちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。行き先のことを考えると、むしろ君達が一緒なのは効果的かもね。それに……」
「それに?」
不自然に言葉を切っておいて、『やっぱりなんでもないよ』と首を横に振る。何だよー、気になるではないですか!
(目の前であんなに可愛く落ち込まれたら、どうにかしてあげたくなっちゃうんだよ……男としてはね)
で、結局ルビーがどうせならお兄様も一緒に!!と言い出し、それならライトだってひとり取り残していく訳にも行かないので(そんなことしたらあの人意外と寂しがりだから絶拗ねるし)、全員揃い次第出発することとなった。
「よし、じゃあ2人が帰ってきたら皆で出発しよー!」
「「「「「おーっ!」」」」」
「……で、何の話だ?」
私の掛け声の直後、いいタイミングで入ってきて一緒に盛り上がるだけ盛り上ってから、ライトが不思議そうにフライに成り行きを聞いていた。また素晴らしいタイミングで戻ってきたね、貴方達。
片や後ろではルビーに腕を掴まれ揺さぶられているクォーツの姿が。
『ライバルがどんどん増えていますわよお兄様!もっと頑張ってくださいな!』と言うルビーの声と『だから何を頑張れって言うの?』と戸惑ってるクォーツの声がしたけど、相変わらず仲が良さそうなので放っておくことにして。
私とレインも行き先が気になるので、ライトとフライの会話に耳を傾ける。
「視察の行き先は、城下にある教会の中で唯一聖霊に所縁のある場所……。“聖フローレンス教会”だよ」
「……っ!」
そうして聞いた行き先は、ひどく聞き覚えのある名前で。
『恋の行く道』の前作品、『乙女よ咲け、恋の花道』のエンディングの舞台となる、正にその場所の名前だった。
~Ep.161 黄昏のエンディング・前編~
子供たちが出発した後、ひとり残されたフェザーは、芽生えたばかりの幼い恋模様が愉快で仕方がないと言わんばかりにひとり笑みを浮かべるのだった。




