Ep.158.5 火気厳禁
さて、一体どうしたものか。
再び先程まで使っていた部屋に戻り、フローラは考えていた。
目の前には、拗ねたような表情でそっぽを向く金髪・紅眼の美少年。言わずもがな、つい先日自分の婚約者の一人になったライト・フェニックス皇子その人である。
しかして、全く皇子らしくないそのあからさまな『怒ってます』アピールに、フローラは小さくため息をついた。
「もう……、そんなに拗ねることないじゃない。今から作ってたんじゃ、どのみちろくな物は出来ないよ?」
「……お前さっき俺がねだった時に『後でね』って言ったじゃないか」
確かに言ったけど、まさかそんな、政治絡みの重たい話の直後に催促される羽目になるとは思わないじゃないか。と、もう一度小さく息をついた。
そんな主人達の駆け引きに漏れそうになる笑い声を抑えつつ、それぞれの従者たちはほほえましく2人を見守る。
ライトの『構ってほしい』と言わんばかりの拗ね顔も、それをお姉さんぶってなだめつつも何だかんだ甘やかしているフローラの対応も、結局幼少期より長い付き合いがあり互いに気を許している為だ。
「もう……そんなに食べたいなら、いっそ一緒に作る?」
壁掛け時計に視線を投げながら、肩を竦めてフローラが言う。それを聞いて、ようやく彼女の方を向いたライトの瞳が輝く。
「なんて、さすがに冗談だけ……」
「よし、行くぞ!!」
「どって、やるの!?大丈夫なの!!?」
本人は冗談と言うか半分投げ槍で言ったというのに、予想外に元気よく部屋を飛び出していくその姿と彼の従者を見比べてしまう。
が、彼等も慣れているのだろう。『付き合ってあげてください』と優しく言われてしまっては、もうこちらからは何も言えない。
「フローラ、行くぞー!」
「ーっ!はーいっ!言っておくけど、材料的にクッキーくらいしか作れないからねーっ!」
いつの間にかお菓子を食べることから作ることへと関心が移ったらしい。ワクワクを隠せない少年のような表情で『よろしく、先生!』なんて言われてしまっては、つい絆されてしまうのも無理はない。
……だが、こちらの予定が色々狂ってしまったのも事実なので、ささやかな腹いせに自分の持つなかでも一番可愛らしい花柄のエプロンを彼に着せようとしたフローラが、『こんな可愛いのお前の方が似合うだろ』と返り討ちに合い、それを見ていた厨房の職員たちに生暖かい眼差しで見守られていたのは、また別の話。
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「で、本当にクッキー作ってきたんですか?」
城に帰るなり『お裾分けだ』と可愛らしいリボンのかかった箱に入ったクッキーを主人から受け取り、従者の男が小さく微笑む。
「あぁ。焼き方がわからなくて魔力で焼こうとしたら思いっきり頭叩かれたけどな」
「……ククッ、それはまた、ずいぶんと愉快なお菓子教室だったでしょうねぇ」
「笑うな!オーブンの使い方がわからなかったんだよ!!」
顔を赤くして怒る若き主人をなだめつつも、フリードはそれで納得した。
主人の帰宅より一足先に届いた手紙を懐から取り出し、『だからこんな物が送られてきたのですね』と笑う従者に、目を見開いたライトが『勝手に開ける奴があるか!』とその手から空の封筒と便箋を引ったくる。
そして、可愛らしい柄のその便箋には、いつもの彼女らしからぬ大きな字で『火気厳禁!!』とだけ記されていた。
「……なんだこりゃ」
「さぁ……、お菓子はちゃんとオーブンで焼きましょうってことじゃないですかね」
「そうかな……、あいつ、普段そんな意味のないことしないけど」
たった四文字のその便箋を片手に、ライトが首をかしげていた頃、ミストラルでは……
「どうしよう、この生地」
ライトが調子にのって捏ねすぎたクッキー生地を前に、愕然とする姫君の姿があったと言う。
~Ep.158.5 火気厳禁~




