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Ep.157 世界の沙汰もシナリオ次第


『……で、未だヒロイン不在なんですがいいんでしょうか?』



  乙女ゲーム……と言うか、RPG系のゲームにはお決まりのシステムなんだけど、この手のゲームには、その世界の明暗を決める“分岐イベント”なるものがある。

  ファンタジー系の本格的なゲームなら、そのイベントの結果で下手をすれば世界が滅ぶ。……こうして考えてみると、転生した先があくまで“恋愛”が主題テーマの乙女ゲームでよかったと思う。

  ただ、乙女ゲームの場合、大体この“分岐イベント”は、どの攻略対象と恋に落ちるかを定める為のもの。まぁ、そう言うルート確定イベント以外にも勿論色々あるにはあるけど、どちらにせよそんな世界を左右する重たーい事ではない、筈なんだけど……。














 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「“聖霊の森”か……、また厄介な事になったもんだな」


  音もなくティーカップをソーサーに戻したライトが、頬杖をついて呟いた。

  そんな親友の姿に苦笑しつつも、フライの方はあくまで冷静に話を続ける。


「まさか僕も、この歳であの場所に足を踏み入れる事になるとは思わなかったんだけどね……。流石に、聖霊との契約に基づいて学院に寄贈された植物が、黒魔術に使われかけたのはまずかったみたいでさ」


「それって、キール君が温室から盗み出してた植物の事?」


  確かに、あの時キール君は、わざわざ盗み出したフライの髪留めと、何種類かの薬草と毒草を媒体にして、フライに害をなそうとしていた。だから、咄嗟に髪留めだけは奪い返して逃げたんだけどね。流石にあれだけかき集められてた植物達を全部回収する時間はなかったからなぁ……。


「温室の草木の中には“聖霊の森”で育つ希少なものがあるって話は、確かにわりと有名だが、今回の件はわりと他言無用で処理した筈だろ……。それが何故、直接怒りを買う形に?」


「それは…………」


  腑に落ちないと言わんばかりのその態度に気まずそうに顔を背けるフライを見ながら、私は記憶を引っ張り出す。この展開、ゲームの方では見なかったけど、確かに見覚えが……。


(ーーっ!そうか、アニメの方で見たんだ!)


  アニメのまだ最初の数話目、ストーリーとしても大分初期なその段階で、悪役姫フローラがヒロインを陥れようと温室から呪詛の材料を盗み出すシーンがあったのだ。


  『光と闇は背中合わせ。聖なる力を浴びて育った薬草を使えば、反動でより強い効果が見込めるわ』


  その台詞はまさしく悪役のそれその物だったのに、表情が似つかわしくない泣きそうな笑顔だったので、夕飯の支度をしながらアニメを流し見ていた私の印象にも違和感を残したのだ。

  まぁあの時の呪詛は、かけられた相手が“最も愛する人の記憶を失くす”と言う、攻撃をすると言うよりは精神を追い詰めるようなものだったから、今回キール君がフライにかけようとしてた黒魔術とはちょっと違うわけだけど……。闇属性の魔術に使われかけたと言う点で、結果は同じになってしまったのだろう。

 

「薬草の呪術使用なんて、聖霊との“神力悪用禁止条約”違反スレスレだものね……」


  迂闊だった……。まだ高校生じゃないし、ゲームは始まってない筈だと思って聖霊達の怒りを買う方向までは考えが及ばなかったな。婚約が決まってミストラル以外の3カ国の勉強を始めてからは、聖霊の知識もちゃんと増えて来てたのに……。


「……あれ?」


  俯いて考え込んでいたら、ふと向かいから視線を感じた。

  顔をあげてみれば、向かいに座っていたフライが、さっきまでと打って変わってちょっとぽかんとした表情でこちらを見ている。

  

「……えーと、どうかした?」


「ーっ!いや、聖霊との契約についてはあまり他国には知られていないから驚いただけだよ。よく勉強したね……」


「そ、そうかな?」


  驚きが隠せない表情でも、ストレートに褒められるとやっぱり嬉しい。

  まぁ、実際はゲーム&アニメで先に得ていた確定事項を元に必要な資料を集めてからの勉強だったりするから、若干ズルいような気がしないでもないけれど……。でも、ちゃんと家庭教師の先生にも見てもらっての勉強だし、ちゃんと役に立ってるんだからいいよね!


「そんなものがあったのか、知らなかったな……。悪いな、勉強不足で」


  あれっ!?ちょっと調子に乗ってる間になにやらライトが落ち込んでる……?


  なんだか子犬のようにシュンとして、儚げに笑うその姿が心苦しい。ライトごめんよーっ、私のはなんと言うか不正行為カンニングみたいなものだからそんなに気にしないで!!

  この中で誰よりも努力家で負けず嫌いな彼だ。そりゃ、こんなボケボケ娘に負けたらショックだよね……。


「ら、ライト、あのね……っ」


「だが、今後は四か国の繋がりが今まで以上に濃くなる以上、俺も更に知識を増やさないといけないな。フライ、今の条約の話は、俺も聞いていいんだよな?」


「勿論。むしろ、君達にはきちんと知っておいてもらわないと困るよ」


  って、立ち直り早い!

  励ます間もなくフライにそう言ったライトの瞳には、自分も頑張るのだと言う強い意思が見てとれて、素直にすごいなぁと思う。


  それに応じて説明用にフライが出した手書きの資料にも、聖霊とこの大陸の歴史、薬草園が学院に出来るまでの経緯、聖霊の森とスプリングの関係等……、細かい所まで丁寧に書き込みがされていて、役人顔負けの素晴らしい出来映えだ。


「2人ともすごいね……、私ももっと頑張らないと!」


「……?そうか?寧ろ俺は今、お前に負けてるんだが?」


  つい口に出してしまったそれに、こちらを振り向いたライトが冗談っぽく笑って答えてくる。

  久しぶりに見る少年みたいな笑顔に、私もつられて笑ってしまった。


  そんな私達を見て、開いていた資料を閉じたフライも笑いながら口を開く。


「まぁ、勝ち負けがどうのと言うよりは、この場合フローラが博学だっただけだね。でも……」


「え?」


「ん?“でも”なんだよ?」


  変な所で言葉を切って、フライが徐に片手で私の髪を掬う。そして、優雅な動作でそこに口づけた。


「ーーっ!!!?」


「君、最近4科目も勉強科目を増やして、夜も遅くなるほど無理してるそうじゃないか。頑張るのは良いけど、心配だから程々に……ね?」


「……おい、フライどうした。心配なのは同意だが、らしくないな」


  いきなりの事だったのと、そのあまりに自然な流れるような動きにつられて傍観してしまったけど、今……何が起きたの!?


  初対面の時の“手のひらにキス”以降実に数年越しの乙女チックなスキンシップに大混乱だ。慌てて身を引いてソファーに背中をぶつけたまま、あたふたと両手を振り回すしか出来ない私に、堪えきれなくなったようにフライが盛大に吹き出した。


「……からかったのね?」


「いや、ごめん、まさかそこまで動揺するとは思わなくてね……!」


「あーあー、そんなに笑っちまって……。本当に大丈夫かよ?」


  呆れた様子のライトはため息混じりにフライの背中を擦っているが、そんなの知ったことじゃない。今の流れでなんで私が爆笑されなきゃいけなかったの……!


(もう、怒っちゃうんだから……!!!)


  頬っぺたに空気をたっぷり詰めて、仲良くしてる2人から顔を逸らす。そんな気配を察知したのか、まだ肩を震わせてるフライが指先に掬い上げたままの私の髪を優しく引っ張る。


  でも知りません、真面目な話をしてたのに笑われて、私は怒ってるんだから!フライも怖がらせるばっかりじゃなくて、たまには人を怖がってみればいいんだわ!!

  ……って、睨み付けてるのになんでそんなに柔らかく目を細めてるの、この人は。全然効いてないなんて悔しいじゃないか。


「アリアさ……、アリア!紅茶のおかわりを下さい!」


「ふふっ……、かしこまりました」


  立ち上がって振り返り、壁際に控えてたアリアさんに頼むと、微笑ましいものでも見るような顔で恭しく承諾された。うぅ、何か悔しい……!


「全く、可愛いな」


「ん……?なにか言ったか?」


「……いいや、何でもないよ」


  で、新しいカップを受け取って振り向くと、フライの顔を覗き込んでライトがなにかを聞いていた。


「何かあったのかな……」


「殿方には、殿方にしか聞かせられないお話もあるのでしょう。さぁフローラ様、そちらをお飲みになってご機嫌を直してくださいませ。フローラ様のお好きなロイヤル・ミルクティーにしておきましたからね」


「ーっ!わーいっ、ありがとう!」


  でも大した内容じゃなかったのか、フライはただ微笑んで首を横に振っていたので、私もそのまま席に戻ってミルクティーを啜る。絶妙な甘さ加減が素晴らしいです。


「話逸れちゃったねー、本題に戻ろうか」


「元を正せばフライとお前のせいだけどな。と言うかもう機嫌直ったのかよ、早すぎるだろ」


「ミルクティーが美味しいのでもうご機嫌です」


「あぁ、お手軽な姫様で大変結構なことだな……」


「まあまあ、素直で可愛らしくていいじゃない。僕は好きだよ、そう言うの」


  飄々としたフライに、呆れつつもなんだかんだ面倒見のいいライト。婚約したと言ってもなんだかんだ今まで通りな二人に若干安心しつつ、ふとさっきまでの会話に妙な違和感を覚えた。


「でも、どうしてフライが私の勉強事情を知ってるの?私、特に誰にも言ってないのに」


「あぁ、情報源はライトだよ」


「なんですと!?」


  バッと犯人ライトに顔を向けると、頬杖をついたまま遠い目をしている、とても齢13とは思えない姿を見てしまった。


「だ、大丈夫……?どうしたの、そんな疲れた顔して」


「いや、悪いな、断じてお前の日常を調べていた訳じゃないんだ。ただ、フリードがな……」


「……?フリードさんがどうかしたの?」


「あいつ、今回の婚約が決まってからやたら張り切って、どこからともなくお前の情報持ってくるんだよ。本当に何がしたいんだか……」


  フリードさん……、そんなことをしていたら貴方の主君がストーカーの疑惑をかけられてしまいますよ。って、でもフリードさんに私の日常を流せるのって、ハイネくらいしか居ないよね?うーっ、ハイネの裏切り者めーっ!大体、私もライトもまだ貴方とフリードさんの関係知らないんだからね!


「まぁ、そのハイネとフリードの仲については俺も気になってはいるけどな。それにしたってお前普段から座学詰め込んで自習してるし、更にいきなり4科目も勉強内容増やすって夏休みでも流石に無茶だろうとは思ったんでそこはフライとクォーツにも話したんだが。俺一人から注意されたくらいじゃお前絶対止めないだろうから皆に一言ずつ言ってもらおうかと思って」


「うー、でも、私魔術の方がからきし駄目だから、せめて座学くらい一番で居るくらいは立派にならなきゃと思って……」


  いくらゲームの補正力や政治上の問題で結ばれたにしても、この三人の“婚約者”になるのだ。

  いつか彼等に好きな女の子が出来て離れるときが来るにしても、今、周りから期待されているこの時くらいは。


「この国の王女としても、三人の婚約者としても……、恥じなくていい、立派な自分で居たいじゃない」


  胸に手を当てて言い切ると、やっぱり勉強量は減らすわけにはいかない気がした。

  今後は自国は勿論、今後は他の三か国の歴史もバッチリにするのだ!


「まぁ、お前が座学に力入れてるのは知ってるさ。実際学院でも、初等科から今までずっと座学は俺達三人を押さえての首位トップな訳だし。でもさぁ……、言っとくが、上の立場ってのは己の身を大切にすることもまた仕事なんだぞ?」


  『お前わかってないだろう』とハッキリと言われてしまい、思わず目を逸らす。


  初等科の頃に反撃をせずにバーバラさん達の攻撃受けちゃってたし、今回のキール君の件でも制裁らしい制裁してないし、確かに最近寝不足で貧血ぎみなこともあって、何も言い返せない……!


(でも、可能な限り誰のことも傷つけたくないんだもん……)


  だって、力にねじ伏せられて、何も出来ないまま……虐げられて、消えるしかない。

  その絶望感には、あまりに覚えがありすぎて。


「で、でもちゃんと睡眠は取ってるし、お菓子作ったり街に出たりとかちゃんと息抜きもしてるから!そんな心配しなくて大丈夫だよ!!」


  任せなさい!と片手で胸を叩くけど、ライトの胡散臭いと言いたげな視線はそのままだ。あぁ、この信用の無さよ!


  その時、もう言えることがないと落とした私の肩に、ふと綺麗な白い手がそっと置かれた。いつの間にか私の真後ろに来ていたフライだ。


「……ライト、まぁその辺りでいいじゃないか。そろそろ本当の本題を済ませて帰らないと、僕も時間がなくなってきたしね」


「……お前もさっき心配だって言ってたくせに」


「それは勿論だけど、期待に応えて立派になろうと言うその気持ちは……誰よりも君が共感出来る筈だろ?」


  フライの優しく呟くその言葉に、今度はライトが黙ってしまった。

  え、なに?何のお話??


「……だからこそ心配してんだろうが」


「ねえ、何の話なの?仲良しなのは知ってるけど、2人だけで納得されて通じ合われちゃうと私の立つ瀬が無いよー……?」


  本気で立場がなくて弱々しく言う私に小さく吹き出して、2人が肩を震わせる。


  最早怒る気も起きない……と言うか、そもそも私は怒りが多発したり持続するほどエネルギッシュな性格じゃないので、諦めて空になったライトとフライのカップをアリアさんの方へと差し出すのだった。

  

「……まぁいい、お前のぼややんは今に始まったことじゃ無いからな」


「待って、ぼややんって何!?私別にそんな煙の効果音みたいなキャラじゃないもん!」


「そうだよライト……」


「でしょ?フライ、ひと言言ってあげて!!」


「“や”があと3つほど足りないんじゃないかな」


「援護と思ったらまさかの裏切り!そんなに足したら“ぼやややややん”になっちゃうよ、長いよ!!」


  そう叫んだら、そもそもの言い出し手であるライトから『長さの問題じゃないだろ』と諌められた。全く解せない……!

  解せないけど、笑顔は保ちつつも時計を見てほんの少し困った色をにじませるフライの様子に本気で時間が無いのだろうと判断して、この場での汚名返上は諦めた。


  話を切り替えるべく一度咳払いをしてから、髪を片手で払って背筋を伸ばす。

  小さいときから、外で“花音ぜんせのじぶん”を出してへまをしないように条件反射用のスイッチとして、あえて癖づけた仕草だ。長年続けた今となっては、この仕草だけで頭が“王女モード”に切り替わる。いわゆる、お仕事モードなのだ。


「まぁいいわ、今度こそ本題ね。私が勉強したところによると、“聖霊の森”はそもそもこの大陸はおろか、この世界のどこにも存在しない……。所謂“異空間”にある不思議な森なんだよね?」


  簡単な説明だけど、今はこれで十分だろう。

  実際、フライはその通りだと頷いてるし、ライトもそれは俺も知ってるよと呟くだけで何も否定しない。


  ゲームとアニメの知識だけを鵜呑みにしたわけじゃなく、きちんと文献を読んで確証を得てから話したこととは言え、合っていたことにほっとした。


「そして今、この大陸の四大国に暮らす魔導師達は、聖霊と契約しその恩恵を受けることが出来る。勿論、これは人間一人に対して聖霊さんも一人の対等な契約なわけだけど……」


  これだけベラベラしゃべっておいて今さら秘密も何もないだろうけれど、一応そこで一旦言葉を切ってフライの顔を見る。流石に、いくら知っている事と言えど、その国の人の許可なく私が全てを話してしまうのは流石に気が引けたのだ。


  そんな私に、フライは微笑んでただ頷く。ライトもさっきまでと売って変わって真剣な表情で聞く姿勢に入っているし、察しのいい我がミストラルのメイドさん達と、ライトとフライにそれぞれついてきた護衛の騎士さんたちは、気を聞かせていつの間にか皆部屋から出ていっていた。

  だから、私も覚悟を決めて話を続ける。



「この話の裏側……と言うか大元に、全ての始まりとなる“聖霊王オーベロン様との大契約”があるのよね?」


「ーっ!聖霊王……、実在するのか?」


  ライトが畏怖と期待の交ざった眼差しでフライの方を見る。私も確信があるわけではないので、彼にならって視線を移した。

  2人分の視線を真摯に受け止めて、聖霊にも負けない美貌の皇子が頷く。


「あぁ……、その通りだよ。そして今、我が国は……、その契約が更新されるか否か、正しく窮地に立たされているんだ」



  さぁ、これがひとつのスタートライン。

  参加するかは未定としても、とうとう世界が動き出す。



    ~Ep.157  世界の沙汰もシナリオ次第~


『……で、未だヒロイン不参戦なんですがいいんでしょうか?』







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