Ep.155 姫と皇子と猫かぶり
「陛下方への取り次ぎ感謝します、お陰でつつがなく話を進められて助かりました」
「いいえ、とんでもございませんわライト様。王女として、お客様に当然の対応をさせて頂いたまでですもの」
お父様(=ミストラル国王)に謁見する為にいつもよりしっかりした衣装に身を包んだライトは、まだ中学一年生の歳でも既に充分人目を引くみたいで、並んで城内を歩いているとすれ違う他家のご令嬢やメイドさん方の視線が痛い。
途中、比較的近くをすれ違った私達より少し年上らしきお姉さん二人が、こちらを見てうっとりした顔をしていた。流石乙女ゲームの真打ち、ライトは着々と女性達を虜にする王子様へと成長してるのね。
(背も大分伸びたもんなぁ……)
「どうされました?フローラ様。前を向かないと危険だと思いますよ」
昔よりはおろか、中等科に上がってすぐの頃よりも更に高い位置にあるその横顔を見上げてたら、オブラートに5重くらいに包んだ遠回しな言い方で『前向かないと転ぶぞ』と注意された。それと同時に然り気無く右手を差し出してくる辺り、本当にもう流石としか言いようがない。
「なんでもございませんわ、ありがとうございます、ライト様」
周りの目もあるし一瞬その手を取るべきか迷ったけど、実際この広い場所で転ぶのも恐いし、ライトの紅い瞳が『早くしろよ』と語っていたので、素直に甘えさせて貰うことにした。
まだ少し幼さの残るその手に自分の手を重ねると、周りから上がる『ほぅっ……』とため息をつく声。
この状況で周りの女性達の視線をわざわざ確認出来るだけの度胸もない私は、ライトに手を引かれて自室のある上の階へと逃げるのだった。
「ご覧になりまして?ライト様と王女殿下、手を重ねて歩いて行かれましたわ」
「仮とは言えご婚約されたのですもの、仲睦まじいのは良いことですわ。それにしても、フローラ様も日に日にお美しく成長されていますし、ライト殿下はよりたくましくなられて……ああしてお並びになるとまるで一枚の絵画の様で目の保養になりますわ」
「まだ少々会話に距離があるようにも見えましたが、そこがまた初々しくて良いですわねぇ」
自分達が立ち去った後、先ほどため息をこぼしていた令嬢達がそんな噂をしていたことを、二人は知らない……。
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なんでも、いくら婚約者と言っても異性の部屋に家族以外の人間が立ち入るのは外聞がよくないらしい。
なので、ライトには私がお城に帰ってきた時に勉強や手芸、クリスとの遊びの時間に使っている部屋に来てもらった。
私室にするにはちょっと広いその部屋に入って、年若いメイドさんが扉を閉めるなり、さっきまでピンと張り詰めていたライトの空気が一瞬にして消える。
「あーっ、疲れたぁ。今日はいつにも増して人目がすごかったな」
「仕方ないよ、一応婚約してまだ一週間ちょっとだもん。あ、ケーキ焼いてあるけど、食べる?」
「あぁ、いいな、貰うよ。頭使ったから糖分欲しくなっちまって」
読書用に持ち込んでもらったソファーに、すっかり気が緩んだ様子で座り込んだライトにほほえましい気持ちになりながら、メイドさんに頼んでケーキの用意を手伝って貰う。
今日のケーキは、比較的簡単な材料で作れて手間もかからないシフォンケーキだ。『これから行くよ』って先触れを貰ったのが昨日の夜だったので、時間のあまりかからないこのメニューにしてみた。
え?王子様に食べさせるにしては質素すぎるって?皆様、たかがシフォンケーキと侮るなかれ。シフォンケーキは、発案した人が亡くなるまで、レシピを門外不出で守り抜いた程の画期的なケーキなのですよ。
それに、シンプルなものだからこそ素材の良さが引き立つこともあるしね。今回は新鮮なフルーツをふんだんに使ったソースもあるし、なかなか良い出来だと思うんだ。と、言うことで、シフォンケーキにかけた生クリームに、更にフルーツソースをかけて……
「よし、完成!」
「お茶のご用意は整っておりますよ、フローラ様」
「ありがとう!身体はもう平気?」
私の問いかけに、髪につけたレース網の花飾りを揺らして可愛らしく微笑んだ彼女を見て、ライトがはたと首を傾げて部屋に居るメイドさん達の顔を見回した。
「どうかしたの?」
「いや、今日はハイネさ……、ハイネが居ないなと思ってな」
ちょっと前に『一国の王太子ともあろうお方がメイド風情にさん付けなどとんでもない』とハイネに言われたのを思い出したのか、呼び捨てで言い直したライトにそう言われて納得した。
確かに、普段私を見てくれるのは学院でも実家でもハイネが中心だからね。いつも本当に感謝してます。
「今日は他の新しいメイドさん達の教育の日だからそっちに行ってるの。普段は私について学院に来てもらっちゃってて引き継ぎとかがなかなか出来ないから、この夏休みの間に出来るだけ済ませちゃうんだって」
受け取ったケーキを器用にフォークで切り分けながら、ライトが『あぁ……』と納得混じりに遠い目をした。
「やっぱりお前の国も人手足りてないのか……」
ぼそりと呟かれたその言葉には、私はもちろん、部屋に数人いたメイドさん達も苦笑いを浮かべるしかない。
「まあね~。流石に婚約ともなると、することがたくさんあるみたい。メイドさん達にも負担が行ってるみたいで申し訳ないんだよね……」
肩を落としてちらりと後ろを見ると、紅茶の用意を終えたメイドさん……改め、アリアさんが微笑んで『フローラ様のお幸せの為ならどうと言うことはございません』と言ってくれた。
ここ最近のゴタゴタで忙しくて、自分は体調を崩しちゃってたのに、なんて優しいお言葉……‼️しかも彼女、私がお見舞いで顔を出して花束を渡した時に、今後は更に私の身の回りのことも増えてくるだろうからと、学院に一緒に来てくれるメイドさんの一員として新たに名乗り出てくれたのだ。本当にありがたい。
ちなみに、今アリアさんがつけている髪飾りのお花は、私が趣味で編んで、花束に飾りとしてつけたものだったりする。
「急だったから尚更だろうな、今日はうちの護衛券執事もそっちに駆り出されて来てないし。ったくフライの奴、馴れない癖に強引な真似すっから……あ、美味いなこれ」
ライトが呆れた様子でケーキにかぶりつくと、すぐご機嫌な様子に変わってあっという間に一皿平らげてしまった。お口にあって何より。
「おかわりは?」
「早い!無いよ~、今日はちょっとしか作ってないもの」
そう言うと、ライトは一回はシュンとしてから、すぐに私の後ろのワゴンにある一皿に目をつけた。
「じゃああれは?」
「あれは余りじゃありません!もう一人のお客様用に取ってある分なんだから。足りないなら後で追加で何か作るから、今はお茶でも飲んで。ね?」
ほら、お砂糖いっぱい入れたげるから。なんならほら、生クリームも入れちゃいましょう。ロイヤルミルクティー、贅沢だよね~。
『さぁ、召し上がれ』と差し出したカップから仏頂面で紅茶を飲みつつも、ライトの視線は最後の一皿から離れない…………。
これじゃあ油断したら食べられちゃいそうだ。(いや、仮にも王族なんだから盗み食いなんてはしたない真似はしないだろうけども)それでも気まずい。
えーんっ、お願いだから早く来てーっっっ!!!
「失礼致します。フローラ王女殿下、お客様がお目見えです。如何されますか?」
「ーーっ!すぐに行くわ、正門の方にご案内して!」
まさに天の助け‼️ドア越しにそう伝えて去っていった兵士さんに心の中で賛辞を送りつつ、ドレスと髪を整えた。
そんな私の様子に、ライトが『誰か来るのか?』と聞いてきたので、この際だから一緒に来て貰うことにする。
どうせ向こうも、ライトにも用があるはずだしね。
そうして、傍目には優雅に見えるように並んで歩いて門まで行けば、そこになびくは新緑のような澄んだ緑色の髪。声をかけるまでもなく、優雅に膝を折って微笑む幼なじみに、その猫かぶりを見習いたいと私達が舌を巻いたのは秘密にしておきましょう。
~Ep.155 姫と王子と猫かぶり~
『いらっしゃいませフライ様!お茶とケーキの用意が整っておりますので、出来るだけ早くお召し上がりください』
『……?えぇ、いただきますよ。ところで……(なんでフローラが、必死にライトを押さえているのかな?)』




