Ep.154.5 その運命(シナリオ)は誰が為に
“聖霊の長”に認められし、世界を導く清き乙女。それが認められるまで……あと5日。
本人達が(約一名を除いて)何も知らないままに行われた、衝撃の婚約発表から一週間後のある快晴の日。
こんな日には、ミストラルのお城の周りを循環している水と、大理石の城壁が太陽に照らされ、まるで宝石のように煌めく。
特に朝日に照らされるその瞬間は絵画の様に綺麗で、ゲームの中にミストラルの攻略対象が居たなら、必ず一度はスチルイラストに使われていただろうと思ってしまうくらいだ。まぁ、実際にはミストラルのお城や国柄の事はゲームの方にはまるで出てきてなかったんだけどね。なんせ、“悪役姫”の私の出身国な上に、ゲームの世界のこの国は、王妃であるお母様が亡くなったショックから国王……つまり、お父様が気を病んでしまい、ろくな政治が行われてなくて酷い有り様だったはずだから、もしかしたらお城もこんなに綺麗ではなかったのかも知れない。
まぁ、でもそれはもしもの話で、現実、お母様はちゃんと生きていて、お父様と相思相愛だ。正式な跡取りである弟も生まれた。お陰さまでお父様は国民を愛し、国の財政は安定しているし、治安もよく平和そのもの。
この部分だけを見れば、もうゲームの運命からは順調に外れていると見れなくは無いんだけど……、それでも、ゲーム通りになってしまう部分もある。
今回の、私と攻略対象との婚約が決まった件も、理由や経緯はきっとゲームとは違うだろうけど、結果だけ見ればゲーム通りの“婚約者”になってしまった訳で。まぁ、これだけ長く付き合ってきてお互いの人となりも知っている今となっては、皆が私を逮捕したり、自殺にまで追い込まれるほど嫌われたりもしないと思うし、信じてるからそんなに恐くはないんだけども。
でも、今後こうしてゲームの流れが出てきたとき、私は……それに抗うべきなのか、従うべきなのか。
明らかに姫らしくない“私”を見せてもライトに呆れつつも優しく励まして貰ったり、フライには爆笑を堪えられながらでも撫でて貰ったり、クォーツに苦笑いで可愛らしい花束を貰ったりする度に。
また、街に下りて、幸せそうな人々の笑顔を見たり、災害で身寄りを無くした子供達にお菓子を配りに行って感謝されたりする度に思う。
大事な友人である彼等はもちろん、この国の皆にも幸せで居てもらう為に。この国を、ゲームの世界の様に滅ぼしてしまわない為に、そして彼等に、かつての友を断罪するだなんて重石を背負わせない為に……、今後、ゲームの運命が動き出した時に、乗るべきか、抗うべきか。
最近の私は、よくそんな事を考えている。
ただ、どちらの道を選ぶにしても問題がひとつ。
「ゲームのイベントって、どんなのがあったかな…………。悪役の視点じゃよくわかんないんだよねぇ」
近々ある市街のお祭りで子ども達に配るためのクッキーの袋にリボンをかけながら呟くそんな主人を見つめ、使い魔の子猫はため息を溢すのだった。
(正直、今の君は主人公よりヒロインしてるよ、フローラ……)
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今しがた、クズどもの中では割りと使える男が持ってきた報告書を、感情任せに引き裂いた。
前世でもよく、腹の立つあの女の教科書やらノートやらをズタズタに破ったり切り刻んだりして遊んだものだが、やはり憎い相手の持ち物でないとだめね。と、まだあどけなさの残る可愛らしい顔立ちの少女が、まだ齢13とは思えない気だるそうな表情でソファに腰かける。そして、未だ収まらない腹立ちをぶつけるように、無惨にも意味をなさない紙切れと化した報告書を従者の頭に向かいばら蒔いた。破れた破片にそれぞれ、僅かに読める彼女がかねてより手にいれようと躍起になっている各国の皇子3人の名と、四大国にただ一人の姫君の名。そして、ご丁寧に赤字で記された『婚約』の二文字が踊っている。
しかし、主人とは言え自分より一回り以上年下の娘に屈辱的な扱いを受けたにも関わらず、男はその美麗な顔に笑みさえ浮かべて口を開く。
「流石に聖霊の森から学院へと譲られた薬草園に手を出したのは軽率でしたね、お嬢様」
「ふんっ、聖霊がなによ。どうせ所詮は人間の使い魔と同じ種族じゃない!」
全く困った様子のない顔のまま言う従者に対し、それを鼻で笑う、いかにもお嬢様然とした高価なワンピースを身にまとった少女。
その服はもちろん、学院で親しくなった男達の一人に買わせた物で、彼女の部屋のクローゼットには、同じような服やら宝石やらが所狭しと並んでいる。
この姿を見て、誰が彼女をこの世界の主人公だと思うだろうか。
「とにかく、今回の事であの国が……強いては、学院が聖霊の森の怒りを買ったことは事実です。そして、その怒りを鎮めるためには、当事者に謝罪に行かせるのが筋。しかし……」
「それは無理ね、あの男の実家にはもう没落させる為に手を回したし、そもそも聖霊の森って、スプリングの王族と、その関係者しか入れないそうじゃない」
水色の髪を片手で払い、腕を組んで断言した主人を見て従者が珍しく驚愕したように目を見開く。
「お嬢様、よくご存知ですね。聖霊の森については、本来なら各国の王族と一部の高位魔導師しか知らない極秘事項なのに」
従者のその言葉に一度はきょとんと驚いて見せながら、次の瞬間には口角だけを上げて歪な笑みを浮かべる。
そして、笑顔のまま淡々と言い放った。
「この世界の神の導きって所ね」
主人らしからぬその言葉に、またもわずかにだが従者は驚愕した。確かに普段から彼女はこの世の全ては自分の物と言わんばかりに生きているが、神や仏を信じるような純真な少女とは程遠い。
なので、浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「これは珍しい……。お嬢様が、自分の命も聞いてはくれないそんな不確かなものを語るとは」
「あら、そんなことないわ。私、これでも感謝はしてるのよ……この世界を“作った人達”にね。だって、他でもないこの私を主人公にしたんだから。だから私は、この世界の“攻略対象”をぜーんぶ好きにして良いのよ、私にその権利を与えたんだから」
『褒めてあげてもいいわ』と、あくまで上からで言い放たれたその言葉に、従者は『まぁこれはこれで面白いか』と、これ以上は追及しなかった。
実際、どうでもいいのだ。自分の目的さえ果たせるのならば、正直この頭の弱そうな主人の先行きが怪しかろうが知ったことじゃない。あくまで、本音では、だが。
だから、そんなことは尾首にも出さずに従者は自称“主人公”の少女に、さも取って置きだと言わんばかりの笑顔で言ってやるのだ。
「では、お嬢様は此度のフローラ姫と、各国の殿下方のご婚約は不服なのですね。では、認められる前に“白紙に戻して”しまいましょうか」
その従者の言葉には、今度は流石に主人の方が眉をひそめる番だった。不快感を隠すつもりもなく、そのまま『どういうつもり?』と呟く。
「この度の婚約、実はフェニックスとアースランド両国の殿下と、ミストラルの姫であるフローラ姫を聖霊の森へ入らせ、共に謝罪に向かってもらう為だと言う政略的な意図があるのですよ。先ほどご自身で申しましたでしょう?」
『聖霊の森には、スプリング王家と“その深い関係者しか”入れないとね』と従者が笑えば、少女はしばらく考え込んで……そして、思い出した。
ゲームの中にあったのだ。これと同じ茶番が。
最も、その時本来その場に居るべきは、他でもない主人公の筈だけれど。
これは、メイン攻略対象である皇子3人のどのルートに進んでもどこかで必ず発生する、彼女がいずれ、どの国に置いても上に立つにふさわしいと認められる為の布石を得る、正に分岐点となる出来事。つまり、本来ならあの女が立ち入るべき場所ではない。
「なるほど、あの女が主人公が居るべき場所を奪っているせいで、彼等も素直に私を愛せないのね。なんて可哀想なのかしら……。だったらやっぱり、私の方から会いに行ってあげなくちゃね」
いかにも『これは主人公が悪役から皇子様達を真の愛で救う様式美』だと満足気なその悪どい笑顔を眺め、思惑通りに主人の思考を誘導しておきながらさも不思議そうな顔をする従者の男。
しかし、浮かれる少女はそんな従者の変化には微塵も気づかない。何故なら、彼女にとっては彼もまたただの脇役に過ぎないからだ。
「この度の謝罪によって彼等が……、とりわけ彼女が聖霊達に認められるようなことがあれば、彼女は今後引く手数多になるでしょうねぇ。だったら……」
「その前に私もそこに行って、あの女より先に使い魔達に認められてやるわ!本来なら、私がやるべきことだったんだしね」
「おや、入り方をご存知なのですね?何故です?」
わざとらしく不思議そうに首を傾ぐ従者に、少女は再び自慢げな笑みで言い放った。
「さっきも言ったでしょ。この世界は主人公の物だからよ」
さぁ、まだ少し早いけどゲームの始まりよ。攻略対象はぜーんぶ私が貰う。あんたには、悪役にぴったりな破滅をプレゼントしてあげるわ。
そう心で宣言し、少女は勝ち誇った笑みで従者にある指示を下すのだった……。
~Ep.154.5 その運命は誰が為に~
“聖霊の長”に認められし、世界を導く清き乙女。それが認められるまで……あと5日。




