Ep.152 ゲーム補整入りました
『そんなシナリオは聞いてません!!!』
「全く、せっかくの夏休みだって言うのに他にすることないの?」
「えーっ!いいじゃん別に、ゼリーとシャーベットならわりと夏っぽいでしょ?そんな失礼なこと言う子にはあげないからね!」
厨房の天窓からこちらを覗き込んでるブランに対してそう背中を向けたら、『どうしてそうなるのさ!』なんて騒がしい声が聞こえてくる。毎度毎度、お菓子を作ってるときに文句言いに来ては、毎回お預け喰らってるんだから……。いい加減懲りたら良いのにね。
あら熱の取れたゼリー液をカップに流し込んで、冷蔵庫に入れたら一旦作業はお仕舞い……っと。
「さてと、支度しなきゃ。」
「あれ?もう終わりにするの?珍しいね、いつもは夕方までやってるのに。」
「今日は特別よ。これから、明日の誕生祝いの席の準備があるの。」
エプロンを外しながらそう言えば、『そう言えば、今年は王妃様もずいぶんと大人しいよね』と呟くブランに苦笑する。
確かにいつもなら、こう言った私が目立つようなイベント事の1週間前には張り切ってドレス選びに乗り出すのに、今年はそれがなかった。それどころか、仕立て屋さんの見立ても衣装部屋でのドレス選びも何にも無くて、思わずお父様に大丈夫なのか確認したのが昨日の話だ。
「で、大丈夫だったの?王様と王妃様もフローラと一緒でぼややんな所あるし、まさか忘れてたなんてことは……。」
「そっ、そんなわけないでしょ、私とお父様、お母様を一緒にしないで!って言うかいくら私でもそこまで馬鹿じゃないから!!」
「それはどうだかねー。」
「あーっ、その態度は信じてないわね!?」
『イヤイヤ、シンジテマスヨー』なんて棒読みで言いながら尻尾を振り回しているブランを捕まえて、もふもふのお腹を思いきりなで回す。
「わっ!?ちょっと止めてよ!!」
「止めないもん!ほーらほらほら!」
「もーっ、くすぐったいでしょ!!」
「あっ!」
一瞬の隙をついて上手く逃げ出したブランが、笑いすぎで息を切らしながら『早く行かないと遅れるよ』と時計を見る。
確かにそろそろ時間だから、今日はこの辺にしといてあげようじゃないの。それにしても……、服もなにも選ばずに、パーティー前日にする準備って……何?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そんなこんなで迎えた当日。一応本日の主役である私はと言うと、この間フライに約束(強請)された通り、部屋で大人しく待って……と、言うか。
「ーー……すっっごくダレてるね。」
「だって身体中痛いんだもん……!」
そう、一応普段着ではあれど人目についても大丈夫なドレスに着替えこそしたけれど、椅子に座ってるのも辛い位に全身筋肉痛だ。
それもこれも、昨日『真の淑女足るもの指一本一本の先まで洗礼された仕草をすべき』だって、約半日間みっっちりと所作についてのお稽古をさせられたからだったりする。あぁ、本当、出来るなら今すぐベッドに倒れ込みたい……!流石に出来ないけど。
「姫様、失礼いたします。」
「ーっ!開いているわ、どうぞ?」
足音も立てずに静かに入ってきたハイネが、『ライト様がお見えですが、いかがなさいますか?』と首を傾げる。
本来先触れもなく自室に行き来するのは貴族の世界では品がない事らしいけど、今回は一応フライから『部屋で待ってて』って指定も受けてたし、通しちゃっていい……んだよね?
「今はどこで待ってるの?」
「応接間にてお待ちですよ。」
「そう……。……うん、やっぱり、こっちに来てもらってくれる?」
わざわざ出向いてもらった上に呼びつけるのもなかなかに失礼なんだけどね……。でもごめん、今の私の小鹿のような足じゃとても応接間まで歩けそうにないの……!
そんなわけで、ハイネがライトを呼びにいってからの約10分位、ブランが足をマッサージしてくれました。
「ブラン、ありがとう!!」
「ぐぇっ!わかったから抱き締めるのは止めてよね!!」
あ、逃げられた。地味に傷つく……!
「何だ何だ、相変わらず賑わってるな……。」
「ーっ!ライト!!いらっしゃい。」
「いらっしゃい。お土産は?」
「こらっ、ブラン、いきなりそんなものねだらないの!!」
もーっ、意地汚いなぁ。一体誰に似たんだか!
「別にいいさ、夏休みでブランも退屈してたんだろ。ほら、土産だ!」
「うわぁーいっ、やったぁ‼」
ライトが差し出した袋を抱えて元気に飛び回るブランをちらりと見つつ、『フライとクォーツは?』と首を傾げた。
てっきり、三人一緒に来るものだと思ってたんだけど……。
「いや、今回はバラバラだ。何かは知らないが、フライは用があるとかで陛下達に謁見中だし、クォーツはまだ来てないみたいだぞ。」
「そうなの?一体どうしたんだろ……。」
何だ、フライったらもう来てるのか。人には自室待機とか言っといて不公平だ!!最も、この小鹿のような足じゃ動けないからどうせ自主的に自室待機してただろうけどね。
「ほぇで、ライヒョはほうひてわざわざふぇやまでひたほ?」
訳;『それで、ライトはどうしてわざわざ部屋まで来たの?』
「ってちょっとブラン!お菓子食べながら喋ったらお行儀悪いでしょもーっ!!」
小さな白い毛並みにボロボロとこぼれた食べかすを軽く手で払ってゴミ箱へ落とす。
「全くもう、誰に似たんだか……。」
「親か、お前は……。それより、それ普段着だろ?もう一時間もしたらパーティー始まるのに、その格好で大丈夫なのか?」
「あ、うん。なんか今年のドレスは当日に渡すからーってお母様に言われて、ずっと待ってたんだけど……。」
靴とか髪飾りなんかの小物は用意されているのに、肝心のドレスが無いとはこれ以下に。
と、思っていたら『まさか何にも話してないのかあの馬鹿……!』なんてライトが頭を抱えてることに気づいた。急にどうしたの。
「どうかしたの?」
「あー、うん。まぁいいか、今話せば済むことだし。」
「……?だから何を?」
頭に“❓”を浮かべている私に苦笑しつつ、ライトが静かに背後に回った。そして、『ちょっと失礼』なんて声の後に、首もとに感じる冷たい感触……。
「ーっ!可愛い!クローバーのネックレス?」
視線を下に落とすと、私の首もとで小さな四つ葉が揺れていた。シンプルだけど、4枚の葉っぱの所が宝石で出来ててとっても綺麗。
「気に入ったみたいで何より。まだ祝いの席には早いけど、誕生日おめでとう。」
「ありがとう!!ところで、これって……」
ライトが誕生日プレゼントとしてくれたネックレスの宝石は、深い青色の中に白や金色っぽい筋や粒が混ざっていて、なんだか夜空みたいな柄の石。これって、確か……
「ラピスラズリ……だっけ?」
「そう、ラピスラズリは魔除けの力を持つ神聖な石だからな。お前ここのところ危ない事が多いからな、それに守ってもらえ。」
「うぅ、その節はご迷惑をお掛けしまして……!」
「駄目だなぁ、ライトは。そこは嘘でも『俺が守ってやる』位言わないと。」
「はぁ?遅れて来ておいて何ふざけたこと言ってるんだお前は。」
「あ、フライ!いらっしゃい。」
「やぁ、お邪魔するよ。」
「おっ、遅れてごめん!!」
つけて貰ったネックレスを指先でつまんで眺めていたそのタイミングで、にこやかに微笑んだフライと、軽く息を切らしたクォーツも部屋に飛び込んで来た。
「クォーツ、大丈夫?」
「うん、何とかね……。ごめんね、こんな開始ギリギリの時間になっちゃって。」
ギリギリって、まだ開始時刻までは30分以上あるから大丈夫では?と思ったけど、そう言えば私まだ普段着だったなーと思い出した。え、これ本当に今日のドレスどうなってるの!?大丈夫!!?
「フライ、お前な……、サプライズにしてももう少し相手の立場を考えろ。あの不安げな百面相見てみろよ。」
「ん?相変わらず表情豊かで見てて飽きないよね。」
「いや、そうじゃなくて……。まぁいいか、とにかく早く渡してやれ。ほら、お前も帰ってこい。」
ーっ!!いけない、また考え込んでた。
私の肩を掴んだライトの腕越しに視線を動かせば、フライがにこりと笑って未だに座ったままの私の前に膝をついたので、一瞬かつて初対面の時に手の甲にキスされた時の事が思い起こされて身構えてしまう。
あの時はまだほんの子供だったからいいけど、いくら挨拶代わりでも今あんな事されたら絶対恥ずかしくてしばらく顔見られないよ!?
「……何身構えてるの?別になにもしないよ。」
「っっ!う、うん、そうだよね‼」
と、グルグルと考え込んでた私をずっと見てたらしいフライが小さく吹き出す声で正気に戻った。ん?じゃあなんでわざわざ膝ついたの?
「はいはい、そんなに考え込まなくても今説明するから。でもまずは……、誕生日おめでとう。はい、これは僕から。」
そう言ってフライが取り出したのは、空みたいな澄んだ水色がベースで、少しずつ色味を変えたフリルとレースが淡い色彩でグラデーションになったドレス。散りばめられた透明な宝石の粒がキラキラしてて、なんだか澄んだ水の中みたいにも見えて素敵!!……素敵、なんだけども。
「ら、ライトのくれたネックレスと言い、このドレスと言い、なんだかとっても高価そうなんだけど……貰っちゃっていいの?」
「何言ってるの?プレゼントなんだから当たり前でしょ。」
オロオロする私に対してそう言ったフライはクスクスと笑って、ライトもその通りだなんて頷いてるけど……。
「で、でも去年までは普通にお花とかちょっとした小物だったのに、いきなりこんな……。嬉しいけど、ちょっと申し訳なくて。」
「だからこそだよ。もう僕達は13歳……、つまり、社交界に正式に顔見せをする年だ。こう言う時の贈り物は、ちょっと立派すぎる位の方が地位の確率に良いんだよ。何事も初めが肝心って言うよね?」
「で、フライが今回は巻き込んだ詫びも兼ねてドレスを仕立てさせるから、合わせられるものを用意してくれって俺とクォーツに連絡が来た訳だ。」
「あ、だから色合いが揃ってるのね!」
なるほど、道理でネックレスとドレスが合いそうだと思った。でも、お詫びなんてそんなのいいのに……。寧ろ……
「最終的に迷惑をかけちゃったのは私の方なんだから、寧ろ私がお礼しなきゃなのに……。でもありがとう、大事にするね。」
「ーっ!」
ドレスを抱き寄せながらお礼を言ったら、なぜかフライがパッと目を逸らした。片手で口元押さえてるけど、私また何か笑わせるようなこと言った?
「まぁとにかく、今日はお前が主役なんだから気にせず受けとれ。ほら、そろそろ着替えないと不味いんじゃないか?」
「そうだった!ハイネ、髪お願い!!」
「畏まりました。では皆様にはお先に会場へご案内致しましょう。」
私の手にしていたドレスを馴れた手つきでハンガーにかけつつ、ハイネが外で待機していた三人の護衛さん(っていってもライトの護衛さんはいつも側についてるフリードさんだったけど)にも声をかけている間、再び暇を持て余してしまう私達。
と、言うか、着替えるのは良いんだけど……
「ちょっとちょっと!!僕まだ渡してないんだけど!?」
あ、やっぱりクォーツも持ってきてくれてたんだ。
なんてポケーッと考えてる私を他所に、フライとライトがさっきからすっかり置いてきぼりで拗ねてしまったクォーツを宥めている。
「いやぁ、ごめんごめん。つい話に夢中になっちゃってすっかり忘れてたよ。」
「どうせ僕は影が薄いよ……!とにかくフローラ、お誕生日おめでとう。」
「うん、ありがとう!」
ちょっと涙目になりつつクォーツがくれたのは、中に花びらが閉じ込められたガラスの小瓶。キャップを開けると、フワッと広がる甘い香り……
「香水だ!見た目も可愛いね、使うの勿体ないなー。」
「き、気に入ったならよかった‼社交界では香水も身だしなみの一貫になるし、丁度いいんじゃないかと思って。……本当はルビーに一緒に考えて貰ったんだけど。」
最後の一言は聞き取れなかったけど、確かにこの世界の大人は皆香水つけてる気がする。あれって身嗜みだったのか、知らなかった……!
「お話はお済みですね?では皆様、失礼ですが御退室願います。そろそろ着替えないと本当に間に合いませんから!!」
「あぁ、邪魔したな。フローラ、会場来るときに焦って転んだりするなよ。」
「ドレスのサイズは大丈夫と思うけど、もしあわない部分があったらすぐ仕立て直せるように職人には待機して貰ってるからね。」
「それじゃあ、また後でね。」
にしても、香水って目に見えないのに身嗜みって何か変なの。……って、
「あれっ、皆は!?」
「とっくに御退室いただきましたよ!!さぁ、急いで支度しますから、覚悟してくださいね!」
「はっ、はい!出来る限り急ぎます!!」
その後、ハイネの本気の早支度の甲斐あって、私は無事パーティーの開始時刻に間に合ったのでした。
そして、一応主役なので、まずは挨拶の為に一番目立つバルコニーに顔を出すと、いつになくにこやかなお母様と、ちょっと悩んだ顔をしたお父様に出迎えられる。ちなみに、パーティー開始の挨拶は国王でもあるお父様の役目だ。……って、あれ?
「では皆様、我が娘の誕生祝いにこうしてお集まり頂きありがとうございます。娘、フローラも、今年で13歳……、無事に社交界に顔見せとなるこのめでたい日に、もうひとつ、重大なお知らせをさせて頂きます。」
そこまで話したお父様の後ろに、さっきまで私の部屋に来てた三人が待機させられてるのが見えた。一体なぜ!!?皆はお客様だよね!?
しかし混乱する私はもちろん、そんな私を見て自分達も訳がわからないと肩をすくめるライトとクォーツ他所に、お父様のお話は続く。そして、高らかなファンファーレと共にこう宣言した。
「我が娘、フローラの、婚約をこの場で正式に発表させて頂きます‼」
~Ep.152 ゲーム補整入りました~
『そんなシナリオは聞いてません!!!』




