Ep.151 無償より安いものはなし
『昔の人は上手いこと言うなぁ……。』
「よーし、これでどうだ!」
「あーっ!!ち、ちょっと待って、それはずるいよ~っ!あぁ、見る間に全てが黒に変わっていく……!」
「勝負に情けは無用だからな!精々精進するといい。」
「う~~っ、初めはあんなに弱かった癖に……!」
最早コマのひとつを置く場所も無くなった緑色のボード。そして、その前で項垂れている私を尻目にどや顔で腕を組んだライトは、ご機嫌な様子で次はクォーツに勝負を挑みに言っていた。
さて、ここまで話せば皆さん、私達が今何のゲームをしていたか薄々お分かりでしょう。そう、庶民のボードゲームの定番、オセロです。
夏休みを迎えて各国へと向かう船の中、何故オセロ大会が開かれているかと言うと……話は、数日前のキール君とミリアちゃんとの話し合いの日に遡ります。
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「勝負の種目か……。最後にするからには、公平性のあるものがいいが。」
「そうだね。とは言え、今まで散々剣術、魔術は勿論、ボードゲームに至るまで戦い尽くしてきたから、もう僕や君からいい案が出るとは思えないんだよね。ねぇフローラ、何かいい種目は無いかな?」
フライはどこか悲しげな雰囲気のままそう呟いたキール君に同意し、何故か私に話を振ってくる。
え、何で私!私別に勝負事とか詳しくないですけど!?
「フライ様、何故わざわざ私にお聞きになるのです?そう言った勝負事のお話であれば、私よりもライト様やクォーツ様の方がお詳しいのではありませんか?」
「同性からは得られない、観点の違う勝負事ならば、僕にも彼にも馴染みの無い種目が挙がるのでは無いかと思ってね。」
ひきつる頬を叱咤して笑顔でそう返せば、私の作り笑いなんて目でもないような素晴らしい微笑みで反撃を食らう。だったら尚更、なんで私を名指ししたの!!女の子の意見が欲しいなら、ここにはルビーやレインだっているのに!!
そんな私の不満を知ってか知らずか(いや、フライなら確実に気がついてる気がするけど)、ふっとさらに目を細めたフライが小さく『君は、僕達が知りもしないような観点で思わぬ意見をくれることが多いからね』と呟いた。
……それは、誉められたと思っていいのかしら?
まぁいいや、確かに私が知ってて皆が知らない(と言うかこの世界に馴染みがない)物はたくさんありそうだし。ゲーム絡みで私の頭に浮かぶのなんて、まずチェスなんか出てこない。私にわかるのは、トランプみたいなカードゲーム(しかもババ抜きとか七並べとか)と、精々オセロくらいなものだ。小学校の頃は、学童の子達とよくやったんだよね~。懐かしいなぁ……って、ん?オセロ……いいんじゃない?なんか白黒で色合いもチェスに似てるし!それに、オセロならきっと皆確実に知らないはずだし。
「では、オセロは如何でしょう?」
「「「オセロ??」」」
我ながらいい考えだと両手を合わせて言った私に、想像通り皇子3人が不思議そうに首を傾げた。
リアクションから見るにキール君を始めとして他の皆も知らないみたいだから、紙にペンで枠と黒丸、白丸を書いて簡単にルールを説明する。
「ルールは極めて簡単ですわ。まず、片面が黒で反対面が白くなった石と、格子場の盤を用意します。そして、始めにその中央に、黒と白の石をそれぞれ2つずつ置いて、そこからどんどん自分の陣地を広げていきますの。」
「フローラお姉様、どうやって陣地を広げるのですか?」
「相手の色の石を、自分の石2つではさめば良いのですわ。挟まれてしまった石は、相手の色にひっくり返されます。これを繰り返して、最後に石の数が多い方が勝ちです。簡単でしょう?」
「なるほどな、要は陣取りゲームか。シンプルなだけに、裏をかくのが難しそうな内容ではあるな。」
「そうだね、でも……これなら不正だって難しいだろうし、僕もキールもやったことがないから、公平な勝負が出来そうだよ。」
フライが『そう思わないかい?』と振ると、キール君も構わないと思いますよと頷いたので、種目はオセロに決定!あ、でも……
「でも、肝心の盤と石はどうするの?」
クォーツのその言葉に、皆して一斉に静止した。そうだよ、いくらルールを知ってても、コマがなきゃゲームは出来ない!これは困ったと落胆したその時……
「お探しのものはこれかな?」
「ーっ!そう、これです!オセロの石と盤!!フェザー様、ありがとうございます!」
なんと、いつの間にやら部屋から消えていたフェザー皇子が、いつの間にやらオセロの盤とコマを手に戻ってきていた!!
しかも、ご丁寧に盤は表面が緑のフェルトみたいな感じになった昔ながらのもの。素晴らしいチョイスです。でも、どこから入手してきたの?
と、思っていたら、なんとソフィアさんに借りたらしい。そっか、ソフィアさんは街出身だから、庶民のゲームを知ってるのね!仲間だ!!
そうして私が心の中で勝手に仲間認定したソフィアさんから借りてきたボードは、全部で三枚。そのうちの一枚を使って、フライとキール君の勝負が始まった。
ちなみに、完全な素人勝負で一戦のみはあんまりだから、5回勝負にしたらしい。実に公平だ。
「……見てるだけじゃよくルールがわからないな、フローラ。」
「え?そうですか?そんなに複雑な事はしていないと思いますが。」
って言うか、ライトさっきちゃんと納得してたじゃん!?と、思ったら、その手にはしっかりと予備の盤とコマが握られていた。なるほど、そう言うことか……。
「仕方がありませんわね。では、実践教育と致しましょうか。」
「あぁ、是非ご教授お願いするよ。」
「あ、ライトお兄様抜け駆けは良くないですわよ!私達もやってみたいですわ!!」
「僕も興味あるな。」
「では、何組かに別れてやりましょうか。レインさんはどうなさいます?」
「そうですね……、では、折角ですしご一緒致します。」
オセロはあくまで個人戦なので、とりあえずお手本として私と、やりたくて待ちきれない様子のライトでの一回戦。結果は圧勝、真っ白になったオセロ盤が眩しいです。
「なんだ、慣れれば簡単じゃないか。」
「いや、慣れるの早すぎ!……ですわよ。いくらなんでも強くなりすぎですわ……!」
なんて、調子に乗ったのもつかの間。私がライトに勝てたのは、説明がてらに行った最初の2戦だけだった。
いつの時代も、子供はゲーム好きなんだなぁ。なんて考えつつオセロ盤をセットしていると、ふと真剣な顔でキール君を見守っているミリアちゃんの姿が目についた。
その強ばった身体に静かに近づいて、後ろからそっと声をかける。
「……ミリアさん。」
「きゃっ……!ふ、フローラ様?何かご用でしょうか?」
出来るだけ怖がらせないように声をかけたつもりが、逆に驚かせてしまったらしい。申し訳なく思いつつ、若干肩を竦めてビクビクしているミリアちゃんの向かいに座る。
「え!?あ、あの……皆様と彼方で遊んでいらしたのでは?」
「えぇ。でも何分、人数が奇数でございますから、一人人数が余ってしまうのですわ。」
『なので、暇をもて余してしまいまして』と笑うと、ミリアちゃんは少しだけ目を見開いてから、顔を逸らして俯いた。
“話したくない”ってことかな?でも、残念ながら私は貴方とお話をしに来たのだ。逃がさないよ?
でもまぁ、自分の婚約者が散々攻撃した相手といきなり真面目に“お話しましょう”じゃ、誰だって怖いとは思う。……今さらかもしれないけど。
と、言うわけで。
「実は、一回り盤のサイズは小さいですが、もうひとつオセロのセットをお借りして参りましたの。ただ待つと言うのも正直暇ですし。ですから……、宜しければお相手をお願い出来ませんか?」
「えっ?で、ですが……」
「先程のルール説明は聞いていらしたでしょう?」
戸惑うミリアちゃんを他所にテーブルのティーセットを片付けて、さっさとオセロ盤を広げる。相手が迷っているときはこちらの勢いが大事です。
「ミリアさん、どちらの色になさいます?」
「あ……で、では黒でお願いします。」
「では、私が白ですわね。」
案の定、渋々っぽくだけどミリアちゃんは私の相手をしてくれる。素直ないい子だ。
……そして、ミリアちゃんは意外と知能派で強かった。何てことだ、初戦位なら勝てると思ったのに……!
なんて事は置いておいて。
「……意外と面白いですね。」
「ーっ!そうでしょう?単純に見えて奥深いのですわ。」
ミリアちゃんも、ゲームに集中し出してちょっと緊張がほぐれてきたらしい。これなら、素直に話が出来そうだ。
「……ミリアさんは、普段はゲームはされますの?」
「え?はい、今はそうでもありませんが……、小さいときはよくチェスをしていました。」
『キールと、二人で。』と呟くミリアちゃんの視線は、不安げに揺れながらフライとキール君の方へ向いている。
「本当に、お二人は仲が良ろしいのですわね。素敵ですわ。」
「……そう、見えますか?」
「……?えぇ、だって、ミリアさんはキールさんのことが大好きなのでしょう?」
「…………っ。」
私の言葉にほっぺたを赤くして俯くミリアちゃん、可愛いです。そんな正に恋する乙女なミリアちゃんを見て、誰が仲良くないなんて思うだろうか。
「……そうだとしても、彼がしたことが本来許されることではない事は、私も心得ております。」
「えっと……、まぁ、確かにそうですけど。でも今回は何はともあれ丸く収まった訳ですし……」
「まぁ、元が尖っているものを無理矢理丸め込んだような収め方だったけどね。」
「ひゃうっ!!」
またうなだれてしまったミリアちゃんを慰めようとした所で、図ったようにフライが私の肩を叩きつつ話に入ってきた。って言うか、びっくりして何か変な声出た!!
しかも自分で脅かしといてフライはまた声もなく大爆笑してるし……!
「……不意打ちだなんて卑怯ですわよ。」
「卑怯とは心外だなぁ、隙があるから付け入られるんだよ、お姫様?」
「~~っ!本当に、フライ様は口がお上手ですこと!」
あぁ言えばこう言うと言うか、売り言葉に買い言葉と言うか……ひとしきり言い合う私達を唖然と眺めていたミリアちゃんが、ハッとしたように口を開いた。
「あ、あの……、所で勝負の結果は……?」
「ーっ!そうでしたわね。決着は着いたのでしょう?」
「あぁ、それなら……」
「……僕の、敗けだったよ。」
そう呟いたキール君にミリアちゃんが慌てて駆け寄っていく。健気な子だ……。
そして、キール君はそんなミリアちゃんの頭を軽く撫でてから、私に向き直って頭を下げた。
「……この度は、私怨による暴走で多大なご迷惑をお掛けしました事を、心よりお詫び申し上げます、フローラ様。」
「え!?あ、はい……今後はこのようなことが無いようにしてくださいね。」
「……それだけ、ですか?」
「???何がです?」
驚いたような顔をしたキール君とミリアちゃんと私を交互に見比べてから、フライが『だから言ったのに』と肩をすくめた。だから一体何!!
「勝負が終わったら僕から彼にフローラへの謝罪は促そうとは思っていたんだけどね。その前に彼自身が君にも謝りたいと言うからこちらに来たんだよ。」
『でも、そもそも怒っていない相手への謝罪は贖罪にすらならないけどね』って、物言いが一々刺々しいよ!
「そこで、フローラからも彼等に何かひとつ条件を与えてもらおうかと思って。」
「なるほど、そうなりましたか……。って、私ですか!?」
そんな条件なんて、急に言われたって思い付かない。『君も一応被害者なんだし』って、いきなり言われてもねぇ……。
「ふ、フライ様の出した条件は何だったのですか?」
「それは……」
「おっと、それは秘密だよ。キールも、無闇に人に話さないこと。いいね?」
「偉そうに……。」
『何か言ったかな?』と笑顔でキール君に厚をかけているフライを横目に考える。条件、条件か……。流れ的に、私や皆にメリットがあることじゃないといけないんだよね?
「今すぐ効力が出る約束でなくとも大丈夫ですか?」
「え?えぇ、別に構いませんが……。」
「では、お二人ともこちらにいらして下さい。」
私がキール君とミリアちゃんを連れて離れたことで“聞かれたくない話”なことを察した様子のフライが離れていったのを確認してから、私も二人に条件を話した。
まぁ、何はともあれ、これにて一件落着!……だよね?
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「なーんか、進学早々色々あったなぁ……。」
「はは……、巻き込む形になってしまってごめんね。」
「ーっ!いや、フライを責めたわけじゃなくて……!って言うか、いつから居たの!?」
『やることが一段落ついたから、今さっき遊びに来たんだよ』と笑うフライの笑顔が晴れやかなので、多分本当にもうこの件は大丈夫なんだと思う。
「そっか、お疲れさま。じゃあすぐにお茶入れるね!」
「あぁ、ありがとう。」
紅茶をお供にまったり談笑していると、フライが思い出したように口を開いた。
「そう言えば、結局君が彼等に出した条件は何だったの?」
「ーっ!フライだって教えてくれないんでしょ?じゃあ私も内緒!!」
プイッとそっぽを向くと、元々無理に聞き出すつもりはなかったのかフライは苦笑しつつもあっさり引き下がる。なるほど、これが駆け引きか……!
「……ところで、君は僕に何をしてくれるのかな?」
「はい!?」
「元はと言えば、君が温情を与えようとした為にここまで話がややこしくなったんだよ?まさか、頑張った僕には何も無しなの?」
しょんぼりした様子でそんなことを言われましても!!
えー、私がフライに出来ることって何!?この人何でも出来ちゃうし、特に何も思いつきませんが!?
「えっ、えと……お菓子でも作る?」
「それじゃあいつもと変わらないでしょ。全く、能天気だねぇ君は。」
「うぅ……、だって他に特技無いもん……!」
「意外に謙虚だね、僕は結構好きだな。……君のそう言うところ。」
「ーっ!!?」
いきなりの一言に思わず俯くと、同時に後ろからルビーの『お兄様、しっかりしてください!』と言う悲鳴が聞こえてきた。勝負に苦戦中なのかな?
「あはははっ!何その顔、大丈夫?」
「……フライ、もしかして今、私のことからかった?」
「酷いな、『嫌いじゃない』に禁止令を敷いたのは君じゃないか。」
「それはそうだけど……!」
だからって、いくら友達でも私男の子に“好き”とか言われたの初めてなんだよ?びっくりするのは当然ではないですか。
何となく悔しいので、未だにお腹を抱えて笑っているフライをじっとりと睨み付けてみる。多分効果は無いだろうけど。
「ちょっと、まだ笑わせる気?あんまり変な顔しないでよ。」
「……睨んでるんだもん、面白くなんか無いんだから。」
やっぱり効果なかった!って言うか、フライって意外と失礼だよね!!?本当に怒っちゃうぞ!
「そんな顔で脅されてもねぇ……。まぁいいや、話を戻すからこっち向いてよ。」
「……もうフライなんか知らない。」
「とか言いながらちゃんと向き直っちゃう辺り、まだまだ甘いよね。」
だって、人と話すときは目を合わせるものだって前世でも現世でも散々しつけられて来たんだからもう習慣になってるんだもん。……と、思うけど言わない。多分言ったらまた返り討ちに合うから。
「それで、結局私は何をしたらいいの?」
「なんだ、潔いね。でも、実は別に君自身に何か行動を起こさせようとは最初から思っていなかったんだけど。」
「じゃあなんであんな聞き方したの!?」
「いや、面白い反応が見られるかなと思って。」
……それはそれは、ご期待に添えたようで何よりです。
「はいはい、むくれないで。とりあえず、この夏期休暇中にまた君の誕生日の祝いの場があるでしょ?」
「え?う、うん、そうだね。今年は中等科に上がったこともあるし、今までより規模の大きなパーティーになるってお父様が言っていたけど……。」
『それが何?』と首を傾げた私と、私達の少し後ろで騒いでいるライトとクォーツを眺めてから、フライは意味深に微笑んだ。
「その当日に頼みたいことがあるから、僕達がミストラルに着くまで待っていてもらえるかな?」
「え!何するの!?」
「それは内緒。約束だからね、破ったら……わかってるね?」
「ちゃんと自室で待機してます!!」
私の答えに満足げに微笑むその悪魔の笑顔を見て、私は二度とこの人に借りを作ってはいけないと密かに誓ったのだった。
~Ep.151 無償より安いものはなし~
『昔の人は上手いこと言うなぁ……。』




