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Ep.150 けじめと、誓いと、隠し事


  『結果は勿論、聞くまでもないよね?』

 


  ほんの30分足らずでどう約束を取り付けたのかはわからないけど、フライとフェザー皇子はあの後すぐにキール君とその専属の執事さん、そして、婚約者であるミリアちゃんを高等科の会議室へと呼び出した。

  てっきり来てくれないんじゃないかと内心ハラハラしていたんだけど、どうやらあの二人の策に限ってそんな不測の事態はないらしい。先頭で扉を開けたフライに続いて中に入れば、神妙な面持ちのミリアちゃんと、あからさまに敵意を剥き出しにした、でも、どこか冷めきった眼差しをしたキール君がソファーに腰かけている姿が目に入る。

  そんなキール君は、フライと一緒に部屋に来た私達のことは気にも留めずに、フライだけをじっとにらみ続けている。視線にもし威力があるなら、睨まれている場所に穴が空いてしまいそうな位だ。


「さて……、来てくれてありがとう。まずは礼を言うよ。」


  でも、そんなことはまるで気にせずに、ゆったりと微笑んでキール君の正面から話しかけるフライ。流石だ、とても私には真似できません。だって小心者だもん。


「ふん、白々しい……。それで、皆様お揃いで何のご用です?自国の権力のみならず、4カ国の総力を上げて僕を断罪する気ですか?」


「いや、自分にそれほどの労力(と権力)をかける価値があると思ってるのかよ。」


「ちょっとライト!!」


「なんだよ、事実だろ!権力で潰すだけなら何もこんな悩むこと無いんだよ!!それを出来る限りしたくないからここまでややこしい話になったんじゃないか!」


  

  とっさにライトの口を押さえようとしたはしたけど、身長と反射神経の問題、更にはレインに無言で腕を掴まれたことで敢えなく失敗してしまった。

  それにしたって、ライトはハッキリ言い過ぎだよ!見てごらん、キール君とミリアちゃんのあの目を!!点になりすぎてごま塩みたくなっちゃってるじゃないですか!!! 


「……はぁ、そこの二人、うるさいよ!」


「「ーっ!!」」


「ご、ごめん、悪かった。つい……。」


「ごめんなさい、静かにしてます……。」


  呆れたように肩を竦めつつ姿勢を直すフライに、キール君が点になっていた目を見開く。多分、フライが今みたいに真っ向から人に意見する姿を初めて見たからなんだろうな。

  なんて思いつつも、またここで余計なことを言って怒られるのは嫌なので、部屋の隅っこでおとなしくしてます。私は学習が出来る良い子です。だからレインさん、いい加減掴んだままの腕を離してくれないかな?私、そんなに何かやらかしそう?ちゃんと我慢してるんだから、そのどうしようもない子を見るようななんとも言えない視線も止めて欲しいなー……なんて。


「ーー……それでは、用件は何なのでしょうか?今さら、話すことなど互いに無いと思いますが。」


  そんな中、刺々しい声でそう言い放ったキール君の言葉に思わず首を傾げる。


「あの……」


「これは可笑しな事を言うね。今までまともに向き合って話をしたことすらなかったと言うに、“今さら”は無いよ。」


  思わず数十秒前の誓いも忘れて口を開きかけた私を目で制して、フライがさも可笑しそうにそう告げた。うん、私もその通りだと思う。


「……僕と向きあう気など、初めから無かった癖に。」


「キール……。」


  憎らしげに、それでいて哀切を感じさせる歪んだ表情で吐き出されたその言葉に、今度はミリアちゃんが悲しげに目を伏せた。

  さっきの私達のお馬鹿でほんの少し平穏になったはずの室内に、また重苦しい空気が流れる。

  思わずどうしたら良いのかとオロオロしたけれど、でもまた下手に口を挟めば話が拗れちゃうのも困るなとやっぱり軽い自分の口にはチャックをして。フライの方へと無言で視線を向けた。


  と、同じタイミングで私の方へと一瞬顔を向けたフライが、フッと勝ち気に微笑んだ。なんともまた、フライにしては珍しい表情だ。そして、なんだかとっても頼もしい!なんて思ったのもつかの間で。


「そりゃあ、向き合う気があったわけが無いじゃないか。前々からわかってはいたけど、馬鹿なの?君。」


  次の瞬間、フライがキール君に向かって放った一言に、皆して一斉に凍りついた。

  さっきからどんな空気になっても動じずに微笑んでたフェザー皇子まで、唖然とはいかなくても口を開けてぽかんとしている。

  でもそんな外野を華麗にスルーして、フライの毒舌は止まらない……。


「大体ねぇ、顔を合わせればろくに面識もない癖に勝負を挑んできて、打ち負かす度に無いことばかりの暴言をぶつけてくる相手と真面目に向きあえって?」


  相手にはまるで反論の隙を与えないのに、でも決して捲し立てている様な感じは与えない絶妙な早口でそう吐き捨てたフライは、最後に小さく鼻を鳴らして『だから、僕は君が大嫌いなんだよ』と呟いた。


「うわぁ、辛辣…………!」


「あぁ……、いつにも増して切れ味が凄まじいな。」


  後ろで聞いていた親友二人にドン引きされようが、そんな親友が妹に発言が軽率だと怒られていようが、フライの態度は変わらずに。ただ、どんどんと深く項垂れていくキール君を、じっと見つめているだけで。

  親友(フライ)のらしからぬ言動に一言だけ呟いたライトとクォーツも、私や、この場で話を聞いている他の皆も、それ以外はただの一言も話さなかった。


  それは多分、この重たい沈黙が、キール君の返事を促すためだとわかっていたからだと思う。


「……僕だって、お前なんか大っ嫌いだよ。」


「そんなことは知ってるよ。適当に受け流してうやむやにしてた僕も悪かったし。だから、この辺でハッキリ決着を着けない?」


  絞り出すように吐き出されたキール君のその本音に苦笑して肩を竦めつつも、フライの顔は全く笑っていない。凛とした真剣な面持ちで、キール君の瞳を覗き込んだ。


「決着……?」


「そう。だから……、聞かせてよ。君は一体どうしたいのか、それから……僕に、どうして欲しいのかを。この際どんな罵倒でも構わないから。本心で話してほしい。」


  『まぁ、これは誰かさんの受け売りなんだけどね』と、そこでやっと目元を優しく細めたフライが、ちらりと私を見てから立ち上がった。

  そして、腰かけたまま項垂れているキール君の隣でしゃがみこむ。まるで、どんな小さな声も聞き逃さないと言うように。

  そんな二人を一番近くで見ているミリアちゃんが不安そうにこちらを見てきたので、私は黙ったまま小さく微笑んだ。


『大丈夫、言葉にさえしてくれれば、ちゃんと伝わるよ。キール君の苦しみも、ミリアちゃんの想いも。』


「……欲しかった。」


「え?」


  それは、小さな小さな呟きだったけれど、確かに皆の耳に届いた。

  全員が彼に注目する中、彼が吐き出したその本心は……。


「僕は、ただ……自分の居場所が、欲しかったんだ。最初は本当に、ただ、それだけだったのに……!」


  『どこから、こうなってしまったのか。』言葉にはしなかったけど、そんなキール君の後悔の声が聞こえた気がした。

  余りに切ないその声音に、フライも黙りこんでしまって、嫌な沈黙が空気を重くする。


  そんな中、それまで傍観者を決め込んでいたライトが、二人の方へと一歩踏み出した。


「……成る程な、あぁまでしてフライに突っ掛かって来ていたのは、フライに勝ちさえすればそれが手にはいると思ったからか。」


「ーー……。」


  ライトのその言葉に頷いたキール君だけど、でも、それは自分の勘違いに過ぎなかったと自嘲気味に笑った。

  それに驚いて話を聞いていれば、フェザー皇子が風の噂で大まかながらに今回の件を知ったキール君の家族が、保身のために彼を切り捨てようとしていることをそっと教えてくれる。自業自得に近いとは言えどもあんまりな事実に、キール君の隣で聞いていたミリアちゃんもその愛らしい顔をくしゃりと歪めた。大きな瞳は目一杯開かれて、今にも涙が溢れそうだ。


「このまま、僕達の間で内々に話が収まらないようであれば、君とミリアさんは次の長期休み中に、父上(へいか)の監視のもと穏便に“自主退学”する話になっているんだ。それは聞いているよね?」


「……はい。」


「ち、ちょっと待って!」


「ん?何かな、フローラ姫?」


  流石に我慢の限界が来て思わず声をあげたら、爽やかな笑顔で制される。

  そのオーラからひしひしと『言葉遣い』の単語が見える気がするけど、フライもライトもクォーツもさっきから普段の口調で話してるのに、私だけ叱られるとはこれ如何に。

  女か、女の子だからいけないのか。理不尽だ!とは思いつつ、抗議はせずに口調を直してしまう私です。


「失礼いたしました。ですが、次の長期休みと言ったら夏休みでしょう?もう数日しか猶予がないではありませんか。」


「あぁ、その通りだよ。だから、もう本当に今日しか無いんだ。」


  今日しかないとか言いつつ、まるで焦りの見えないフライが『さぁ、どうする?』とキール君に向き直る。


「ーー……じゃあ、最後の勝負を、してほしい。」


「キール、それは流石にもう……」


「ミリアさん、僕は別に構わないよ。ただ、勿論こちらからも条件は出させてもらうけどね。」


  フライのその言葉に、キール君とミリアちゃんの身体が身構えるように固くなる。そりゃあそうだよね、今は二人は断罪される側なんだし、この状況で出される“条件”なんて、恐怖以外の何者でもないだろう。


「そんなに身構えなくていいよ、君達の将来を大きく揺さぶるほどの事を言うつもりはないから。ただ、この勝負の結果はどうであれ、今後は僕と周りに危害を加えないこと。それと……もう1つ。」


  フライがキール君にだけそっと二つ目の条件を囁くと、キール君が驚いたように目を見開いて私を見た。

  って、何で私!?私何も言ってないよ!?


「……この2つさえ守ってくれるのなら、今回の事に限り不問として、退学の話は僕と兄さんが責任を持ってどうにかしよう。まぁもちろん、口約束とはいかないから念書は書いてもらうけどね。」


「……それだけ、ですか?」


  キール君が納得して頷く中、拍子抜けしたようなミリアちゃんが静かに呟く。


「おや、何かご不満かな?」


「い、いいえ、不満だなんてとんでもないですわ。ただ、あまりに寛大なご処置なものですから……。」


  未だに信じられないと言わんばかりにポカンとしながら話すミリアちゃんにフライが『わざわざフローラに直談判までしておいて、おかしな事を言うね』と苦笑交じりに返せば、ミリアちゃんも他の皆も納得したのかなにも言わなくなった。まぁ、フライがキール君に出した二つ目の条件の内容もわからないしね。


「それに、この休みには僕らもちょっと立場が変わるからね。あまり醜聞を立てたくはないのさ。」


「あら、何か特別なご予定でもあるのですか?」


「ふふ、まあね。皆もいずれ知ることになると思うよ。だから、今はまだ内緒。」


  そう聞き返してみれば、いたずらっ子っぽく口元に人差し指を当てたフライがはぐらかしつつ微笑んだ。うーん、何か気になる……。ライトもクォーツもなにも知らないみたいだし。果たして立場が大きく変わるほどの用事とは一体……?


「さぁ、そんな事より、勝負の内容を決めようか。今日だけは、満足行くまで付き合うよ?まぁ、もちろん負けないけどね。」


「……それは此方の台詞だ。」


  まぁ、今はその事はどうでもいいか。とりあえず今は、二人の決着を見届けるとしましょう。

  きっともう、明日から、二人がぶつかることは無い筈だから。


   ~Ep.150 けじめと、誓いと、隠し事~


   『結果は勿論、聞くまでもないよね?』



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