Ep.149 嫉妬に理由は必要ない・後編
『一緒に、来てもらえないかな?』
「私が彼に惹かれたのは、自分と境遇が似ていた為かもしれません。」
そう前置きして始まったミリアちゃんの話では、なんと彼女は今居るお家の本妻の娘ではないそうで。
元々はメイドとしてお屋敷に勤めていたお母さんと、市街でひっそりと暮らしていたらしい。ところがある日、ミリアちゃんのお家より身分も財力も高い他家からの縁談が奇跡的に舞い込んだ。これがキール君のお家だね。
当時のキール君のお家は、王家の反感を買いかねないことをしたと言うことで周りからは大分疎遠にされていて、それを持ち直す意味を込めて、歴史の長いミリアちゃんのお家と縁戚を結びたいと考えたそうだ。
そして、格はあれども財力不足に悩んでいたミリアちゃんのお父様は、多少のリスクには目をつぶってその話に飛び付いた……と言うことらしい。
そして、縁談には食い付いた物の野心家過ぎて先行きが不安なキール君に本妻の娘である長女は差し出せないと、急遽ミリアちゃんを呼び戻してキール君の婚約者として祭り上げたのだそうだ。
なんか、ミリアちゃんに失礼な話!と思ったけど、今となっては学院にも通えているし、お家での待遇も悪くないから気にしてないらしい。でも、やっぱり気分のいい話じゃないよねぇ……?
……話が逸れたから戻しましょう。
そんなわけで、いきなり町娘から貴族令嬢になってしまい緊張しながら会いに行った婚約者は、ミリアちゃんにこう言ったらしい。
『僕と君は同じかもしれないな。』と。
「後で聞いた話ですが、彼も側室であるお母様からあのお宅へ引き取られたそうで。」
なんて寂しそうに笑うミリアちゃんだけど、話にキール君との事が入る間だけはほんのり甘い、乙女な顔をしていた。
そして、震える足を叱咤して立ち上がると、私の正面に立って深々と頭を下げる。
「この度は、挑発的な態度ばかり取ってしまい誠に申し訳ありませんでした。ですが、本来の彼は優しい人なんです。だから……!」
そこで堪えきれなくなったのか、ミリアちゃんの頬を小さな雫が滑り始めた。
その震える肩に手を伸ばして擦ると、レインが呆れたように息をつくのが聞こえる。
「フローラ様、中途半端な情けは……」
「わかっています。ミリアさん、貴方のお気持ちはわかりました。」
背中を何度も擦りながら、頭を下げたままのミリアちゃんにそっと話しかける。
実際レインの言う通り、今回ばかりは私の意思だけじゃどうにもならない訳だから、大した慰めの言葉も持たないけれど……。でも、このまま一人で返すのはあまりに忍びないよね。ただでさえ、夜中は思考がマイナスに片寄るって言うし。
「今回の件で、キールさんや彼のお宅への処置を下す権限を持つのは……えーと、」
「恐らく、一番近くでフライ様のご様子を見ていたフェザー先生に一任されるのではないかと思います。」
一体誰に任されるんだろうと言い淀んだ私に、レインが絶妙な助け船をくれる。
そして、あの優しいフェザー皇子が処置してくれるんなら大丈夫じゃないのかなーとちょっぴり思ったりした。
「では、フェザー様とフライ様には、私からも口添えをしておきますわ。ですから、今夜はこの辺りにしておきましょう。夜更かしは身体にもよくありませんから。」
ね?と笑いかけると、目を赤くしたミリアちゃんも小さく頷いた。
一緒に部屋から出るとまた妙な噂が立ちそうなので、ミリアちゃんに先に帰って貰ってから、レインとしばらくここで時間を潰すことに。
あー、それにしても、30分ちょっとしか話してないのにやたら疲れた~。重い話って、なんか体力面削られるよね。
「フローラ、いくらなんでも甘すぎるよ……。どうするの?あんなこと言っちゃって。」
「だって、ほっとけなかったんだもん……!とりあえず明日、フライ達と話しに行かないとねー。」
あぁ、何て言われるか……今から気が重いです。
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「……いや、無罪放免とか無理だから。」
「えーっ!!」
『えー、じゃありません。』なんてお兄さんぶって言ったフライは、悠然とした態度で紅茶を啜っている。
「ーー……。」
「……ねぇ。」
「ーー…………。」
「…………っ、そんな目で見ても駄目だからね。」
隣に座ってじっとその余裕綽々な横顔に無言の圧力をかけていると、流石に落ち着かない様子でプイっと顔を背ける。
「まぁまぁフライ、せっかくフローラちゃんがここまで動いてくれた訳だし、話くらい聞いてあげたら?」
そんな私達の様子を見て、クスクスと控え目に笑うフェザー皇子が穏やかな笑顔で援護をくれた。流石、皆のお兄様!サポートのタイミングが絶妙です。
「兄さんまで……!」
兄の思わぬ裏切りにがっくりと肩を落とすフライの右腕にここぞとばかりにすがり付いて、昨夜のミリアちゃんの話を交えつつ交渉を続ける。
「……形無しだな、フライの奴、いつもの余裕はどうした?」
「大変芳しくない状況ですわ……!お兄様!そんな所で指先でテーブルを叩いている場合じゃございませんわよ!!」
「ルビー……、一体僕に何をさせたいの?確かに、僕も今の二人の距離は、その、ちょっと近すぎるんじゃないかなと思うけれど。」
「そうか?いつも通りだろ。」
「……フェザー様は、皆を黙って眺めていてよろしいのですか?何だか見る間に拗れていきそうですが。」
「うん、これくらいなら可愛い子供達のじゃれ合いだからね。ところで、昨日はレインちゃんもフローラちゃんと一緒に話を聞いたそうだね。その時の事、もう一度詳しく聞かせてもらえるかな?」
「はい、もちろんです。」
私とフライが押し問答してる間に後ろでも皆が何か話していたようで、ふと気づくとレインがフェザー皇子に何かを報告していた。そうだった、最終的な権限はフェザー皇子にあるんだった!
「……兄さんが気になる?」
「へ?ううん、そうじゃないけど……フェザー先生は今回の件をどう考えてるのかなと思って。」
今朝、真っ先に私が昨日の朝のキール君の暴走や薬草の盗難について話したときの様子だと、怒ってる様子じゃなくてなんか悩んでる感じに見えたんだけど。
「ふ、フローラ……、考え込むなら、フライの腕は離してあげた方がいいんじゃないかな。」
と、またいつもの悪い癖でトリップしかけた私を、クォーツが控え目な声で呼び戻した。ちょっとオドオドしながらも私の肩を叩いたクォーツに、何故かルビーが『やれば出来るではありませんか、お兄様!』なんて、謎なことを言いながら目をキラキラさせている姿も見える。
ハッとして自分の手元を見ると、未だに私の両手はフライの右腕をがっしり押さえたままで。慌てて離してからそっとフライの方を伺えば、これはこれは麗しい微笑みが返ってきた。
「ご、ごめんね!つい……。」
「いいや?僕は一向に構わないよ。構うのは……、僕よりも彼の方なんじゃないかな?」
「ーー……!」
フライが笑顔のまま視線を上にずらせば、必然的に私の斜め後ろに立つクォーツと視線が交わる形になる。
いつもと同じように交わったはずの二人の視線が、今は何だか居心地が悪い……ような気がしたのは一瞬で。
すぐに表情を戻したフライは、『ちょっと兄さんと相談してくるよ』と去っていってしまった。くれぐれも寛大な処置を頼むよー!!
「それにしても、あの大人しい子がフローラに直談判を持ちかけてくるなんて……。こう言ってはなんだけど、意外と度胸あるよね。」
「そうだねぇ……、きっと、キール君の為にもどうにかしなきゃって精一杯頑張ったんだと思うな。あ、こっち座る?」
「え!!?あ、うん、じゃあお言葉に甘えて……。」
さっきまでフライが座ってたそこにクォーツが控え目に腰を落とすと、それに釣られてルビーとライトもテーブルの周りに集まってきた。レインは……まだフェザー皇子達とお話し中だね。
そしてライトはと言うと、暇を持て余してるのかフェザー皇子の本棚から勝手に出したチェスの本を黙々と読んでいる。ライト、チェスなんて出来るの?
「あれ、僕の席が無くなってる。」
「ーっ!あ、ごめんね。しばらくかかるかと思ったからクォーツに座ってもらっちゃった。代わりにこっちに座る?……ん?」
浮かんだ疑問を口にする前に戻ってきたフライがちょっと困った顔をしたから、反射的に席から立とうとした所で、左腕を強い力で掴まれた。
驚きつつ振り向けば、自分で私の手を掴んでるのに何故か困惑した表情のクォーツが。えーと、急にどうしたの?
「クォーツ……?」
「あっ、ごめん!……フライも、ごめんね。元はここがフライの席なんだし、僕が退くから!」
「……ここまで鈍いといっそ面白くなってきてしまうね。」
「ん?フライ、何か言ったか?」
見てるこっちが焦ってしまうくらい狼狽えているクォーツをなだめていたら、フライが苦笑したままライトに向かって首を振っている姿が見えた。あっちはあっちで、何話してるの?
「皆、待たせちゃってごめんね。フライ、ちゃんと決めたことを皆に話さないか。」
「今話すところだよ。……さて、肝心のキールのことだけれど。」
兄に促されて、小さく咳払いをしてから話し出したフライに皆の注目が集まる。
「まぁ、今回直にフローラに手を下そうとした件を除けば、今まで彼が僕に挑んできた勝負は割りと常識の範疇と言うか……、法に触れるほどのものではなかったんだ。」
「なんだ、そうだったのか?」
「まぁね、内容も剣術、魔術、チェスに囲碁や将棋なんかのボードゲームとかだったから、相手の強さに差はあれど君達と遊んでるときと然程変わらなかったし。」
あ、今然り気無くキール君を馬鹿にしたね?いくら実害が少なくても、やっぱ鬱憤は溜まってたんだなぁ。
ところで、私今の話にひとつ突っ込みたいんだけども。
「皆囲碁や将棋出来るの?!」
あれって中々難しくない!?いや、チェスも十分難しいけど……。いやぁ、貴族社会は遊びもハイスペックですね。私に出来るボードゲームはオセロくらいなものだ。我ながら情けない……。
と思ってたら、囲碁や将棋はフライ達がクォーツに教えてもらった事を聞き付けたキール君がわざわざ修行を詰んでから挑みに来たんだそうな。執念深いなぁ……。
そして、それを毎回返り討ちにしてたフライは真面目にすごいと思う。
そう言ったら、フライは一瞬目を見開いてから照れたように笑って『ありがとう』と言った。フライの照れ顔!!初めて見たけど、なんか女子の私より可愛い!元が中性的だから!?
「はいはい、脱線しない。ほらフライ、続きは?」
「はい、兄さん。今回の件は、今までと違ってあまりに悪質だし、何よりも被害がフローラにまで及んでいる。流石に僕も頭には来ていたし、泣き寝入りはしたくなかった。」
そこで『ただ……』と言葉を切ったフライに換わり、フェザー皇子がキール君の家に直に処罰を下すには、その家の権力が強すぎてまだ材料が足りないことを説明してくれる。
更に、財政的に国の不覚にまで関わっているお家だか、前準備もなく潰してしまうと後が厄介らしい。
「だから昨日までは、キールだけから身分を剥奪して、学院からも去ってもらうつもりで居たんだけど……それをすると、どうやらミリアさんの立場まで崩れてしまうようだから、これも駄目だね。」
そうなのだ、そこが問題なのだ。ミリアちゃんが今のお父様に引き取られてお嬢様として学院に来るようになったのは、キール君との婚約の為。その婚約が、こんな形で破棄になったら……
「それこそ、身分剥奪どころの騒ぎじゃない。フローラは、それを懸念して僕達に話しに来たんだろう?」
その言葉に力強く頷くと、皆に盛大にため息をつかれた。フライなんて、何故だか口元に手を当てて肩震わせてるし。
そんなおかしなこと言ったかな、私。
「……ごめんごめん、そんな目で見ないでよ。まぁとにかく、結局はキール自身の僕への心象を変えるしかないわけだ。」
「そうだけど……何か案があるの?」
「いや、何もないよ。」
キッパリと答えたフライに、今度は皆の目が点になった。
腹黒皇子と名高い……のは誤解だとしても、あの賢いフライがノープランとは、これ如何に。
「下手な駆け引きは、今さら無駄だろうと思ってね。だから、この際どうして欲しいのかを彼に聞きに行こうと思うんだ。」
だから、と一呼吸置いて、フライの空色の瞳が私の方に向けられる。
~Ep.149 嫉妬に理由は必要ない・後編~
『一緒に、来てもらえないかな?』




