Ep.147 嫉妬に理由は必要ない・前編
『だから、手に負えないんだよね。』
「あれ?」
「どうかしたの?」
フライの謎の忠告に頭を悩ませつつレインと合流して、寮に帰った頃にはもうすっかり夕方で。二人で今日の夕飯について話しつつ下駄箱を開けば、真っ白い封筒に入ったお手紙が出て参りました。
「手紙……?」
「うん、そうみたい。これはまた古風な……。」
表も裏も何も書かれてないそれには、当然ハートのシールなんてものは貼っておらず。しっかりのり付けされちゃっているので、この場で開けるのはちょっとめんどくさそうな感じのそれを片手に、二人して顔を見合わせる。
「どうしよう、流石に部屋で開けたらハイネに見られちゃうだろうし……。」
かといって、ちらほら周りに人がいるここではもっと開けられない。さてどうしたものか……。
「じゃあ、私の部屋で読む?」
「えっ、いいの!?んぐっ!」
「声が大きいよ。」
レインからの思わぬ提案に顔を上げれば、直ぐ様両手で口を塞がれる。レイン、段々私の扱いに容赦がなくなってきたよね……!
でも、この提案はありがたいので素直に乗らせて貰おう。レインの部屋入るの初めてだ、なんか楽しみだな~。
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そんなわけで初訪問したレインのお部屋は、これまたセンスの良い素敵な空間でした!
デザインはシンプルだけど、青と白を基調色にしてまとめられた家具は統一感があるし、水色と白のレースカーテンはまるで波打つ水みたいに見えてとっても綺麗。これがセンスと言うものか……!
「はいはい、部屋眺めてないで本題に入りましょうね。」
『ほら、手紙出して!』なんて、促されるままに封筒を出せば、ペーパーナイフで綺麗にそれを開けてくれるレイン。ありがとうございます。
さてと、肝心の内容は……?
「『お渡ししたい物があります、今夜8時に女子寮3Fの談話室までいらして下さい』……だって。」
「……それだけ?」
「うん。あ、一番下に『内密なお話なので、必ずお一人で』……とも書いてある。」
えー、何だろう。そしてやっぱり中にも差出人の名前は書いてないわけだけど、これをくれたのは誰なんだろう。手紙の字は丸っこくて小さい可愛らしい感じだし、場所の指定が女子寮の中だから女の子であることはまず間違いないと思うんだけど……。
「この字体に見覚えとかはない?」
「うーん、思い当たらないなぁ。」
レインに言われてもう一度じっくりと便箋を読み込むけど、黒板を書くことも無ければノートの貸し借りなんてものもあまりないこの世界では、まず人の字を目にすること自体が極端に少ないわけで。思い当たるような字を見た覚えは当然無いのだった。
「とにかく、もうすぐ時間だからとりあえず私行くね。お邪魔しまし……あら?」
「ちょっと待ちなさい、まさか一人で行くつもりじゃないよね?」
出ようとした私を止めるように、扉を背にして腕組みしたレインがヒラヒラと手紙を振りながら言う。
「だって一人で来てって……」
「自分の名前も名乗らないで目上の人間を呼びつけるような相手に従ってあげる必要ないよ。第一、これが何かの罠だったらどうするの?」
「そ、そんな大袈裟な……。大体、待ち合わせ場所も寮の中なんだしそんなに危険は……」
「つい先日に貴方がキール君に襲われたのなんか、先生達もいらっしゃる校舎の中だったと思うけど?」
淡々と語るレインの様子に、足も言葉も制される。心配してくれてるのはわかるし、事実、キール君の件は流石に洒落にならない規模の話になってきちゃったわけで……。
「……いや、でもなぁ……」
これがもし、本当に誰にも聞かれたくない大事なお話だったらどうするの、と思う私も居て、どうしたら良いか考えがまとまらずぐるぐるとレインの部屋の中を歩き回る。
……と、しばらくそんな私の様子を黙って見ていたレインが、盛大にため息をついてからそっと扉を開けた。
「とりあえず、もう時間だし仕方ないわ。行ってらっしゃい。」
「ーっ!う、うん!じゃあ、また後で‼」
なんだかよくわからないけど、とりあえず認めてくれたみたいで何よりです。
手紙を入れたポーチを片手に、早足で廊下を突き進む。急いでいても人目があるから走るわけにはいかなくて、そのもどかしさに余計に気が急いて、途中で何度かつまずいた。
「よし、ここね……。寮にもあったんだ、会議室。」
「元はお客様用の空き部屋だったのを、何代か前の生徒会の先輩方が作り替えたらしいわ。何かと仕事が多い代だったそうだから、仕事の場が足りなかったのかもね。」
「へぇ、そうなんだ~……。って、レイン!?」
一人言のはずだったそれに返ってきた声に弾かれるように振り返れば、朗らかに微笑むレインの姿。い、いつの間に……!
「やっぱり心配だから、勝手についてきちゃった。これなら、フローラは別に約束を破ってはないでしょ?」
……なるほど、確かにそうだ。ん?でもやっぱり何かおかしい?
「納得したみたいね。じゃあ、入りましょうか。」
「う、うん……。」
急ぎ足で来た甲斐あって、時刻は丁度8時。レインに促されるままに小さく扉をノックすれば、中から聞き覚えのある声が返ってきた。
「どうぞ、お入り下さい。」
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「フローラ、ちゃんと部屋に帰ったかなぁ……。」
「ーっ!」
寮に戻り、久しぶりに親友二人と一緒に食堂で食べた夕食のあと。不意に正面から聞こえた一言に、心の声が漏れたのだろうかと若干驚いて顔を上げれば、澄んだ黄色の双眸と視線がかち合った。
「……男同士で一体何をしてんだ、お前達は。」
寸の間互いに固まる僕らに、状況を察しない呑気な声が横槍を入れる。が、今は良いタイミングで入ってきてくれたので、その流れのままそっと視線をそちらに移した。
「別に、丁度似たような事を考えていたから驚いただけだよ。」
「だからって見つめ合うか、普通。まぁ、不安になるのはわからないでも無いけどさ……。」
『あいつは本当、なにするか予測がつかないから』と肩を落とすその姿に『君も負けてないよ』と笑って言ってやれば、案の定、ムッとした様子で『飲み物取ってくる!』と逃げていく親友。本当、扱いやすいったらないよ。
「あーあ、怒っちゃった。」
「フライがいちいちちょっかい掛けるからだよ……。まぁ、逆にいつもの君たちらしくて安心と言えば安心だけど。」
いつもより若干早足で離れていく背中を見て小さく喉を鳴らす僕を見つめて、クォーツは『それにしても……』と、半端な言葉で会話を止める。
「『それにしても……』何だい?」
「え?あ、いや……、何だか、吹っ切れたような表情してるから。フローラと、何話したのかなって。」
「ーー……、気になる?」
まさか、僕がそんなに直球に聞き返してくるとは思わなかったのか。再び向き合った視線の先の、黄金色の瞳が揺れている。
今は、さっきと違い僕たちの間に流れる妙な空気を断ち切る者も居ない。それに耐えきれなかったのか、先に視線を逸らしたのはクォーツの方だった。
「……ううん、やっぱりいいや。ごめん、最近ちょっとおかしいんだ、僕。」
『だから、気にしないで』と、困ったように笑うその眼差しに、今まではなかったであろう新しい色を見て、僕も何だか釈然としない気持ちになる。
あぁ、ミリアとキールの件でも思ったし、彼女には一応忠告をしたけれど。
「本当に……」
~Ep.147 嫉妬に理由は必要ない・前編~
『だから、手に負えないんだよね。』




