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Ep.146 思いは言葉に、言葉は力に


  『君はこれからキールよりも、ミリアに注意して動くようにね。』



  レインを見送ってから改めて扉に鍵をかけ直したフライは、いつもより下手な作り笑顔で私を一瞬見てから、『冷めてしまったみたいだし、入れ直そうか』なんて机の上のティーポットに手を伸ばした。

  無理に引き上げた色白の頬がひきつってるように見えるのは気のせいじゃない……はず。


「いや、私猫舌だから冷めてる位が丁度良いから大丈夫だよ?」


「ーー……そう。じゃあ、えーと……」


  私の言葉にピタッと動きを止めてから、ポットを置いて他にすることを視線で探すフライ。これは、完全に話から逃げてるな……?


「ほらほら、友達なんだからそんな気を使わなくていいから!とにかく座って!!」


「わっ!?ち、ちょっと……!」


  フライがキョロキョロしている間に椅子を引き、腕を引っ張ってそこに座るように誘導した。そして、自分も手早く向かいの席に座る。これでもう逃げられまい。


「……はぁ、君は昔に比べて、ずいぶんと頼もしくなったものだね。」


「そうかな?まぁ、それもまた成長だよ。それで、これの話が本題ね!」


  けろっと笑って言う私に肩の力が抜けたのか、表情の柔らかくなったフライだけど。私が本題の為に取り出した物を見て、またその表情を固くさせた。


「これって……。」


「フライのいつも使ってる髪留めだよね?今日は違うので括ってるみたいだけど……。」


「……うん、つい一昨日辺りかな。剣術の授業の為に外してからずっと見当たらなかったんだ。一体どこで……なんて、聞くのは野暮かな。」


  机の上に置かれたそれを手に取って異常が無いかを確かめながら、『しかし、よく回収出来たね』と苦笑する。

  そりゃあ、不意打ちで手から叩き落としたからねぇ。結果、代わりに私のリボンを漏れなく置いてきてしまった訳だけど、言ったら怒られそうなのでそこは上手く(はぶ)いて今朝からの一部始終と、キール君がフライにどんな気持ちを抱いていたのかを話していく。

  私はあまり説明が上手くないからきっと分かりにくかっただろうけど、フライはその間口を挟まずにしっかりと最後まで聞いてくれた。


  そして、彼が逆上する前に言っていた一言を伝えると、なんとも言えない表情のまま片手で前髪をかき上げた。


「『住む世界が違う』……か。」


「ーー……。」


  丁度片目を覆うように顔に当てた手のせいでよく見えないけど、うんざりした様子からはこう言うことを言われたのが初めてじゃないであろう事は伺える。

  考え込むような仕草を見せるフライを見ながら、私も紅茶に口をつけながら、彼の考えがまとまるのを待った。




「……ねぇ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど。」


「ーっ!うん、何?」


  二杯目のミルクティーを半分位飲んだ辺りで、視線は未だ交わらないままに、いつも以上に静かな声色のフライがそう切り出す。

 

「どうして、……どうして僕はこんなに皆との距離が遠いんだろうね。」


「え……?」


  どこか他人事のように、でも、それ以上に哀切を感じさせる声での質問。

  遠い……かなぁ。

  少なくとも私から見て、フライと親しい皆の距離がそんなに遠い様には見えないけど。(最近の離れてたのはあくまで意図的なものだった訳だし、)でも……、大事にしてくれる家族も、仲のいい友達も居るのに、心のどこかに居座り続ける寂しさ。その気持ちには、私も覚えがある気がした。そして、その原因についても……。


「……何とか言いなよ。」


「……えーと、私の意見でいいの?」


  またいつもの悪い癖で一人考え込んでしまった私を、控え目なフライの声が呼び戻す。

  『君に聞いたんだから、当たり前でしょ』と言われたので、素直に今、私が思ったままを話すことにした。


「それはきっと、フライが皆に“本音”をあんまり見せないからだと思うよ。」


「……本音?」


  私の言葉に、『わりと伝えてるつもりだけどなぁ』なんて首を傾げるフライ。自覚無しか……。って言うより、小さいときからあれだけ人間関係に疲れてれば自己防衛として自然と身に付いたのかな。


「確かに仲間内で見れば結構わかりやすいかなとは思うけど……。」


「端から見たら、そうじゃないってことか……。」


  うん、そうなんだと思う。それに、何より……


「さっきの、キール君のお姉さんについての話を聞いてたときにちょっと思ったんだけど。」


「ん?」


  『なんでなんだろう?』と、自問自答をしながら首を傾げるフライだけれど、どこか寂しげな筈のその表情は、口元だけが不自然に笑っている。

  これは言わねばなるまいと、その白いほっぺたを指先で軽くつまんで引っ張った。


「フライって昔から、哀しかった時に無理に笑う癖がついちゃってない?」


「……っ!」


  目を見開いたフライの頬をふにふにと触ってから、そっと手を離す。そのすぐあとに、私の手が触れてたのと同じ場所をフライが自分の手でそっとなぞる仕草を見せた。そして、何か言いたげに口を小さく動かす。


「……どうして、そう思うの?」


  数分か、数十分か、それとも本当はほんの数秒だったのか。ずいぶんと長く感じるその時間のあと、ようやく顔を上げたフライがポツリとそう呟いた。


  その問いかけに、今度は私が押し黙る番で。

  でも、今更誤魔化すことも出来ないかと、小さく深呼吸をしてから口を開いた。


「私が……、昔、そうだったから……かな。」


「ーー……君が?」


  怪訝そうに眉を潜めたその表情に目を逸らしそうになって、でも、何とか逸らさずにその澄んだ瞳を見つめる。

  初めて会ったときから感じてた、フライの笑顔への嫌な違和感。あれは、きっと……かつての自分と重なったからだ。

  

「悲しいのに……、ううん、悲しければ悲しいほど顔だけが不自然に笑っちゃうんだ。意識して笑ってる訳じゃないのにね。」


  私の場合はただ、お母さんに心配かけたくないだけだったのが段々癖付いちゃった感じだったけれど。一度染み付いた癖って、自分じゃなかなか治せないんだよね。


「……なるほど、まぁ、訳はわかったけどさ。それにしても、君は一体何歳なんだい?」


「ーっ!!?」


  ひとしきり私の言葉を聞いて、どこか脱力したようなフライがそう聞いてきた。動揺して固まった私に、『少なくとも、幼少期から近くで見てきた君にそんな様子は見られなかったけど?』なんて追い討ちがかかる。


  しまった、調子のって語りすぎた!?どうしよう、流石に異世界から転生して来ましたなんてトチ狂った事は言えない……!



「えっと、あの、それは……!に、人間表向きだけが全てだとは限らないのですよ。」


「……せめて目を見て言ったら?」


  そっと視線を外しながら苦し紛れにそう言った私を見て、苦笑いを浮かべつつ『まぁいいか』なんて喉を鳴らして笑うフライ。

  何がそんなにツボだったのか、そんなに大爆笑じゃないけどしばらくその笑い声は収まらなかった。なんか腑に落ちない……!


「それで?自称経験者の君から見て、僕はどうしたらいいと思う?」


  どうやら、盛大に笑って肩の力が完全に抜けたらしいフライが、『まさかここまで言っておいて具体策がない、なんて言わないよね?』と圧を掛けてくる。だからそれが……!


「だからそう言う言い回しが怖いんだってば!」


「良いんだよ、今のはわざとだから。」


  バンっと机を叩いて突っ込んだ私を気にも止めずにクスクスと笑うその姿は、すっかり今まで通りで。まだ色々と腑には落ちないけど、フライの中で何かが吹っ切れたならそれで良いかなと思った。


「それで?」


「え?」


「だから、具体策だよ。」


「本気で言ってたの!?」


「そりゃあそうだよ。」


  片手を私の方に向けて、『さぁ、どうぞ?』なんてわざとらしいまでの笑みを浮かべられたら、とてもじゃないけど逃げられない。

  具体策……具体策ねぇ、しいて私がやったことと言えば……。


「……とりあえず、思った事はちゃんと言葉にすることかな。」


  最近の私はちょっと何でも言い過ぎな気がするから気を付けなきゃとも思うけど……それでも。


「……言えなかったままのサヨナラなんて、あんな後悔は一度で充分。」


「ーー……え?」


「あっ!ううん、何でもない!それより、フライへの私からの具体策は“気持ちは素直に言葉にすること”、以上ね!」


「だからちゃんとしてるじゃないか。」


「でも、素直な言い方はしてないでしょう?」


  フライの言い回しだと、好きなものには『嫌いじゃない』、嬉しいときには『悪い気はしない』、気に入らないときなんか微笑むだけ……って感じだもん。これじゃあ他人には伝わりっこない。

  ゲームの時も、親しくなる前の方が態度が優しかったとか言われてたもんね。(仲良くなるほど外面剥がれてくるから。)


「それは、まぁ……癖みたいなもので。」


  私の指摘に思うところがあったのか、今度はまたフライが視線を逸らす。逃げても無駄よ、貴方が自分で具体策出せって言ったんだからね!


「……うん、考えておくよ。」


「ほら、そうやってまた濁す!それじゃ何にも変わらないよ。」


「ーー……っ!」


  目を逸らしてても感じるくらいに、じーっと眼力を込めてその横顔を見つめる。


「……さぁ、どうする?」


  いつものフライの笑顔を真似して、今度は私がにっこりと微笑む。さぁ、観念なさい!


「……わかった、精進するよ。」


「よし!約束ね。」


  魔王様に勝ちました!


「とりあえず、『嫌いじゃない』から言わないようにしようかな……。」


  何だかんだで真面目なフライは、口元に手を当てて何やら考え込んでいるようなので。私はそろそろおいとましようかな。レインも待ってるし。


「じゃあ、そろそろ私も行くね。また明日!」


「あ、うん。またね。……いや、ちょっと待って。」


  扉を出ようとすると、なぜかフライに呼び止められる。

  振り返ったその時に囁かれた一言に、今度こそ私は首を傾げるしかなかった。



   ~Ep.146 思いは言葉に、言葉は力に~


『君はこれからキールよりも、ミリアに注意して動くようにね。』



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