Ep.140 “かわす”と言うこと
『権力によって道を踏み外す人は決して少なくないけれど、権力自体は悪じゃない。一度じっくり考えてごらん?どうしたら“巧く”使えるのかを。』
「……ライト。」
「ーー……。」
「……ねぇ、ライトってば。」
「……なんだよ。」
ほんの少し前を歩くその背中を何度も手のひらでパシパシと叩けば、ライトは面倒そうに眉をひそめつつ足を止めた。いや、『なんだよ』はこっちの台詞だから!
「なんだじゃないよ!とりあえず寮に帰るんじゃなかったの?こっち反対方面だよ!」
「それくらいはわかってるよ。こっちで良いんだ、予定がちょっと変わったからな。」
「予定?」
何かあったっけと首を傾げれば、ため息混じりに『キールのこと聞きたいんじゃなかったのかよ……』 という呟きが聞こえてくる。
そう言えばそうだった!
「……まだ納得はしてなさそうだな。」
「うん、だって行き先がわからないんだもの。」
「あぁ……そう言えばフローラは行ったことは無いんだったか。この道は、中等科から高等科のエリアに続く近道なんだ。」
「高等科……。」
『今や知っている人間がほとんどとは言え、流石に他国の問題だからな。話すにあたって立ち会い者が必要だろ?』なんて、そこまで言われれば自ずと答えが見えてきた。
「なるほど、フェザーせんせ……先輩に会いに行くのね!」
「そう言うこと。ほら、わかったら無駄口叩いてないでさっさと歩く!」
「はい!」
『GO!』なんて掛け声がかかりそうな感じで前方を指したライトに従い歩き出して、1メートルと進まずに立ち止まる。
目の前には、方角を示す看板もなにも無い不親切な分かれ道……。これは困った。
「えっと……、高等科の寮ってどっち?」
このあと、押し寄せる笑いの波にひとしきり流されたライトに怒られ、私が彼の後ろをついて歩く事になったのは言うまでもない。
「ミリアー、何見てるの?早く帰りましょ。キール様に会いに行く時間無くなるわよ!」
「あ……、え、えぇ。ごめんなさい、すぐ行くわ。」
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「か……、格が違う……!」
「……何の話だ?」
高等科の寮は、私が今まで見てきた“寮”とは何かもう色々と違った。いや、初等科や中等科の寮も充分きらびやかで素敵なんだけどね!
でも、高等科寮には、今私達が立っているエントランスが有るし、上はシャンデリアだし、しかも、各部屋への取り次ぎをしてくれる受付まであるのだ!……って、これもう最早ホテルじゃない?
一瞬、いくらなんでも同じ校内で寮にこんなに差をつけちゃっていいんだろうかと思ったけど、そう言えば高等科は本来ゲームの本編の舞台なんだよね。そう考えたら、建物なんかもよりしっかり設定が作り込まれて豪華になっててもおかしくないのかも……。
「……考え事は一段落ついたか?」
「ーっ!」
本当に久々にゲームだったときの設定に思いを馳せていたら、ずいぶんと切りが良い所でライトに現実に呼び戻される。
はっとして振り返れば、ライトが四桁の数字が書かれたカードを指先で弄びながらため息をついていた。
「よし、帰ってきたみたいだから行くぞ。最上階だからワープマットで行くか……。」
「寮の中にワープマットがあるの?豪勢だねぇ。」
ワープマットは、名前の通りそれに乗ると目的の階や場所に飛ばしてくれる優れもの。魔力版のエレベーターってところかな?
ちなみに、まだあんまり普及しているものじゃないから、巷では各国の城内くらいでしか見かけない。
生徒の自主性を高めるのが方針の校内や、初等科、中等科の寮にも、当然そんなものはない。
「高等科ともなると人数が多いから、その分建物も大きくなるだろ?人力での移動だけじゃ、色々と不便なんだろうよ。」
「そっか……、そうだよね。ちなみに、この寮って何階建てなの?」
「えーと……確か11階だったかな。」
「11階!?」
『屋上は温室らしいぞ』なんて軽い感じでライトが言ってるけど、もうすごすぎて何も言えません……!
とりあえず、万が一転んだりしても大丈夫なように、私はこっそり廊下に飾られた花瓶や絵画から距離を取った。
そんなわけで、いつ備品や装飾品を壊してしまわないかとビクビクしながらたどり着いた先は、
「……何なんだ、この禍々しい空気は。」
「いや、禍々しいって言うか……!ただただ空気が悪い!え……、これ、フェザー先輩大丈夫なの……?」
……おぞましい薬草の匂いが立ち込める、魔窟でございました。
「流石に死んではいないと思うが……。にしても妙だな、一国の皇子の部屋の前なのに、見張りが一人も居ないなんて。」
首を捻りつつも『とりあえず声をかけるぞ』とライトが扉を叩くと、中から『開いているよ』と静かな声が返ってくる。
ノックに間髪いれず、相手が誰かも確かめないままに返ってきた返事に戸惑いつつも、一旦顔を見合わせてからそっと扉を開けた。
「失礼します。」
「し、失礼します……。」
恐る恐る中に進むと、丁度後片付けをしてたらしい白衣姿のフェザー皇子がフラスコ片手に『よく来たね』と出迎えてくれる。
「君達が来るって言うから、少し片付けていたんだ。ごめんね、こんな状態で。」
「いえ、こちらこそ急に押し掛けてしまってすみません。」
「それにしても、いやに散らかってるよな。フェザー兄にしては珍しいけど……。足の踏み場もない。痛っ!」
いくら親友のお兄さん相手でもあんまりな物言いに、軽くライトの頭を叩く。そう言うこと言わない!
それに、よく見れば散らかっているのは主にテーブルや棚の上だけだから歩くスペースはあるのだ。“足の踏み場もない”は語弊がある。
「何すんだよ、痛いだろ!」
「ライトが失礼なこと言うからでしょ!それに、そんな強く叩いてないもん!!」
「なんだよ、あれくらいただの軽口じゃないか!」
それからもやんややんやと言い合う私達の間に、いつの間にか白衣を脱いだフェザー皇子が『はーい、そこまで!』と割って入った。
「二人とも、僕に話があって来たんじゃないのかい?せっかく人払いまでしたんだ、秘密のお話があるなら今の内だよ?」
「ーっ!」
「ーー……相変わらず察しが良いな。ありがたい限りだよ、全く。」
口元に指を当て、“ナイショ”の仕草をしながら首をかしげるフェザー皇子に、ライトが“お見逸れ致しました”なんて肩を竦める。
そんな二人の何気ないやり取りを見ながら、私は失礼にならない程度に室内を見回した。
清潔感のある真っ白なカーテンに、ホコリひとつ被ってない棚。その上に然り気無く飾られた写真立てをそっと覗き込むと、今より少し小さいフライとフェザー皇子の2ショットが入ってるのがわかる。
と、それにふと後ろから綺麗な手が伸びてきたと思ったら、ひょいっとそれが持ち上げられた。
「フローラちゃん、お茶を淹れるから、お席へどうぞ?」
「あ、はい!」
写真立て片手にふわりと微笑んだその顔は、なんだかいつになく感情が見えないアルカイックスマイルで。それは、なんだかいやに薄っぺらい、紙の仮面のようだった
そして、そんな仮面をつけたまま、静かな声で語りだす。
「さて……、ご用件を聞こうか?」
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もうすっかり日が落ちた帰り道、とぼとぼ歩く私達の背中を長く伸びた影だけがついてくる。
あぁ、何かもう……!
「何だか腹が立ってきた……!あ痛っ!!」
「気持ちはわからないでもないが一旦落ち着け。」
足を止めて叫んだ私の脳天に入る鋭い一撃。思わず涙目になりつつライトの顔を睨み付けると、『さっきの仕返しだ』と返ってきた。意外と心狭いな……。
「まぁ、少なくとも気分のいい話ではないが……、正直、これくらいは貴族の間では“よくある話”なんだよ。お前が腹を立てたところでどうにかなるものじゃない。」
そう呟いたライトの表情は、いつも力強い目で先を見据えてる彼にはまるで似つかわしくない“無表情”で。抑揚のない声からは、却って彼の本心が伝わってくるようだった。
もう、フライはもちろん、ライトやフェザー皇子やクォーツも、この件は諦めてしまったのだと。
そんなライトの背中を眺めつつ、私はスカートの裾を両手で握りしめた。
「…………、そんなの、やってみなくちゃわからないよ。」
口のなかで噛み潰したはずのそれをしっかりと拾い上げたライトの耳がピクリと動いて、それから静かに歩みを止めて。
こちらに背を向けたまま寸の間考える素振りを見せるその顔をそっと覗き込むと、ヒュッと勢いよく振り下ろされる右手。
咄嗟に交わそうと身体を翻したら、左手から更に追撃が来た。
「痛っ!」
「ふっ……、まだまだ詰めが甘いな。」
「上手くかわしたと思ったんだけどなぁ……。」
頭を擦りながらそう言うと、ライトはニヤリと口元を歪めた。な、何……?
「まぁ、お前は手刀をかわす前に飛んでくる虫共を払う術を学んだ方がいいな。」
「か……、返す言葉もございません……!」
『わかったなら精進することだな』なんて軽く笑いながらどんどん先へ行ってしまうその背中を見ながら考える。
さっき、フェザー皇子から最後に言われた言葉を。
~Ep.140 “かわす”と言うこと~
『権力によって道を踏み外す人は決して少なくないけれど、権力自体は悪じゃない。一度じっくり考えてごらん?どうしたら“巧く”使えるのかを。』




