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Ep.139 噂と嘘と真実と



『そんなに知りたきゃ聞かせてやるよ。アイツの生まれとその(ワケ)を。』




「ーー……貴方は、恥ずかしいとは思わないのですか?一国の未来を担うとも言える立場にありながら、この様なところで女性をはべらせて……!」


  心底あきれたと言わんばかりに刺々しい物言いでフライに突っかかったのは、つい最近まで私やミリアちゃんと共に噂の中心となっていた、キール君その人だった。

  まぁ、今ではその噂も大分フライの異変によって払拭されつつあるけども。


「……あー、よりによってキールだよ、ライト。」


  とりあえず黙って事の成り行きを見守っていた私達の前で、クォーツがライトに話しかける。口には出してなかったけど、普段より細められたクォーツの瞳には、はっきりと『どうする?』と言うライトへの問いが浮かんでいた。

  ライトもそれを受け取って小さく頷き、『事の次第によっては止めるぞ』と呟く。


  いつの間にやら静まり返った室内で、静かに立ち上がったフライの椅子の音が軋んだ。


「ーー……どうやら僕達が居るとお邪魔なようだし、皆、そろそろ行こうか。」


  あくまでも微笑みは崩さず、まるで何事もなかったかのようにキール君の言葉を聞き流すフライ。その態度に、始めから刺々しかったキール君の語気が更に鋭くなる。なんだか、人目が無かったら今にもフライに殴りかかってしまいそうな勢いだ。それでも捲し立てる様なことはせずに、あくまで淡々と辛辣鋭い言葉を投げ続けるあたりは流石は貴族……なのかな?よくわかんないけど。

  そんなわけで、キール君が今回フライに言っているのは女性絡みで不設楽(ふしだら)なことをするな、といった内容が殆どで。

  でも、片やフライはそんな彼の姿も声も感じないと言わんばかりにファンの子達を引き連れてこの場を去ろうとしている。


「……っ、待て!」


  あんまりおざなりな態度に限界が来たのか、もしくは完全無視のまま去っていかれそうになって焦ったのか。

  普段は完璧な敬語すら忘れて、キール君は背を向けて歩き出したフライの肩を掴んだ。


「ーーっ、ライト……!」


  さっきまで以上に静まり返る室内で、見かねたらしく立ち上がろうとしたクォーツをライトが制する。

  クォーツの動きを押さえつつも、その深紅の双眸は真っ直ぐにフライへと向いていた。

  誰もが息を呑むような沈黙の中、最初に口を開いたのは……


「ーー……“待て”、ねぇ。先程から黙って聞いていれば、僕に対して随分な物言いじゃないのかな?」


  静かに微笑みを称えて振り返った、フライの瞳がキール君を射抜く。笑顔だけど明らかに冷たいその目に気圧されたのか、弾かれたようにフライを掴んでいた手を離して数歩後退りした彼に、今度は成り行きを見守っていた周りの人々から失笑が洩れた。


「ーー……先程の無礼な物言いは訂正致します、お待ちください、……フライ殿下。」


「わかればいいよ。それじゃあ……」


「……っですが!殿下の今の振る舞いが目に余るのは事実で……!」


「だから、君がそれを僕に言うのかい?」


  普段は淡々としか話さないフライが、その最後の一言だけは早口で鋭く言い放った。

  その直後、ほんの一瞬だけ視線をこちらに向けたフライと目があった……気がした。


「……どういう意味ですか?」


「これは驚いた。まさか、身に覚えがないと言うのかな?」


「……っ、最近噂となっている件の事を仰っているならば、私にやましい点はございません。」


「そう?僕や世間(まわり)は、そうとは思っていないのだけれど。」


  目があったかもハッキリわからないほどすぐにまたキール君に視線を戻したフライの言葉が、容赦なく彼を貫いてる幻が見える……。なんて下らないことを考えている私の真向かいで、ライトが額に手を当てて『あの馬鹿……。』と呟いているのが聞こえた。


「……ですから!あの日のことでしたら部屋に空きがなく困っていらしたので私が使っていた部屋を共有したにすぎません!!」


  ライトの呟きに被るように聞こえてきたのは、半ば自棄(やけ)になったようなキール君の言葉だった。

  それを聞いて、フライの微笑みがここで初めて嘲笑めいたものに変わる。


「そう……。じゃあ、君の言い訳では“君達”にやましい所はないと言うんだね?」


「ーーっ!?」


  “君達”をやたら強調したその言葉に、キール君の表情が『しまった』と言わんばかりに歪む。もう今の彼に、最初のような勢いは無かった。


  そのまましばらく黙り込んでいた彼だけど、フライに『返事すらまともに出来ないのかい?』とせかされ、ようやく小さな小さな声で、『はい』と一言だけ答えて。


「……それなら、今の忠告は誠実で真面目なクラス委員のお言葉としてありがたく戴いておくよ。それじゃあ、今度こそ失礼。」


  そう言い放って歩き出したフライの背中を、悔しそうな拳を奮わせながら睨み付けていた。

  どちらが優位なまま終わったかなんてあからさまなその姿に、未だにせせら笑いが聞こえてきて流石に嫌な気分になってくる。

  そんな中、今まさに私達のテーブルの横を通り過ぎようとしていたフライが顔だけ振り返って、冷たい声で言い放った。


「……君達も、人の話に聞き耳を立てていないでもっと有意義なことに時間を割いたらどうだい?」


  静かに、淡々と紡がれた忠告の言葉。いつも変化球でしか勝負しないフライにしては珍しい直球な嫌味に、辺りから笑い声が消える。

  ばつが悪そうにうつむく人、反抗的な視線をフライへ向ける人、おろおろしつつもフライとキール君の様子を見守る人、最早失笑混じりに額に手を当てる人(若干2名)。周りがそんな様々なリアクションを取る中で、キール君は早足で立ち止まっていたフライ達の横を追い抜いて行く。


「……あんな卑しい身分で殿下に敵うわけがないのよ、身の程知らずが。」


「……っ!」


  二人がまさにすれ違うその瞬間、ポツリと雨粒のように落とされた言葉。

  黒い雲からポタリと落ちてくるそれが大雨の前触れであるように、その一言は見る間に広まり辺りが悪意で濡れていく。


  キール君は最初の子の一言で一瞬足を止めたけど、そのあとはどす黒い言葉の雨の中を傘すらさせずに走り抜けていった。


「さぁ、フライ様、参りましょう。せっかくのお茶が台無しですわ。よろしければ、我が家の使用人に口直しのお菓子を用意させますから!」


  そんな彼の背中をしばらく眺めていたフライを、最初の一滴を落とした黒髪の娘が急かす。

  そっとその顔を椅子に座ったまま見上げてみると、勝ち誇ったような笑みを浮かべるその顔に見覚えがあった。そうだ、この子バーバラさん達のグループの割りと強い立場の子だ。どうりで勝ち気そうな訳だ……。

  それにしても、キール君が“卑しい身分”ってどういう意味だろ?確か、侯爵家だからかなりの家の出のはずなんだけどなぁ。

  周りの人たちも同意見なようで、ひそひそ話の内容はもっぱらそこに集中している。これは良くない。


「……そろそろいい時間だね。僕らももう行こうか?」


「あぁ、そうだね。それに、これ以上ここに居ると気が滅入りそうだ。」


「さぁ、フローラ様、レインさん、参りましょう。」


「えぇ、そうですわね。レインさん、いきましょう?」


「はい、今参りますわ。私はこのあと少々お買い物に出掛けるのですが、皆さんはこの後真っ直ぐ帰られるのですか?」


  声を出すのも億劫になりそうな嫌ーな空気の中で待ってましたとばかりに立ち上がったライトとクォーツに続いて、私とレインも席を立つ。

  そんな中で、周りの人たちの目はほぼ一心に“私”に注がれていた。丁度立ち上がった先にはこちらを窺うように観察しながら口角を上げている子達が居たので、とりあえず視線が合わないように隣のレインに視線を移す。

  そんな私の態度に、ライトがスッと立ち位置を変えてその子達から私が見えないようにしてくれた。


  レインも察して話を逸らしてくれたので、ありがたくそこに乗っからせて貰う。


「えぇ、今日は読みたい本がございますの。私は真っ直ぐ帰って読書に致しますわ。ライト様とクォーツ様はどうなさいますか?」


「僕はこのあとルビーと会う予定があるんだ。ライトはどうだい?」


  私とクォーツからの問いかけに、特に辛辣な言葉を吐いてた野次馬の子達を一瞥したライトが『僕は礼儀作法の先生方に特別授業をお願いしてこようかな』と微笑んだ。

  中等科に上がってからよく思ってたけど、貴族モードのライトの嫌味の言い回しが段々フライに似てきた気がする……。












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  そのまま4人で校舎を出ると、外は生憎の曇り空だった。このままじゃ、本当に一雨降りそうだなぁ……。

  なんて、ぼんやり空を眺めてる間にレインは素早く支度を済ませて買い物に行ってしまった。気を付けて行ってきてねー。

  さて、フライはどこにいっちゃったかなー……?


「じゃあ、俺達は帰るか。」


「「え!?」」


「……なんだよ、その反応は。」


  重なった私とクォーツの声に、正に寮に向かって歩き出そうとしていたライトが振り返る。

  

  私はともかく、何でクォーツまで驚いてるの……?あ!ルビーに会いに行くんだっけ!


「フローラ、お前まさか…………」


「ーっ!く、クォーツは用事があるんだよね!じゃあ私は帰ろうか。ライト、行こう!!」


「挙動不審すぎるだろ……。」


「ま……待って!」


「ーっ!?」


  何か言いかけたライトの腕を掴んで歩き出したら、なぜかクォーツに肩を掴まれた。びっくりして振り返れば、クォーツは何だか落ち込んだような、それでいてちょっと焦ったような微妙な表情をしていた。

  肩を掴まれたまま首を傾げて『どうしたの?』と聞けば、一瞬はっとしてから『何でもないよ』と離れられる。いやー、流石にそれは無理があるでしょう。


「えっ……と、そのまま二人で帰るの?」


「……?俺はそのつもりだったんだが……なんだよ、こいつに用でもあったのか?」


  ライトにそう聞かれたクォーツは、『いや、そう言うわけじゃないけど……』なんて口ごもってから、最終的に首を横に振って。妙に落胆した様子で『じゃあ、僕もこれで……。』なんて去っていった。

  自分が仲間はずれになった気がして寂しくなっちゃったのかな?


「なんか最近変だよな、あいつ……。」


「ホントにねー……。ところでライト、私もちょーっと用があるから、先に帰ってもらってもい……」


「いいや、今日は駄目だ。帰るぞ。」


「せめて最後まで言わせてくれてもいいじゃないですか!!」


  叫ぶ私をじろりと睨み付けたライトが、『お前の考えは明け透けなんだよ』と私の腕を掴んでそのまま歩き出した。引きずられるのは痛いので、とりあえずライトに従って歩きつつも交渉を続ける。


「ちょっとだけだから!」


「駄目。」


「門限もちゃんと守るよ!」


「そんなのは当たり前だ。第一門限まであと何時間あると思ってるんだ。」


「うー……!じ、じゃあ、10分だけ別行動で!!」


「脚下!!」


「え、えぇと、じゃあ……痛っ!」


  出す案が軒並み脚下されて私が頭を悩ませていると、私の前を歩いていたライトが不意に立ち止まって、その広い背中に顔からぶつかった。

  ヒリヒリする鼻を片手で押さえていると、顔だけ振り返って私を見下ろしているのに気付いた。


「な、何……?」


「……お前、どうせ大方さっきのやり取りに疑問でも覚えてフライに問い質しに行く気なんだろう。」


「ーっっ!!」


  読まれてらっしゃる!!

  視線だけで射抜かれそうなその瞳から逃れるように斜め下に視線を移して『一体なんのことやら』なんて答えると、呆れたようにライトが小さく吹き出す。


「お前……っ、嘘下手すぎかよ。わかりやすすぎるだろ。」


「……嘘じゃないもん。」


  言葉も途切れ途切れになるくらいに笑われて悔しくて小さく言い返せば、『はいはい、わかったわかった』なんてポンポン頭を叩かれる。絶っっ対馬鹿にされている……!


「……全く、そんなにむくれるなよ。お前の気持ちもわからないことはないけど、とにかく今日は駄目。」


「……どうして?こう言っちゃなんだけど、さっきの一件で大分私についての噂は下火になったと思うよ?」


「だからだろ……。フライの策を水の泡にするつもりか?」


  さっきまでの小バカにした感じじゃなく、心配してるような優しい表情でそんなことを言われたらこれ以上は粘れない。

  わかったと頷いた私を見て、ライトは静かに私の手を離してから再び歩き出した。

  少し早歩きにしてその隣に並び立つと、それに気づいて歩くスピードを落としてくれる。紳士だ。


「ーー……“卑しい身分”かぁ。」


「……っ!」


  追いかけるのは諦めたけど、やっぱり気になることって言うのは何をしてても頭のどこかに突っかかり続けるもので。何気なく呟いてしまったその一言を拾い上げたライトは、『仕方ないな……』と前髪をかき上げた。






   ~Ep.139 噂と嘘と真実と~


『そんなに知りたきゃ聞かせてやるよ。アイツの生まれとその(ワケ)を。』





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