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Ep.133 腹黒キャラの必需品(スプリング兄弟side)


  『世の中には、知らなくて良いことがあるものなんだよ。』



  フローラの口からその名前が出たとき、僕は柄にもなく動揺した。感情を笑顔ひとつで包んで封じる術は、僕にとっては呼吸をするのと大して変わらない習慣だったはずなのに、顔の肉が全て固まってしまったかの様にまるで調整がきかない。

  いつものようにすべてを笑顔で呑み込むこともせずに勢いよく立ち上がれば、内心の動揺は椅子とテーブルがぶつかり合う音として皆に伝わってしまう。


「ごめん、今日は先に失礼するよ。ご馳走さま。」


  出されたケーキを食べ終えたあとで良かった。今の心境では、とてもじゃないが胃に押し込むことは出来なかっただろう。

  立ち去ろうとした僕を追いかけようとおろおろするフローラの姿を見れば悪意など無いことは百も承知だったけれど、このときはフォローする余裕さえなく。

  兄さんがやんわりと彼女を諌めているのを聞きながら、足早にガーデンから立ち去った。









  それにしても、キールがフローラにそんなに接触してきてるとは思わなかった。

  幼い頃の因縁により一方的に敵視された関係だったとは言え、僕の周りの人間に深く関わってくることは無かった。だから、初等科の5年生からフローラが彼と同じクラスなのは知っていながら、正直彼女がとばっちりを喰らうことはまるで警戒して居なかったのだ。


「さて、どこに行こうかな……。」


  少し落ち着ける場所で状況を整理したかったけど、自室には戻れそうにない。そんなわかりやすい帰宅をすれば、心配した親友達に押し掛けられて理由を話さざるを得なくなるだろう。

  図書室や屋上の天文台ならどうだろうか?図書室は、土曜とは言っても一人~二人は人が居そうなので却下だ。天文台ならそうそう邪魔は入らないだろうが、兄さんにだけはバレバレだろう。なので、これも無し。


  こう言うとき、自分がいかに居場所が無いかを酷く実感する。

  生ぬるい筈の初夏の風に、ぞわりと腕に鳥肌が走った。


「まぁフライ様、こんな所でどうなさったんですか?」











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  すぐに追いかけたし、あの子の行き先なんて大方予想がつく。だから、すぐに捕まえられるだろうと、そう思っていたのに。


「ーっ!鍵がかかったままだ、ここでもないのか……。」


  お茶会の場から飛び出していき、僕がそんな弟を追いかけるまで僅か5分足らず。たったそれだけの間に、彼は忽然と行方を眩ませてしまった。

  心当たりは全て回ったのに全滅とは、これは参った。賢いフライの事だから、追いかけられることがわかっていて早く部屋に帰ってくるだなんてことは無いだろうけれど……、こうなってしまっては、大人しく寮の部屋で待ち伏せした方が良さそうだ。


「さて、どこに行ってしまったのやら……。」









  フライが帰ってきたのは、それから五時間ほど経ってからだった。

  部屋を見張っている執事には中に僕が居ることは口外しないよう言い含めておいたので、何も知らない弟は気落ちした様子を隠さずに部屋へ入ってくる。


「やぁ、お帰り。遅かったね。」


「ーっ!?兄さん……、居るなら言ってよ。意地が悪いな。」


  明かりも外に漏れない程度にしか点けていなかったし、なによりもう門限ギリギリの時刻だから、まさか中で人が待っているとは思わなかったのだろう。

  若干不服そうにしつつも、色々と思うところはあったのか、ばつが悪そうにこちらを見た。


「昼間は急に帰ったりして悪かったとは思ってるよ……、ごめんなさい。」


  謝罪の言葉はハッキリと聞き取ることが出来たが、視線だけは決して交わらない。相変わらず、フライは人の目を見るのがあまり好きじゃないようだ。

  ……とは言っても、最近は談笑中や自分が優位に立っているときは大分平気になってきたように感じていたのだけど、今の様子はまた幼い頃に戻ってしまったかの様で何とも違和感が伴う。


  目を離したこの数時間の間に何かあったのだろうか?念のため、害となりそうな彼の動きは監視をつけてあるし、とくに彼とフライが接触したという報告も上がってきていないんだが……。まぁ、今は細かいことはいいか。そろそろ僕も帰らないといけない時間だ。



「その謝罪は、事情を知らないフローラちゃん達にしなさい。何があったにせよ、友達にあんな態度をとるのは良くないことだ。」


「はい、……明日、謝りに行ってきます。」


  うん、それが良いだろう。心優しい子達ばかりだから、フライを心配してくれることはあっても態度について諌めるようなことはしないはずだし、謝罪だけなら様子を見なくても大丈夫そうだ。


「じゃあ、僕は帰るよ。それと、今日は見逃すけれど、貴族として時間ギリギリでの行動はよろしくないな。次からは、もう少し余裕を持って帰ってくるように。」


「だって…………」


「ん?」


  何か言いたそうにした弟に、眼鏡を外してにっこり微笑んでやる。


  そんな僕を見て顔色を無くした弟は、蚊の鳴くような声で『なんでもないです』と自らの言葉を撤回した。まだまだ青いものだと、思わず笑いそうになってしまう。

  脅してしまったようで可哀想だが、これは本人の身の安全を守るために重要なことだ。多少脅迫めいた形になってしまったが、これで真面目な我が弟はしっかりと守ってくれるだろう。


「昔から思ってたけど、兄さん本当は目は良いよね。なのにどうして眼鏡を……、ーっ!?」


  ……やれやれ、好奇心旺盛なのも困り者だな。

  まだまだ少年らしい華奢な肩に顔を寄せ、部屋を出る前に囁いた。



   ~Ep.133 腹黒キャラの必需品(スプリング兄弟side)~


  『世の中には、知らなくて良いことがあるものなんだよ。』





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