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Ep.132 隠し事

※いつもより長い上に、後半ちょっと重いです。すみません。


  『次の日から、フライは全く口を利いてくれなくなった。』



「姉様ーっっ!」


「クリス!いらっしゃい!!」


  何やかんやでクォーツにも調理室の片付けを手伝ってもらい、ガーデンに移動してティータイムの準備をしていると、開かれていた入り口から金髪の天使が私の胸に飛び込んできた。

  一週間ぶりに会う弟の可愛さに私がでれでれしている間にも、フライとクォーツ、それに先にガーデンの用意を始めてくれていたレインが着々と紅茶を入れ、お菓子を並べてテーブルをセッティングしていく。何てことだ、私があまりに庶民感を隠さずに接し続けたせいで一国の皇子様達や立派な貴族令嬢であるはずのレインにまですっかり(しょみん)の感覚が移りつつあるような……。


「さてと、私はまだお茶会の支度があるから、クリスは座って待っていてね。」


「はい、姉様!」


  元気にお返事をすると、少しテーブルから離してあった椅子に座ろうとした。したんだけど……、同い年の子達に比べてもまだ小柄なクリスは上手く椅子に上れずに、座面に両手をついてピョンピョンと跳び跳ねている。か、可愛い……!


「クリス、乗れないなら私が……あれ?」


「わぁっ!ライト様!!」


  いつまでも見ていたい気持ちを堪えて、抱っこしてあげようと手を伸ばしたけど、その前にクリスの身体はもっとがっしりした別の手によって抱えあげられた。


「六歳の子供にこの椅子の高さは辛いだろ。」


  いつの間にやら現れてクリスを抱えあげたライトは、いつにない位の満面の笑みで天使の頭を撫でると、そのまま椅子へと座らせた。ライトの髪色は私よりも更にクリスに似てるから、こうしてると兄弟みたいで微笑ましい。


「ライト様、ありがとうございます!」


「どういたしまして。それとほら、手土産だ。」


「わぁ……!ありがとうございます!!」


  私が作業に戻る前に、クリスがライトからリボンをかけられた薄い何かを貰っていた。

  キラキラと目を輝かせたクリスは、星空みたいな綺麗な柄の包装紙をビリビリと破いてさっさと中身を取り出している。あぁ、綺麗な紙なのにそんな勿体ない……。って、まだ子供だし仕方ないか。


「良かったわねクリス、何をもらったの?」


  後ろから小さな手元を覗き込むと、どうやらそれは絵本みたいだった。

  澄み渡るような水色で描かれた海と、浜辺に立っている白いワンピースの女の子。海風になびくふわふわの茶髪が印象的だ。


「素敵な本ね。ライト、ありがとう!」


「ありがとうございます!」


「あぁ。」


  姉弟揃ってお礼を言うと、ライトは満足げに微笑んだ。


「お兄様、フローラお姉様、それに皆様も、お久しぶりですわ!」


「やぁ、なんだか早くも賑わってるね。おや、その子は……?」


  なんだかほっこりした空気が流れたところで、クリスを連れてきてくれたルビーと、あらかじめ来てもらう時間を決めていたフェザー皇子もやって来た。

  そして、クリスとは初対面なフェザー皇子が、長い足を折ってその顔を覗き込む。


「はじめまして。いつも姉がお世話になっております、クリス・ミストラルともうします。」


「なるほど、君が噂のフローラ姫の弟君か。これは立派なご挨拶をありがとう。はじめまして、フェザー・スプリングです。こちらこそ、君のお姉様には弟がお世話になっております。」 


「ちょっと、兄さん……その言い方はないでしょう。」


  突然のことに一瞬きょとんとしたクリスだったけど、すぐにニコッと笑うとしっかりとした口調でフェザー皇子にご挨拶をしていた。ちょっと前まではあんなにたどたどしかったのに、子供の成長って早いんだなぁ。お姉ちゃんちょっと寂しい……。


「おや、ずいぶん懐かしい本を持ってるね。図書室で借りてきたのかな?」


  そんな中、フェザー皇子がプレゼントの絵本に目を止めた。懐かしいって?


「これ、二年生位の頃にライトが気に入ってた絵本だよね。」


「あぁ、僕も覚えてるよ!確か、病気の女の子がボトルメールを流す話だよね。」


「そうそう。それでライトが影響を受けて、いつもの文通をボトルメールにしようとか言い出して。」


「そうだった。結局、絶対狙った相手には届かないからって二人して全力で止めたんだよ。全く、純粋なのも考えものだね。」


「……やかましい。」


  思わぬ形で思い出話を暴露されて赤くなりつつも、ライトは親友二人を諌めてからクリスにもう一度笑いかけた。


「この間買い出しに出たときにたまたま見つけて懐かしくなってさ。前にフローラがクリスも本が好きだって言ってたから、喜ぶかと思って。」


「はい!嬉しいです!!姉様、読んでください。」


「ふふ、わかったわ。でも、今はお茶会が先ね。せっかくの紅茶が冷めてしまうわ。」


「……はい、わかりました。」


  クリスはちょっとしょんぼりしつつも、素直に鞄に絵本をしまった。いい子に育ってるなぁ……。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  そんなこんなで、いつものメンバー+フェザー皇子とクリスを含めた久々のお茶会。

  和やかに皆が話をしてるのを見ながら、私は隣のクリスの様子を伺った。

  実は、私が作ったお菓子をクリスに食べてもらうのは初めてなのだ。今日のシフォンはクリームを数種類に分けて用意した。クリスの奴には、苺が大好きなこの子の為に、食べやすいようにちょっと甘めにしてブルーベリーを足したベリーソースをかけたんだけど、果たして感想は……?


「いただきまーす!」


  そんな、内心初デート並みに(まだ一度もしたことないけど)ドキドキしている姉の横で、クリスは小さなお口を目一杯あけてケーキを頬張った。

  そして、一口目で目を見開くと、そのまま黙々と食べ進めてあっという間に平らげてしまう。クリス、食べるの早っ!!


「とっってもおいしいです、姉様!」


「本当!?良かったぁ!」


  クリスがおかわりだと言うので、さっきのとは違う味のケーキを出してあげる。

  チョコレートソースのかかったそれにフォークを突き立てながら、クリスは純粋な瞳で私に爆弾を下さった。


「でも、姉様はお菓子作りをいったいどこで学んだのですか?」


「ーっ!?」


「おい、大丈夫か?」


  思わぬ形で痛いところを突かれて、せつかくフライにリクエストして淹れてもらった紅茶を危うく吹き出しそうになった。

  なんとか無理矢理飲み込めば、今度は気管に入っちゃって咳き込む始末。向かいの席から声をかけてくれるライトや、隣の席から背中を擦ってくれるレインの優しさで、余計居たたまれない気持ちになる。


「ごめんねレイン、ありがとう……。」


「気にしないでいいよ。大丈夫?」


「うん、なんとか……。」


  ようやく落ち着いてきて、改めて美味しい紅茶で咳で荒れたのどを潤す。

  フライが淹れてくれたアールグレイは、なんだか温かい味で気持ちもちょっと落ち着いた。


「お兄様、何をしているのですか?こんなときこそ声をかけないでどうするのです!?」


「いや、何の話……?ルビー、最近変だよ。」


  レインの方を向いてると、レインの隣に座っているアースランド兄妹が何やら小声でお喋りをしてるのが見えた。ルビーがちょっと怒ってるみたいだけど内容までは聞こえなくてらちょっと首をかしげたけど、私が二人に声をかける前にレインが体勢を変えて姿が見えなくなったので深くは気にしないことにした。

  お兄ちゃん大好きなルビーの事だから、最近会いに来てくれてなかったことに拗ねてるとかそんなところでしょう。例え校舎が離れようが、ルビーのお兄ちゃん愛は変わらないのだ。


「……それで?僕も昔っから気になっていたんだけど、結局何でフローラはお菓子作りを始めたんだい?」


  ちょっ、フライさん今の流れでそこに戻ります!?


「え?えーっと……」


  とてもじゃないけど目を見れないので、視線を上に泳がせながら話を逸らす方法を考えた。

  私がお菓子作りを始めた理由……。何だったっけ、前世では、確か……そうだ!


「お菓子の家を作りたかったの!!」


「……は?」


  クリスがさっき貰った絵本を見て思い出した。そうだ、確か幼稚園で読んだ“ヘンゼルとグレーテル”に出てきた見たいなお菓子の家を作りたくて、クッキー作りを始めたのがきっかけだったんだよね。

  その事を前世の下りは上手くぼかしつつ話すと、皆一瞬しんとしてしまった。


「あぁ、あれ一度は心惹かれるよな。現実でやるには色々弊害がありそうだけど。」


「い、いつか実現できるといいね!」


「フローラお姉様の腕なら、きっといつか作れますわ。」


「そうね。作るときは言って、私も手伝うからね。」


「……ははっ!そ、そうだね。完成した暁には是非ご招待いただきたいよ。」


「良いじゃないか、フローラちゃんらしい大変可愛らしい理由だね。」


  そして次の瞬間、盛大に笑いだす。そんな笑わなくても良いじゃないか、子供の時の夢なんだから。

  唯一笑わずに居てくれたのは、自分も似たような夢をみたことがあるらしいライトと、爆弾を落としてからはケーキに夢中なクリスだけだ。うぅ、恥ずかしい……!

  何か、何か話題を変えなきゃ……!


「そ、そうだ!昨日キール君に聞いたんだけど……」


「キール……!?」


「えっ!?」


  なんとか一番新しい記憶を引っ張り出すと、必然的に昨日の放課後のことが浮かんだのでそのまま口にした。……ら、笑いすぎで散々震えていたフライの肩がピタリと止まった。

  フライだけじゃない。フェザー皇子も、クォーツも、ライトも、皇子四人が皆互いに顔を見合わせている。私、何かまずいこと言った……?


「……そうか、初等科の頃から確か同じクラスだったね。」


「う、うん。あの……」


「ごめん、今日は先に失礼するよ。ご馳走さま。」


「あっ、ちょっと待っ……!」


  珍しく音を立てて立ち上がったフライが去っていくけど、追いかけようとしたらフェザー皇子の腕に行く手を防がれる。

  驚いてその顔を見上げれば、フェザー皇子は『ごめんね、僕が追いかけるから今日は……』と言葉を濁した。

  ハッキリとは言い切らずに、それでもハッキリ『追いかけるな』と伝わってくる辺り、貴族らしい話し方だと思う。


「皆もごめんね。フローラちゃん、ケーキご馳走さま。美味しかったよ。じゃあ、また授業で。」


「は、はい……。」


  結局その後、弟を追いかけていくフェザー皇子を見送ってからはライトとクォーツが『気にしなくていい』と笑ってくれたものの、気まずい空気は払拭しきれなくて。紅茶とケーキがなくなり次第、お茶会はお開きになった。


  せっかく皆楽しそうにしてたのに、悪いことしちゃった。

  フライとキール君、仲が悪いのかな……。


『彼をあまり信用しない方が良いですよ。フライ殿下は、誰のことも好いてはいませんから。』


  冷たく囁く声が、耳の奥に突き刺さっている様な気がした……。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  翌日、フライに謝らなきゃと思ってハイネにフライの部屋への先触れを頼んだら、もうすでに向こうから会いたいとの依頼が来ていると言われた。先手を打たれてしまった……!


  フライが指定した場所は、前にフェザー皇子と三人で話した天文台。

  昨日の今日でフライの方から声をかけてくれるとは思ってなかったので、ちょっと緊張しながら重たい扉を叩く。


「……誰?」


「あ、私……です。」


  鍵をあけてもらって中へと進めば、フライはあの日と同じ席に座ってこちらを見ていた。

  私は手招きされるまま、その隣の席に腰かける。


「……昨日はごめんね、勝手に帰ったりして。」


「う、ううん、気にしないで!それより、私何か気にさわるようなことしちゃった?」


  とりあえず、フライの瞳から怒りは感じられないことに安心しつつ問いかければ、フライは一度静かに目を閉じてから、改めて私を見た。

  こちらにちゃんと向き直ってくれたフライの瞳は、風のない日の水面みたいに落ち着いていて。でも、一度目を閉じた後は、その一番奥に何か、強い芯のようなものが通った……気がした。


「怒ってないよ。」


「……本当?無理してない?」


「無理なんかしてないさ。大体、僕が怒りを自分の中に抑えて泣き寝入りするタイプだと思うの?」


  ニヤリと不敵に笑ったその様子に何にも答えられず黙り込めば、フライは『君って本当に素直だよね』と苦笑を漏らした。


「うぅ……、顔に出やすくてごめん……。」


「……いいんじゃない別に。なんでも隠せるのが良いとは限らないよ。さて、そんな馬鹿正直なお姫様に一言言っておくけど。」


「うん?」


「本当に怒ってないし、ましてや嫌うなんてあり得ないから。安心するように。」


「……?わ、わかった。」


  もう怒ってないのは伝わったから、何もそんな念を押さなくても……。でも、その言葉を言ったフライの目が嫌に真剣だったから、私もその言葉を心から信じたいと思えた。


「じゃあ、寮に戻ろうか。兄さんに昨日怒られて、これから皆にも謝りに行かなきゃいけないんだ。」


「そうなんだ……。ね、一緒に行っていい?」


「……好きにすればいいよ。さぁ、行こう。」


  その後、皆の部屋を順番に回ったり、女の子達は外まで来てもらったりしながら謝罪回りを終わらせて、流れでそのまま昨日の仕切り直しのプチお茶会をした。フェザー皇子だけは仕事で来れなかったけど、ライトがクリスに昨日の絵本を読み聞かせてるのを皆が茶化したりなんかして、賑やかながらも穏やかな時間を過ごすことが出来た。

  

  だから、思いもしなかったんだ。

  翌日から、そんな“日常”が崩れていくなんて。


    ~Ep.132 隠し事~


  『次の日から、フライは全く口を利いてくれなくなった。』






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