表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/399

Ep.131 密室の会談・後編


  『そもそも私、初恋すらまだなんだよね……。』




「フライ様、お願いがございます。」


  翌日、私はせっかくの土曜日に皆ですると言うお茶会の準備の時に、茶葉を選んでいるフライの正面にてかしこまった。


「お願い……?どうしたの、いきなり。そして何故敬語なの?」


「ちょっとかしこまってみました。それでね、今日の紅茶、フライに淹れて欲しいなと思って。」


  唐突な私の行動に首を傾げつつも、フライは笑顔で『構わないよ』と言ってくれた。ついでに何がのみたいか聞かれたので、アールグレイを注文しておく。


「フローラがアールグレイを選ぶなんて珍しいね。」


「え、そうかな?」


「あぁ。だって、いつもはアッサムやウバが多いじゃない。」


  言われてみれば多しかにそうかも。

  私はミルクティーが好きなので、基本いつもの紅茶はミルクとよく会う茶葉率が高いのだ。別にアールグレイがミルクと合わないって訳じゃないし、別に拘りは無いんだけどね。って、あれ……?


「私、普段飲んでる紅茶フライに話したっけ?」


「話してはないけど、飲んでいるときにカップをみれば色と香りで大体わかるよ。ましてや、いつも必ずミルクティーにして飲んでいれば、合う茶葉なんて容易にわかるさ。」


  空のポットとカップに温める為のお湯を注いでから、余裕の笑みでそう言うフライ。見てるだけでわかっちゃうなんてすごいなぁ、流石です、皇子様。


「ところでフローラ、昨日の放課後なんだけど……」


「あっ、ごめん、ちょっと待って!」


  フライが私の名前を呼んだ辺りで、オーブンからチンッと軽快な音が。焼き上がり後の処置はとっても大事なので、一旦話を切り上げてそっちに走る。


  今日のお茶菓子はシフォンです。うん、バッチリ膨らんでる!

  味をプレーン、紅茶、苺と三種類用意したので、焼き上がった型を3つ並べてひっくり返す。あら熱が取れるまでこうしとくと(しぼ)みにくいんだよね。

  さて、待つ間に洗い物を済ませちゃいますか!


「何それ、何かの儀式?」


  準備が一段落ついたらしいフライが、並んだシフォン型を見て笑顔をひきつらせた。

  たしかに、見慣れない人から見たら異様な光景か。シフォン型って真ん中は穴が空いてて中心のとこが高めになってる、ちょっと変わった形だもんね。


「ふふ、儀式じゃないよ。これが美味しくするコツなのです。」

 

「……っ、何それ。まぁ、楽しみにしてるよ。この間のクッキーも美味しかったしね。」


  腰に手を当てて言えば、一瞬きょとんとしてから吹き出された。

  それから、この間の休日に渡したフェザー皇子への差し入れのクッキーの話に。あの日は仕事のお供だから食べやすく飽きないようにって、アイスボックスクッキーを5種類くらい焼いたんだよね。

  

「でも、この間と言い今日と言い、毎度毎度こんなに丁寧にお菓子を作っていたら手間じゃない?」


  『僕が洗うから貸して』と私の手からスポンジを抜きつつ、フライがそんなことを呟いた。

  フライをよく知らない人が聞けば嫌味に聞こえてしまいそうな言葉だけど、表情を見ればただ心配してくれての言葉なのがわかる。


  それに、フライの指摘は最もだ。物にもよるけど、お菓子作りには繊細で細かい作業も多い。スポンジケーキやシフォンは扱いを間違えれば萎んで固くなっちゃって使えたものじゃなくなっちゃうし、デコレーションなんか正にそのお菓子の価値を決める作業だから神経使うしね。

  だから、手間じゃないとは確かに言えないんだけども。


「その手間も含めて、私は作るのが好きだから。それに……」


「それに?」


「頑張って作ったものを食べて喜んでもらえたら、自分も幸せになるから。」


「……っ!」


  前世では、お母さんに食べてもらったり、よくバイト先なんかに差し入れを持っていってパートのおばちゃんたちに食べてもらったなぁ。中学までは、友達にも喜んで貰えたんだけど……。


「フローラ、……フローラ!」


「ひゃっ!」


「目、覚めた?」


「う、うん、ごめん。またボーッとしちゃって。」


  背中叩かれて変な声出た!恥ずかしい……。いい加減このぼんやり直さなきゃなぁ。


  でも、腹黒なんて言われつつも心優しい幼馴染みはそこは指摘せずに、『じゃあ、今日のケーキにも期待が膨らむね』と微笑んだ。お任せください。


「ところで、弟君のお迎えに行かなくて良いのかい?彼は何かと人気者で、常に誰かしらに捕まってると聞いたけれど。」


「ううん、大丈夫!ルビーが一緒に連れてきてくれるみたいだから。」


  今年から初等科に入ったクリスは、持ち前の天真爛漫さと天使の微笑みで同級生はもちろん、数少ない初等科のご令嬢達のアイドルになりつつあるらしい。


  あんまり過保護にしすぎるとクリスの為にならないからと思って会いに行くのは週に一回だけで我慢しているけど、そのたった一日の間にも可愛い可愛い弟がいかに魔性のショタなのかをお姉ちゃんも実感しています。だって、初等科寮の近くでクリスと手を繋いでお散歩してただけで、大分年下の小学生女子から羨望の眼差しを向けられたくらいだし。

  ルビー曰く、魔性の力は血筋なのだとか。なるほど、そう言えばお母様も昔はモテモテで大変だったらしいって前にお父様から聞いた。クリスはお母様のその魅力をしっかり受け継いでるのね。それにしてもルビー、そんな話よく知ってたなぁ。


「……それにしても、僅か初等科一年目からその人気か。彼の未来に同情してしまうね。」


「あはは……、もし上手くかわすコツとかあったら教えてあげてね。」


  そうなんだよねぇ。3人居てある程度ファンの数が分散されてるライト達の代と違って、今のところ初等科の人気男子はクリスの独壇場だ。これは、成長してからが非常に恐ろしい。いざとなったら、先生にでもなって側で守って…………


「……多分その前に君はお嫁に出されるだろうから無理だと思うよ。」


  久々に心を読まれた!?

  でも、そっかぁ。ゲームだとフローラは18歳で自害しちゃうし、そもそも王族からも外されちゃうから婚約だ何だっていう政略的な絡みとは縁がなかったけど……。このまま平和に生きていけば、いずれそう言う問題が出てくるんだなぁ。

  でも、今のところ私の周りにそう言う浮いたお話は全く、欠片も、チリほどもない。だって生まれが悪役だもの。


  フライが新品並みにピカピカにしてくれた食器を拭きながら、チラッと横顔を見つめてみる。

  サラサラの長髪を横でひとまとめにしているので、私の位置からでも端正な顔立ちがよく見えます。

  枝毛ひとつない艶々の髪、白く透き通るような肌、長いまつげといった女性的な美しさを持ってるフライだけど、これがゲームの歳……つまり高校生になると、輪郭とかがシャープになって男の子らしいカッコよさが交ざってくるんだよね。ライトやクォーツも、これからどんどんカッコよくなっていくんだろうし。そうなったら、今よりもっっと騒がれるんだろうな……。皆、大変だろうけど頑張って!!


「フライの所には、婚約絡みのお話とかは来ていないの?」


「えっ……?」


「あっ、フライ手元!!」


  昨日のキール君との話を思い出して何の気なしに聞いたら、フライの手から危うく洗いかけのグラスが落ちかける。すぐフライが咄嗟に手を伸ばして掴み直したから割れずには済んだけど、なにもそんな驚かなくても……。


「大丈夫?」


「……あぁ、平気。それにしても、君は本当に突拍子が無いことばかり言うね。」


  でも、グラスを置き直してこちらに向き直ったフライの青空みたいな目を見て、私は聞いたことを後悔した。


「ご、ごめんなさい!もう聞きません!!」


  無駄口叩かずにちゃんと片付けます!


  温度が瞬間的に無くなって感情の読めなくなった瞳から逃れるように、ペースをあげてせっせとお皿を拭く。


  でも、気配でわかるけどフライはこちらを見つめたままだ。怖いよーっ!何がそんな逆鱗だったんだろ……?


「……大体ねぇ、一言に婚約と言ったって、僕らの身分じゃ…」


「ーっ!?何事!?」


  洗い物を全部拭き終えたのでぎこちない仕草で彼から距離を取ろうとしたその時、閉めきられていた扉がバーンッと音を立てて開いた。……そして、スライドドアなので勢い余ってまた閉まった。


「や、やぁ……。何の話してたの?」


「いや、それよりクォーツ……大丈夫?」


  スライドドアの逆襲により挟まれてしまったクォーツにちょっと和みつつ声をかければ、当の本人は挟まれたことなんか気にも止めずにフライに駆け寄っていく。


「やぁクォーツ、早かったね。ライトは一緒じゃないのかい?」


「ライトはちょっと生徒会室に寄ってから来るみたいだよ。それよりっ、今婚約がどうとか……!」

 

  あーーっ!!クォーツさんそれ聞いちゃ駄目!!


  フライの絶対零度の眼差しによる友の凍死を阻止すべく、私はケーキを外したばかりでまだ温かいシフォン型を手に取った。もしクォーツがあの眼差しを向けられたら、これを手首に当てて温めてあげよう。


「話の流れで、フローラに僕や君には婚約者の申し出が来ていないのか聞かれただけだよ。」


「は、話の流れって……?」


「あ、クリスの話だよ!あの子は皆の代みたいに、人気を分け合える人が居ないから大変そうだねーって。」


  遭難者は出ませんでした。

  ちょっと呆れたような顔をしつつもフライが返した答えにクォーツが納得してなさそうだったので、私も後ろから補足を入れた。


「そっか、弟君の……。そうだよね、僕だってルビーに婚約の話が来たときは動揺したものだし……。ち、因みに、フローラ自身にそう言う話は……?」


「私?全然だよー、お掃除で姑が目をつけがちな障子に残ったホコリほども無いよ。」 


  結局、遭難者を暖める前に冷めてしまったシフォン型を水に浸けながら答えると、クォーツは小さくため息をつき、フライは肩を震わせた。

  ちょっとそこの美少年さん、顔見せなくたって笑ってるのバレバレだからね!自分だってそう言う話には縁が無さそうだったくせに!あ、だから怒ったの!?


「またフローラがトリップしてる……。」


「本日3回目だよ。彼女が聞いてない間に言っちゃうと、正直僕、この話題は避けたいんだよね。色々面倒だから。」


「あー……、そっか。そう言えば色々あったらしいもんね。あの話、結局解決したの?」


「まぁ、一応……ね。まぁ、まだ油断は出来なそうだけど。全く、色恋の話は何かと憂鬱だよ。」



   ~Ep.131 密室の会談・後編~


  『そもそも私、初恋すらまだなんだよね……。』




  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ