Ep.129 自覚してます?
『無自覚……なのかな、やっぱ。』
「姫様、最近は朝がずいぶんとお早いですね。何かご用でも?」
「用事って程じゃないけど……、最近は朝に図書室で授業の予習をしてるの。」
私の髪を結ってくれてるハイネが、鏡越しに『それは素晴らしいお心がけですね』と微笑む。
まだ始めてから数日だけど、褒められると嬉しくて余計頑張りたくなるよね。今のところ成果はまだ得られてないけど……。
「はい、出来ましたよ。」
「うん、ありがとう!ハイネはヘアアレンジが上手ね。」
「ふふ、お褒めに預かり光栄です。」
そうこうしてる内に、ハイネは器用に私の髪を結い上げてくれた。三つ編みにした髪をクルクル巻いて、お花みたいにした髪型。女の子らしくて可愛いね。
「少々緩めに巻きましたので、髪飾りでしっかり固定した方が良さそうですね。……あら?」
「……?どうかした?」
「姫様のお気に入りのリボンが入っていないんです。どこにやったのかしら……。」
「あぁ、あれなら無くて大丈夫だよ。クォーツにこの間あげたから。」
そう答えると、ハイネは『クォーツ様に?』と驚きつつ、髪飾り入れから別の髪留めを出して髪型を補強してくれた。よし、これで完璧だね!
「ありがとうハイネ。じゃあ、行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
駆け足で部屋を出ると、髪留めについた飾りが揺れる。これも小さいお花がゆらゆら揺れて可愛いお気に入りだけど、確かにリボンより使い勝手が悪いのかな。うーん、新しいリボン、今度買いに行きたいな。
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今日は花壇のお世話日なので、図書室に行く前に久しぶりにガーデンへ。
って、あれ?ドアが開かない……!?
「南京錠がかかってる……。な、なんで……?」
今までは、扉自体は締め切られてても鍵なんか掛かってなかったのに……。どうしよう、こう言う場合、鍵は職員室で借りるのかな?
まだクォーツもレインも来てないし、入れ違いしないように書き置きでもしてから職員室行ってみようかな。
「えっと、クォーツとレインへ……っと。」
「朝から何を書いてるの?」
「いや、職員室に鍵を取りに行くから書き置きを。入れ違っちゃったら二度手間だからね。」
「そう、それは賢い判断だね。でも……、もう必要ないんじゃないかな。」
なんですと?
「クォーツ、おはよう!」
「う、うん、おはよう。」
丁度文字を書くのにしゃがんでたのでそのまま笑って挨拶すると、クォーツが一瞬パッと顔を背けた。
急にどうかしたのかちょっと驚いたけど、一呼吸置いたらすぐにいつも通りのほんわか笑顔が返ってくる。相変わらず、クォーツの笑顔は和むなぁ……。
『鍵なら僕が取ってきたから、今開けるね。』と言ってクォーツが私に背中を向けると、そこにはオレンジのリボンが揺れていた。
「髪、いつも結ぶようにしたんだね。」
「ーっ!!?う、うん。まとめた方が動きやすいなと思ったから……。リボンありがとう、使わせて貰ってるよ。」
後ろでひとつにまとめた髪を弄りながら、照れ臭そうに笑うクォーツ。あの時は勢いで結んじゃったけど、気に入ってもらえたなら私も嬉しいな。
「あ、開いたよ。レインは……まだみたいだから、その……、二人で先に始めてようか。」
「うん、そうだね。ところで、何で鍵かかってたの?今まではつけてなかったのに。」
さっきから気になってた所を口に出せば、クォーツが手前にあった花壇の大きな葉っぱをつまんで見せた。
「原因はこれだよ。」
「その葉っぱがどうかしたの?」
「これは、ベラドンナの葉なんだ。うちの学院には薬草園があるから、ほとんどのものはそこで育ててるんだけど、何せ四か国分の色々な薬草を育てるから場所が足りなくてね。だから、足りない分はここで育ててるんだけど……。」
クォーツは一瞬言い淀んでから、小さくため息をついて『最近、その枚数が減ってるみたいで。』と呟いた。
「減ってる……って、薬草なら授業で使うのによく摘んでるんだから、そんな不自然なことじゃないよね?」
「うん、それはそうなんだけど……、どうにもその摘まれ方に気になるところがあるみたいで。それに、このベラドンナや薬草園のマンドラゴラは使い方を間違うと毒になるから危険だし。それで、念のため鍵をつけることにしたんだって。」
「そう、なんだ……。」
確かに、毒と薬は紙一重だし、事故なんかを防ぐためには管理をしっかりするのは良いことなんだと思うけど……。なんかモヤモヤするなぁ。このタイミングで鍵をつけたってことは、もしかしたら生徒が疑われてるってことだよね。
それって、なんだか…………。
「フローラ、そんな難しい顔しないで?薬草って言うのは本来危ないものだから、これくらいの扱いは当たり前なんだよ。学院からしたって、大事な生徒さんに万が一があったら大変でしょ?」
クォーツが私の背中に手を伸ばしつつ、『ね?』と穏やかに笑う。
いつもと同じで優しい、でも、どこか違う色の混ざった笑顔。それを見たらなんだかほっとして、気持ちが軽くなるのを感じた。
「うん。クォーツ、ありがとう!」
「……っ、どういたしまして。あ、そうだ!えっと、髪!今日はまとめてるんだね。」
てっきり伸びてきた手に撫でられるのかと思ったら(クォーツはよくルビーの頭を同じように撫でてるから)、何故かその手は何をするでもなく引っ込んだ。
引っ込める前、ピクッと動いたクォーツの指先が、バラの花みたいになった私の髪を指し示す。
せっかく気づいてくれたので、メインになるその部分を見せるように体の向きを変えて見せる。
この髪型気に入っちゃった。練習したら自分でも出来るようになるかな?生まれてこの方、ヘアアレンジなんか三つ編みとポニーテール位しかしたことないからちょっと不安だけども。
「ハイネが今朝やってくれたんだ、凝っててすごいよね!」
「そ、そうだね。その……、に、似合……」
「遅れてごめんなさい!」
「レイン!おはよう、まだ開けたばっかだから大丈夫だよー。」
自慢げに私が髪型を見せびらかしてる間に、レインが小走りで開け放してたドアから飛び込んできた。
そんな謝らなくていいよー、結局まだなにもしてないしね。
「あ、フローラまとめ髪だ。珍しいね!」
「うん、さっきクォーツにも言われたよー。ハイネがやってくれたんだ、今朝は時間も余裕あったから。」
「そうなんだ。似合ってるよ、なんだかお姉さんに見える!」
「ふふ、ありがとう!」
あれ、そう言えばクォーツ、レインが来る前何か言いかけて無かったっけ?
「クォーツ、さっき何か……」
「べ、別に何も言ってないよ!それより、早く手入れ終わらせちゃおう。フローラ、最近朝は図書室行ってるんでしょ?」
私がクォーツの方に向き直るのと同時にこっちに背を向けると、思いっきり伸びをしながら明るい声で奥の花壇にいってしまった。
「クォーツ、最近ちょっと変じゃない?また何かあったのかな……。」
「あはは、大丈夫大丈夫。心配しなきゃいけない類いの変化じゃないから。さ、水やりしちゃおう!」
離れていくクォーツの背中を見ながらレインに聞くと、なんとも言えない笑顔をして流される。えーっ、レインは理由知ってるの?私は何にも知らないよーっ!仲間はずれ……ってわけじゃないだろうけど、私達一応小学一年生からのガーデン係仲間じゃないの?心配ないって言われても、なんかスッキリしませんよ?
「私に聞かなくても時期が来たらわかるから、拗ねないの。ほら、働いてー。」
「……はーい。レイン、昔より強くなったよね。」
「そうかな?まぁ、皆成長期だからね。」
そりゃそうだけど……。ま、まぁでも、心優しい一番の親友が大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫なんだ。うん、きっとそうだ!
「……本当、クォーツに同情しちゃうよ。それにしてもあの様子って……。」
~Ep.129 自覚してます?~
『無自覚……なのかな、やっぱ。』




