Ep.127 人は群れると強くなる
『貴方も皇子だと仰るなら、自らを慕う者の管理くらいなされたらいかがですか?歴代最優秀の皇子様?』
いつも通り、一分のずれもなく魔法時計のチャイムが鳴り響いた授業終わり。今日は月に一度の役員総出の会議の日で、急いで生徒会室に行かないと行けない。
……の、だけども。
「……本日も、すぐには出られそうにありませんわね。」
ひとつしかない教室の入り口には、四色の制服が花畑のように固まってわらわらしていて、とてもじゃないけど出られない。
前世の高校でも、女の子グループが入り口付近で盛り上がっちゃって皆が出入りできないなんてことは度々あったけど、これはちょっと原因が違うところが問題だ。何故なら……
「フェザー様、こちらの薬草は煎じ薬と塗り薬、どちらに向くのでしょうか?」
「あのっ、私貧血ぎみなのですが、よろしければ滋養に効くお薬を煎じて頂けませんか?」
「ちょっと貴方、フェザー様にご無礼だわ!一国の跡継ぎであるお方に薬を作らせる気?とんだ礼儀知らずですこと!」
まず、フェニックスの制服を着た子がピカピカの教科書を開いてフェザー皇子に詰めより、そこに具合があまりよくないとアピールしながらアースランドの制服の生徒が間に割り込む。
そんな火花を散らす二人から、スプリングの制服を着た二年の先輩がフェザー皇子を引き離したけど、その先輩の嫌味で正に一触即発!!って雰囲気に……。
女の子のバトルって怖いな。初等科の頃よりレベルアップしてる気がするよ。
そう、フェザー皇子が正式にうちのクラスとフライのクラスの魔法薬の授業を受け持つようになってから二回目の授業。一回目の時点ですでにフェザー皇子が来てることが皆に知れ渡ってしまってたので、もうその日から入り口は大混乱!
授業が始まる前はまだいいんだけど、終わったあとがなぁ。フライのクラスの魔法薬の授業は昼休みの直前、うちのクラスは7限目……つまり、一日の最後の授業だ。
だから、時間もあるしここぞとばかりにアピール合戦をしに来た女の子達によって、フェザー皇子を中心にあまり嬉しくない花園が出来上がっている訳なのだ。
初日の時は男の子達の中で気の強い面子が掻き分けて出ようとしたり、注意をしてたりしたんだけど……。その度に、貴族の子女とは思えないような力と気迫に押し返され、研ぎたての刺身包丁並みに切れ味抜群の嫌味にズタズタにされて、今ではすっかり萎縮して尻込みしてしまっている。
わかるよ、学校で女の子の集団に勝る怖いものはない。それは間違いない、どこの世界でも一緒なんだね。
「ふ、フローラ様……。どういたしましょう?」
フェザー皇子の顔色が段々無くなっていくのを心配していたら、ふと隣から弱々しい声が。
そちらに振り向けば、フェザー皇子ほどじゃないけど顔色を悪くしたミリアちゃんや、クラスの気弱な女の子達が居た。
家柄で差別されてしまうのは非常に悲しいことだけど、この子達は家柄的に貴族としては中間~下級に辺り、学院内での立場が弱い。だから、気も強い上に家的には格上の皇子ファン達に下手に物申せないみたいなのだ。まぁ、身分云々以前に私もああいうグループとはあまり敵対はしたくないけどね。やっぱ怖いし、あの手の子達は一度敵になると攻撃が執拗に続くから……。
でも、そんな人畜無害な乙女達に助けを求める眼差しを向けられたんじゃ、黙ってボケーっとしてるわけにも行かない。
本当は、あと数回様子を見て改善されないようなら声をかけようかと思ってたんだけど……まぁ、いいか。私もいい加減教室から出たいし。
「そうですわね。流石に少々目に余りますから、一言申し上げて参りますわ。皆さんはこちらでお待ちになっていてくださいな。」
本当は一人では行きたくない。すっごく行きたくないけど、ここにはレインはもちろん、アミーちゃんもベリーちゃんも居ないので一緒に来てもらう子が残念ながら居ないのだ。ここにいる女の子達には、ちょっと荷が重そうだしね。
さぁ、バレないように深呼吸をして、優雅な笑顔で……
「皆さ……」
「兄上、フローラ様、探しましたよ。」
「フライ様!」
「ふ、フライ……!」
私が口を開くのと同時に、待ってましたと言わんばかりに廊下からお声がかかる。それと同時に、そこにスポットライトが当たったみたいに注目が集まった。
「ふ、フライ様よ……!」
「フライ様、私達のクラスに何かご用ですか?」
寸の間の沈黙の間のあと、フェザー皇子の周りの輪の外側に居た子達がフライの方に移動した。でも、フライはそんな子達を笑顔で受け流して私とフェザー皇子だけに話しかけてきた。
「兄上、……いえ、フェザー先生、職員室に呼ばれていましたので、伝えに参りました。それから、フローラ様、もう会議が始まりますよ。参りましょう。」
「ーっ!そ、そうか、ありがとう。じゃあ皆、僕は失礼するね。質問はまた次回と言うことで。」
『それじゃ!』と挨拶もそこそこに、フェザー皇子はフライの言葉に怯んだ女の子達の波を掻き分けて戦線離脱していった。
「では、僕らも行きましょうか。」
「……えぇ、そうですわね。では、お通し頂いてもよろしいかしら?」
フェザー皇子に逃げられたことで今度は皆が皆フライに行こうとしたので、また花畑が出来てしまう前に芽を摘み取ることに。
フライに負けじとにっこり笑って、口調はちょっと高飛車に、一歩目を大きく踏み出した。
「ど、どうぞお通り下さいませ、フローラ様!」
それによって、モーゼの海割りの如く女の子達が左右に分かれる。
これは見事な一本道……かと思いきや、何人かの子達はそんな道に立ち塞がり、しっかりと私を睨み付けていた。
顔ぶれを見るに、この子達は中等科に入ってすぐからバーバラさんと仲良くしてる子達だ。そりゃあ私のことは気にくわないよね、さてどうしたものか……。
角は立てたくないし、通れるだけの隙間はあるからそこを通ってすり抜けちゃおうか。でも、それだとわざわざ避けてくれた子達にちょっと悪いし……。
立ちふさがる彼女たち越しにフライを見れば、いつも通りのアルカイックスマイルでした。自分で頑張れと言うことでしょうか。
……よし、ここは軽く受け流して素通りしてフライに合流しよう。それが一番穏便なはず!
「では、私達も失礼いたしますわ。ごきげんよ……」
「君達、いい加減にしてくれないか。」
『先程から一部始終を見ていたけれど、あまりに目に余る振る舞いだよ。』
私の言葉を遮って放たれた辛辣な一言と、あえて音を立てて分厚い魔導書を閉じた仕草に思考を遮られる。
明らかに見下した声色だったことで、私から見て一番手前に居た子の顔がカッと赤くなった。ひーっ、火に油!!
誰だろう、せっかく穏便に済まそうとしてたのに!
もう私の拙い猫かぶりでは笑顔がキープ出来なそうなので、普通に表情を崩してチラッと後ろを見たら、なんだかさっき以上に青い顔をしたミリアちゃんと目があった。
あれ、さっきのミリアちゃんが言った訳じゃないよね?明らかに男の子の声だったし。
でもその直後、彼女の隣に並び立った男の子の姿を見てすぐにその理由がわかった。そこには、いかにも委員長然としてこちらを睨み付けているキール君の姿があったから。
「ちょっと貴方、今の物言い……私達に対して失礼ではなくて?」
「おや、君達の辞書に“失礼”と言う単語があるとは驚きだ。」
器用にメガネの片方のレンズだけを光らせたキール君は、『でもどうやら、僕の知る“礼節”と君達の中の礼儀は別物のようだね』なんて嫌味を『今日はいい天気ですね』位の軽いニュアンスで吐き出している。あぁっ、女の子達の怒りオーラに隣に立つミリアちゃんの方が気圧されている!!
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません、キールさん。すぐに立ち去りますから、ここは私の顔に免じて退いて頂けませんか?」
いや、正直たかだか私の顔にどれ程の力があるのかって話なんだけどね。本音で言っちゃうとこのセリフは中々に恥ずかしい。ドラマや漫画ではよく聞く言い回しだけど、現実では一度も聞いたことなんかなかったもんなー。
でも、一応身分のある今の私が言うのなら多少は効果があったようで。更に、如何にもな委員長タイプで礼儀を重んじる彼は、『フローラ様が謝る必要は全くございませんが』と言いつつ、渋々ながらも口を閉じてくれた。明らかにその事に安堵しているミリアちゃんの姿に、私もほっとした。
「ではフライ様、大変お待たせいたしました。急いで会議に参りましょう。」
「えぇ、そうですね。これ以上遅れると、向こうで待っているライト達に詳しい事情を話さなくてはいけなくなりそうですし。」
正に“鶴の一声”。フライがほんのわずかに困ってる感を出して呟いた『事情を話す』の一言で、今度こそ女の子達が一斉に退いた。
なるほど、これが名前だけで周りを従わせる王族の威厳……!
なんて考えつつも、壁際に避けてくれた子達や、教室に残っているクラスの子達に挨拶をしつつ歩き出す。じゃないと今度は私が皆の邪魔になっちゃうからね。
「ではフローラ様、フライ殿下、僕達も失礼致します。」
そうしてフライと並んで歩いていたら、私達より大分早歩きなキール君がフライの横を追い抜いていった。よっぽど早く帰りたかったんだね……。
そんな婚約者を一生懸命追いかけていくミリアちゃんが転んでしまわないか心配でそっちを見ていた私は、彼が一瞬足を止めてフライに何か囁いたことに気づかなかった。
~Ep.127 人は群れると強くなる~
『貴方も皇子だと仰るなら、自らを慕う者の管理くらいなされたらいかがですか?歴代最優秀の皇子様?』




