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Ep.126 この世界には……



  『“非常勤講師”のシステムはないんだろうなぁ……。』



  それは、私がクォーツにリボンをあげた日から一週間くらいたったある日のこと。ガーデンでバラの手入れをしてるときにレインから爆弾が落とされた。


「そう言えば魔法薬の先生、学院を辞められてご実家に帰られたんですって。」


「えぇっ!?あいたっ!」


  ビックリして思わずバラの茎を握ってしまった。あー、指にトゲが……。


「ちょっと、何やってるの!」


「きゃっ!?く、クォーツ……?どうしたの?」


  指先に出来た血の玉が少しずつ大きくなってくのを見てたら、後ろから両手を掴まれて立ち上がらされた。

  く、クォーツさん、どうされました?

  って言うか、クォーツついさっきまで私と反対側の花壇に居なかったっけ!?


「どうしたじゃないよ、血が出てるじゃないか!」


「だ、大丈夫だよ、何ヵ所かトゲが刺さっただけだから。」


  苦笑いしながら言えば、『大丈夫じゃないよ!』と怒られてしまう。そして、怪我をした方の手を掴まれたまま水道の方に引っ張って行かれてしまった。


  バラのトゲでの怪我は実は悪化すると大変なんだからと怒るクォーツの声に混じって、背中からレインの『片付けは任せてー!』という声が聞こえた。申し訳ない……。




「いつかそうなるかなとは思ってたけど……、クォーツ、わかりやすすぎるよ……。フローラ大丈夫かなぁ。」









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  結局、その後クォーツに念入りに手当てしてもらったまま教室に戻っちゃったのでレインにメガネ先生の件を聞きそびれてしまった。

  でも、今日一日過ごしてる間に似たような噂話をチラホラ聞いたので、どうやら本当の話みたい。夏休みまであと一月(ひとつき)もないのに、こんな半端な時期に辞めるなんて……。


「うーん、参ったなぁ……。うわっ!?」


「まさか、私のせいじゃ…………きゃっ!」


  考えながら手前の廊下を曲がった所で、誰かにぶつかりよろけてしまった。ぶつかった時にストライプ柄のネクタイが見えたので、相手が高等科の人なのがわかる。中等科の指定ネクタイはチェックだからね。


「もっ、申し訳ございません!考え事をしていて……。」


「こちらこそ、大変失礼致しました。お怪我は……って、あれ?フローラちゃ……、さん?」


「フェザー様!?」


  慌てて頭を下げて謝ってる途中に聞こえた、相手の驚く声に弾かれるように顔を上げれば。目に飛び込んできたのは、衝撃で乱れた深緑の髪をかき上げているフェザー皇子の姿だった。


「どうされたのですか?何故中等科に……?」


「いや、ちょっと訳あって校長室に呼ばれてね……。ーー……ここだと目立つから、場所を変えようか。」


「そ、そうですわね。じゃあ生徒会室……は、本日は先輩方が使ってますし、ガーデンはガラス張りで人目が……」


「大丈夫、場所は確保してあるんだ。行こうか。」


  オロオロする私を促してフェザー皇子が向かった場所は、屋上の中心にあるドーム……すなわち、天文台だった。

  鍵が掛かっているであろう古びた扉をノックすると、中から『どうぞ』と聞き覚えのある声が。


「やぁ、待たせたね。」


「いや、大丈夫だよ、兄さん。……あれ?」


「あ、やっぱりフライだ。えーと……ごきげんよう?」


  中に入れば、綺麗な蒼色のビロード地の椅子に腰かけていたフライが、私を見てほんの少し驚いた顔をしていた。……と、思う。薄暗いからハッキリしないけど。

  そして、挨拶はこんにちわともこんばんわともいえない時間帯なので『ごきげんよう』。これ、こう言うとき以外と便利かもしれない……。


「フローラ、そろそろ考え事は落ち着いた?それなら帰ってきてくれないかな、話が進まないから。」


「あっ、ごめんなさい。ところで、結局どうしてフェザーお兄様が中等科に?」


  すでに卒業した生徒が校長室に呼ばれるって、あんまり穏やかじゃない……よね?


  そう思って疑問をぶつければ、フェザー皇子は小さくため息をついて壁にもたれ掛かった。


「あはは……、実は、来週から急遽、中等科に講師として呼ばれることになりそうでね。」


「えぇっ!?」


  まだ高一なのに!?教師になる方向で進んでる人達でさえ、教育実習に入るのは高三に上がってからの筈なのに、何でまたそんなことに……?


「な、なんで急にそんな話になったんですか??」


「え、えーと……それは……」


「それは僕が答えるよ。例の魔法薬の先生が辞めさせられた件はもう聞いた?」


「う、うん、今朝聞いたけど……。でも、皆は“辞めた”って言ってたけど、もしかして実際は……」


「君の予想通りだよ。女生徒をいかがわしい目で見ていたことを誰かから学院側に報告されて、退職させられたようだね。」


  『あくまで“自主的な退職”としたのは、彼への僅かな情けだったんじゃない?』とフライがため息をついてるけど、そんな軽い話題じゃないよ!?それって、メガネ先生下手したらお先真っ暗だよね!!?


「そ、それって先週の……っ」


「別にフローラのせいじゃないよ。と言うか、いくら王族でも、たかだか一生徒にそこまでの力があると思う?」


「ーー……、思いません。」


  私の答えに『でしょう?』とだけ肩をすくめて、フライが視線で兄に話の続きを促す。

  私も流れでフェザー皇子の方に視線を向ければ、彼はなんだか疲れた顔をしていた。


「まぁそんなわけで、穴の空いてしまった魔法薬の授業を見てくれないかとお話が来た訳なんだ……。」


  死んだ目と乾いた笑いが痛々しいです、フェザーお兄様!!!


「それって、フェザーお兄様じゃなきゃ駄目なんですか?今後のことを考えれば、他の先生をきちんと探した方が……。」


「もちろん、夏休み明けには新たにちゃんとした講師の方がいらっしゃるとは思うよ。でも、今は……」


「夏休みまであと一月を切っている今の状況では、そうも出来ないのさ。」


「そうなんだよね……、今からじゃ到底“間に合わない”し……。」


  ……どうでもいいかもしれないけど、兄弟の掛け合いが息ぴったり過ぎてあんまり話に入れません。寂しい。

  ところで、“間に合わない”って、何が?


「この学院の講師になる条件は、一に実績、二に家柄、そして三が……」


「人間性の審査、だよね、兄さん。」


  フライの言葉に頷いて、フェザー皇子が胸ポケットから小さな手帳を取り出す。

  私達の生徒手帳に似てるけど、ベースが赤でも青でも、黄色でも緑でもない。黒地のそれには、金色の文字で“イノセント学院教員規定”と書かれていた。


「これ一冊、びっしり書き込まれた規定の九割を満たさない限り、正式な教員にはなれないんだ。」


「だから、審査だけでも二~三週間はかかる。更に、そこから手続きや引っ越しの期間が入ると最短でも一週間はかかる。だから……」


「そっか。今から新しい先生を探しても、見つかる前に夏休みになっちゃうのね!」

  

  私の答えに『フローラさん、正解』なんてフライが先生口調で笑う。わーい、当たったー!って、私特に何も考えてないけど。


「ーー……。」


「兄さん?どうかした?」


「え……?いいや、ただ、ずいぶんと仲良くなったなぁと思って。」


  ……?なんだろ、私がまたトリップしてた間に二人がなんだか小さな声で話してる。また疎外感が……。

  でも、スプリング兄弟は二人とも周りがよく見えてる人達なので、すぐに私が見てるのに気づいてこっちに向き直ってくれた。


「まぁそんなわけで、今から新しい講師を探すよりは、高等科から優秀な生徒を代理にたてた方が良い、と言う話になったようなんだ。」


「フェザーお兄様、魔法薬に詳しいんですか?」


「あぁ、まぁそれなりにね……。スプリングは植物の種類が豊富な分、いい薬草もたくさんあるから。」


  なるほど、そう言えば以前国にお邪魔したときにフライがそんなことを言ってたような。

  そして、ひとしきり事情を話したフェザー皇子は、『じゃあ、僕は色々支度があるから……』と、力なく笑って帰っていった。


  ので、フライと二人きりでこの場に残された訳なんだけど、何か気まずい……?さっきから、フライもフェザー皇子も何か雰囲気重かったし。


「フライ、フェザーお兄様の事なんだけど……」


「フローラ、さっきから気になってたんだけど、右手どうしたの?」


「えっ?あぁ、今朝バラのお手入れしてたらうっかりトゲで刺しちゃって……。」


  私が聞き終わる前に、フライが包帯の巻かれた私の右手を指差した。さっきからたまに視線を感じると思ったら、これを見てたのね。……うん、そりゃ見るよね。大袈裟なほど包帯グルグルだもん。


「バラで?気を付けなきゃ駄目じゃないか、ちゃんと消毒はした?」


「うん、クォーツが念入りに手当てしてくれたから大丈夫だと思う!」


「へぇ、クォーツが……?」

 

「そうなの。バラでの怪我って以外と危ないんだってね~。私そう言うの全然知らなくて、怒られちゃったよ。」


「怒られた?」


  心配要らないと伝えるために明るく話したのに、フライは笑顔を消してほんの数秒考えるような顔をした。

  でも、すぐに小さく息をついて笑顔に戻る。ルビー絡み以外でクォーツが怒ったなんてレアだから、驚いたのかな?


「……話はわかったよ。それじゃ、帰ろうか。」


「あ、私の鞄……。」


  椅子に置きっぱなしだった鞄を持って、フライが出やすいよう扉を開けてくれる。紳士だ。

  ……じゃなくて!


「フライ、自分で持つよ!」


「いいよ、寮まで運ぶ。利き手がそれじゃ、色々不便でしょ。」


  さすが皇子、なんと優しい気遣い……!

  いや、でも左手は使えるんだしやっぱ悪いよね。


  その後、さんざん粘って左でしか持たないからと鞄を取り返したのは、結局寮まであと五分の辺りでした。あら……?



   ~Ep.126 この世界には……~


  『“非常勤講師”のシステムはないんだろうなぁ……。』



  


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