Ep.125 モラルと教師と女生徒と
「おはようございます、フローラ様。」
「えぇ、ごきげんようミリアさん。ところで、何故教室に皆さんがいらっしゃらないのですか?」
クォーツと別れてから(って言うか逃げられてから?)、チャイムの鳴るギリギリで教室にたどり着けば、何故かそこには副委員長のミリアちゃんしか居なかった。
私がその事を不思議がっていると、綺麗なピンク色の瞳を細めたミリアちゃんが『先程連絡がございまして、一時間目は魔法薬の授業に変わりましたの』と微笑んだ。なるほど、じゃあ化学室に移動しなきゃだね。
「さぁ、参りましょうフローラ様。」
「えぇ、そうですわね。ミリアさん、もしかして待っていて下さいましたの?」
よく見るとミリアちゃんはとっくに授業に必要なものだけを持ってたので聞いてみたら、彼女は可愛らしくにっこりと笑った。
ミリアちゃんは中等科からの新入生でなんと!去年私と同じクラスで委員長をしてたキール君の婚約者なんだって。皆中一なのにもう婚約者決まってきてるんだ、早いなぁ。
それにしても、副委員長とは言えろくに話したこともない私が来るまで待ってて、しかも一緒に移動してくれるなんていい子だ……!キール君も面倒見良かったもんなぁ。二人は幼馴染みらしいし、似てくるものなのかな?
「あの……フローラ様、教室……過ぎちゃいますよ?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「フローラさん、遅かったですねー。」
「申し訳ございません、先生……。」
魔法薬の授業の先生は、華奢な感じで気弱そうな銀縁メガネ先生。レンズをキラリと光らせたメガネ先生は、正面から私の肩をガッシリつかんで『遅刻はいけませんよ』と優しく笑った。せ、先生、見た目に反して力が強いです!掴まれた肩が地味に痛い……。
「せ、先生、チャイムには間に合ったのですから、遅刻とは言えないのではありませんか?とりあえず、フローラ様の肩から手をお離し下さいませ。」
叱られてる私を見かねてミリアちゃんが横から声をかけてくれるけど、先生は『これも愛の鞭です』なんて言って更に強く私の肩を握る。せっ、先生痛いです!今なんか変な音しましたよ!?
「も、申し訳ございませんでした先生!次回からはこのようなことがないよう、肝に命じますわ。ですから、そろそろ肩を……」
「……チッ。これは失礼。ですが、今後は気を付けてくださいね。では、授業を始めます。」
『離してください』とまでは言えなかったけど、身をよじった私の仕草で意思は通じたみたいで。先生の骨ばった手がようやく離れていった。……今、何か舌打ちしませんでした?
「フローラ様、よろしければこちらへどうぞ。」
「まぁ、ありがとうございます、お邪魔しますわ。」
この授業は自由席なので慌てて空いてる席を探すと、3列目辺りに座ってた女の子達がその隣の空席を勧めてくれた。
そこにありがたく座ってから、何故だか前の方の列には男子しか座っていない事に気づいた。普段は女の子でもやる気がある子達は大体1~2列目に居るのに、何でだろ……?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「魔法薬の先生……?」
「あぁ、あのメガネの……。名前なんだっけ、影薄い人。」
「ライト、失礼だよ。確か……存在感が大変謙虚な先生だよね。」
フライ、それフォローするふりして思いっきり貶してるね!?
「で?そのメガネ先生がどうかしたの?」
放課後、生徒会室に丁度マリンちゃんを除く一年役員皆が集まって今日の授業についての話になったので、私も今朝の授業でのことをちょっと話してみた。
「うん、ちょっと朝ドタバタしちゃって遅刻ギリギリになっちゃったんだけど……そしたら肩をガッシリつかんで叱られちゃっ……」
「えぇっ!?」
「えっ!?」
「お、おい、急にどうした……?」
レインの問いかけに笑い混じりに答えたら、何故か勢いよく立ち上がったクォーツに言葉を遮られた。
いつにない謎行動に、それぞれクォーツの隣に座っていたレインとライトもポカンとしている。
「え、えーと……な、なんでもない。ちょっと、学院の教師としてはあるまじき事だから、驚いちゃって。」
恥ずかしそうに笑いながら座り直すクォーツの言葉に首を傾げると、私以外の面子が納得したように『あぁ……』と声を漏らす。えっ、どういうこと?
「確かに、教員が生徒に……しかも女性に触れるなんて。マナーに欠ける行為だね、それでなくとも、あの先生は色々後ろ暗い話が耳に入ってきているよ。」
「でも、今回のはお説教の一貫でのことだったんだし……。そんなにダメなことかな?」
「正直、良くないな。いくらここが“学院”という一つの自治区であっても、生徒達はほぼ貴族の子息や子女だ。教員の方々もそれなりの家の出から選ばれているのだから、貴族間での最低限のルール位は控えてもらわないと困る。」
「貴族間でのルール……。」
「フローラ、そんな難しい話してないから混乱しないで大丈夫よ。様は、まだ未婚の貴族子女に独身男性が馴れ馴れしく身体に触れるなんてあってはならないってだけだから。」
「あ、そっか。」
この世界では、現代の学校と違って先生と生徒の恋は違法じゃない。この学院の先生方は、ライトが言った通りそこそこ名があるお家の人……、様はここの卒業生がほとんど。そして、生徒達はマリンちゃんや、高等科のソフィアさんみたいな例外を除けばみーんな貴族さんたちなのだ。
そして、この世界では結婚に置いて、まず何よりも身分の釣り合いに重きが置かれてるので、釣り合いさえとれるなら先生×生徒も全然有り!……な、訳なんだけど。そう言われてみれば、二十歳越した先生が中一の身体ベタベタ触るのは……モラル的によろしくないかもしれない。
私はそんな触られてないけども、どうやらフライの話では他の女生徒達も似たようなことされてるみたいだし。あ、そっか。
「だから皆後ろの方座ってたのか……。」
私が思わず呟くと、それに対してレインが『なんの話?』と反応してくれたので、授業の時に女の子達が皆後ろの方の席に座っていたことを話す。レインのクラスは、先生が一人しか居ない都合で魔法薬の授業が後期からなんだよね。だから、先生の顔についてもイマイチ、ピンと来てない所があるみたいだ。
そんな私達の会話に、なんだか固い表情をしたクォーツが『そのあとは、大丈夫だった……?』と心配してくれる。
そのあとは普通に授業をして終わったし、大丈夫だったよと笑えば、今度はそっけなく『そう。』とだけ返ってきた。
「……?クォーツ、なんか機嫌悪いな。どうしたよ。」
「えっ……?いやだな、何でもないってば。」
「……、まぁ、まだ疲れてるんじゃないかな。昨日は色々あったからね。出来れば先に返してあげたいけど、仕事を片そうにもまず一人足りなくて、始められないし……。」
『要らない時にはすぐ来るくせにね、噂してから来るかな?』なんてフライが毒混じりにニッコリ笑った所で、
「すみません、遅くなりました!」
元気よく扉を開いて、本当にマリンちゃんが現れた。フライすごいや、預言者みたい。
「大丈夫ですよ、皆さんでお喋りしていただけですから。マリンさん、お紅茶はいかがです?」
「あ、頂きます!」
駆け足で来たのかちょっと汗をかいてるマリンちゃん。今日は暑いから爽やかなアイスレモンティーとかがいいかな。えーと、レモンの輪切りは……っと。
「ところで、皆さん何のお話をされてたんですか?」
「さぁ……、とるに足らない下らないことだったから忘れてしまったよ。」
「さて、会議を始めようか。」
「…………そうだね、僕は先にお茶のおかわりを頂こうかな。」
「……?魔法薬の先生についてフローラ様からお話を聞いていたんです。後期から私達も授業がありますから。」
「まぁ、そうでしたか……。後で私も詳しく聞きたいです、そのメガネ先生について……ね。」
~Ep.125 モラルと教師と女生徒と~
『ところでクォーツ、そのリボン……フローラのじゃないのか?』
『え?あ、あぁ、今朝髪が跳ねてたからってくれたんだ。』
『なるほど、だから今日はフローラが髪になにもしてなかったんだな。あ……、結び目緩んでるぞ。』
『ーっ!?ちょっと、触らないでよ!』
『え!?』
『あ、ご、ごめん。でも、自分で直すから……あはは。』
『あ、あぁ。でもそんな怒らなくても……。』
『……まぁ、クォーツの気持ちはわからないでもないよ。』
『ーっっ!?』
『ライト力強いからね、正直君に髪を結ばれるのは僕もご遠慮したいかな。』
『なんだと!?』
『そ、そうだね……あはは。今日は嫌に疲れたなぁ……早く帰って寝よう。』




