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Ep.124 風邪は引きはじめが肝心

「ちょっと、一体どう言うことよ!!」


  主人である少女が叩きつけるように投げてきたグラスを軽くかわし、男は涼しげな顔で『申し訳ございません』と頭を下げる。

  しかし、それは少女の怒りを余計増長させるに過ぎなかった。


「貴方の言う通りにクォーツ皇子の騎士教育の低成績を広めて孤立させたってのに、どうして私のところに来ないのよ!寮までは来たって言ってたじゃない!!」


「落ち着いてください、お嬢様。クォーツ様は、ご学友であられるフローラ様方がお迎えに参りましたのでお帰りになられたのでございます。」


「なんですって!?」


「お嬢様、ランプは燃料が入っていて危険でございます故、投げるならば花瓶かグラスになさいませ。」


  グラスや花瓶に次いで、火はついていないとは言えランプさえ投げるその姿にはある種の狂気さえ感じられるが、そんな主人の様子を男は気にも止めない。

  男は彼女に使えて早三年。少女の暴走にも既にすっかり慣れきって、なだめる気すら起きないようであった。


「何でよりによってフローラなの!あの女は悪役なの、皇子達からは嫌われてるはずなのよ!!一体どうなってるの!?」


「お嬢様のご指示通りにフローラ姫の動向は小まめに観察しておりますが、どうやら殿下方は彼女に巧く取り入られているようでございます。」


  男の言葉にあからさまに眉間にシワを寄せつつ、少女は暴れ疲れた体をソファに預け『どういう意味よ』と舌打ちをする。

  とても行儀がよいとは言えないが、男と少女しか居ないこの場にて、彼女を注意する者は無い。唯一彼女に意見ができるであろう男は、そんな態度には欠片も関心を見せず、先程自らが見届けた一幕を簡易的に説明した。

  その上で、自らの見解を淡々と付け足していく。


「私の調べによると、クォーツ様は幼少期よりライト殿下とフライ様に魔力、武術、学力共に差をつけられて居たようでございます。温厚な方ですのでそれを表に出してはおられなかったのでしょうが、その分心中は余計に穏やかでは無かったことでしょう。」


「それはもう聞いたわよ。だからこそ、孤立させた上で周りに然り気無く劣等感を煽らせたんじゃない。第一、それが貴方の作戦だったんでしょ!言う通りにしたのに、どうして失敗したのかって聞いてるの!!」


「それは、お嬢様が後手に回ってしまったからにございます。」


「はぁ?ワケわかんない、じゃあ私はどうすればよかったわけ?」


「人間、心や体が弱っている時の優しい言葉には弱いものです。ですから、私の策としては、あと少しクォーツ様を追い詰め誰も信じられないほどにした上で、お嬢様に彼の唯一の拠り所となって頂くはずだったのでございますが……。今回は、そこまで行く前にフローラ様、ライト殿下、フライ様がクォーツ様を立ち直らせてしまったのでございます。」


  『彼女はどうやら、殿下方のお心に付け入るのがお上手なようで』と続ける男の言葉に、少女は『あの女……!』と忌々しげに歯を鳴らす。


「どうやら、フローラ様は確かにお嬢様と殿下方に取っての障害であられるようです。なので、ただ引き離すだけでは今後もまた邪魔立てされる恐れがございます。」


  『なので、次はまずフローラ様と、お嬢様がお望みの皇子様を仲違いさせてから接触してはいかがでしょう?』と、一枚の羊皮紙を恭しく差し出す。


「これは……、悪くないわね。血筋のなかでも歴代最優秀の皇子なら、私の相手としてまぁ合格だわ。ねぇ、そう思わない?」


「お嬢様の仰るとおりでございます。彼ならば、クォーツ様以上にお嬢様に相応しいかと。」


「そうよね!大体、あんな地味な男に華やかな私は勿体無かったのよ!よし、次はフライ皇子をターゲットにするわ。準備を進めて頂戴!!」


「かしこまりました、マリンお嬢様……。」









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふぁぁ……、月曜日は眠いね~ブラン。」


「フローラが昨日遅くまでお喋りなんかしてるからでしょー……。」


  肩にかけた鞄から顔を出したブランが、ため息混じりにあくびを噛み殺す。ごめんね付き合わせて……、だって、昨日は色々ありすぎて誰かに話聞いてほしかったんだもん。

  

  ご機嫌取りにブランの眉間辺りを指で優しくこちょこちょしてると、フサフサの耳が急にピンと立った。

  それからちょっとして、後ろから誰かが駆け寄ってくる足音が。ブランが聞き取ったのはこれかぁ、流石は猫、耳がいいね。


「フローラ、おはよう!」


「おはようございます、クォーツ様。……息がちょっと上がってるけど、走ってきたの?」


  まだ登校時間には大分早いから、そんなに慌てること無いのに。挨拶だけは周りに聞かれても大丈夫なように普通にしてから小声で聞いたら、クォーツは何故かちょっと赤くなった顔で『あ、いや、この時間なら急げば追い付くかなと思って……』と言いつつ俯いた。苦しそうだけど大丈夫?

  ちょっと息を弾ませたクォーツが落ち着くまでちょっと速度を落としながら、他の人の邪魔にならないように道の端に寄る。


「あ……、クォーツ、ちょっと待って。」


「え?」


  その時、隣に立ったクォーツの後ろ髪の一部が変な方向に跳ねてることに気づいた。貴族って身嗜みとか厳しいし、クォーツの身分的にこれは直してから学校行った方が良いよね。


  そう思って小声で『跳ねてるよ』と言えば、クォーツはそこを触って確かめてから然り気無く指でならした。

  でも、クォーツの髪は結構太めな上に癖っ毛なのですぐにまたピョコンと飛び出てしまう。わかるよ~、髪の太さって意外と重要だよね。

  でも、流石に今から寮に戻って直す時間は無いし……、うん。縛っちゃった方が早いかな?


「クォーツ、それ結んじゃった方が早いかも。」


「そうだね……、でも、僕はフライみたいに髪留めとか持ってないからなぁ。」


  恥ずかしそうにはにかむクォーツだけど、片手はまだ癖のところを押さえたままだ。これじゃ流石に大変だよねぇ。

  

「髪留めか……、あ、これで良い?」


  そうだ、そう言えば着けてるじゃん、私。

  カチューシャみたいに頭のてっぺんに着けてたオレンジのリボンをほどいて差し出すと、クォーツは一瞬呆けてから『それは流石に悪いよ』と突っ返してきた。


「でも、そのままじゃ教室行けないよ?」


「だ、大丈夫だよ。ちゃんと直してから行くから……。」


「でも、もう少しでチャイム鳴っちゃうし。それとも、クォーツってリボンとかに抵抗ある?」


  ここの生徒たちは皆貴族だから、男性でも長い髪をリボンや髪留めで結んでる人が結構居るから大丈夫かなと思ってたんだけど……。嫌がってるなら無理強いはしない方が良いよね。


  でも、私のその問いにクォーツは慌てて首を振った。


「そんな事無いよ!うん、そこは全然気にならないんだけど、ほら、フローラの髪留めが無くなっちゃうし……。」


「私なら大丈夫だよ、ただ飾りで着けてただけだもん。」


  それに、今の私の髪質はまとまりがいいから下ろしてても大丈夫なのだ!長いと重さでよりまとまりやすいって言うしね。実際、今も広がったりしないでちゃんと整ってる……と、思う。

  まぁ何にせよ、嫌がってないなら結んじゃいましょう!


「じゃあ、結ぶね。背中側でひとまとめでいい?」


「え!?う、うん、ありがとう……。」


  背中側に回って、手櫛ですきながらクォーツの髪をまとめて、最後にリボンで蝶々結び。うん、茶髪にリボンのオレンジが映えていい感じ!


「これでよし……と。痛くない?」


「大丈夫だよ、ありがと……うわっ!痛っ……!」


「えっ!?だ、大丈夫!?」


  結ばれた髪を確かめようとしたのか、それとも単に私の方を見たのかわからないけど、一旦首をひねってこっちを向いたクォーツは、私と目が合うなり勢いよく飛び退いた。

  そのせいで、勢い余って背中から近くの木にぶつかってうずくまる。急にどうしたの!?


「クォーツ、どうしたの?何か今日変だよ?」


「うん、自分でもそう思う……。本当どうしちゃったんだろ、動悸はするし、身体は何となくだけど熱いし…………。」


「うーん、気が緩んで疲れが出ちゃったのかな。顔も赤いし、風邪かもしれないね。」


  その後、熱がないか確かめようとおでこに手を伸ばしたら、何故か『大丈夫だから!』と叫んだクォーツに逃げられてしまいました。

  横顔でもわかるくらい真っ赤だったけど、無理しないでちゃんと熱測った方がいいよー……。


   ~Ep.124 風邪は引きはじめが肝心~


『ねぇ、フローラ。』


『ん?ブラン、どうかした?』


『昨日、クォーツ皇子と何かあった?』


『え?別に何もないよ?強いて言えば皆と仲直りしたくらいで。』


『……あっそ、なら良いけど。ところで、急がなくていいの?遅刻するよ。』


『ーっ!!!そ、それを先に言ってよーっ!』


  結果、ギリギリ間に合いました。



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