Ep.123.5 花は静かに育ち行く(クォーツside)
『花開くまで、あと僅か……。』
「お兄様!!!」
「ルビー!あっ……。」
ライトとフライの先導に従って、てっきりそのまま寮に帰るのかと思ったら、何故か連れていかれたのは初等科の校舎だった。卒業前、いつも皆で集まってご飯を食べたり、お茶をしながら笑いあっていた中庭のガラステーブル。
そこに四人で近付けば、こちらが見えるようにして座っていたルビーが一目散に僕に抱きついてくる。
久しぶりの可愛い妹の姿に癒されつつも、然り気無く離されたフローラの手に何故だか声を漏らしてしまった。
可愛い可愛い妹は、そんな僕とフローラを見比べて『お兄様……!』と何故か元々輝いていた瞳を更に輝かせる。どうした、妹よ。
「レインお待たせ~。」
「ううん、大丈夫だよ。でも、あんまり遅いからお茶菓子は食べきっちゃったなー。」
「えぇっ!?そんなぁ……!」
ルビーの髪を指ですくように優しく撫でながら聞き耳を立てれば、謝罪の言葉にイタズラっぽく笑いながらレインがフローラにそう答えていた。
「あんなにいっぱい焼いといたのに~っ!食いしん坊すぎるよ……。」
フローラはと言うと、わずかだけど解けたバニラアイスとチョコレートソースが付いたお皿を握りしめてあからさまに肩を落としていた。どうやら、僕を迎えに来てから皆でお茶をしようと前々から計画していたのに、帰りが遅くなったせいで用意していたケーキ(お皿の様子と彼女のリアクションからして、フォンダンショコラか何かかな?)を二人に食べきられてしまったらしい。
全く、さっき僕らを庇うように彼に対峙していた時はまるで女性騎士みたいに凛々しかったのに、今は……
「可愛いなぁ、もう……。」
「ーっ!!!」
まるでエサを取り上げられた仔犬みたいに落ち込むフローラに、ライトが『代わりを用意してやるから』なんて声をかけて。
「そうだ、確か新メニューでチョコレート系のムースが出たらしいぞ。それなら、厨房に声かければもらえるんじゃないか?」
「本当!?ライト、ありがとう!!」
「いや、まだ確実じゃないからそんなに期待はしないでくれよ……。」
代用案に途端に笑顔になったフローラの頭を、ライトが苦笑混じりでポンポンと叩く。
それを見てたら、なんだか妙に心の中がざわついて……
「じゃあ、僕らの分のお茶とケーキを頂きにいこうか?ねぇ、クォーツ。」
「ーっ!」
折角悩みがひとつ晴れて軽くなった筈の心がまたごちゃごちゃした感情に呑まれそうになった所で、フライにそう声を掛けられて。
いつもみたいな探り笑顔じゃなく、ライトやフローラに向ける小さな苦笑いをした彼に僕も微笑み返しつつ、二人でお姫様のケーキを求めに向かうのだった。
「フライお兄様ったら、余計なことを……!」
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久しぶりに皆で下らない話をして、お茶をして、お菓子も食べて。(お茶菓子はフローラが作ったのじゃなかったけど。)
楽しい一時はあっという間に過ぎ去り、何故か僕はルビーと一緒に先に帰らされた。皆は使った場所の片付けをしてから帰るらしい。
本来は貴族なら、そういったことは全て執事やメイドに任せてしまうものだけど、フローラに限ってはそうじゃないみたいだ。
彼女は昔から、『自分のことは自分でやる』精神がとても身に付いているみたいだから。お姉さん気質って言うのかな……。
でも、かと思えばさっきのケーキの下りみたいに年相応どころか幼さを感じる時もあるし……。まぁ、そのクルクル変わる表情もまた見てて飽きないんだけど。
「……お兄様、フローラお姉様の事を考えていらっしゃるのですか?」
「えっ……!?い、いや、そんなことは……。」
不意に繋いでいた手をギュッと強めに握り直して、ルビーが小さく呟いた。
僕は、図星を刺されたことと可愛い妹を放置してぼんやりしてしまったことに焦って、上手く言葉が出てこない。
しかし、そんなあわてふためく僕を見上げる妹の顔は、今までにないほど穏やかで優しい笑みを浮かべていた。
そして、僕と繋いでいた手をそっと離して数歩距離を取る。
「ルビー……?急にどうしたんだい?」
「今……、私が手を離したこと、お兄様はどう思いました?」
「え?どうって、だから、急にどうしたの?」
そんなこと聞かれても、妹の奇妙な行動に疑問しか浮かびませんが?
ただただ首を傾げるしかない僕に、妹は微笑みながらもため息をついた。
「予想はしていましたけど、鈍いですわね……。良いですわ、分かりやすく申し上げます。先程、フローラお姉様に手を離された時と比べていかがでしたか?」
「えぇ……!?」
正直訳がわからないけど、ルビーにそう言われてしまっては考えないわけにいかなくて。
さっきのフローラの小さな手が、温もりが離れていったその瞬間を思い返す。あのとき、僕は……
「ーー……っ!?」
自らの手を見つめながら思いを馳せれば、何故だか急に胸の奥が痺れるように痛んで。眺めていたその手のひらで、服の上からそこを強く押さえつけた。
それでも痛みは治まらず、寧ろ鼓動が早くなるにつれて悪化していくような気さえして、解放感溢れる外にいるのに息が詰まって仕方がない。
僕は、一体どうしてしまったのだろうか?
「……まぁ、本日はここまでにいたしましょうか。私は先に寮に戻ります。お兄様は、フローラお姉様達とお帰りになってくださいませ。」
「えっ!?ちょっと、ルビー!?寮まで送るよ!」
「お気遣いは無用ですわ、私だって日々成長しておりますのよ。それより、お兄様は一度ご自身のお気持ちとしっかり向き合って下さいませ!」
『私からの宿題ですわ!』なんて、姫としてはなんとも言えないような顔で不適に笑いながら、妹は本当に先に帰っていってしまった。
「え、えぇ~……?僕の立場は……?」
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「あれ?クォーツ、ルビーと帰ったんじゃなかったの?」
「なんだよ、せっかく人が気を効かせたのに……。」
「ルビーに置いていかれた?」
「ちょっと三人とも、そんな一度に話したらクォーツ……が困ってしまうわ。」
遠慮の欠片もなくいつもの流れで問いただしてくる三人を、まだ不馴れな感じで僕を呼び捨てにするレインが諌めてくれる。一緒に生徒会役員になってようやく対等な立場になったけど、まだ馴れないみたいでちょっと寂しい……。って、そうじゃなくて。
「訳のわからない宿題を出して先に帰っちゃったんだ……。僕も皆と一緒に帰れってさ。」
「はぁ?宿題ってなんだよ?」
ライトが不思議そうに聞いてくるけど、僕にもわからないので苦笑いしか返せない。
「まぁいいじゃない。じゃあ、ルビーのお言葉に甘えて皆で帰ろっか!」
「……!うん、そうだね。」
ちょっと微妙になった空気にまるで動じず笑ったフローラに、僕らも思わず釣られて笑い出す。
茜色の空に響く笑い声と一緒に、胸の痛みも優しく溶けていった。
~Ep.123.5 花は静かに育ち行く(クォーツside)~
『花開くまで、あと僅か……。』




