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Ep.122 代用品


  『わかってたんだ、僕の代わりは、いくらでも居ると。』





  いつにも増していい笑顔のフライに先導されてたどり着いたそこは、校内の森を切り開いて新たに建てられたとわかる、ピッカピカの特待生寮だった。

  白塗りされた壁に青い屋根が映えて、絵本の中に出てきそう。可愛いなぁ。建物自体の大きさも、他の寮より小さめだしね。


「特待生だけの寮なんてあったんだね、知らなかった。」


  そんな事を思いながらフライとライトの方を見ると、ライトは私から目を逸らして頭をかき、フライはその笑みを一層深くした。


  な、何?


「……さぁ、さっさとクォーツを連れ戻しに行くぞ。」


「そうだね。何を吹き込まれているかわかったものじゃないし。」


「まっ、待って!置いてかないで!!」


  慌てて追いかけて入ったその中は、外観を裏切らずとてもお洒落だった。壁が白って言うのが、鮮やかな青や金の家具を引き立ててると思うん……


「フローラ、よそ見してるとはぐれるよ。」


「あ、ごめん!」


  キョロキョロしながら歩いていたら、前を歩くフライに注意された。ごめんなさい、気を付けます。


「ところで、人が全然居ないね?」


「あぁ、それはね……」


「皆……?」


  フライが振り返って口を開いたところで、不意に上から降ってくる弱々しい声。

  その声に意識を掬い上げられるように、開けたリビングの真ん中に繋がる階段の先を見上げる。


「ーっ!心底困った奴だが、情報は確かだったみたいだな。」


「……何だ、部屋の位置まで調べること無かったね。」


「クォーツ!良かった、会えて……。」


「……っ!」


  シャンデリアの乱反射する光の中に立つクォーツの姿は、目をそらした隙に一瞬で消えてしまいそうで。

  その言い様のない不安にかられて駆け寄れば、クォーツは困ったように微笑みながらほんの少し体を退いた。


  まるで……何かに怯えるみたいに。


「……おい、どうした?」


「ーー……。」


  そんなクォーツの細やかだけど確かな拒絶に怯んでいると、異変を察知した二人もこちらに上がってくる。

  困惑しつつも着実に近づいてくる二人の姿に、またクォーツの体が僅かに後ろに下がる。と、その直後、彼の体が大きく後ろに傾いた。


「えっ……!?」


「クォーツ!!」


「ーっ!馬鹿っ、危ない!!」


「クォーツ、手すりを掴んで!」


  クォーツが落ちそうになっているのと反対側の階段をかけ上がりながら叫んだフライの言葉に反応して伸ばされたその手は、虚しくも手すりには届かず宙を切った。


「……っ!」


「フローラ!?」


  私は自分の片手でしっかり手すりを掴んで、もう片方の手と身体を使ってクォーツの身体を落ちないように支えた。

  これぞ火事場の馬鹿力と言うのか、とにかく何とかクォーツを助けることには成功したんだけど……。


「く、クォーツ、細身の割に重いのね……。」


「え!?ご、ごめん……?」


  まだ体勢を崩したままの彼を必死に離さないように手に力を込めながら呟いた言葉に、ポカンとした顔のクォーツから謝罪が返ってくる。

  それと同時に、後ろから『謝ってる場合か!』と、言うライトの怒鳴り声もした。どうやらここまで上がってきたようだ。振り向けないから確認は出来ないけど……。


「おやおや、いけませんね。一国の皇子ともあろうお方がこのように不注意では。」


「……!」


「きゃっ!」


  ようやく上がってきた二人がクォーツを引っ張りあげようとするより前に、突然現れた男の人が後ろから彼を支えて体勢を立て直させる。

  それによって引っ張られていた力が急に無くなった私は、反動で後ろにすっ転んだ。電車の急ブレーキとかの原理だね……。


「おいおい、大丈夫かよ……。」


「フローラ、立てる?」


「うん、一人で大丈夫!それより……」


「あぁ。大変失礼だが、どちら様で?」


  声をかけてくれつつ私より前に出た二人が、クォーツと私達の間を隔てるように立つ男性を睨み付ける。いや、フライはいつも通り笑顔なんだけど、雰囲気が冷たい。


  まだ中学生ながら大人でも気圧されそうな鋭い雰囲気を放つ二人。後ろから見てもはっきり感じるそれを向けられても、男性はにこやかに笑うだけだった。

  なんか、嫌な感じ……。


「クォーツ様、お怪我はございませんか?」


「え、あ、あぁ……、大丈夫です。」


  明らかに聞こえているはずの質問を聞き流してクォーツにそう話しかけた男性に、ライトがあからさまにムッとした表情になった。

  その様子を見ながら体勢を立て直していると、目の前の男性になんだか見覚えがあることに気づく。


「貴方……、もしかしてマリンさんの専属執事の方では?」


  私が思わず口に出してしまった言葉に皇子達三人は驚いたようにこちらを見て、片や男性は驚きもせずに『ほぅ……。』と自身のあごに片手を添えた。


「かの有名なミストラルの姫君に覚えていて頂けるとは、光栄でございます。」


「え……?」


  わ、私……そんなに知名度高いの?最近は、初等科の頃に色々出た噂は、大分下火になってきたと思ってたんだけどな。


「あの、それって……」


「今年の新入生の中でも一、二を争うほど有名な少女の付き人なら、印象に残っていても不思議は無いだろうね。」


「フライ様……?」


  そんなことを思いながら立ち上がって前に出ようとすれば、フライが然り気無く私の前に立ち位置をずらしてそれを制する。


「…………左様でございますか。我が主をお褒め頂き、恐悦至極にございます。」


  人の良さそうな、それでいてどこか胡散臭い笑みはそのままに呟かれたその言葉に、ライトがこっそりと『いや、褒めてないし……』なんて呟いた。ライト、イライラのあまり素が出てるよ、抑えて!!

  そんな思いを込めた私の視線を受けて、ライトもハッとしたように頷いてから口をつぐんだ。

  そして、気を落ち着けるように一旦強く(まぶた)を閉じてから、その深紅の瞳でしっかりと男性を見据える。

  私も二人の間から彼を見ているので、目の前の男性は三人分の視線を一心に受けていることになるけれど、その人はまるで動じず笑顔なままだった。むしろ、そのスラリとした身体に遮られるようにして私達の様子を伺っているクォーツの方が、ずっと不安そうな顔をしている。


「……クォーツ様、帰りましょう。」


「え……っ?」


  その周り全部に怯える姿を見ていたら、なんだか“かつての私”を見ているようで。気づけば、そんな彼に駆け寄ってその手を掴んでいた。

  私が両手で包み込んだクォーツの手が、それを拒絶するように一瞬強張ったけど……、それでも、離さない。





  どれくらい、手を掴んだまま見つめあっていたのか。

  張り詰めたような沈黙の中、最初に口を開いたのは。


「困りますねぇ、いくらお姫様と言えど、あまり身勝手な事をされては。」


  事の成り行きを何の感情も見えない目で見ていたマリンちゃんの執事さんだった。

  白い手袋に被われたその手が私とクォーツに伸ばされるのと同時に、ライトとフライが私達の前にその身体を滑り込ませる。庇ってくれるような二人の姿に、身体からふっと力が抜けた。

  ……私も、きっと、クォーツも。


  そんな中、私達より前に立ち並んでいたライトとフライが、一瞬だけ目を見合わせる。そして、フライがなにも言わずに一歩下がった。


「身勝手とはなんだ。先程から、言動に少なからず無礼が目立つぞ。他国に対し我が国の恥となるような言動は、控えてもらおうか。」


  フライが下がったことで必然的に最前線に立つ形になったライトが、いつもより低めの声でハッキリと言い放つ。その言葉の内容に、今朝のエドガー君の姿が一瞬浮かんだのは内緒にしておこう。


「これはこれは、大変失礼致しました。何分、元が卑しい生まれでございますので。どうかお許しください、ライト殿下、フローラ様。」


「ーー……。」


「えっ?えぇ、それは構いませんわ。然程気にしておりませんし。それよりも……、私達はもうそろそろおいとましてもよろしいかしら?」


  いつの間にか口調から敬語が抜けたライトにならってちょっと高圧的に言いながら、“私達”の部分をしっかり強調する。

  繋いだままのクォーツの手には、もう拒絶の色は見えなかった。


「……あいにくですが、そうはいかないのです。クォーツ様は、本日は我が主との先約がございます故。」


  さっきまでの笑顔から一転、心底困ったような顔をしたその人が『マリン様は今もお部屋でクォーツ様をお待ちなのですよ?』と首を傾いだ。

  その言葉にクォーツの肩がビクリと反応を示し、私達もたじろいでしまう。


  まだ子供とは言え、王家の人間が無闇に約束を破ったなんてなったら下に示しが付かない。せめて、クォーツを連れ出す正当な理由があってくれればまた話は違ってくるけれど、別段用があると言う訳じゃないからそうもいかなかった。

  私達に使える言い訳と言ったら生徒会絡み位なものだけど、マリンちゃんも役員である以上これも使えないし……。


  考えれば考えるほど頭が混乱してくる中、嫌味なほど申し訳なさそうな顔のその人は静かにこう続けた。


「どうやら皆様もクォーツ様にご用があられた様ですが、今日のところはお引き取り願えませんでしょうか?」


  『このまま彼を連れていかれては、私も主にお叱りを受けてしまいます』と、そんな風に言われてしまっては、こちらも二の句が告げなくて。


「皆、ごめんね。先に帰っていてくれるかな……。」


「クォーツ様……!」


  反論の一手を考える間もなく、クォーツの手が私から離れていったのに、皆、何も言えない。

  でも、その様子に満足げに呟かれた次の一言で、三人同時にクォーツを引き留めることとなった。


「何のご用にせよ、ライト殿下とフライ様がいらっしゃれば十分な“代用品(かわり)”となりましょう。」








    ~Ep.122 代用品~


  『わかってたんだ、僕の代わりは、いくらでも居ると。』




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