Ep. 116 子供な大人
『私が子供に見られるのは、きっとこの学習能力の無さのせいだ……!』
さて、中等科に上がってから早一ヶ月が過ぎました。
ここ一月は、まず中等科での学園生活のルールを学んだり、もうすぐ正式に社交界デビューする貴族の子息や令嬢たちの顔合わせ目的で、一年生は皆ほぼ一緒のカリキュラムで過ごしてたんだけど……それは昨日で終わりだ。
中等科からは男子生徒にはもれなく“騎士教育”と言うことで魔術及び剣術をはじめとした武術を学ぶ実技授業があるから、女子とはスケジュールが大分変わってきちゃうらしいんだよね。
だから今日からは、午前中はクラス全員で共通の座学。午後は男子は騎士の実戦教育、女子は礼儀作法を更に深めるための淑女教育を受けるのです。
「……と、言うわけで、明日からはお昼も一緒に食べられないかも知れないんだよね。」
「え?あぁ、そうか。俺たちの方が午後の開始時刻が早いからな。今日は初回だからまだ甘いが……。」
「そうだね、まぁ始まってみないとまだなんとも言えないけれど。」
「騎士教育と一言に言っても、何をするのかいまいちわからないもんねー。」
「私たちの淑女教育も、一体何をするのか……。フローラは何か聞いてる?」
「私もよくわからないけど、今朝部屋を出るときにハイネから『姫様は是非みっちりと淑女教育を受けてくださいませ』って言われたよ?」
私の返事に、レインは小さく吹き出してから『何となくわかった気がするわ』なんて呟いた。……ねぇレインちゃん、今の含み笑いは何?
「ま、やってみりゃわかるさ。じゃ、俺等はもう行くから。」
「えっ、もう行っちゃうの?」
と、そんな中おもむろに立ち上がったライト達が、荷物を持ちつつ眉をひそめる。
そして、『だってモタモタしてるとまたアイツが……』とライトが肩を落とした瞬間。私達がほぼ貸しきっていたテラスの丸テーブルに向けて『ライト様、皆様も!!」と可愛らしい声が飛んできた。
「遅かったか……!」
「ーー……。」
「や、やぁマリンさん、ごきげんよう。」
明るいピンク色のスカートを揺らしながらこっちに寄ってくるマリンちゃんを見てライトは目元を片手で覆い、フライは無言で静かな微笑みを浮かべ、クォーツはちょっとひきつった笑顔で挨拶を口にした。リアクションも三者三様だねぇ。
私とレインも笑ってマリンちゃんに挨拶すれば、マリンちゃんもこっちに向き直って元気に挨拶を返してくれた。
中等科に入ってからと言うもの、マリンちゃんはこうして一日に一回は私達全員に挨拶をしに来てくれる。
「今日から別々の授業ですね!皆さんはどんなことをするのか聞いてますか?」
背中に花でも飛んでそうな可愛い笑顔を浮かべたマリンちゃんは、元気一杯に喋りながらちょうど立ち上がろうとしていたクォーツの横に行った。
「え!?えーと……?」
「知らないな、そんなもの、実際にやってみればわかる話だ。早く行くぞ。」
「あぁ、そうだね。初回は何があるかわからないから、早めに行動しておくに限るよ。」
でも、たじろぐクォーツが答える前にライトがばっさり会話を切って歩き出す。
フライが行く前に『クォーツ、行くよ』と呼んだので、クォーツもマリンちゃんに小さく謝罪の言葉を述べてから慌ててそれについていった。
ライトが話を終わらせ、フライが立ち去るのが苦手なクォーツを呼んで、クォーツが非礼を詫びて去っていく。うーん、最早ここ数日の名物と言えるやりとりだけど、いつ見ても見事な連携だ。さすが親友……。
「皆さん、行ってしまいましたね。」
「え?えぇ、そうですわね。騎士クラスは規則が厳しくなるそうですから、何かと大変なのでしょう。ね、レインさん。」
「そうですわね、フローラ様。では、私達もそろそろ参りましょうか?」
そんな三人の背中が完全に見えなくなってから、マリンちゃんがちょっと困ったような笑顔で私たちの方を見た。それにこちらも笑顔で返し、音を立てないよう優雅に立ち上がる。これでも一応王族貴族ですから、みっともない姿は晒せないのです。
「マリンさんもご一緒しませんか?確か、2クラス合同ですよね?」
そう言えば、私のクラスはマリンちゃんのクラスと一緒に授業を受けるんだったと思い出してそう誘ってみたけど、彼女は遠慮してるのか『いいえ、私は一人で行きますから大丈夫です』と苦笑した。
マリンちゃんは私達が誘ってもいつも一緒には来ないので、あんまり無理に誘うのも良くないかなと思ってここは引き下がっておこう。
「それでは、お先に失礼しますわね。ごきげんよう。」
嫌味にならないように気を付けつつ膝を折ってから、レインと二人で午後の授業の特別教室へ向かう。
人通りの少ない廊下まで来た辺りで、私はふとレインにクラスでのマリンちゃんの様子を聞いてみた。確か、同じクラスだったよね?
「あー、多くはないけど友達は居るみたいだよ。教室でも、いつも誰かしら一緒に居るわ。」
『ただ、女の子より男の子と居ることが多いかなぁ』と呟きながら首を捻るレインだけど、それは仕方ない。マリンちゃんはヒロインですから、そりゃモテる魅力があるのでしょう。でも、ヒロイン的なモテ要素って具体的にはどんなの?
「まぁ今はそれでもいいんだけど、そろそろ私達も婚約なんかが決まってくる歳でしょ?だから、あの状況はちょっと良くないかなと思うのよね……。ほら、生徒会長なんかマリンさんにずいぶん好意的だけど、そのせいで会長の婚約者の方は今何かと肩身が狭いのだそうよ。」
「えぇっ、そうっ……なんですの?」
思わず大声を上げそうになって、慌てて取り繕いつつも驚いた。だって、会長がマリンちゃんに優しいのは入学式の日から見てたから知ってたけど、まさかその会長に婚約者さんが居たとは!まぁあくまでまだ学院に不慣れな後輩を助けてるって感じだから浮気ではないかなと思うけど、それでも婚約者からしたら面白くないよね……。
「マリンさん、その事を知らないのかな……。」
「うーん、どうだろう?私もあまりあの子とは話さないからわからないなぁ。」
だよねぇ。
でもこれ、マリンちゃんが何も知らずに関わってるならマリンちゃんにとっても良くないよね。後々叩かれるとしたら、侯爵家嫡男である会長さんより身分的に弱い彼女の方だから。
「それって、それとなく周りが教えてあげるべきなんじゃないかな……。」
私がぽつりと呟くと、レインは眉を寄せて『それはどうかな』と言った。
「男女の仲には下手に口出しすべきじゃないし、仮に誰かが何かを言うならそれは当人達がすべきだわ。それに、マリンちゃんにフローラが直に言うのは……」
「言うのは?」
首をかしげて聞き返したら、レインは一瞬言葉に詰まってから深く長~いため息をついた。
そして、私が騒ぎを起こしたときによくハイネが向けてくるのによく似た表情をして『自分の身分考えなよ?』と言う。
「え……あ!いや、何も権力任せにマリンちゃ……さんを排除したりしないよ!?」
いくら生まれが悪役姫でもそんな非人道的なことしませんよ!
てっきり嫌われてる物だと思ってたのにいざ会ってみたら意外に好意的だったし、せっかく仲良くなれそうなわけだしね。
「いや、そうじゃなくて……。」
「ん?」
「まぁ、いいや。そのぼけぼけ感がフローラの良いところだし。」
「な、何が?何の話……?」
「ううん、別にー。まぁ、少なくともフローラが権力を乱用するような子だとは思ってないから、大丈夫だよ。」
「……ホント?」
「本当だって。」
疑うように呟いた私の背中を、レインの手が優しくポンポンと叩く。その優しさと信頼は嬉しいです。嬉しいけど……なんかおかしい。子供扱いされてる気がする……!
結局、私はその日の午後授業の間も大人と子供の境界線がどこなのかについて思いを馳せていて全く内容を聞いてなくて。
帰ったときにハイネから受けた『今日は何を習いましたか?』に答えられず、いつものごとく怒られたのでした。
~Ep.116 子供な大人~
『私が子供に見られるのは、きっとこの学習能力の無さのせいだ……!』




