Ep.114 二回目の“はじめまして”
『フローラ・ミストラル13歳。生まれながらの悪役ですが、どうやらヒロインとお友達になれたようです。』
お茶会が終わった頃には、既に日が傾き始めていた。用事のない新一年生は勿論、他の中等科の人達も皆寮に帰っちゃったみたいで静かな廊下に、今さっきマリンちゃんは一人で出ていった。これは、人目につかずに話せるチャンス!
「ねぇフローラ、この後中等科の花壇見てから帰らない?」
「ごめんレイン、行きたいけど今日はちょっと用事があるんだ!また明日ね!!」
レインからの素敵なお誘いを泣く泣く断って、まだ生徒会室に残ってるライト、クォーツ、フライにも一言『先に帰るね』とだけ伝えると、私は急いで彼女を追いかける。
「おい、そんな慌ててどこ行くんだ!?」
「着慣れない服装で暴れると痛い目見るよー。」
ライトの叫びとフライの忠告に続いて、『走ると危ないよ!』とクォーツとレインが言ってくれたので、あくまでも早歩きで我慢して廊下を進む。それでも、優雅に遅めのペースで歩くその後ろ姿には、わりとすぐに追い付くことが出来た。
「あの……、マリン様、少しよろしいでしょうか?」
「え……?私ですか?」
と、少し息を整えてからそう声をかけると、マリンちゃんは静かにこちらを振り返る。
そして、私と目が合うと、その丸くてパッチリした瞳を更に大きく見開いた。
それと同時に、私の頭にピリッとなにかが流れたような感じがした。その妙な感じに戸惑っていると、足を止めて私に向き直っていてくれたマリンちゃんが『何か御用でしょうか?』と小首を傾げる。
自分から呼び止めといて、その相手が何も言わずにじっと自分を見てるなんて不気味だよね。ごめんなさい。
でも、よく考えたら私達はこれが初対面だ!!一体何から話したら良いの……!?
「あの……?」
と、私が悩んでる姿を見てマリンちゃんが更に深く首を傾ぐ。
ど、どうしよう、いきなり『貴方は転生者ですか?』なんて聞くわけにはいかないし……!
「……失礼いたしました。私、水の国ミストラルの第一皇女、フローラ・ミストラルと申しますわ。はじめましてのご挨拶がきちんと出来ていませんでしたので、今急遽追いかけさせて頂きましたの。」
「……。」
あまりない頭をフルに働かせて、ようやく出てきたのはただただ外面用のご挨拶だった。
いや、でもご挨拶は何事においても基本だよね!!
「……それはそれは、ご丁寧にありがとうございます、フローラ様。」
さて、彼女はどう返してくれるだろうかと可愛らしい顔立ちを見つめていれば、マリンちゃんは一瞬目を見開き、次に口元を緩めて笑顔になった。
「私は、本年度フェニックスより入学して参りました。マリン・クロスフィードです。……これから色々、宜しくお願いしますね。」
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「……おい、アイツまさかあのマリンって奴の事追いかけて行ったんじゃないだろうな?」
会議、お茶会となかなか気疲れする事を2つこなし、先輩達が部屋を去っていってから10分。
いきなり飛び出していったフローラに唖然としていたら、不意にライトがそんな事を呟いた。確かに、フローラが飛び出していったのはマリン……さんが部屋を出ていってすぐだったけど。
「いや、それは無いでしょ。だって、フローラとあの子には何の関わりもないじゃない。」
「まぁ、そりゃそうなんだが……。あのマリンって奴が、俺にフローラが危ない女だの何だのってやたらと言ってきてたのが気になってな。」
「まぁ、彼女達自体は面識無くても、あのフェニックスでの宝石展の日に僕らが追いかけられた一件をフローラも知ってるから……。」
僕のその言葉に空気が重くなり、三人揃って黙り込む。
「……仕方ない、追うぞ。」
「えー……。心配し過ぎじゃないかな、大体ライトは他人の事に首突っ込みすぎなんだよ。」
「あ、ちょっと、お二人とも……!」
数秒考え込んでから、まず徐にライトが。そのライトを追うように、文句を言いつつもフライが部屋を出ていく。
そんな二人を見て、この中で唯一マリンさんの事を知らないレインだけがただオロオロしていた。
「レイン、とにかく僕らも行こう。事情は後で皆からじっくり話すから。」
「わ、わかった……。」
レインも話の流れから僕らがフローラを心配してるのがわかったようで、少し不安げな顔をして頷く。
でも本当、考えれば考えるほどフローラが心配になってきた。小さいとき、ルビーのお菓子作りに付き合ってくれたり、ライトとフライの下らないケンカを放置しないでちゃんと何とかしようとしてくれた事からわかる通り、彼女は中々世話好きだ。同い年な筈なのに、“お姉さん”に見えるときがある。
そんなフローラだから、僕らが…特にライトが迷惑を被ってるマリンさんに、一言物申してる可能性も否めない。
早く追いかけて、なんなら一緒に連れて帰ってしまおう。
心の中でそう呟き、僕らもフローラを追いかけた。
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ライトから聞いてた話や、フェニックスの宝石展で皇子トリオが彼女に追いかけられた一件の事から、私は正直、この世界のマリンちゃんは私がゲームやテレビで見ていたその子とは別人なんじゃないかと思ってた。
でも、マリンちゃんにはじめましてのご挨拶をしてから早5分。どうやら私の考えは間違っていたかも知れません。
「私、フローラ様とは是非お近づきになりたかったんです。」
そう言って笑ったマリンちゃんは、自分がこの学園に来た理由や自分の魔力が二種類あること等をさっきから私に話してくれる。
かれこれ5分間ひっきりなしにずーっと話してくれるので、私は話を切り出せずにただただ相槌を打つしか出来ない。
ーー……、何か、いっそ不自然な位に普通な“マリンちゃん”だなぁ。
「おや……?御二人とも、こんな廊下でどうなさいました?」
「ーっ!フライっ……様、ライト様。いえ、二人で少しお話をしていただけですわ。」
「…………。」
そんなマリンちゃん観察をしてたら、帰る為に生徒会室を出てきたのか、鞄を持ったフライとライトが歩いてきて私の隣に並んだ。
フライはいつも通りの笑顔だけど、ライトはマリンちゃんに不信感があるのか作り笑顔すらない真顔だ。はっきり言って中々レアは表情だ、初めて見たかも知れない……。なんて馬鹿なこと考えてる場合じゃなくて。
「お話……ですか。初対面の者同士、一体何を話していたんです?」
ライトは腕をしっかり組んで、半ば睨み付ける様な目付きでマリンちゃんを見下ろしながらそう声をかけた。感情を抑えてるからなのか、その声は絶対零度並みに冷たい。
お、おかしい。一応仮にもゲーム上では運命の相手なはずなのに……!それもこれも、私が初対面イベント横取りしたから!?あぁ、ごめんなさい……。
「フローラ様!ライト様、フライ様、探しましたわ。」
「やぁ、皆さん御揃いで、こんな所で立ち話かな?」
私が居たたまれなくなってフライに視線で助けを求めたら笑顔でかわされたのと同時に、レインとクォーツもやって来た。癒し系なクォーツと穏やか文系少女のレインが来てくれたことで、私達の気は楽になったけど……。
五人に対して一人ってこの立ち位置、威圧的過ぎるよ!マリンちゃん気圧されちゃうよ!!流石にヒロインちゃんは物怖じしないタイプが王道って言っても限度が……、あれ?
「……?」
慌てて振り返ってマリンちゃんの表情を確かめると、彼女は丁度ライトに深々と頭を下げている所だった。
「ライト殿下、並びにフライ様、クォーツ様、そしてフローラ様、幼い頃よりの度々のご無礼、大変失礼致しました。幼さなど免罪符にならないことは重々承知しておりますが、これからは名誉ある生徒会役員の一名として心を入れ換えて参りますので、何卒よろしくお願いいたします。」
「……!?」
「……。」
「え、えーと……。」
突然の礼儀正しいその謝罪に、ライトは眉をひそめ、フライは笑みを深くし、クォーツは唖然とそんな親友二人の顔とマリンちゃんの姿を交互に見る。
私はと言うと、何か答えようにも謝られる理由がわからないから何も言えず、ただマリンちゃんの綺麗な髪が重力で下に流れているのを見ているしか出来なかった。
「ーー……本当に反省する気があるのなら、言葉ではなく態度で示して下さい。フライ、クォーツ、行くぞ。」
どれくらいの間を空けたのか。ずいぶん息苦しい数秒間の後、ライトはそれだけ言って静かに歩き出した。その後ろ姿を、フライとクォーツが、そしてその更に後ろを、私に『行こう』と小さく囁いてからレインが追っていく。
「では、私も失礼致しますね。」
流石にこのままさよならは無いだろうと思って、マリンちゃんにそう言って歩き出そうとしたとき、彼女が今日一番のいい笑顔を浮かべて『フローラ様は、皆さんと仲が宜しいのですね』と口にした。
ど、どうなんだろう?これでも何だかんだ、6年は付き合ってる幼馴染みだからね。私は勝手に仲良しだと思ってるけど……。
「えぇ、そう……ですわね。」
結局、否定する要素もないので当たり障りなくそう答えた。
すると、それを聞いたマリンちゃんの目がすっと細まる。そして……
「私、こんな王族や貴族の皆様のような方が通われる学園で一人ぼっちはとても不安なんです。なので……」
『私とも、“お友達”になってくださいね、フローラ様。』
私の両手を自分の手で握りしめてそう言うと、返事を聞く前に軽やかな足取りで去っていった。
~Ep.114 二回目の“はじめまして”~
『フローラ・ミストラル13歳。生まれながらの悪役ですが、どうやらヒロインとお友達になれたようです。』




