Ep.112 新学年は波乱の予感
『何であの子がここにいるの……!?』
今までよりちょっと深みのある色になったブレザーとスカート、ベレー帽が無いのが寂しいので、背中でゆるくまとめた髪につけた艶のあるオレンジのリボン。靴やYシャツも新調したから、今日の私は頭からつま先までピカピカだ。正に“ピッカピカの一年生”って感じ。(小学生じゃなくて中学生だけど。)
「さてと、じゃあ私もう学校行くね。ブランは……」
「今日は入学式でしょ?面倒だから僕は行かないよ。」
新しく割り振られた中等科の寮の、いままで以上に立派な部屋でくつろぎながらブランは素っ気なくそう言った。それからチラッと時計を見て、『でもまだ大分早いんじゃない?』と聞いてきた。
「いいのいいの、いつも時間ギリギリじゃ良くないし、早めに行くようにしようと思って。」
「ふーん、いい心がけだね。行ってらっしゃい。」
「行ってきまーす!」
寮を出る間、共有スペースや玄関口には殆ど他の生徒が居なかった。これは、もしかしたらホールに一番乗り出来ちゃうかな?
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「しまった、場所間違えた……!」
寮を出て10分位歩いて辿り着いたのは、“高等科”の入学式が行われる大ホールの方だった。そうだ、中等科の使う中ホールはいつもはあまり使わない方でわかりにくい位置にあるから気を付けてって、クォーツが春休みにくれた手紙に書いてあったんだった……!!
「どうしよう、寮に戻ってる時間は無いけど、ここから直に行くのも道わからないし……。」
高等科はもう前期の授業が始まってるみたいで、テニスのラケットなんかを準備してる先輩達がそこに居るけど……。同い年や年下ならともかく、全く見知らぬ先輩にいきなり声をかけるのは流石に怖い。怪訝な顔されても嫌だしね……。
「仕方ない、急いで戻ろう!」
悩む時間が無駄なので、とりあえず寮の方に戻る。今の時間なら、きっとホールに向かう人達の流れがある筈!
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「はぁ、間に合って良かったねフローラ……。」
中等科の校長先生が壇上で挨拶されてる姿を見ながら、舞台袖でクォーツが小さく息をついた。そんな言葉に私が答える前に、すぐ隣から盛大なため息が聞こえる。
「何が良いもんか!ったく、迷子になるならせめて一ヶ所でウロウロしててくれよ。すごい探したんだぞ。」
出来るだけ小さく抑えた声に呆れをしっかり乗せてそう言ったのは、クォーツの隣に立っているライトだ。いやもう、本当にごめんなさい……。
「ごめんなさい、寮は早めに出たんだけど、行き先間違えちゃって……。」
「まぁまぁ、ライト様。フローラ、そこまでは私たちも想定出来てたから大丈夫だよ。でも……、その後初等科の方に行っちゃったのは何でだったの?」
落ち込む私の隣に居たレインが、ライトを諌めながらよしよしと優しく私の背中を擦ってくれる。優しいなぁレイン、お陰でちょっと元気が出たよ……。
「実は……」
「はいはい、お喋りは一旦そこまでだよ。そろそろ僕らが挨拶する番だから。全員居るよね?」
「あぁ、大丈夫だ。」
「あれ?でも、新生徒会役員になるのは“五人”じゃなかったっけ?」
レインに事情を話す前にそう言ったフライの言葉に、ライトとクォーツがこの場にいるメンバーを確かめてからそれぞれ答える。と、ライトが『残りの一人は学院初の一般入試による入学生だから、俺らの挨拶が済んでから会長直々に生徒に紹介するらしいぞ』とクォーツに囁いていた。
そういえば、春休みに貰ったフライの手紙にもそんな事が書いてあったな。
それにしても、ついこの間まで会長だったライトが違う人を『会長』って呼ぶとちょっと違和感あるな。
本当はライトをいきなり新生徒会長にって話があったらしいけど、それを自分で断ったらしい。いくら身分的にライトが一番上だからって、ここはあくまで各国の政治からは外れた“学院”であって、国での身分のことはあまり関係ないがないからって。
朝迷子になった私を回収(ちょっと引っ掛かる言い方だけど)したライトが、このホールまで向かう間にそう話してくれた。『他に相応しい人間が居るなら、その人にこそ任せるべき』なんだそうだ。
「じゃあ、私から挨拶に出ますね。」
そんな事を考えていたら、新しい制服をピシッと着こなしたレインがまず最初に壇上に進んでいった。ご挨拶の順番は学院側が決めたわけだけど、校長先生の有り難~いお話の後にいきなり挨拶なんて余計緊張しちゃうよね。私だったら絶対無理!レイン大丈夫かな……。
「いや、レイン結構度胸あるから大丈夫だと思うよ?じゃあ、次は僕が出るね。」
クォーツの言葉通り立派に挨拶を終えたレインが壇上に用意された席に座るのと同時に、次は彼が舞台へと足を進める。あ、今女の子達がちょっとざわついた。
春休みを得て、皆ちょっと大人っぽくなってきたもんね。クォーツなんか特に、今まで伸び悩んでた分を補うみたいに一気に背が伸びたみたいだし。まぁその分ライトもフライも伸びてるから結局三人の身長差はあまり変わらないみたいだけど。
続いてフライが出たときにも女の子達はハッキリ色めき立ち、ライトが堂々とした立ち居振舞いで挨拶を終えた時には、ボルテージも最高潮の客席から盛大な拍手が鳴り響いた……。
ってちょっと待って!!まだここに私が居るんですが!?
なんかもう、明らかに新生徒会の役員紹介は終わったと言わんばかりにホールに鳴り響く拍手に、私はこのまま出ない方がいいんじゃないかとすら思ってしまう。
でも、少し後ろで裏方をしていた学院専門の従僕の方が『どうぞ』と私が行きやすいようにカーテンを押さえてくれたので、行かないわけにもいかない。そして、学院側が正式に任命してくれた役職なのだから、辞退することも出来ない……。
「………………。」
私は一度しっかり目を閉じて、今だけは自分は一国の姫君なんだと頭の中でキャラを固める。
そしてゆっくり目を開くと、いかにも貴族の子女らしくゆったりと微笑んで壇上へと踏み出した。
私が壇上に進むと、それまで盛大な拍手と僅かな話し声でざわついていたホール内が一瞬で静まり返った。
な、何!?何でそんな静かになるの!!?と思うけど、そんな思いはおくびにも出さず一つ一つの動作に気を配る。
私は昔から只でさえそそっかしいので、こう言うときには特に気を付けなきゃいけないのだ。
声のトーンもいつもより落として挨拶をし、しっかり胸を張ってから一礼する。と、客席に座る中等科生徒の皆さんは温かく拍手をしてくれた。さっきまでの大喝采よりは控えめだけどそれは……ねぇ?
「では最後に、今年度から始まりました一般入試制度により選ばれました、特待生の紹介になります。」
私がライトの隣に腰掛けるのと同時にそんな声がして、私達がさっきまで控えていたのとは反対側の舞台袖の方に文字通りスポットが当たった。
壇上なので気を抜けない私達も、あまり気にしない体を保ちつつ、背の高い男子生徒にエスコートされるように壇上に現れるその特待生に注目する。
「ーっ!?」
「……っ。」
「……!?」
と、その子の姿が露になると同時に、隣でライト、フライ、クォーツの三人が驚いたのが、そちらを見なくても伝わってきた。
レインだけは何も思ってないみたいだけど、私だって正直びっくりだ!
~Ep.112 新学年は波乱の予感~
『何であの子がここにいるの……!?』




