Ep.111 退屈じゃなくなる時(フライside )
現在僕には、五人の友人が居る。内二人は、それこそ物心つく頃から共に過ごしてきた親友だ。
その二人は僕とは生まれた国も育った環境も、そして物事の感じ方……謂わば価値観もまるで違っていて、出会って最初の頃はずいぶんと戸惑ったものだった。
「またずいぶんと懐かしい手紙が……。」
中等科に上がる前に必要の無いものは処分しなければと掃除していたら出てきたそれを読み返すと、その頃の事がまだ鮮明に思い出せる。
一番始めに文通を始めた頃、僕は正直彼等の事が苦手だったんだ……。
元々、僕は兄さん以外の人と関わるのが得意ではなかった。別に何がどう怖いと言うわけでは無かったけれど、“他人”と言う立場の人間を信頼するのが嫌だったのだ。だから、家庭教師の先生達に教えを受けるより、合間で兄さんに色々な事を習うのが好きだった。
当時、我が両親は災害による被害を受けた民のケアに忙しくまるで会えない日も多く続いたから、尚更僕は時に優しく、時に厳しく育ててくれる兄さんに懐いたのだ。そして、兄さんも当然僕を大切にしてくれているものと思っていた。
しかし、そんな僕の兄に寄せる信頼は、踏みにじられる事が多々あった。
生まれながらの生粋の貴族であれば、常に周りには従者や侍女が付き見守ってくれているものだけれど、そんな中でも特に、判断力は無いくせに情報にだけは詳しい、口が軽い侍女達がよく僕に言ってきたのだ。
『フェザー殿下はフライ様の事を疎ましく思っているようだ』と。
今ならそんなことは無いと、それが僕らをよく知らない者達による悪意溢れるただの戯れ言であるとわかるけど、それを初めて耳にした時……僕は確かに傷ついた。
兄は、どんなに自分が疲れていてもいつも僕との約束は守ってくれた。
僕もまた、兄に任されたことを裏切るまいと、教わった事は理解できるまで一人でも復習を重ね、誉めてもらいたい時は少し予習もしてみたりして頑張っていた。
そして、そんな兄と二人で過ごすわずかな時間が一番の楽しみであったのに、そんな事を言われて何故平気で居られようか。
その噂を誰より否定したかったのに、同時に酷く臆病だった僕は、兄さんを避けるようになってしまって。
毎日声をかけてくれる兄さんとろくに顔を合わせられないまま、半年近い退屈な時を過ごした。あの言葉を僕に伝えた侍女は、いつの間にか城から居なくなっていた……。
そんなある日、息子たちの異変に気づいたお母様から、僕もフェニックスで開かれる皇子の誕生祝いの席に出席するようにお達しが出た。
もうすぐ5歳になると言うのに未だパーティーすら一度も出たことのない僕は、初出席が顔も知らないような他国の皇子の誕生祝いだなんて冗談じゃないと思ったけれど。お母様の『一緒に来てくれますね?』と言った時の笑顔が恐すぎて、逆らうことが出来なかった。
「おい、そこのお前!暇なら俺の相手をしろ!」
「……はぁ?」
そして迎えた当日。
ここ半年で、傷つけられない為に学んだ“相手の顔色を伺う”事と、感情を悟らせない為につけるようになった笑顔の仮面を張り付けた僕は、当たり障りなく時が過ぎるのを待っていた。
主役であるフェニックスの皇子は、腕は立つようであるがかなり強気で傲慢な性格であるのが端から見ていてもわかったので、正直関わりたくないなぁと最初の顔合わせ意向関わらないようにしていたというのに。
そんなこちらの顔色などまっったく気にせずに、僕を捕まえた彼……ライトは、僕と、たまたま近くにいたクォーツを連れ城から庭へと出たのだった。
そんな傲慢皇子は、魔力にずいぶんな自信があったらしく、ちょっとした魔力比べを僕らに要求した。で、実際先に相手をしたクォーツはそれはもう見事なまでに完敗していたわけなのだけど。
僕はこれでも、うちの血筋で一番の神童だと称えられる位には魔術の心得があったので、逆に返り討ちにしてやったのだ。
「弱い犬ほどよく吠えるとは、よく言ったものですね。」
それにちょっと気分をよくして、あんな捨て台詞を残したのが間違いだった。それからと言うもの、ライトはことある毎に僕に突っかかってくるようになったのだ。それも、やはりかなり尊大な態度で。
そして、何故だかとばっちりを喰らって同じく彼に付きまとわれていたクォーツと僕には、奇妙な連帯感が生まれた。クォーツはいつでも穏やかで誰に対しても平等で、一緒にいる時間はとても穏やかだったし。
それでも、裏などあって当たり前な貴族社会において。あまりに優しすぎるクォーツや、馬鹿正直すぎるライトのことを“面白い”と感じる反面、信頼は出来ないと思っていたのだけれど。
そんな日々をしばらく過ごしたある時のこと。流石に連日の傲慢な態度に疲れていた僕は、また勝負を挑みに来たライトを侍女に追い返して貰おうとしたのだ。
少し離れた所で食い止められているライトを侍女があれやこれや言って納得させようとしていたのだが、何せ猪突猛進な彼は聞きやしない。でもまぁ、短気な性格だからその内怒って帰るさと、それに聞き耳をたてていた時のこと。
いい加減に焦れた侍女が『フライ様がライト様を苦手に思われていることをご存じないのですか?』と声をあげたその時、彼が答えた言葉が僕の耳に突き刺さった。
「それはただの噂だろ?俺の友人関係だ、他人の言葉など信じない!」
「ーっ!!」
「……っ、ですからっ」
「……もういい、君は下がってくれ。」
気づいたら、彼の方に駆け寄ってそんなことを言っていた。頑張ってくれた彼女にはちょっと申し訳ないが去ってもらってから、出会って初めて、気持ちも身体も真っ直ぐにライトとちゃんと向き合った。
「…………。」
「ーー……。」
……ものの、何を言ったらいいかわからない。
と、ライトの手元にまた、魔力で扱うゲームが握られているのが目に留まった。
「……仕方ないな、付き合ってあげるよ。たまには息抜きに、友達と遊ぶのも悪くないからね。」
ようやく口から出た、照れが隠しきれてない僕のその言葉に、ライトは満足そうに笑った……。
それからと言うもの、僕は彼とクォーツ、そして兄さんに距離を置くのを止めた。
そうして改めて間近で見てみると、いつも裏表がなく真っ直ぐな彼等と過ごす時間はなかなか有意義だった。
何より、ライトは僕には思い付かないような突拍子もないことをやらかしてくれて、それが思いの外面白い。傲慢さは直ってないから、それによるトラブルなんかもあったりしたけれど、性格はもう直らないだろうし面白いからいいかなと勝手に思っていた。
「あ、またライトから手紙だ。来たばっかりなのに、どうしたんだろ……。」
そんなこんなで、二人の親友を得て、退屈なんて無縁な日々を送っていた頃のこと。
たった一枚のそれをきっかけに、新たな日々が幕を開けた。
~Ep.111 退屈じゃなくなる時~
『その後、明らかに憂さ晴らしにしか見えない支離滅裂な文の中に出てきたその少女が、更に僕の日常を一輪の花のように彩りだしてくれることになったのだけど。……その話はまた、別の機会に。』




