Ep.110.5 手紙は書き出しが一番困る
中等科編に入る前に、春休みに入ったアースランド兄妹や、ライトのちょっとした小話です。
大好きなお兄様やフローラお姉様達が初等科を卒業されてから、一週間が経ちました。
今までなら、皆様と笑いあってあっという間に過ぎていた筈の日数が嫌に長く感じられてしまって、なんだか気持ちが沈んでしまいます。
「あぁ、ようやくお兄様に会えますわ!」
でも、そんな日々は少なくとも今日で一旦終わりです。さぁ、早くお兄様やお父様、お母様が待つお城へ戻らなければ!
お兄様もきっと寂しがっておいでのはずですからね。
「ルビー様……、どうかお気持ちを静めて下さい。」
「いいえ、これは黙ってはいられません!」
お兄様の自室の出入口、金地に鮮やかな模様が刻まれた襖に手を伸ばしながら、侍女の言葉をはね除けます。
お兄様ったら、最愛の妹のお出迎えもせずに一体何をなされているのかしら?
「お兄様っ、失礼致しますわ!!」
「うわぁっ!!?や、やぁ、ルビー!お帰り!!会いたかったよ!」
はしたなくも勢いよく音を立てて襖を開けた私に気づき、お兄様が慌てて立ち上がって笑顔を向けてくださいます。……が、頬がぴくついてますわ。これはお兄様が何かを隠しているときの仕草。
更に、私は見てしまったのです。私が部屋に踏み込むなり、便箋らしき物を隠したお兄様の手を!!
「えぇお兄様、ただ今帰りました。ところで……、私は本日戻りますと先触れを出しておりましたのに、それさえ忘れて一体何をなされていたのですか?」
「い、いや、それはっ……」
「今お兄様が丸めて懐に隠したもの……、まさかとは思いますが、どなたかへの恋文ですか?」
「ち、違う!!そんなんじゃないよ!」
「では、何故私の姿を見て慌てて隠されたのでしょう?ライトお兄様やフライお兄様宛なのであれば、あんなに焦ることはありませんわよね?」
そう言って問い詰めると、お兄様は私から距離を取ろうと数歩後ろに下がりました。それを追い詰めるように私も足を進めますが、そうするとまたするりとかわされてしまいます。こう言う時、部屋が広いと不便ですわね……。仕方ありません、最終兵器発動ですわ。
「る、ルビーっ!?」
「おっ、お兄様のお心は、既に他の女性に奪われてしまったのですわね……。」
周りから大きくて綺麗だと評価を頂いている瞳に涙をいっぱい含ませ、チラリとお兄様を見てから顔を背けます。
案の定、私の背中を見ながらお兄様があたふたし始めました。ごそごそと、懐を漁っているような気配も致します。
「ほらルビーよく見て!これはただ、フローラに出そうとしてた手紙だよ!!」
「フローラお姉様に……?」
今まで恐らく一度も出したことが無いでしょうにと、怪訝に思いつつお兄様の手から墨で汚れたそれを受けとります。ただはさ、まだ顔は上げません。
「……。」
いつもお兄様がライトお兄様達に使われているのと同じ白地に黒いしきり線のみが書かれた簡素な便箋には、確かに“フローラへ”と書かれていました。ですがそれだけです、後は表も裏も白紙で……。
「宛名しか書かれていないようですが?」
私が思わず本音を口にすれば、お兄様はばつが悪そうに前髪を掻きあげ、観念したように口を開きました。
「いや、卒業式の日、フローラの様子がちょっとおかしかったでしょ?だから、ちょっと心配で手紙の一枚でもと思ったんだけど……」
『ことのほか筆が乗らなくて』と苦笑いされるお兄様。その言葉に、私も卒業式の日、最後に目にした傷つけられたフローラお姉様のお姿を思い出しました。
「なるほど、事情はわかりました。でも、珍しいですわね。お兄様の筆が乗らないだなんて……。」
筆不精と言うわけでも無いでしょうに。と思いながら言えば、お兄様は黙って視線を逸らして『女の子に書くとなるとまた……ね』と苦笑した。
……私への手紙はノーカウントなのですか?お兄様。
とは言え、私もあの時のフローラお姉様の様子は気にかかっていました。なので、お兄様のしようとしていることに異論はありません。まぁ、何故必死に隠そうとしていたかは少々気になりますが、そこはこの際後回しに致しましょう。
「では、私もフローラお姉様にお手紙を書きますわ。」
「え!?」
「二人で一緒に送るとなれば、また書き方も変わってくるでしょう?私もフローラお姉様が心配ですし、丁度良いですわ。あぁ、あと便箋はそんな味気ない物ではなく、飾り絵の入った物を新しく用意致しましょう。その便箋は明らかに女性に向けて送るもの向けではありませんわ。よろしいですわね?」
「わ、わかった。」
「では、早速便箋を選びに参りましょう。」
お兄様から受け取ったくしゃくしゃな便箋を畳んで机に置きながら侍女に出掛ける旨を伝えると、昔から私の専属である彼女は皆まで聞かずに『かしこまりました』と部屋から去っていきました。優秀な彼女のことなので、きっとすぐに外出の用意が整うことでしょう。
さて、どんなことを書きましょうか。思えば、フローラお姉様に個人的なお手紙を送るのは始めてで、何だかちょっと気恥ずかしいですわね。
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いつもと同じような、それでいて今までとはちょっと違う、初等科卒業後の春休み。
俺は自室の窓から射す日射しに目を細めてから、手元の封筒にしっかりと印を押した。
「フリード!」
「はい、お呼びでしょうか?」
指を鳴らすと、足音どころか気配さえ感じさせずにフリードが俺の傍らに現れた。気配が無いのは、優秀な執事の証拠だ。まぁ、性格には色々と難があるが。
「フライとクォーツへの手紙だ、いつも通り出しておいてくれ。」
「かしこまりました。」
「それから、こっちはフローラに出して欲しいんだが、アイツの様子は……」
と、花をモチーフにした印を押した封筒を差し出しかけ、そこで言葉を止めた。
いくらフリードが優秀だと言っても、フローラが今居るのは故郷であるミストラル……、つまりは、俺達から見たら他国だ。流石にそう簡単に情報は掴めないだろう。
「あぁ……。フローラ様でしたら、制服が冬服で長袖であられたことと、背もたれに背中を隠された状態で受けた攻撃であったことからかすり傷程度で済んだそうですよ。特に気に病まれることもなく、至ってお元気だそうです。」
だが、そんな俺の考えをフリードの言葉が否定した。
いや、確かに俺が聞きたかったのはそこだが、どっから得たんだその情報!!
俺の問いに、フリードはしれっと『ハイネに頼んで確認致しました』と答えた。フローラも気にしてたが、お前と彼女の関係は一体……!
「あー……じゃあ出さなくていいかな、これは。」
まぁ、従者の人間関係だってプライベートなことだから深入りはすまいと自分に言い聞かせて、差し出していた封筒を机に下ろした。
元々、フライとクォーツにいつもの手紙を書いていた時に、卒業式の日から顔を合わせなかったフローラがどうしてるかがちょっと気になって何の気なしに書き上げた物だし。
アイツの意外と律儀な性格上、貰った手紙に返事を出さないことはあるまいと、あの卒業式の日に気になったことをいくつか書いたんだが、知りたかったことは今思わぬ形で聞いちまったしな……。
しかし、フリードは悩む俺を見てにこやかに微笑みながら、『出さなくて宜しいのですか?』と俺が手紙を渡すのを待っている。
「いいよ、別に。そんな大事なことは書いてないからな。」
「おや、折角の女性への御手紙にも関わらず、愛の言葉のお一つも無いのですか?」
「はぁ?何で俺がアイツに愛の言葉を贈らなきゃならないんだ。そう言うのは普通、想い人や婚約者に贈るものだろう。」
「おや……?」
……何なんだ、その怪訝そうな顔は。
そんな気持ちを露にしてフリードの端正な顔を睨んでやると、奴は顎に手を当てしばらく考え込んでから、『私の読み間違いでしたか?』と呟いた。
この奇妙な沈黙が嫌で、仕方なく俺は机に残された最後の封筒をその男の手に渡してやる。
「愛の言葉などまっったくしたためて居ないが、友人への大切な手紙所以しっかりと届けるように。いいな?」
「……かしこまりました。では、失礼致します。」
結局、フリードは三枚の封筒を手に俺の部屋を後にする。その際、奴が小さく『まだお子様だからですかねぇ』と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「失礼な執事だな。俺だって四月からは公務に携わるようになるんだから、ちゃんと大人に近づいてるっての。」
まぁ、それでもまだまだなのは自分でもわかっているが。そこはまたこれから努力していけば良いだけの話だ。
「そう言や、『努力はその人間への風であり、雨であり、肥料である』なんて事をどっかのお転婆姫が言ってたっけな……。」
そんな言葉を思い出しながら、俺は静かに経済学の書の勉強に取りかかるのだった。
~Ep.110.5 手紙は書き出しが一番困る~
本当はフライ視点でもう少し書く筈だったのですが、使うはずだったねたをど忘れしてしまったのと、フライの性格の出し方が難しすぎて断念しました。
フライはもう少し内面をしっかり見てから、いつか1話フルに彼視点で書きたいと思います(汗)




