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Ep.110 駆け抜けた時




  『まさか腰が抜けたとは言えないもんねぇ……。』



  優しく澄み渡る青空の元、バラで作られたアーチをくぐって、私達は卒業式が行われるホールへと向かう。

  本当は卒業式や入学式には桜が一番似合うとは思うけど、バラも綺麗だし、この世界では桜の木はアースランドにしかないなら仕方ないよね。


  そんな訳で、今日は私達の初等科卒業式です。学院側と旧・新両方の生徒会がきっちり段取りを組んでおいただけあって式は滞りなく進んで、ルビーが読み上げた在校生送辞と、ライトが返した卒業生答辞には、大きな拍手が沸いていた。特に答辞の方では、私の斜め前に座るバーバラさんたちがすごく強い拍手を贈ってるのが見えて、後で手が痛くなっちゃうんじゃないかと心配になっちゃうほどだったけど……。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ライト様、ご卒業おめでとうございます!あの素晴らしい答辞、心に染みて思わず涙ぐんでしまいましたわ……。」


「フライ様、クォーツ様も、おめでとうございます!!お花をご用意致しましたので、是非受け取ってください!」


「あぁ、ありがとう。」


「ありがとう、是非城に持ち帰らせて貰うね。」


「ありがとう、僕は花が好きだから嬉しいな。」


  想像はしてたけど、式が終わるなりライト達はあっという間に下級生、卒業生をごちゃ混ぜにした女の子の大群に囲まれてしまった。流石に同じ卒業生が卒業生である三人に花束を渡すのは不自然なので、これ幸いと下級生の女の子達がかなり大きな花束をいくつも渡してはしゃいでるのがよく見える。

  卒業祝いの花束かぁ、羨ましいけど、私には縁が無さそうだ。と、ちょっと疲れたような笑顔で軽く女の子達をかわすライト、いつもの涼しげな微笑みのフライ、ちょっと困ったようだけど優しく微笑んでいるクォーツの姿を見つつ、大変そうだねと隣に腰かけているレインと目を合わせてから苦笑した。


  と、その時……


「フローラお姉様、レイン様、ご卒業おめでとうございます。」


「ルビー様!えぇ、ありがとうございます。」


「ありがとうございます。」


「こちらは私からの気持ちですわ。是非お受け取りください。」


  私達の前にやって来たルビーは、そう言って私とレインにひとつずつ小ぶりな花束をくれた。

  私にはピンクのバラをメインにしたブーケ、レインには白いバラをメインにしたブーケだ。


  まさかルビーから貰えるなんて!すごく嬉しい、ちゃんと枯れないようにケアして部屋に飾らないと!!


「ルビー様は在校生代表として送辞を読まれていましたわね。」


「はい、お兄様から是非にと任命を受けまして。これは頑張るしかないではありませんか。」


  と、私が感動してる間に、ルビーとレインは二人でなごやかにお喋りを始めていた。

  私もそれに混ざろうとしたその時、ルビーの持つバスケットに赤いバラ、青いバラ、黄色いバラをメインにした三種類の花束が入ってることに気づく。

  そして、ルビーが話の合間にチラチラと女の子の群がってる中心を見てることを見ると……


「ルビー様は、これからクォーツ様たちにご挨拶をされに行かれるかしら?」


「えっ?えぇ、そのつもりだったのですが……。」


  そう言って、微笑みを浮かべたままルビーがクォーツの方を見た。その綺麗な赤い瞳は、ほんの少しだけど寂しげに揺れてる。

  明日には六年生は在校生より先に帰国しちゃうから憧れの皇子達に近づけるチャンスは今日だけだから、あの人だかりは当分捌けないだろうし……。だからって、いくらクォーツの実の妹だからと言って、あの気合いの入りまくった女の子達の中に突っ込んでいくのは恐いよね。バーバラさん中心の気の強い子達のグループが、一番前で三人を逃がさないようにしっかり囲ってるし。あ、もう少し後ろの方だけどアミーちゃんとベリーちゃんも居る。


  でも、今日を逃したら、二人が初等科の制服着て話せる機会無いし……。私も見知らぬ女の子達の集団にはなんとも言えない恐怖心があるから、あんまり近づきたくはないけど……


「……レイン様、お付き合い頂けますか?」


「えぇ、勿論ですわ。」


「ではルビー様、参りましょうか。」


「え……、え?」


  目を合わせただけで私の意図を察してくれたレインと、いきなり歩き出した私達に戸惑っているルビーを引き連れて、いかにも余裕があるような優雅な微笑みを浮かべながら人だかりへと近づく。まぁ、鏡を見てないし所詮中身は私なので本当に優雅かどうかは定かでは無いけども。


「ーっ!」


  三人に群がる女の子達は、夢中になりすぎて私達がすぐ近くまで来たことにも気づかない。それどころか、近づいたことではしゃいでいる女の子達の声が余計に刺さって、これはかなり声がかけづらい。

  三人の中で一番背の高いライトが私達に気づいてこっちを見てくれてるのがまだ救いかな……。


「あの、フローラお姉様……。」


  と、私の斜め後ろで控えめに立つルビーが、か細い声で私の名前を呼んだ。それを安心させるように目線を合わせて微笑んでから、レインとルビーに一歩下がってもらう。

  本当は隣に立ってて欲しいけど、二人に敵意の目がいかないようにするには私が先陣斬るのが一番良いと思うんだ。と、言うことで。


「ごきげんよう、皆様。お取り込みの所に失礼致しますわ。」


「ーっ!フローラ様!?」


「どうなさいました?」


  輪の一番外側に立って、いつもよりゆっくりと、かつしっかり張った声で一声を上げる。……と、そんな私に気づいてまず真っ先にアミーちゃんとベリーちゃんが輪の女の子達を掻き分けてこっちに出てきてくれた。

  そんな二人に笑いかけてから、『せっかくの卒業式ですから、()も皆様とお話させて頂こうかと思いまして。』と口元に手を当てつつ女の子達の様子を見やる。


  さっきまで夢見心地で騒いでいた女の子達は、唖然とした感じで私達を見ていた。なかには、それでも皇子達から視線を外さずに話しかけ続けている強者や、逆に至福の時に横槍を入れた私を睨み付けてる子達も居るけど。

  そして、私を敵対視するその筆頭はやっぱりバーバラさん達のグループである訳なんだけど。これは、さっきの台詞をあえて“私達”じゃなく“私”だけにしといて正解だったかもしれない。あの言い方なら、あくまで私個人の私用でクォーツ達と話しに来たように聞こえるし、ルビーやレインに敵意がいくことはないと思う。


「…………。」


  そんな中、可愛い妹を心配してるであろうクォーツが何度かこちらに来ようとしてはファンの女の子に邪魔されていた。その心配そうに揺れる瞳と目があったので、視線に少しだけ力を乗せて『大丈夫だよ』と伝えてみた

  上手く伝わるか不安だったけど、クォーツの足が止まった所を見ると多分伝わったんだろう。


「これはこれはフローラ様、ご卒業おめでとうございます。」


「えぇ、バーバラさん、それに皆様も、おめでとうございます。」


  と、いつの間にか輪から外れてきて私の目の前まで来たバーバラさんが、至近距離で私達を見下ろしながらそう言って笑った。私達の交換したお祝いの言葉に、未だ呆気に取られていた下級生の女の子達からも『おめでとうございます』と口々に声が上がった。なんか、無理矢理言わせちゃったみたいで申し訳ない。


  そして、全くお祝いムードじゃないバーバラさん達の出す雰囲気を察したのか、地面に足が縫い付けられてるかのように動かなかった他の女の子達は蜘蛛の子を散らすように去っていった。


  場に残ったのは、バーバラさん、ブレンダさん、ニコラさんの三人と、私、レイン、ルビー、ベリーちゃん、アミーちゃんの五人。そして、内心の疲れが流石にちょっと見えてきちゃってる皇子トリオのみだった。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あーっ、何か無駄に疲れたなぁ。」


  いつも皆でランチに使っていた中庭のテーブル。そこに腰かけながら、少し離れた場所で伸びをしてるライトの姿に苦笑した。


  あの後、まさに一触即発状態だった私達がどうなったかと言うと……、実は、肩透かしだけど何もなかった。バーバラさんは私が持つ小さめのブーケを一瞬攻撃対象にしようとしたけど、それが彼女の出身国の皇女であるルビーからの贈り物である事に気づいて止めたみたいだった。

  更に、クォーツが我慢できなくなってルビーに近づこうと私達の方に来て、それに続いてライトとフライまで来たから、不利になったと判断したらしい彼女達悔しげに去っていったのだった。卒業式位お互い不快にならないようにしたかったんだけど、まあ仕方ないよね。


「フローラ!」


「え?あら、ブラン。お迎えに来てくれたの?」


「まあね、フローラ、レイン、卒業おめでとう。」


  そんな中、ふよふよと飛んできたブランが私の膝に着地した。ルビーがようやく最愛のお兄様(クォーツ)とその親友二人に花束を渡している姿を見ながら、膝上のブランが席についてた私とレインにお祝いの言葉をくれた。

  その姿が可愛くて、その小さな頭をそっと撫でる。と、その直後に、ブランの真っ白い耳がピンっと張った。更に、普段は大人しいレインが椅子から音を立てて立ち上がる。


「ーっ!」


「フローラ、危ない!!」


「え……?きゃっ!!」


  と、そんな言葉と同時に不意に後ろから吹き付けた強風。

  背中から何筋にも分かれて通り抜けるそれが、私の制服と髪を僅かだけど切り裂いて消えた……。って、なに今の!!


「ーっ、ブレンダさん……?」


  慌てて振り返ると、セミロングの髪を揺らして茂みに身を隠すように走り去っていくブレンダさんの姿が。青緑色の髪と緑系の制服が多少保護色になってるとは言え、そんな堂々と走ってったらバレバレだよお嬢さん……。


「おい、何があった!?」


「悲鳴が聞こえたけど大丈夫!!?」


  騒ぎに気づいた四人が慌てて駆けつけてきて、そして私を見て唖然とした。自分でも視線を動かして見てみると、これは酷い。

  今まで大事に着てきた制服が、カッターか何かでやられたようにズタボロになってる。幸い、髪は体の前に垂らしてひとまとめにしてたからそんな被害はなかったけど……。


「これ…………、魔力でやられたの?」


「え?た、多分……。」


  冷静にならなきゃと自己分析に勤しんでいたら、無表情のフライが静かな声で聞いてきた。思わず肯定しちゃったけど、これはマズイ!!


「嫌ね、誰のイタズラかしら?」


「フローラ、これはイタズラってレベルじゃ……」


「私、着替えたいから先に戻るね。ごめんね!!」


「あっ、おい!待てって!!」


  最後に聞こえたライトの制止は聞かなかったことにして、ブランを抱えてその場から走り去った。

  ……レインは大丈夫だったかな、一応私の体で上手い具合に遮られて、レインの所までは風は行かなかったみたいだけど。


「はぁ……、ブラン、貴方は大丈夫だった?」


「うん、フローラが前で抱えててくれたから。それより、フローラこそ大丈夫?」


  ブランのその問いかけに、私は何も言えないまま微笑み、近くのベンチに座り込んだ。情けないことに、ちょっと足が震えてガクガクしている。


「まさか魔力を使ってくるとはね。」


  多分、さっきのはただの憂さ晴らしだろうからまだ甘い方だったんだろうけど……。そうかぁ、まだ子供とは言え、この世界ではこう言う危害の加えられ方があるんだ。もっと気を付けなきゃ……。


「……フローラ、力入れすぎ。」


  『僕が潰れちゃうよ』と言われて、無意識にブランを強く抱き締めてた事に気づいて。その手を慌てて外すと、ブランはふわりと空中に飛び上がった。


「丁度いいや。ブラン、悪いけどハイネに事情を話して、ここまで来てくれる様に頼んでくれない?」


「え、なんで?」


「いや、出来たら着替えが欲しいなって。」


「あー、そんな姿のまま寮に行ったら悪目立ちするもんね。わかったよ、ちょっと待ってて!」


  私の考えに納得してくれたブランは、まっしぐらに私の部屋を目指して飛んでいった。この分なら、きっとすぐにハイネが来てくれると思う。


  それにしても……。


「最後まで騒がしい六年間だったなぁ。」


  まぁ、楽しいこともたくさんたくさんあったけどね。今は折角だから、この初等科最後の空を座ってゆっくり眺めるとしましょう。どうせ立てないし。


    ~Ep.110 駆け抜けた時~


  『まさか腰が抜けたとは言えないもんねぇ……。』



 ちょっと不穏さが入りましたが、これにて初等科編終了です!

次話から中等科にあがります(^-^ゞ

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