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Ep.108 弟の変化(フェザーside)



 『もう中学生か……、子供の成長は早いな。』




  インクの出が滑らかなお気に入りの万年筆に、書類を閉じるための数冊のファイル。別にわざとそう言う物を選んでいる訳じゃ無いんだけど、やたらと白黒デザインのそれらが並ぶ机の上で、月明かりを反射する青色の手帳が異彩を放っている。

  丁度計算が一段落ついた予算案をファイルに閉じてから、小さなそれを手に取って一月のカレンダーを開く。そのページにも、表紙のように透き通るような色彩の海洋生物達が描かれていた。


「僕が使うには、ちょっと華やか過ぎるな。……ん?」


  6日の欄につけた授業再開の印を眺めながら呟くと同時に、静かな部屋に控えめなノックの音が響く。立ち上がって外に声をかけると、昔よりちょっと低くなった声色で『フライです、兄さん』と返事が返ってきた。


「フライ、こんな時間にどうしたんだい?」


「すみません、ちょっと相談したいことがあって……。」


  扉を開け、蝋燭の明かりしかない薄暗い廊下に佇む弟を自室に招き入れる。丁度近くを通りがかったメイドにお茶を頼んだので、それを待ちながら僕はさっきまで使っていた椅子に、そしてフライは僕のベッドに腰掛けた。

  普段はあまり使わないし、僕は部屋にあまり家具を置きたくないから、椅子がひとつしか無いしね。


「で、相談って?」


「生徒会の予算について聞きたいんだ、僕らの代は会長(ライト)が新しいイベントを色々起こしたから、昨年までの予算案がまるで参考にならなくて……。」


  ため息混じりにそう言ってから、『明日には兄さんは学園に戻っちゃうから、聞くなら今夜しかないと思って』と肩を落とした。

  その視線はさっきまで仕事に使っていて未だたくさんの書類が並ぶ机に向いているので、多分僕の邪魔をしたと思ってるんだろうな。


「丁度僕も予算案をまとめてた所なんだ、一緒にやろうか。」


「え?でもそこまでは迷惑じゃ……、コツと言うか、注意点だけ教えてくれれば……」


「そんなことはないさ、丁度ちょっと眠くなってきちゃってたから、いいタイミングで来てくれたよ。」


  『ほら、こっちにおいで?』と座っていた場所を空けて手招きすると、ちょっと遠慮するような顔をしつつも素直にこっちに来るフライ。よしよし、いい子だ。


  そんな訳でフライが広げた予算案を見てあーじゃない、こうじゃないと話していたら、一ヶ所だけあまり予算がかかっていない行事を見つけた。目を横に滑らせて月を確認してみると、どうやら9月に行った行事みたいだ。


「フライ、この行事って何やったの?」


「あぁ、ここはフローラの提案で兄弟学級をやったんだ。」


「"兄弟学級"……?」


  聞いたことの無い言葉に首を傾ぐと、フライが『六年生と一年生、と言った感じで上級生と下級生のクラスを組み合わせて、スポーツをして交流を深めたんだ』と簡単に説明してくれた。なるほど、それなら場所と道具さえ用意すればいいから、予算が掛からない訳だ。それにしても……


「フローラちゃんは、本当に面白いことを考えるね。」


「そうだね、いつ見ても面白いよ、彼女は。」


「ーー……。」


  感心しつつ漏らした僕の呟きに、ペンを止めてそう答えるフライ。

  僕の方に向けられたその弟の顔には、外面用のイヤに整った笑顔でも、二人だけの時に僕に見せる屈託のない年相応な笑顔でもなく、少し呆れが混じったような、それでいて優しい微笑みが浮かんでいた。


  その初めて見る弟の表情に戸惑っている内に、フライは書き方や計算のコツを掴んだのかスラスラと空欄を埋めていく。飲み込みの早い、優秀な子だ。何事にも時間がかかる僕とは大違いだと、出かけたため息を寸での所で飲み込む。


「……よし、終わった。兄さん、ありがとう!」


「ーっ!いや、フライの計算が早いからだよ。」


「でも、兄さんがやり方を教えてくれなきゃ取っ掛かりも掴めなかったよ。本当にありがとう。」


「はは、どういたしまして。さてと、フライはもう課題は終わってるのかな?」


「うん、休みが始まって最初の週に終わらせたんだ。初等科は中等科や高等科より始まるのが遅いから、後の一週間は卒業試験の勉強に使うよ。」


  そう言って笑う弟の手には、僕の机にあるのと似た手帳がある。端正で麗しい相貌の我が弟には、きらびやかなそれがよく似合っていた。


「それ、早速使ってるんだね。」


「え?あぁ、折角貰ったものだから。前の手帳にもまだ3月までのカレンダーはあったんだけど、こっちにも今年の1月からのカレンダー載ってたし。」


  話の流れで『兄さんは使ってる?』と聞かれたので、ちょっと恥ずかしいけど『使っているよ』と答える。すると、フライの表情が更に柔らかくなった。


「これ、使いやすくて良いよね。」


「そうだね。フローラちゃんに感謝しないと。」


  僕の言葉に、『僕からはもうお礼は言ったけど、兄さんもちゃんと自分で言ってね』と腕組みをする弟。すみません、ごもっともです。


「フローラちゃんには休み明けに一度会いに行くよ。さぁ、やることが終わったならもう寝なさい。」


  『ちゃんと睡眠を取らないと背が伸びないよ』と要らない一言を付け足してしまい、さっきまで笑っていたフライの顔から笑みが消えた。ごめんごめん、ライトやクォーツに比べてそこまで背が伸びないこと気にしてたんだよね。大丈夫、両親や僕が人並み以上に高いんだから、これからちゃんと伸びるさ!だからその為にも早く寝ないと。


「…………睡眠と身長が関係あるの?」


「そりゃああるさ、『寝る子は育つ』って言うだろう?」


「……わかった。おやすみなさい、兄さん。」


  外では本心が読めず、怖いと思われがちなフライだけど、僕の言葉は素直に聞いてくれる。まだちょっと膨れっ面のそんな可愛い弟を見送ってから、僕は昔とは偉く態度が変わったものだと一人で小さく苦笑した。


  本人達は気づいていないようだけど、フローラちゃんと関わるようになってから、フライは少しずつ変わっていっている。


  まず、昔は僕を慕っていつつも、どこか壁を作っていたフライの態度から、その"壁"が消えた。それは、さっきの膨れっ面からしても明白だろう。あんな不満を露にするような態度、昔の弟ではあり得ない。


  学院ではもうあまり会える機会がないからあまり知らないけど、この間アースランドで過ごしていた姿を見る限り、フライは皆と楽しく過ごせている様だ。それは嬉しいんだけど……


「いずれ、波乱が起きないと良いけどな……。」


  彼女から貰った手帳を大事に持っていた弟の姿を思い出しながら、僕も自分のそれを学院用のカバンに丁寧にしまった。




   ~Ep.108 弟の変化(フェザーside)~


  『もう中学生か……、子供の成長は早いな。』



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