Ep.107 大は小を兼ねない
『大きければ良い、って物でもないよね……。』
「はー、もう冬休みも終わりかぁ。やっぱ短いよね。」
フライの思わぬ暴風によってライトが著しく体力を消費しちゃったので、アースランドでの魔力訓練は中止になった。
って言うか、私が断ったんだけどね。だって、水から上がってきたあと足元怪しかったもん。結局翌日真っ先に帰ってったけど、風邪とか引かなかったかな……。
「フローラはライト皇子を心配する前に、自分の実技試験のこと心配した方がいいんじゃない?休み開けたら一週間で試験でしょ?」
「ーっっ!だ、大丈夫よ!自主練はお風呂で毎日やってたし!!さぁ、もう船の時間だから行くよ!」
「わっ!わかったから押し込まないでよ!!」
ブランの叫びは聞こえないフリして、専用のバスケットの中に入ってもらう。狭くて可哀想だけど、ブランの体格に対しては大きめなのを選んでるし、ちょっとの間だから我慢してね。
「フローラ、支度は整ったかしら?」
「お母様!はい、大丈夫ですわ。」
と、ブランの入ったバスケットと、手持ち用のカバンを持ち上げた所で、お母様がクリスと一緒に部屋を覗きに来た。
準備万端な荷物を見せてそう答えれば、お母様はちょっと寂しそうに笑って『じゃあ、もう出るのね』と呟く。
「姉さま、行っちゃうの?」
「春休みまではそんなに日がありませんから、またすぐに帰ってきますわ。だから、寂しがらずに待っていてね。ほら、アザラシさんと一緒にね。」
「……うん!」
お母様の腕のなかでしょんぼりしてるクリスと、そのクリスに抱かれている真っ白のアザラシぬいぐるみを撫でる。私が水族館のおみやげに選んだそれは、今のクリスの一番のお気に入りみたいだ。
「では、もう行きますわね。お母様、クリス、行って参ります。」
「まだ少し早いのではないかしら?」
「時間ギリギリだと何が起こるかわかりませんから、少し早めに出たいのです。」
そうじゃなくても、私は時間ギリギリになってドタバタしちゃうことが多いからね。もうすぐ(試験に受かれば)中学生になるんだし、いい加減そこを直さないと。
お母様達に見送られながら馬車に乗り込めば、行き先を告げるまでもなく走り出してくれる。さぁ、明日からはまた学校だ。気持ち切り替えて頑張らなきゃね!
「あら……、あの子ったら、教科書を一冊置いていってしまったわ。」
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冬休みがあけて二日目の放課後、もう卒業試験まで時間が無い。と、言うことで。
「今日から試験日までは本気で精度を、ゴホゴホッ、あげっ……、てくぞ。」
「…………。」
「げほっ……、返事はどうした?」
「え、えーと……、ライト、大丈夫?」
今日から早速特訓再開!……のはずが、肝心の先生がヘロヘロだ!始業式の挨拶の時も声掠れてたからもしかしてとは思ってたけど、やっぱり風邪引いてたのね……。
咳き込むその背中を擦りながら顔を覗き込めば、『移るぞ』とだけ言われて肩を押されて離される。
「別にちょっと移るくらい構わないよ、とりあえず座ろ?いや、外は寒いから中に入った方が良いかな……。」
「だから大丈夫だってのに……。」
「いいから座って!あ、膝掛けあるから掛けようか。」
「何故学校用のカバンにそんなものが……。」
ヘロヘロのライトを近くの切り株に座らせて、その膝にふかふかの膝掛けをかける。
授業中ずっと座ってると冷えるからと思ってお年玉で買った膝掛けが早速役に立ったわ。
「じゃあ、一回だけ実物大でイルカ作ってみるね。濡れるといけないから、ライトはそこから見てて。」
咳き込みつつ頷くライトから離れて池の前に立つと、掠れてるのになかなか大きな声で『本番のつもりでやれよ!』なんて言葉が飛んできた。もちろんですとも、練習の成果を見せなきゃね!
「ーー……。」
今までは、本来のイルカより大分小さめのサイズで作ってたけど、今日は実物大。使う魔力も多い分、集中力が必要だ。
「多少濡れても、俺が魔力で乾かしてやるから。思いっきりやれよ!」
「はい!!」
その言葉と同時に私が手を上に上げると、大きな水球が空中に飛び出す。
よし、あとはこれをイルカの形にするだけ。わざわざ寮の部屋まで連れてきた、あのぬいぐるみのイルカちゃんの姿を頭の中に浮かべて、水球の形をそこに近づけていく……。
「よし、出来た……!って、あれ?」
「ーっ!馬鹿っ、魔力込めすぎだ!!」
「ど、どうしたら良いの!?……っ、きゃーっ!!」
無事実物大のイルカが出来た!と思ったら、何故かそのイルカは更に拡大を続け、あっという間に鯨並みのサイズになって。そして……
「ーっっ!!」
「うわっ、冷てっ!」
まるで水風船が割れるみたいに空中で弾け飛んでしまった。
あぁ、一番近い校舎の方から『何だ今の!』、『誰かの魔法じゃないのか?』なんて会話が聞こえる……!幸い、池のすぐ周りは木ばっかりだからそれのお陰で濡れちゃった人は居ないみたいだけど……。
「……。」
「ご、ごめんなさい……。」
「ーー……。」
「ら、ライト……、大丈夫?」
ライトが私のイルカが弾け飛ぶ前に自分と私の周りを火の壁で覆ってくれたので私達も濡れずに済んだけど、その後のライトはしばらく難しい顔をしてびしょ濡れになった辺りを眺めていた。そして……
「……俺も調子悪いし、やっぱり今日は止めておくか。お前も、今日はもう魔力使うなよ。」
「え?」
でも、今盛大に失敗しちゃったし自主練くらい……。
「返事!!」
「はっ、はい!」
反論の間もなく、ライトの勢いに押されて返事をしてしまった。仕方ない、これ以上やって、周りに迷惑かけるのも良くないしね。
はぁ、でも一人で練習してた時には、輪くぐりみたいな芸をさせられる位にまで精度上がってたのにこんな失敗するなんて……。ちょっとショックだなぁ。
それに、帰るときライト黙り込んだままだったし。呆れられちゃったのかな……。
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「ほら、お前には、今日からこれを守って練習して貰うぞ。」
「は、はい、わかりました……。これは?」
「昨日一晩考えて俺が書き出した、お前の魔力使用時の注意点だ。ちゃんと守れよ。」
わざわざ手書きしてくれたのか、マメだなぁ。とりあえず読めと言われたので、手帳サイズのそれを開いて上から、ヤギが紙を食べるときみたいにモグモグとしっかり読み込む。あれ、本当は別に食べないんだっけ?
「えっと、作り上げるもののサイズをちゃんと自分の中で指定してから魔力を使うこと。自分の作り上げた物から、集中を離さないこと……。」
見開き1ページに、わかりやすく簡潔に書かれたそれを読み進めていくと、一番下に赤字で『一人の時に魔力を本気で使わないこと!!!』と書かれていた。えーと、これは……
「お前の実力で下手に魔力使われたら、周りが迷惑だからな。あんな水量出されたら、俺でも手に負えねーよ。」
「ご、ごめんなさい……。わかった、気を付けます……。」
声色は呆れた様子なのに、いやに目だけは真剣なライトに念を押された私は、結局実物の半分サイズのイルカちゃんを作り出して勝負する事となりまして。
その分、一週間もない期間の中みっちり芸を仕込まれた。ライト自身がまだ全快じゃなかったから甘い方だったけど、これ本気で指導されてたら名門運動部顔負けのスパルタだったんだろうなぁ……。
まぁ何にせよ、卒業試験そのものはなんとか暴走せず終わったから!あとは泣いても笑っても、結果を待つばかりでございます。
~Ep.107 大は小を兼ねない~
『大きければ良い、って物でもないよね……。』




