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Ep.103 出だしは大事に 


  『せめておみくじでいい結果が出ますように!』



  外はすっかり真冬。高めの階にある部屋の窓から見える景色の中に、たまに北風と踊るみたいに小さな枯れ葉が飛んでいく。


「……って、ぼけーっと眺めてる場合じゃなかった。続き解かなきゃ!」


  6年生ともなると宿題の量もそれなりだから、早めにやっとかないとね。


「フローラーっ、いつまで課題やってるの?ボク暇なんだけどー。」


「んー?悪いけど出来る所までやっちゃおうと思ってるよ。年明けにはアースランドに初詣に行くし、そのあとはまたライトに実技見てもらうことになってるから、時間ある日にやれるだけやっちゃわないと。」


  私がそう答えると、ブランはほっぺをお餅みたいに膨らませて私のベッドに突っ伏した。

  そのままゴロゴロと移動して、枕の横に飾ってあるイルカのぬいぐるみにアゴを乗せて不満げに愚痴を溢す。呑んだくれの叔父さんみたいだよ。可愛い姿して、勿体ない。


「水族館だって、ボクはお留守番だったしー……。」


  うっ……!それを言われると心が痛い!痛いけど……。


「仕方ないじゃない。だって、いくら使い魔でもブランはやっぱり猫なんだもの。」


  たまにお城の水槽を見ながらヨダレを垂らしてる貴方を水族館に連れて行って無事にすごせる自信は、私には無かったんだもの……!


「ふんだ、もういいよ!」


「ブラン、ごめんね。今度はブランも一緒に行ける所にするから……。」


  半分くらいまで解いた問題集を一旦閉じて、ブランとイルカぬいぐるみの隣に移動する。

  ふかふかした水色のイルカの背中にまたがるみたいにして突っ伏してるブランの背中をそっと撫でる。顔はあげてくれないけど、しばらく撫でていく内に、不機嫌丸出しでブンブンと揺れてた尻尾の動きがゆっくりになってきた。


「……もう、本当にいいから課題やんなよ。」


  数分して機嫌を直してくれたらしいブランは、『今やらないと最終日に泣くことになるよ』なんて笑った。確かに早くやらなきゃ!

  最後にもう一度ブランをなでなでしてから、急いで机に……


「痛っ!」


  戻ろうとした所で、腰をベッドのポールに思いっきりぶつけた。うぅ、地味に痛い……!


「あーあ、ただでさえそそっかしいのに焦るから……。」









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  結局、痛みが引くのを待つための数分のタイムロスを得てから課題再開です。

  とりあえず、やりかけの算数終わらせちゃった方がいいかな。


  しおり代わりに挟んでいた鉛筆を使って、計算問題をひたすら解き続ける。この問題集、単純計算ばっかで文章題少ないんだよね……。


「ねーフローラ、このイルカのぬいぐるみ、なんかいい香りがするんだけど。」


  あら、気づきましたか。流石ブラン、鼻が良いね。


「そのイルカちゃんね、中にアロマのシートがセット出来るようになってるの。癒し効果ありそうでしょ?」


「うん、確かにそうだね。」


「それ、あの水族館のイチオシのお土産なんだって。ライトにもあげたんだー。」


「そうなん…………、え?」


「ちょっとブラン、せっかく手触りいいぬいぐるみなんだから爪立てないでね?」


「あ、ごめん……。って、そうじゃないよ!あのライト皇子にこれあげたの!!?」


  今注意したばっかりなのに、爪がしっかり伸びた前足でイルカをつかんでブランがベッドから飛び上がる。い、一体どうしたの?


「いや、だって、こんな可愛いのを、ライト皇子に……?」


「何かいけない?ライト、結構可愛いもの好きだよ。」


  ブランをすごく可愛がってくれることからもわかるように、ライトはかなりの動物好きだ。それに……


「今年は生徒会のお仕事で疲れてるみたいだったから、癒しになるかなと思ったんだけど……駄目だったかな?」


「いや、まぁ……悪くはないんじゃない?」


  ブランの最終的なその返事にほっとして、今度こそ課題に戻る。さぁ、集中集中!


「その真意が、彼にちゃんと伝わってれば良いけどね……。」


「ブラン、悪いけどもうちょっと静かにしててね?」


「……はいはい、課題頑張ってね。」










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「フローラ、動きにくくない?」


「えぇお母様、大丈夫ですわ。」


  そんなこんなで月日は流れて1月1日。全国的におめでたいこの日に、今年はアースランドにお詣りに来ると言うことで、今日の私は着物です。

  お母様が用意してくれたのは鮮やかな桃色の地に色とりどりの花が咲き乱れる華やかな着物でとっても可愛い。ただ、やっぱり着物はちょっと動きにくいね。転んだりしないように気を付けないと……。


「ではお母様、私はクォーツ様方と約束がありますので行って参りますわね。」


「えぇ、行ってらっしゃい。気を付けてね。」


  お母様達と別れてお寺の方に向かうと、大きな鳥居が目に飛び込んできた。


「見てブラン、立派な鳥居だねぇ。」


「そうだね、流石はアースランドで一番有名なお寺って感じ?」


「ここは築千年にもなる、国内最古のお寺だからね。文化財としても大事にされてるんだよー。」


「ーっ!クォーツ!ルビーも、あけましておめでとうございます。」


「うん、あけましておめでとう。」


「あけましておめでとうございます、フローラお姉様、ブラン。」


  クォーツ達ももう来てたんだ、待ち合わせにはまだ時間あるのに、早いなぁ。


「二人とも今日は着物なんだね、素敵!」


「ありがとう。一応、うちの国の正装はこれだからね、たまには着ないと。」


「えぇ、着物もまた、我が国が誇る文化のひとつですから。フローラお姉様も大変お似合いですわ!」


「ふふ、ありがとう。」


  そう言ってくれるルビーは、真っ赤な地に艶やかな模様が入ったすごく立派な着物を着てる。こうしてみると、ホントに"お姫様"って感じで綺麗だなぁ。私が着るのとでは着こなしが全然違うよ。


「おーい、クォーツ、ルビー、フローラ!」


「皆、新年早々早いね。」


「やぁ、久しぶりだね皆。あけましておめでとうございます。」


  お互いに着物について語り合ってる内にライトとフライ、それに保護者として来てくれたフェザー皇子も加わって、まずは皆でお参りです!レインは家族で旅行だから今回は来ないけどね。


  ……と、言うことで。


「……今年も並ぶんだな、あれに。」


「あはは、ここは参拝客が多いことでも有名だからね。」


「皆でお喋りしながら並ぶのもまた醍醐味だよ。さぁ、これ以上混んじゃう前に行こ!」


「フローラの言う通りだね、さっさと済ませてしまおうよ。」


  ライトが長い長い長い階段の下まで続いてる列を見てうんざりと呟き、それに苦笑いしつつクォーツと私が先に歩き出した。

  まぁ、外は寒いし、あの列の長さじゃ確かに並ぶ前から気後れしちゃうよね。新年の賑わいは、どこの世界でも一緒だなぁ。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あー、疲れた。毎年思うが、アースランドの正月は変わってるよな。」


  無事にお詣りが済んだ後、ライトが伸びをしながらあくび混じりにそう言った。

  そう言われてみれば、私は元が日本人だからこう言うお正月に慣れ親しんでるけど、ミストラルではこんな風に初詣に行った記憶無いな。そもそも国内にお寺がないし。


  それはフェニックスやスプリングも同じみたいで、フライとフェザー皇子もライトの言葉に同意してる。あれ、でも二人は毎年クォーツに会いにお正月はアースランドに来てたんじゃ無かったっけ?


「お詣りに来てたって言っても、僕達はアースランドの文化自体はよく知らないからね。毎年、クォーツの案内についていく形になってるだけだから。」


「そうそう、だから未だによくわからないことも多いんだよな。あのクジみたいな紙とか、毎年変わる動物の飾りとか……。」


  『今年は鶏みたいだな。』とライトが指差したのは、破魔矢についたお飾りだった。


「あぁ、あれは十二支だから、一年毎に動物が変わるんだよ。」


「十二支?」


「その昔、神様が色々な動物達に召集をかけたの。元旦に自分の所に挨拶に来て、12匹の動物が早くついた順に、その動物達に一年ずつその年の大将を任せるって言ってね。それで決まった順番が、()(うし)(とら)()(たつ)()(うま)(ひつじ)(さる)(とり)(いぬ)()と言うわけ。」


「へぇ、そんな話があるのか。あれ、犬は入ってるのに猫は居ないんだな。」


  ライトのその言葉に、私の肩に乗ってたブランのヒゲがぴくりと動いた。あー、それは……


「猫は、神様のところにご挨拶にいく日が何時だったかを忘れちゃって、ネズミに聞いたんだよ。でもネズミがライバルを減らそうとあえて猫に一日遅れの日を伝えたものだから、猫は当然先着の12匹の中には入れなかったんだって。それ以降、猫はネズミを見る度追い回すようになったんだそうな。」


  まぁ、これはあくまでも概要で、動物達を呼び出した人や集まった日、順番の決まり方なんかにはまだ諸説があるけど、これが私が知ってる十二支のお話だ。確か小さいときに絵本で読んだんだよね。


「……なるほど、よくわかったよ。で、何で君がそんなことを知ってるわけ?」


「え?」


  大体の説明を終えて喉が乾いたからと甘酒に口をつけてたら、ずっと静かに話を聞いてたフライがそんなことを言ってきた。

  それに、クォーツとルビーまでぽかんとしてる。私、また何か変なこと言ったかな……?


「僕も驚いたよ。まさかフローラがそこまでうちの文化に詳しいなんて……。」


「そ、そうかな?前に読んだ本にたまたま載ってただけだよ?」


「どんなマニアックな本読んだんだお前は……。」


  うぅ、しまった。つい調子にのって説明なんかしたから……!

  どうしたものかと頭はフル回転しつつ、視線はフライから離せないまま苦笑い。な、何か逃げ道は……!


「まぁいいや。それで、そんなに詳しいならあれがなんなのかもわかるだろ?」


「え?あ、あぁ、おみくじのこと?」


  自力で脱出する前に、ライトが助け船を出してくれた!そっか、元はおみくじと十二支の話からこうなったんだもんね。でも、果たしてこの流れで私が説明して良いものなのか……。


「あれはおみくじと言って、その一年がどれくらい良い年になるかを見るためのものだよ。まぁ、半分は運試しのような物だろうけどね。」


「まぁ、フェザーお兄様、ご存知だったのですか?」


「うん、この間、論文のために他国の文化を色々調べたからその時にね。せっかくだから、皆で引いてみようか?」


「いいね、行こうよ!」


「そんなん当たるのか?」


「それは引いてみてからのお楽しみですわ。」


  皆の関心がおみくじに逸れて歩き出すなか、フライだけは足を止めたままじっと私を見ている。顔は笑ってるけど、なんか怪しまれてる……?


「あの、私……」


「二人とも何してんだ?行くぞー!」


「あっ、うん、ごめん!」


「……はぁ。今行くよ!全く、ライトはせっかちなんだから。」


  何か言わなきゃと思って口を開いた所で、先に行っていたライトに呼ばれた。

  って言うか皆足速い!クォーツとルビーなんか着物で動きづらいはずなのになんであんな速いの!?慣れの問題!!?


「フローラ、何してるの?行くよ。」


「ーっ!あ、ありがとう。」


  慣れない着物で拙く歩く私の手を取って、フライがゆっくり歩き出す。振り返らないところを見ると、もう私を問いただす気は無いみたいだけど。

  一年の出だしからこんなんで、私今年大丈夫なのかな……。


    ~Ep.103 出だしは大事に~


  『せめておみくじでいい結果が出ますように!』



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