Ep.100 女子の戦い
『図太いわけじゃないからね?』
「すっかり遅くなっちゃった……!早く行かなきゃ、皆待ってるだろうなぁ。」
特にライトなんかせっかちだし、怒ってるかも……!
慌ててブッシュ・ド・ノエルを箱に詰めて、急ぎ足で、でもケーキは崩さないように廊下を急ぐ。
えーと、今回は生徒会室を借りてパーティーやるんだよね。にしても皆、完全に生徒会室を私物化しちゃってるけどいいのかな……。
「あらフローラ様、そんなにお急ぎでどちらへ?」
と、階段を上ろうと足をかけたところで不意に声をかけられた。
驚いて振り返れば、そこには……
「バーバラさん、ブレンダさん、ニコラさん、ごきげんよう。」
「えぇ、ごきげんよう。で、どちらに向かわれていたのですか?」
「あぁ、お友達とケーキを食べる約束でしたのに少々時間に遅れてしまって、それで急いでいましたの。」
私の言葉に『ケーキ……?』とバーバラさんが目を細めると、その右後ろに立つブレンダさんが私の手元にある箱に目を止めた。
「そう言えば噂で耳にしたのですが、フローラ様はよくお一人でお菓子を作られているとか……。そちらのケーキも、もしかしてフローラ様のお手製ですか?」
「えぇ、そうですが……それが何か?」
なんと、別に隠してたつもりはないけどいつの間にか噂になってたのか。そりゃあれだけ調理室占領してたら目立つか、私もライト達のこと言えないじゃん……。
と、私が内心で自己突っ込みをしてる間、バーバラさん達は3人でひそひそと内緒話中の様で。
どうしたんだろうと眺めていると、話を終えたバーバラさんが手の甲をあごの辺りに当てて長いため息をついた。
「まぁ、フローラ様はお菓子を自ら作られるの?まるで使用人ね、お痛わしいこと……。」
「バーバラ様、そんな風に言ってはお可哀想ですわ。ミストラルには、腕利きのパティシエが居ないのでしょう。」
「まぁ、なんてお気の毒なのかしら。よろしければ、我が家のお抱えのパティシエをミストラルまで出張させましょうか?」
バーバラさんの言葉に続いてブレンダさんとニコラさんも早口にそんなことを言って、3人で高らかに笑い出した。おー、これがリアルなお嬢様笑いか。ホントに『オホホホッ』て言ってるなぁ。
「……おい、どうすんだよ。止めに入った方が良いんじゃないのか?」
「待った。あの状況で僕らがフローラを庇ったって、彼女の立場が更に悪くなるだけだよ。少し様子を見よう。」
……ん?なんか今、階段の上の方から話し声がしたような……。
「……?」
「あらフローラ様、折角のニコラさんのご厚意を無下にされるおつもり?」
3人の笑い声でほとんどかき消されちゃってよく聞こえなかったその声の主を探して階段の上に顔を向けてたら、下側に居たバーバラさん達に怒られてしまった。
「大変失礼致しました。ですが、パティシエの派遣は結構ですわ。」
「あら、フローラ様はスイーツがお好きなのでしょう?ご遠慮なさらなくてよろしいのですよ。」
「いいえ、本当に結構です。」
出来るだけ声のトーンを落として、きっぱり簡潔にお断りする。
そんな私の態度に、3人の高笑いがピタリと止まった。
「私は別に困っていてお菓子を作っているのではありませんし、お気遣いだけで十分ですわ。」
「……っ!あら、ではご趣味で作っていらっしゃるのかしら?」
「えぇ、その通りですが、何かいけませんか?」
「なっ……!」
生まれながらにして、上げ膳据え膳が当たり前の貴族の子達には、わからないかも知れないけど……
「心を込めて作ったものを喜んで食べて頂けると、幸せな気持ちになるのですよ。。」
腕に抱えたケーキの箱をそっと指でなぞりながらそう言うと、3人の顔色がさっと変わった。そして、俯いて何かをボソボソと呟くバーバラさん。
よく聞こえなくて一歩階段を下って彼女達に近づくと、バーバラさんが鋭い目をして私を見て右手を振り上げた。
「何よ、こんな物!!」
「きゃっ……!」
そしてその手が勢いよく降り下ろされる。私自身に向けてではなく、手にしたケーキの箱へ……。ってバーバラさん!ケーキ潰れちゃうから止めて!!
咄嗟に下がってかわそうとしたら、今度は階段の段差に足をひっかけて後ろにバランスを崩す。しまった……!
「ーっ!…………?」
「……お前達、一体何をやっている?」
「……ラ、ライト様、フライ様……!」
と、来るであろう衝撃からケーキを守ろうとした私の体を、誰かが後ろから支えてくれた。
うろたえているバーバラさん達を横目に振り返ると、なんかすごく不機嫌そうなライトと、やたらいい笑顔のフライが立っていた。
ちなみに、ライトは一歩踏み出して彼女達を睨み付けているので、私を支えてくれたのはフライなようです。
「通りががってみたら、君達はずいぶんと良い趣味をしているみたいだね?」
「あ、フライ、様……っ。」
とりあえずお礼をと思ってたら、フライもバーバラさん達の方にさっさと行ってしまった。
バーバラさんはアースランド出身だけど、ブレンダさんはスプリング、そしてさっき私にシェフの出張を申し出たニコラさんはフェニックスの出身なので、突然の皇子達の登場にたじたじだ。
「し、失礼致しました……。」
と、完全に蚊帳の外で成り行きを見守ってる内にフライがバーバラさんに何かを囁く。……と、3人は私を思いっきり睨んだ後に一礼して去っていった。
「良かった、崩れてないや。」
とりあえずようやく静かになったので箱の中を確認すると、ケーキは幸い無事だった。……サンタさんだけ倒れてるけど、まぁこれは飾り直せばいいだけだからセーフ!
ところで……
「二人とも、ありがとう。助かったよ。」
「別に礼はいい。それより、中身大丈夫か?」
「うん、専用のトレー付きの箱に入れてたから大丈夫だったみたい。」
何はともあれ、ケーキが無事だったことを聞いてライトが安堵の息を溢す。
さて、じゃあ皆で生徒会室に向かいますかね。
「それにしても、なんなんだアイツ等は!!」
と、私とフライの間を歩いてるライトは、なんだか随分とご機嫌斜めだ。
「まぁ、バーバラさん達はどうにも私と気が合わないみたいで。」
「そう言う問題じゃないだろ!お前も何かもっと言い返すなりやり返すなりすればいいだろ!!」
いや、子供相手にそんな物騒な……。そしてライトはなんでこんな機嫌悪いの??
「はぁ……。ライト、楽しみにしてたケーキを台無しにされかけて腹が立ってるのはわかるけど、武力行使は良くないよ。まして彼女達は女性なんだから。」
「……っ!じゃあ、やられっぱなしになるってのか?」
私がライトに答える前に、フライが反対側からため息混じりにライトを宥める。良かった、そうだよね、武力行使は良くないよ。
私は二人のやり取りを眺めつつ、安心して息をついた。
「世の中、剣よりペンが強いこともあるからね。とりあえず、今後は彼女達がやらかしてることに記録をつけておこうか?」
安心してる場合じゃなかった!!
フライのがよっぽど怖いじゃん!!!
「ふ、二人とも、ホントに大丈夫だからそんな気にしないで!」
むしろ放っておいて!助けてくれるのは嬉しいけど、それで多分更にまた恨まれちゃいそうだから!!
「本当に大丈夫なのかよ?アイツ等、結構過激だって話聞くぞ?」
「大丈夫!今回はケーキに手を出してきたけど、バーバラさん達いつもは口先で色々行ってくるだけだから。手を出して来るわけでもないし、あれくらい可愛いものよ。」
靴隠されたり、机に入れてたノート落書きで真っ黒にされたり、大事にしてた子猫を屋上から落とされかけるのに比べたら全然平気だもん、あれくらい。まぁ、まだあの子達が子供だからって言うのもあるけど。
「さ、早く生徒会室行こ!」
「おい、走るとケーキ崩れるぞ!……にしても、アイツ案外強かだよな。」
「何を今更、君に面と向かってケンカ吹っ掛けられる時点で大分強いでしょ。」
~Ep.100 女子の戦い~
『図太いわけじゃないからね?』




