Ep.97 ライト先生の特別講義・その2
『デザートが欲しかったのかな……。』
「まず、一口に"魔法"と言っても、その形は様々だ。主属性が四つに分かれてるのは流石にわかってるよな?」
「うん。炎、水、風、土の四種だよね?」
「その通り。そしてその主属性は、大体は生まれた土地で決まる。フェニックス生まれなら炎、ミストラル生まれなら水って具合にな。まぁ、稀に二つの主属性を扱える人間も居るらしいが……これが一生に一人お目にかかるかどうかってくらい少ない。まぁ、出会うことはそうそう無いだろうな。」
ライトのさらっと言った一言に、ゲームだった頃のこの世界のヒロインで、"二種の魔力を扱う者"として学園に入学するマリンちゃんのことが浮かんだけど、今の私は彼女とは一切関わりが無いので黙っておく。
そう言えば、これだけゲームシナリオから逸れちゃってマリンちゃんは今どう過ごしてるんだろう。そもそも逸れた原因は私なんだろうけど……。
「おい、ぼけっとすんな。まだ混乱するには早いぞ。」
「あ、ごめんなさい。大丈夫、ちゃんと聞いてます!」
「ならいいけど。それで、具体的なトレーニング方法だが……これは魔力の種類関係なく大体同じだ。」
「え?そうなの??」
驚く私に『まぁ、一から十まで同じではないが』なんて言いながら、空中に炎で色々な図や文字を板書した。なにこれすごい!!
「こんなこと出来るんだ。これ、一体どうなってるの!?」
正面から見ても裏側に回ってみても、ライトの書いたそれらはまるで黒板に書かれたチョークの文字みたいにそこにしっかり固定されてる。こんなの、授業でも見たことないや。
「……っ、はしゃいでないで板書を見ろ。ほら、席に戻りなさいフローラ君。」
「はい、ライト先生!」
と、ライトが笑いを誤魔化すように一回咳払いをしてから先生みたいな口調でそう言った。
私が席……と言うか切り株に座り直すと、ライトが改めて板書を使いながら訓練方法の説明を始めてくれる。
「魔力を元に何かを造り上げるには、繊細な魔力のコントロール力と、作りたいものの正確なイメージが必要だ。」
「コントロール力とイメージ力……。」
ライトの言葉と目の前の板書をミニノートにメモしながら聞いていると、『だから、まずはこれだ』と私の前に一冊の本を差し出した。
「これは……、海洋生物図鑑?」
「そうだ。水使いなら、水に暮らす生き物の方がやり易いだろうからな。まずはこれ見て、しっかり作りたいもののイメージを頭に焼き付けろ。ところで、お前は何作る気だったんだ?」
「あ、イルカがいいなぁと思って練習してたの。えーと……112ページに載ってるみたいね。」
なかなか分厚いページを捲って、ようやくイルカのページに到達。
と、そこにはイルカの生態の細かい説明と……
「イルカに羽が生えてる!?」
「はぁ?普通だろ、それ。」
なんと、身体の両脇にあるヒレが翼みたいに変形したイルカの写真が載っていた!
「か、可愛い……!」
ちょっと驚いたけど、なんか妖精みたいで可愛いなぁ。身体の色も、青から水色になるグラデーションになってて綺麗だし。
「お前な……、自分のテーマにする動物くらいきちんと調べてから練習始めろよな。」
「はい、ごめんなさい……。」
確かに、ごもっともです。絵とか描くにしたって、資料って大切だもんね。
「……まぁいいさ。とにかく、午前中はその図鑑や他の資料を使って徹底的にイルカのイメージを脳内に叩き込め。平面じゃなく、立体的にな。」
「わ、わかりました!」
なるほど、立体的かぁ……。確かに、実際にその動物の姿を作り出すには正面だけわかってても無理だよね。
結局、『午後は実際に魔力を想像した形にする訓練だからな』と言うライトの言葉になんの返事も返せないくらい、徹底的に(こちらの世界の)イルカの姿を目に焼き付ける私なのでした。
なんか、こんなガン見してたら夢に出てきそう……。って言うか出てきてほしい!夢の中でいいからこの可愛いイルカちゃんと触れあってみたいなぁ。
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「よし、12時だから一旦昼にするぞ。」
「えっ!もうそんな時間!?」
図鑑を読み返し続けてしばらくして、ライトが私の手元から一度それを取り上げながらそう言った。ついさっきまで10時くらいだったのに、いつの間に……。
「ちゃんと集中してたようだな、感心感心。さ、早く昼済ませろよ。1時になったら実技の訓練始めるから。」
「う、うん。じゃあブラン、こっちおいで。」
「うーん……、いや、僕はいいや。」
「え?なんで?ブランの分のサンドイッチもあるのに。」
私が図鑑に集中してる間ライトと遊んでたらしいブランは、小さくあくびをしながら『だってそんなお腹空いてないし』と飛び上がった。
「それに、僕が居て何がある訳じゃないみたいだし、退屈だから先帰るね。」
「そう?ごめんね、ブラン。」
「いいよ別に。じゃあ、留年にならないように頑張りなよね。」
そんな鋭い一言を残してブランが帰っちゃったので、ライトと並んでそれぞれお昼を広げる。
メニューはサンドイッチやスープにおかず等で似た感じだけど、ライトの方が量はかなり多い。あまりの量に一時間で食べ終わるか心配になったけど……
「おい、食べ終わってなくても時間になったら始めるからな?」
「うん、わかった。いただきます。」
食べ始めてまだ10分位なのにサンドイッチがふたつ減ってる所を見ると、どうやら大丈夫みたいね。
安心した所で、私も自分の分を口に運ぶ。うん、ハイネが作ってくれたバジルチキンのサンドイッチは今日も美味しい!お陰で午後からも頑張れそうだ。
「……なんだ、まだ食べてるのか?」
「え!?」
と、私が食べ始めて5分と経たない内にライトはお弁当を平らげたようだ。ちょっ、早すぎ!そんな急いで食べたらお腹に悪いよ?
「まぁまだ30分近くあるから焦ることないけど……、食べ終えてすぐだと動きづらいから、出来るだけ早く食べきって少し休めよ。」
「はい、了解です!」
焦ることないって言われても、正面から食べてるとこじっと見られてたらプレッシャーが半端じゃないよ!
しかも、ブラン用としてサンドイッチをひとつ多く持ってきちゃったし……。あぁ、お腹いっぱいになってきちゃった。
「なんだ、食べきらないのか?」
流石にライトも私のペースダウンに気づいたのか、立ち上がってランチボックスの中を覗き込んできた。
「ブランの分が余っちゃって、帰る前にあの子に持たせればよかったかな。」
「あぁ、なるほどな。じゃあもらっていいか?」
「え?あ、うん、もちろん!どうぞ。」
思わぬ申し出に、慌てて手を綺麗に拭いてからそれを差し出せば、ライトは物の数秒で平らげて『中々旨いな』と呟いた。
それはよかったけど、ホントに噛まないなライトは……。
「ハイネが作ってくれるものはいつも美味しいんだ。サンドイッチが一番美味しいけど、他にもクロック・マダムとか作ってくれるよ。」
「あの人メイドなのに料理出来るのか、大したもんだな。」
「え?」
ライトの感心したような物言いに首を傾げる。メイドさんて、お料理も出来るものなんじゃないの?
「さてと、これでお前も食べ終わったか?」
「うん、終わりだよ。」
広げたランチボックスを片付けて『ごちそうさまでした』と手を合わす私を見て、ライトも自分の位置に座り直して同じようにごちそうさまをする。うん、挨拶は大事だからね。
そして、すぐに練習が始まるのかと立ち上がった私を見ながら、ライトが『ところでさ、』と口を開いた。
「なに?どうかした?」
「今日は何か菓子はないのか?」
「え?あー、ごめんなさい。今日は何も焼いてきてないや。」
私が肩をすくめながらそう答えたら、ライトは『そうか……』とあからさまに落胆した。
「あ、あの……」
「じゃあ、午後の訓練始めるか……。」
「う、うん。よろしくお願いします!」
あぁ、明らかにさっきまでの覇気がないよーっ!
心なしか板書の文字もへたった状態の講義を受けながら、明日は絶対何か焼いてこようと密かに誓った午後だった……。
~Ep.97 ライト先生の特別講義・その2~
『デザートが欲しかったのかな……。』




